動き始める
どよめきが波のように講堂を走った。ハロルドが口を開くと全員が動きを止める。
「接合面に規格化した凸凹を設けることで、直方体ウォード同士の接合を可能にした」
トニスがもう一つのウォードを取り出し、結合させる。カチッと音がして、長い棒が出来上がった。外して、今度は横に連結する。平べったい四角が出来上がる。そして上下に。トニスが手を動かすたびに、会場からうめき声が上がった。
「……こりゃ、すごいな。……世界が変わるぞ……」
アリスティッドが額に手を当て、グレンが身を乗り出して拳を握っている。
――おじ様……。
ハイレーナの手も汗ばんでいた。
「円形回路の必要がなくなるのか」「出力はどうなるんだ」「接合部は……」あちこちから声が上がった。
チョークを握ったハロルドが黒板に数値を書き始める。いっさい乱れることなく、黒板に数字が並んでいく。トニスが変わって説明を続けた。
あちこちでメモを取る鉛筆の音が聞こえ、紙の擦れる音がする。ぶつぶつと独り言を続ける者がいる。ハイレーナは熱に浮かされた会場を見まわした。
――すごい、すごい。
細かい式と数値を書き終わったハロルドがハイレーナに視線を合わせた。トニスの声が続く。
「接続数に限度はない。製品に合わせて出力も形も変化させられる」
ハイレーナは壇上の二人から目が離せない。
最後にハロルドが一言。
「いずれ、ウォード結晶はこの形に統合する」
しんと静まり返った会場からどこからともなく声があがり、窓ガラスが震えるほどの歓声となった。
「なんてこった」
「新しい時代が来るぞ」
「さすが、我らがヴァロネス、ペトリ!」
――お父様、お父様!ううん、ヴァロネス博士!
ハイレーナも夢中で拍手を送った。
ハロルドとトニスが席についても会場の興奮は収まらなかった。各々が考えを口に出し、新しいアイディアを書きつける。セラードが立ち上がって、両手を打った。
「サンプルと資料は第二会議室に。担当の者が皆さんの質問に答えます」
おお、と声が上がる。一呼吸おいたセラードがもう一度手を打った。
「続いて、ドラゼッリ所長から発表があります」
所長が立ち上がってゆっくり進み出た。
「おいおい、今度はなんだ」「まさか、辞めるんじゃないだろうな」
囁き声の上から、ドラゼッリののんびりした声が降ってきた。
「あ〜このたび、第二研究所主導で、生物部を作ることになりました。勤務地は森の第三施設。発案者のペトリ君、詳しい説明をお願い」
ゆっくりと席へ戻っていくドラゼッリを目で追い、代わって立ち上がったトニスに注目が集まる。トニスは壇上で静かに全員を見まわした。
「今まで、森の生物は伝達物質としてしか見てこなかった。が、ウォード製品から離れて、それぞれ他の可能性があるならば、研究すべきではないか」
――フィラ蛾の巣だ。
「ついては養殖、栽培までを目標に、技術部、第二研究所共同で生物部を立ち上げる」
「……さすがだな」
隣のグレンがみじろぎしながら呟いた。一瞬目が合った。
「栽培、畑のようにか」
「確かにもっと生物自体を観察すれば……」
あちこちから声が上がる。
トニスから視線を受け取ったドラゼッリが座ったまま手をあげた。
「もし志願者がいれば申し出て」
「……しかし、誰が行きたがる?」「いや、意外と……」つぶやきが聞こえた。
トニスがもう一度会場を見渡した。
「新しい試みだから、何が待っているかわからない。王家の森の謎を解明したい者を待つ」
と締めた。
興奮冷めやらぬまま、ぞろぞろと会場の出口に向かって歩き始める。アリスティッドとグレンがハイレーナの頭越しに会話している。
「伝達物質も改良の余地ありか?」
「そうですね。濃度のグラデーションを細かく設定する必要がありますかね」
声が弾んで聞こえる。
「……生物部……」
ラザロの呟きにアリスティッドが振り返る。
「興味あるか。お前に合いそうだぞ」
ラザロの視線に応えるように続けた。
「俺か?俺は外の方が性に合ってるからな」
「おい、ペトリ!」
そして手を挙げるとトニスの方へ去っていった。大勢の人に囲まれる父を遠目で追って、会場を出た。視線に気づいて見上げると、グレンがこちらを向いていた。
「……第二会議室に寄って行く」
頷く。しばらく考えて答えた。
「私は戻ります」
グレンが頷いて去っていく。
ハイレーナは階段を登りながら、武者震いをした。




