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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 彩乃
研究所編

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繭と新しい風

 階段を駆け上がり、二時間ぴったりに扉を開ける。いつもの姿勢で実験台にかがみ込むもじゃもじゃ頭があった。

「ただいま戻りました」

 とだけ声をかけ、繭の元へ向かう。その姿を確認して、記録ノートをチェックする。グレンの字で書かれた数字の上に「名付けセンス皆無」と書かれていた。

 リュックからサンドイッチを取り出し、グレンの前に置く。そのままコンロに向かった。鍋に湯を沸かす。煮えたぎった中に実験用のナイフを沈めた。手袋で押さえたまゆに湯気のたつナイフを当てる。すっと刃が入って綺麗にふたつに割れた。その瞬間冷気がハイレーナの顔を撫でる。

「やった」

「割れたか」

 サンドイッチを片手にグレンが立っていた。最後のひとかけを口に放り込むと急いで飲み込み、顔を近づけて繭の内部を観察する。

「幼虫の痕跡がないな」

 ハイレーナも横から覗き込んだ。確かに、中は淡く光る白で破れ目も傷もない。

「内部の温度を測っておけ。半分は計測。半分は」

 そう言って錐を手にとったグレンは内側から繭に穴を開けた。錐は弾かれることなく繭に穴を開けた。

「やはりな。内側からなら通るのか」

 錐を抜くと顔を近づけて穴を観察する。ハイレーナは繭の外側から穴に目線を合わせた。

「……グレン!」

「……ああ」

 グレンが手袋をした手で繭を掴むと窓の光に透かす。ハイレーナもグレンに近づいて確認した。

 穴は見事に消えていた。

 


 計測を始めてから三週間。繭は徐々に温度を上げてゆき、小さくなっていった。手のひら大だったものが、最後には親指の先ほどに。指でつまむとエクボのようにへこむほど柔らかく。

 ――土の上には繭残っていなかったな。そう思い出して、土の上に置いてみた。2日で跡形もなく消えた。

 天日で乾燥させたものは5日ほどで縮んで固まり、小石のようになった。これは土に置いても消えなかった。

「ここからだな」

「インクを作れるか……ですね」

「繭追加、お持ちしました」

 研究室に新たな繭十個を運び込んでいたシュテファンが書類をグレンに差し出し、サインをさせる。

 考えに沈んでいたハイレーナにも書類を差し出した。

「……?」

「ユルヴィナ研究員。本日よりモンテス研究室の共同研究者となりました」

「……!」

「見習い卒業です」

 シュテファンの満面の笑顔に促されて、書類をあらためて読む。サインをする間も、シュテファンの声が続く。

「よくぞこのグレン様の元で耐えられました。本当に稀有な存在」

「うるさい!」

 ハイレーナの書類を受け取ると、シュテファンが背筋を正して礼をした。

「本日付で、セラード秘書官より担当を引き継ぎました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 疲れがふわっと飛び去って、背筋が伸びる。表情を引き締めた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 

「ああ、もう!」

 ハイレーナは頭を抱えて机に突っ伏した。

 小石化した繭を粉砕できず、機械を壊しかけて久しぶりにグレンの怒鳴り声が響いた。冷たい繭を乳鉢ですり潰そうにも弾力に弾かれ断念。形のまま酒精に入れ、溶解温度ギリギリの低温加熱では白濁。

 ――失敗……?

 グレンは白濁した液体に一瞥をくれた後、さっさと自分の実験へ戻っていった。諦めきれず、インクに仕立て回路を引き、クズウォードを取り出した。グレンが手を止めてこちらを伺っている。静かに回路の上に置く。

「……」

「……」

 グレンが配合の続きを再開した。

 繭の在庫がどんどん減って残りは少ない。窓から見える木々はすっかり葉を落としたのに、何の成果も出していなかった。ハイレーナは視線を手元に戻すと、書き溜めたレポートを乱暴に開いて、最初のページから読み始めた。

 

「ああ、やっぱり!」

 扉を開けるなり、シュテファンが大声を上げた。

「グレン様、ユルヴィナ研究員。時間ですよ。早く講堂へ!」

 グレンとハイレーナがポカンと顔を上げる。

「ああもう、全員参加の会議があるって、何度も……さあ、早く!」

 追い立てられるように部屋を出た。



 講堂はすでに満杯だった。研究員と事務員、秘書も揃っている。窓という窓が熱気で曇っていた。空いている席を探すとアリスティッドが立ち上がって、手招きしているのが見えた。

「ここに座れ。お前らどうせ最後だろうと思ってな」

 ありがたく彼の横に腰を下ろした。前にいたラザロが振り向き、会釈する。ラザロの上がった口角がグレンを見ると急降下した。レカやハンネスも見えた。大扉が開き、入ってくる四人の姿が現れると、ざわめきがぴたりと止まった。杖をついてゆっくり進むドラゼッリ所長。それを支えるように付き従うセラード。そして。

 ――お父様、トニスおじ様!

「……こりゃ、何かあるぞ」

 アリスティッドが呟いた。

 四人が壇上に登り椅子に座る。キョロキョロ見回していたハロルドの視線がハイレーナを見つけると、小さく笑って膝の上で手をヒラヒラさせた。

 ――お父様……!

 すかさずトニスがハロルドの耳元で囁く。ぱっとハロルドが目を伏せた。

「本日は」

 壇上に立つセラードが声を張り上げた。会場は波を打ったように静まり返る。

「ヴァロネス博士とペトリ博士から発表があります」

 示されて立ち上がったハロルドは今までハイレーナが見たことのない表情で、会場の人々を見まわした。トニスがすぐ横に立つ。

「ウォードの新形態が完成した」

 静かな父の声だった。不思議なほど響いた。

 トニスが一歩前へ出て、親指と人差し指で挟んだ緑の物体を突き出した。会場全員が身を乗り出す。

「直方体ウォード結晶」

 

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