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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 彩乃
研究所編

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食後酒の香り

「トニスおじ様!欲しいものがあります!」

「おう。今度は何だ」

「あのね、足こぎ車は難しいと思うんだけど、こんな形のできないかしら」

 と紙にスケッチを始める。小さな車輪を二つ。車軸に板をつける。車輪の向きを変えるハンドルを高くのばす。後ろの車輪の上に踏むだけのブレーキ。書き終わって頭を上げると四つの顔が覗き込んでいた。

「……ふむ……?」

「こうやって、片足を乗せ……」

 立ち上がって、マーサの置いて行った盆を床に置き、片足を乗せる。スカートを持ち上げて、もう片方の足で地面を蹴って見せた。

「手をこうして、走り出した両足を乗せる」

「荷物はどうするんだ」

「リュ……背負子なら行けるでしょ」

 両手をあげて、気分は颯爽と走るキックボード。ブレーキをこうかけて……。

「まあああ!ハイレーナお嬢様!」

 マーサの悲鳴が響き渡った。

「その格好!盆の上に足を乗せるとは何事ですか!」

 散々叱られ、盆を取り上げられ、なぜか全員しゅんとして座り直す。口直しに皆食後酒に口をつけた。

「しかし、小さい車輪だと石畳に引っかかるぞ」

「じゃあ、少し大きめにして……」

「前を二輪にすれば安定するんじゃないかい?」

「それでしたら停めるときも立っていますかしら」

 しばらくすると、皆前のめりになっていた。トニスは設計図を書きだした。

「まあ、それにしても、転倒の危険はあるな」

 ため息が出た。タイヤ……

「あぁ、弾力があって、強い素材があれば……」

 思わず漏れた呟きに、グレンがピクッと頭を震わす。

「……フィラ蛾の巣……」やっと聞き取れるほどの声だった。

「フィラ蛾?あの美しい役立たずか?」聞き留めたトニスがグレンに振り返った。グレンは顔を上げ、トニスに答える前に、エルヴァに目を向けた。トニスがグレンの視線を追ってエルヴァを見ると手を伸ばして、彼女の膝に揃えられた手をポンと叩いた。

「エルヴァは大丈夫だ」

「おじさま、フィールドワークでフィラ蛾の繭を……」

「ああ、世話係が新人を強引に連れて行ったという」トニスがグレンをじろりと睨む。口元だけが笑っている。

「まあ、お嬢は期待外れだったろうさ」

 グレンの頭がぐっと後ろに引かれる。

「でね、繭が冷たいの。地面に落ちた周りも、下草が枯れてしまって……」

 新しい発見と期待がむくむく湧き上がってくる。

「冷気を作れないかと」

「冷気!」トニスの鉛筆がテーブルに当たって音を立てた。しんと静まり返ったサロンで、ハロルドだけが紙束をゴソゴソ探り、一枚の絵を引っ張り出した。

「これだね!食べ物を冷やしたり凍らせたりする箱!」

 皆の目が一斉にハイレーナの絵に向く。トニスが大きなため息と共に、頭を抱えた。

「……ったくお嬢はよ……」

 トニスの手が伸びてきて、頭をポンと叩かれた。

 ハロルドが差し出した絵が手から手へ渡る間、グレンがハロルドに話しかける。

「まずは伝達物質にならなければ、意味がありません」

「冷気とは考えていなかったので繭は実験しませんでしたが、巣や体液では」

「うん、確か加工自体が難しかったんだね」

 エルヴァが口を開いた。

「巣は、どのような?」

「蜘蛛の巣に近いものです。弾力がある。以前、熱を加えて鍋にべっとりと張り付くような代物ができました」

 繭を取り外そうと引っ張って切れず、ナイフは滑り、ハサミでやっと切り離した。手の感覚が残っている。

「面白いかもしれんな。伝達物質として使えずとも、他の用途があるなら」


 フィラ蛾の巣の扱いに苦労した話を聞き、足蹴り板の設計の細部を詰め、気づけば食後酒の瓶が空になっていた。窓から月の光が部屋に差し込んでくる。

「そろそろ帰るか」とトニスが立ち上がり、グラスの食後酒を飲み干した。それを合図にエルヴァとグレンが帰り支度を始める。

「エルヴァ、送っていこう」とトニスがエルヴァの荷物を持ち、玄関へ向かう。グレンが無言で後に続いた。

 トニスが振り返ってグレンに厳しい目を向ける。

「わかっちゃいるだろうが、ここで見聞きしたことは他言無用だ」

 グレンが小さく頷いた。

 ハロルドはエルヴァと抱擁を交わす。マーサが出てきて、「お土産です」と小さな袋をエルヴァとトニスに持たせた。そして最後の一つはグレンに差し出される。

「マーサのレモンクッキーは絶品だぞ。貰っておけ」

 恥じらったような、決まりの悪いような表情を浮かべて、おずおずと伸ばされた長い手が、マーサから袋を受け取った。

「……ありがとうございます……」

 マーサが笑みを返す。

「しかしまあ、よくレモンクッキーだとお分かりですこと」

「そりゃ、マーサの土産だし、俺の好物だし、レモンの香りが……」

 ハロルドとグレンが握手する。

「ぜひ、読ませてもらうよ。ハイレーナをよろしく頼む」

「はい。ありがとうございます」

 ハイレーナはエルヴァとトニスと抱擁を交わし送り出した。最後に残ったグレンと一瞬向き合う格好になる。

「では……」

 扉の方へ誘導し、押し出すような形で言った。

「明日」

 パタン。

 グレンの足が外へ出た途端、扉を閉めた。

 

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