王家の森へ
内門へ入ると石畳をまっすぐ歩いていく。シュテファンから教わった時間に十分間に合う。中央広場には二頭の馬が並び、人だかりがしていた。小間使いが馬の背に荷をくくり付けている。その傍らに書類を持ったシュテファンと、セラードの姿。一際背が高いのはグレンだ。ラフな格好に大きな鞄を肩がけにしている。近づいて行くと会話の断片が聞こえてくる。
「……無茶がすぎる。平民の女など、馬に乗れたとしても……」
「いずれ経験するにしても……無謀でしか……」
ハイレーナがそばまで来ていても、誰も振り向かない。ニヤリとしながら、大きく息を吸って声を張り上げた。
「おはようございます!」
全員が振り返る。その場にいた全員が固まった。シュテファンの手から資料が滑り落ち、石畳に広がる。
「……レナ嬢?」
「はい!」
とびきりの笑顔を向ける。
「そ、その格好……」
「動きやすい服装が良いと伺いましたので」
セラードが目をむいて、ハイレーナの全身を上から下まで何度も行き来する。
「確かに……そう言いましたが……」
とシュテファンはつぶやいて、首を振った。ゆっくり身をかがめて資料を拾う間も視線はハイレーナに向いている。ハイレーナは誇らしげにシャツとパンツを叩いた。ポロダン商会に作らせたのはパンツスタイル。男装よりも、乗馬服よりも、前世のスタイルに近い。膝下までのブーツに裾を入れ、髪はまとめて帽子の中に収めた。シャツは捲り上げてボタンで止めている。
「おい、時間の無駄だ。行くぞ」
と不機嫌な声が降ってきて、グレンと目が合った。グレンは返事も待たず、馬の鐙に足をかけるとひらりと飛び乗った。
――あら、さすが公爵家ってところかしら。
ハイレーナも馬の手綱を掴むと、背を叩いて挨拶した後、ひらりと飛び乗った。久しぶりの馬上の感覚に気分が高揚する。
シュテファンが「あ!」という間もなく鐙を蹴って馬を進ませた。セラードが「これは……」というつぶやきが聞こえ、ハイレーナはにこやかに振り返る。
「行ってきます」
と手を振った。
グレンは自分の後ろで颯爽と馬を操るハイレーナを目の端に収めた。
「ふん、それなりに乗れるらしいな」
――何者なんだ。
セラードの目の届くところまではトロットで行き、そこから加速する。石畳は砂利道になり、芝が両側に広がり、森の入り口が見えた。王家の始祖とウォード博士の胸像の間を抜け、境界を越えると一気に森の中へ入り込む。後ろから馬の蹄が追いかけてくる。あわよくば「引き離して、一人で」という思惑は潰れた。しかし。
――面白い。
そのまま森の中の砂利道を走り抜けた。
ハイレーナは森の風を全身で感じながら、周囲にちらちらと視線を送る。時折道が左右に分かれていく。研究所の施設が点在するらしかった。
そして、大きな分岐点が現れた。左へ行く道の先に遺跡の入り口が見えた。
――あれが!
文献でしか見たことのない遺跡の入り口。
――行ってみたい!
が、ぐっと足に力を入れて、右へ逸れていくグレンを追った。砂利の道は少しずつ細くなってゆき、下草が増える。馬のスピードが落ちてきた。木々はどんどん高く太くなり、砂利がついに消えた。馬の歩みは小走りに変わる。高くなった木々のせいで薄暗い。周りを観察する余裕も出てきた。
――あ、あれ、カルネアの葉だ。
特徴的な葉を見つけて手綱を引きそうになる。
――ああ、近くで見たい……。
しかし、グレンはどんどん進んで行く。
――花があれだけ出力が出るんだから、葉の方ももしかして何か使えるんじゃ?
仕方なく後ろに続きながら思考が広がっていく。
――この道、ウォード博士も通ったかもしれないのよね。
読み込んで擦り切れた『ウォード博士の日記』が頭に浮かぶ。
――すごい。歴史の中に入り込んだみたい。
少し、空気が変わった。湿り気を帯びている。少しずつ光が入り始め、水音が聞こえた。
グレンが馬を加速させ、緩やかな坂を降りてゆく。ハイレーナの視界がぱっと広がった。そこは河川敷だった。大小の石が転がり、目の前の川は緩やかな流れ。グレンは水辺まで行くと馬を降りた。馬の背を撫で水へ導く。
――なんだ、優しいところもあるじゃない。馬限定だけど。
自分も馬を降り、背を叩いて労うと水を飲ませた。グレンは座り込んで、皮袋から水を飲んでいる。
ハイレーナは適当な距離をとり、座り心地の良い石を選んで腰を下ろした。背中に背負っていた鞄から水と小袋を取り出す。グレンの不機嫌な声が聞こえた。
「なんだその背負子は」
不審そうな目でこちらを見ている。ハイレーナは心の中でほくそ笑み、何気なさを装って答えた。
「これ、便利なんですよ。防水布で背負いやすいし、ポケットいっぱいで」
ポロダンで作らせたリュックサック。近々売り出されるはずだが、教えてはやらない。
グレンの視線がリュックに向けられているが、ハイレーナは構わず小袋を開けた。中にはマーサと作った特製の飴が入っている。一つ摘みあげて、油紙を解く。緑の宝石のように光るそれを口に含んだ。微かな甘みを感じたら、そのまま歯を立てる。プチッと音がして、口の中に葡萄の甘みが広がった。生葡萄に飴を被せた、ハイレーナ特製のキャンディ。ハロルドの大好物だ。
ゆっくり味わっていると、隣から「おかしなやつだな」とつぶやきが聞こえてきた。小袋からもう一つ取り出すと、グレンに放り投げる。
「ひとつ、どうぞ」
難なく受け取ったグレンは不審そうな顔で眺め、しばらくして包み紙をむしると口へ放り込んだ。しばらくして、目を見張る。
「……うまい」
水音と森のざわめき。馬の気配。ハイレーナは目を閉じて味わった。グレンさえも邪魔にならない。コッと音がして、目を開ける。グレンが足元の石を拾っている。
「それ、ノクサイトではありませんか?」
勢い込んで目をこらす。極小ではあるが、ノクサイト鉱石の白濁した青に似ている。グレンが手の中のそれを持ち上げて見せ、こちらに放ってよこした。小指の先ほどの大きさだけれど、間違いない。ノクサイトの破片だ。
「こんなところに、あるんですね」
と言った時にはハイレーナの目は地面に注がれていた。それらしい石を手に取って放り投げ、次を手に取る。目は周囲に満遍なく這わせて、それらしい色を探す。
――あった!
見つけたそれをリュックのポケットの中にしまう。
「行くぞ」
顔を上げると、馬上のグレンが目に入った。慌てて、リュックを背負うと自分の馬の方へ駆けて行った。




