祭典の終わり
実験台を挟んでトニスと向かい合う。ハイレーナは台に肘を乗せ手を握りしめていた。トニスから視線を外さない。トニスが手にしているのは、ハイレーナが書いた着火具の企画書だ。
昨夜、ハロルドがフィールドワークから帰宅した。トニスも一緒だった。二人はくたびれた様子でそのまま部屋に引き取った。今朝は、食堂でトニスだけがハイレーナを待っていた。
「作りたいもの決まったんだろ?食い終わったら見せろ」
静まり返った実験室に、ページを繰る音だけがする。
「着火具か。この前の実習で思いついたんだな」
組んだ指に力を入れたまま、頷いた。
「今のお嬢でも実現可能だな。悪くねぇ」
指の力が抜けた。
トニスがページを捲る。
眉間に皺が刻まれた。
「スタンプ?」
問いただすような視線が来る。
「――回路が単純だから、スタンプでもいいかと思って。早く、たくさん作れるでしょう?」
はぁーっと大きな息を吐いて、トニスはバリボリと頭を掻きむしった。
もう一度大きなため息をついて、ハイレーナを見る。企画書を乱暴に置くと、椅子の背に体を預けて腕組みをした。視線は空中を睨みつけている。そのまま、動かなくなった。ハイレーナはそろそろと肘を下ろして、膝の上に乗せ指を組み直した。窓は開いているはずなのに、風が死んだように止まっている。
沈黙が耐えられなくなった時、トニスがやっと身を起こした。
「クズウォードで製品を作ったら、何が起こる?」
静かな声で問われる。
ハイレーナは無意識に組んだ親指を回し、考える。
「庶民が買えるようになって、生活が楽になる」
「で?」
「クズウォードの処分に困らなくなる」
「それから?」
――それから?
はっと息を呑んだ。
「クズウォードの値段が上がる!?」
「じゃあ回路スタンプができたらどうなる?」
「……」
親指を回しながら思考を巡らす。
「回路職人の仕事がなくなる……」
「高い技術を持つものは安泰だ。しかし」
「工場の職人は……」
「いいか。技術革新は痛みを伴う。覚えておけ」
「なあ、お嬢。知ってたか?研究所へ勤めるには、誓約書を書かされるんだ」
「おじさまも?お父様も?」
「職員全員だ」
「――違反したら、死刑に相当する」
ヒュッとハイレーナの喉が鳴った。腕組みをしたままのトニスが実験台に寄りかかる。
「アルバードは技術の国だ。研究は国の根幹に関わる」
鋭い視線がハイレーナに注がれる。
「崩れたら……国が危ういってこと……?」
窓の外でさわさわと木々が揺れ、微かな風がハイレーナの頬を撫でた。
「技術は漏れる。止められはしない。研究所じゃない別の誰かが考えつくってこともある」
ハイレーナは頷く。
「だが、コントロールは大切だ。タイミング、出し方。無秩序に垂れ流すわけにゃいかねえんだよ」
「その代わり、俺らはがっつり守られて、自由に研究できるがな」
そう言ってトニスは再び背を逸らし、両手を頭の後ろに組んだ。視線は外れない。
「で、どこまでしゃべった?」
心臓を撃ち抜かれたような痛み。ハイレーナは顔を歪めた。唾を飲み込んで、答える。
「――クズウォードを使うこと……回路も伝達物質も単純なこと……」
「スタンプは?」
首を振る。
「よし、わかった」
肩がガックリ落ちて、頭が重い。
「……もしかして、私か、お父様が罰を受けるとか?」
「それはねぇ。クズウォードは無価値として処分されていた。お嬢はハロルドの娘だが、研究者じゃない」
「ギリギリの線だがな」
吐いた息が震えていた。
「ハロルドはただの研究者じゃない。天才だ。これまでこの国に大儲けさせてきた。国もそう易々と処分はしねえ」
トニスが企画書を再び取り上げる。
「あいつの娘で、研究者を目指すってのは、大変だろうよ。しかし、世の中そういうもんだ。受け入れろ」
ページを繰っていく。
「しかもこんな、とんでもねえ発想しやがる」
企画書を指ではじいた。
「どうだ、作ってみてえか?この着火具」




