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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 彩乃
修行編

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初めての街歩き その3

 広場の端に据えられた木のテーブルに座ったハイレーナとエルヴァ。飲み物を調達しに行ったマレシュを待っている。テーブルの上には、さっき買ったばかりの屋台飯が並ぶ。平たい生地に切れ目を入れて、焼いた肉と野菜を詰め込んだもの、串焼肉、パンの中身をくり抜いて、シチューを盛り付けたもの。湯気を上げているそれらを前に、ハイレーナのお腹がキュルルと音を立てた。隣に座るエルヴァの目元が柔らかい。

「エルヴァ様はお買い物なさらなくて良いのですか?」

「私はいつでも来られますから」

 エルヴァはより城壁に近い北側に住んでいるという。

「この辺りでよく買い物をします」

 ハイレーナは一人暮らしのエルヴァのアパルトマンを想像した。広場で仕入れた食材を台所へ置くエルヴァ。

 はぁ、と吐息と漏らして瞬きをすると、ポシェットに隠し持っていた小さな包みを取り出した。

「あの、エルヴァ様、今日のお礼に」

「まあ、私に?」

 マレシュのブティックで目についた小ぶりのスカーフだった。帰りの馬車で渡そうと思っていたけれど、待てなかった。

 包みを開けたエルヴァは瞳を大きく開いてスカーフを撫でた。

 こちらを向いた目は今までで一番優しい。

「贈り物をもらったのは本当に久しぶりです。ありがとうございます」と言ってハイレーナを静かに抱き寄せた。

 一瞬のハグが終わったとき、マレシュが木のコップを三つテーブルに置いた。

「エルヴァ様と僕にはエールを、ハイレーナ様には果実水です」

「あら、わたくしもエールが――」

「いけません」

 エルヴァに遮られて唇を突き出す。

「アルコール分は弱いとはいえ、市井のエールは不安定です。今日はやめておきましょう」

「さ、冷める前に食べましょうか」

 不満は串焼肉を齧った瞬間かき消えた。肉汁がじゅわっと口の中に広がる。香辛料の香りが鼻に抜けた。

「あら、かぶりつくのがお上手ですこと」

 ふふふと笑ってみせた。確かに今世で串焼きは初めて食べるけれど。

「憧れておりましたの」

 スプーンがないかと見回していると、マレシュが器になっているパンをちぎって、シチューを掬って食べてみせ、大笑いした。

「穴が空いてしまったら、シチューの洪水ですわね」

 周りの喧騒も手伝って、自然と声が大きくなる。

 食事を終えて、果実水を飲み終えた時、マレシュが油紙の包をテーブルに出した。赤いベリーを乗せた一口大のお菓子が三つ現れた。

「まあ」とエルヴァと顔を見合わせ、「ありがとうございます」と一つ手に取った。

 その様子をじっと見ていたマレシュが「エルヴァ様は甘いものがお好きなのですね」と笑った。

 マレシュの顔から目をそらす。果実水を手に取ったけれど、空っぽだった。

「そういえば、先ほど油紙の話をしておられませんでしたか?何やら意味深な」

 空っぽのコップをテーブルに戻し、ハイレーナは口の端をあげた。

「あれを、最初に作ったのは私です」

「え?」

「と言いましても、蜜蝋を使ったのですけれど」

 エルヴァにチラリと視線を送る。彼女は膝に手を置いて、静かに聞いている。

 安心して、蜜蝋布を作った顛末をかいつまんで話す。

「で、蜜蝋は高価なので売れないけれど、他のやり方で作ってみると友人が。それでできたのがその油紙なのですわ」

 口元に拳をあてたマレシュの目が一瞬鋭くハイレーナに向けられ、ふわりと崩れた。

「なんと……!」

「驚きました。このような庶民の生活を変えてしまう品を、ハイレーナ様が作られたとは。素晴らしい」

「いえ、商品にしたのは私ではありませんから。自分で作ったのは、さっきお店で書類を束ねていらした『紙挟み』あれは針金で遊んでいたら……」

 エルヴァが大きな咳払いをしてハイレーナを遮った。

「ハイレーナ様」

 声が鋭い。驚いてエルヴァを見ると、強い視線が返ってきた。彼女は呼吸ひとつ分で視線を外すとマレシュに向かって言った。

「さて、屋台も一通り見ましたので、これから私とハイレーナ様で馴染みの古本屋に参りたいと思います。本日はありがとうございました」

 え?と驚いて口をひらく。何かを言う前にマレシュが答えた。

「馴染みの古本屋ですか?それは興味深い!私もぜひ、ご一緒させてください」

「しかし、マレシュ様には退屈かもしれません」

「とんでもない。本は大好きです。まだ王都で満足のゆく本屋に出会っていないのです。ぜひ、エルヴァ様の行きつけを案内いただけるなら、これほど嬉しいことはございません」

「エルヴァ様、せっかくですから、ご一緒に!」

 ハイレーナが頼むとエルヴァは大きく息を吐いて、眉を下げたハイレーナを見た。そして、渋々「ハイレーナ様がそうおっしゃるのなら」と言った。

 マレシュがパンの包を持って立ち上がった。


 エルヴァとマレシュが並んで歩く。前を向いて小声で話す二人。会話の断片しかハイレーナには届かない。できるだけ近づこうと足を速め、広場を北に抜ける道に入る。

「ベトランタはいつ頃……」「どんな本を……」「商売に役立ち……なんでも……勉強」ハイレーナは耳を澄ますのを諦めて、辺りに目をやった。

 両側には古いアパルトマンが並んで、一階は商店やカフェ、食堂が店を開け、広場ほどではないが、常連らしき客で賑わっている。少しずつ人通りが減ってきたあたりでエルヴァが振り返って、「次を右へ」と言った。

 マレシュが歩調を緩めハイレーナの横へ並ぶと話しかけてくる。

「この辺りは良い住宅街ですよ。比較的裕福な人たちが好んで住む地域です」

「商店も多いですし、治安も悪くない。乗合馬車も拾いやすいですしね」

 エルヴァが振り返って付け足した。

 エルヴァが建物と建物の隙間で立ち止まった。

「ここです」

 ハイレーナは周りを見回す。路地のようではあるけれど、天井がついている。上を見上げると、建物の二階部分は繋がっていて一階部分だけが通り抜けられるようになっているらしい。覗き込むとその先は下り坂で細い道が続いていた。看板は出ていない。

「これは……」

 マレシュの呟きが聞こえた。

 エルヴァはそんな二人を気に掛けるそぶりもなくどんどん前へ進んで行く。躊躇いながらエルヴァの跡を追って、屋根の下の暗い道に入り込む。屋根が切れると路地の両側は小さな家が並んで建っていた。その一つ右側のガラス扉をエルヴァが押して入る。カランカランと明るい鈴の音が鳴った。

 

 

 

街歩きも終盤に差し掛かってきました。

ハイレーナにとっては楽しい休日だっただろうなと思います。

次回更新は5月2日(土)19時です。

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