初めての街歩き その2
入り組んだ裏路地を抜けるとパッと目の前がひらけた。喧騒が耳に飛び込んでくる。
石畳の広場の中心にひときわ高くそびえ立つ英雄の像。取り囲むように屋台が並び立ち、人々で溢れかえっている。広場の周りを見渡せば、カフェや商店が軒を重ねている。テーブルに座って話す人の身振り手振り。木箱の上でカードを叩きつけている男たち。買い物かごをいくつも抱えて怒鳴る人、人、人。
「パン屋!パン屋があります!」
エルヴァの袖を引く。喧騒に負けじと大きな声が出た。
「はい、入りましょうか」
エルヴァが振り返ってハイレーナの手をポンと叩いた。
パン屋の列の最後尾に並ぶ。目の前の初老の男が振り返ると、ギョッとした目でハイレーナ、エルヴァ、マレシュ、と見やり、またハイレーナの上で止まった。満面の笑みを返すと首をすくめて上目遣いの礼が返ってきた。
「この店はたいへん評判が良いので、遠くからも買いに来るのです」
とエルヴァ。頷きながらハイレーナの意識は並んでいる人々に向いている。買ったばかりのパンを一切れもらって齧る子供。後ろに並んだおかみさんたちの亭主の愚痴。何一つ逃したくない。
店内に入るとパンの焼ける匂いに混ざって甘い香りが一段と強くなる。赤を基調とした店内のショーケースにさまざまなパンが並ぶ。数名の売り子が同時に客を捌いていく。勢いの良い掛け声に押されて、どんどん自分の番が近づいてくる。
「どうしましょう。何を選んだらいいのかわからないわ」
「一番売れるのは田舎パンと呼ばれる、丸いパンです。全粒粉で硬いけれど日持ちします」
「この店はリンゴの入ったブリオッシュで有名ですよ」
エルヴァとマレシュからそう言われ、売り子に注文を通す。
「田舎パンを一つ、リンゴのブリオッシュを二つください」
それだけ言うのに祈るように手を組んで、力がこもった。
「あいよ!」と威勢のいい返事が返ってきて、田舎パンを紙袋に入れ、リンゴのブリオッシュは透き通った茶色い紙に包まれる。じーっとその紙を見ていると、
「これかい?いま流行りの油紙さ。これに包んでおくと、油や砂糖が染みないんだよ。まいど、四ダールだよ」はっとして、財布を取り出し、開く。
四ダール、四ダール。
ダールを取り出し、一枚一枚と並べていく。なんだか視線を感じて振り向くと後ろの客たちがハイレーナを覗き込んでいた。目が合うとサッと視線を背ける。マレシュが笑いを噛み殺し、エルヴァはさっとパンの包みを受け取った。
視線を感じながら、やけに静かになった店を抜け広場に戻る。エルヴァが抱えた紙包をマレシュがすっと取り上げた。エルヴァの驚いた顔と、マレシュの微笑みが嫌に目に残る。
マレシュとエルヴァの間に割り込むように話しかけた。
「エルヴァ様!さっきの油紙」
「そうですわね。アレでしたわね」
エルヴァの注意がハイレーナに向き、顔を見合わせて微笑んだ。
「さて、ではどうします?次は何を見ます?」
マレシュが話題を変えた。
「全部見たいです。片っ端から全部!」
人混みに揉まれながら屋台の間に入り込む。
野菜を並べた店、色とりどりの果物を山盛りにした店。ふっと茶葉が匂ってそちらへ足を向ける。その隣は蜂蜜を使った飴を売っている。蜂蜜なのに、透明な飴?首を傾げているハイレーナを押しのけるように、子供二人が割り込んだ。
「おっちゃん、飴くれ!」
「おー1ダールだぞ」
そこへ母親のような女が勢いよく近づいてきた時、誰かがハイレーナの手首をつかんで後ろへ引っ張った。ひゃっと声を出す前に「ハイレーナ様、危ない」とバリトンが降ってきた。
見上げると、マレシュの真剣な目とぶつかった。すれ違いざま女の「チッ」と舌打ちが聞こえる。
エルヴァがすぐ後ろから、鋭い声をかける。
「いけません。人混みはスリも多いのです。私たちから離れないように」
マレシュの手が離れてゆく。
エルヴァがハイレーナの右に、マレシュが左に立って、ガードするように歩きはじめた。
すっかりおとなしくなったハイレーナに、マレシュが話しかける。
「あの飴は蜂蜜とは嘘八百の粗悪品です。1ダールですからね。安すぎますよ」
「どんな店でも気を抜くと一つや二つ粗悪品を混ぜられたりしますのよ」
ハイレーナは目を見張って二人の顔を見る。
「そんな時は喧嘩をするのですか?」
屋敷にくる御用聞の『誰それが喧嘩した』という話を思い出していた。
マレシュとエルヴァが同時に苦笑して、顔を見合わせた。
「なめられないように、機転を利かせるのですわ」
「見る目を磨いて、よく観察して、場合によっては値切ったりしますね」
軒先に山のように古着を吊るした店の前を通る。若い娘たちがきゃっきゃと騒ぎながら、服を吟味している。古着独特の匂いがした。その隣にアクセサリーを売る店があった。台に並べられたブローチに目が惹かれた。ガラス玉でできた赤い実を小鳥が啄んでいる。その赤が、カルネアのインクを思い出させた。
屋台の奥に職人が工具の上に身をかがめて何かを作っている最中だった。
「この細工は悪くない。ハイレーナ様でしたらこれなど、お似合いになると思います」
マレシュが手に取ったのは雫型のイヤリングだった。受け取って耳に近づけ、鏡を覗き込んだ。
「――可愛い」
確かによく似合っている。
「プレゼントさせてください」
艶やかな声が耳元で囁く。
「今日の記念に」
手元の耳飾りを見つめた。
可愛らしいデザインに細かな細工。
でも――。
ハイレーナはマレシュを見るとイヤリングを返した。
「いいえ、今日は自分で買いたいのです」
と言いながら、小鳥のブローチを手に取った。
「これ、ください」
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次回更新は4月30日(木)19時です。
ゴールデンウィークだけど、仕事が山積みの国枝です。更新頑張ります。




