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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 志歩
学院編

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帰れない

 朝の光が瞼を通して感じられる。少しずつ覚醒してゆく意識。ゆっくりと目を開ける。

 見えたのは見慣れた寮の天井だった。

「あぁ」

 何度見回しても装飾のついた白い天井にシーリングライトはない。

 張り詰めていた息を吐き出すと同時に涙がこみ上げてきた。

 

 昨夜。何も起こらなかった。

 膝の痛みに耐えかねて起き上がり、寝巻きに着替えながら自分に言い聞かせた。


 きっと、目覚めた時には戻っているに違いない。

 だって、来た時も朝だったじゃない。

 明日、起きたらあちらの自分の部屋なんだわ。

 

 ――あちらの世界をハイレーナが見たら、なんて言うかな。

 そんなことを考えているうちに眠ってしまったらしい。

 

 

 元の世界に戻ってない……。

 

 何を間違ったんだろう。

 この4年間の何がいけなかったんだろう。

 これ以上何をすればいいの?


 涙が溢れ出す。

 

 帰りたい、帰りたい。

 

 ……お母さん。


 思わず声が漏れた。押し殺そうとしても止められない。

 子供の頃のようにしゃくりあげて呼吸が苦しくなる。

 

 

 

 4年前のあの日。

 

 目を覚ました瞬間に感じた違和感。

 身体が自分のものじゃないみたい。

 手が、白くて細い。手の甲にあったはずの傷跡が消えてる。

 何かが変だ。


 半身を起こして見回す。壁紙や天井、扉の装飾がヨーロッパ風。自分のマンションの部屋じゃない。

 マンション?なに言ってるの、ここは学院の寮でしょう?


 学院?

 私の高校は学院って名前じゃないよ。

 

 もう一度部屋を見回す。クローゼット、机、洗面台。

 

 名前は――『ハイレーナ』

 いや、『小堀華』

 あれ?

 どちらも私でどちらも違う?

 


 ハイレーナの記憶はある。ハイレーナの存在も感じる。

 けれどどこか隅っこの方に隠れてしまっている感じ。

 華は?

 華はここに居る。けど、記憶に靄がかかったみたいでしっかり思い出せない。

 

 思い出そうとすればするほど、頭が痛くなって体が丸まってゆく。

 ついに耐えきれなくなってベッドに突っ伏した。

 激痛に唸り声を上げる。そのまま意識を手放した。


 朦朧としたまま、何度も眠りと覚醒を繰り返す。映像が繰り返し頭に浮かぶ。

 

 ハイレーナの記憶と華の記憶。

 

 ベッドの上で動かなくなったお母様に取り縋って泣きじゃくる自分。泣いて呼んだのに、目も合わせず家を出ていくお父様。屋敷に一人残されて、自分の部屋に閉じこもって過ごした日々。訳もわからず寮に入れられ、入学式でめまいがして寮の部屋で吐いたこと。

 

 ブレザーとプリーツスカートの制服。クラスの机をつなげて、仲良しグループでキャーキャーはしゃいだこと。乙女ゲームの画面。玄関で見送ってくれるお母さんの心配そうな顔。

 

 お母さん……。会いたい、お母さん……。

 

 

 記憶の沼に溺れては覚醒し、眠りを繰り返した。

 部屋の中に誰かが入ってきた様子、寮監と医師の姿。

 起こされて薬を飲む。

 そのまま眠り、やっと目を覚ました時、付き添っていた寮監の心配そうな顔が目に入った。

「新しい環境に慣れないストレスですって。熱は下がったからあと一日薬を飲んで寝ていなさい」

 頷いて運んでもらったスープを飲んだ。

 窓から夕暮れの光が入って、部屋の中は薄暗い。

 寮監が部屋から出ていくのを見送って、ふらつく足でベッドから降りた。

 体が小さい。鏡台の前へ行く。

 鏡に映った自分の顔を見て確信した。

 

 私はハイレーナ・デ・ヴァロネス男爵令嬢。

 乙女ゲームのヒロイン。

 

 鏡の中の不安そうな顔は、ふわふわの亜麻色の髪に大きな深緑色の瞳。少し垂れ目で長いまつ毛。顎はスッキリしているのに唇はぷっくり。12歳にしても小柄で華奢な体つき。

 

 乙女ゲームに興味がなかったけれど、仲良しグループの一人がハマって全員を招待したのがきっかけで遊び始めた。軽めの乙女ゲームだったのもある。ゲームで遊ぶことより、みんなで進捗を話すのが楽しかった。

 現実の恋バナのように「アドリアンがあんなこと言った」「エステヴァンが手の甲にキスする」「きゃ〜いや〜」なんて黄色い声をあげる。「全当たりする!」と決めて、みんなで攻略対象を変えては繰り返し遊んだあのゲームだ。


 どうしよう。どうしてこんなことになってるの?

 みんなはどうしたんだろ。お母さんは?

 お母さん心配してる。

 なんとかして帰らなくっちゃ。


 ここはゲームの世界だよね。

 じゃあ、コンプリートしたら帰れるんじゃない?

 攻略対象は5人。全員卒業までたどり着けば成功。ハッピーエンディングには、誰か一人の恋人になって、卒業式でダンスする。そうだ、誰か闇堕ちしたらバッドエンド。

 

 華は小さくなった両手を握りしめた。

 もしかしたら。

 きっとそう。

 帰れる、よね?


 入学式から四日目。初めてクラスに出席する。見覚えのあるようなないような不思議な感覚の中、校舎の中を歩いて教室に足を踏み入れる。キョロキョロと見回すと教室の隅にポツンと一人で座るオットーを見つけた。この映像は、見覚えがある。

 

 ――やっぱり!ここはゲームの世界で間違いない。

 


 迷わず歩いて行って隣の席に腰を下ろす。

「初めまして、3日も休んじゃったけど、ハイレーナと言います。どうぞよろしくね」

 話しかけられたのが意外だったオットーの肩がびくっとはねた。目を見開いてハイレーナの方を向く。

「あ、オットヴァルドです。あの、僕の隣でよろしいのですか?」

 可愛い、画面で見た通り。

「あら、どなたかこの席に来られる予定ですか?」

「いえそういうわけでは。あの、僕は平民ですし……」

「ご迷惑でしたか?同じ学院生ですもの。仲良くしてくださると嬉しいです」

「あ、迷惑なんてそんな!――こちらこそ。よろしくお願いします」

 どこかホッとした表情のオットー。

 

 ハイレーナは柔らかく微笑んで少し上目遣いをする。

「休んでいた分の授業の内容、教えてもらえますか?」

「ノート、見ます?」

 とオットーが紙束を綺麗に閉じたノートをこちらへ押しやった。

 しばらく様子を伺っていたオットーが遠慮がちに聞いてきた。

「熱で倒れたと聞いています。大丈夫なんですか?」

「ええ、もう大丈夫です。ありがとう」

 

 そう言ってから、ふと思いついた考えが口をつく。

「私のこと、ハナと呼んでくださいね」

 オットーの顔が少し赤くなった。

「――じゃ僕もオットーで」

 ハイレーナは、もう一歩踏み込もうと満面の笑みで提案した。

「嬉しい!ありがとう。ねえ、敬語もなしで。普通に喋って、お願い」

「いや、でも、僕は平民だし、貴族の皆さんと対等と言うわけにはいきません」

「貴族って言っても、私はしがない男爵令嬢だし。同じクラスメイトでしょ?その方が気が楽だから」

「本当に?じゃあ……やってみる」

 

 そう言って笑った顔がとても愛らしかった。


 

 あの時は信じていた。

 攻略すれば帰れると。


 

最後までお読みいただきありがとうございます。


まだ始まったばかり。長くお付き合いくださると嬉しいです。

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