第十七話 旅は終着へ
まだパン屋が仕込みを始めた直後の朝早くに宿を出る二つの小さな影と一つの大きい影があった。
それらは南門の方面に向かって歩き出す。
それらが動いて少し距離ができた頃、宿、横路、普通の建物の屋根達にも人影が現れた。
後から現れた影は先に現れた影と一定の距離を取り、視認されないように警戒して動いていた。
先に動いていた影たちが門をくぐった時、彼らはその門を飛び越えていた。
大きい影は被っていたフードを取り黒いフードを被った二人のうちの片方についた。
「…ジルさん。後、百歩程で森のなかに入ります。後は手はず通りに。」
「…了解です。」
森の中に入り、直ぐには抜け出せない。微かに残る月光が殆ど遮られる時、狩人は獲物を仕留めにはいる。
「今です!」
「ロックスピア!」
シナが抱きついていた子供から離れたと同時にその子供がしゃがみ地面に手を付ける。
すると、三人の周りに突如としてロックスピアが現れる。
茂みからシナに抱かれていた方を狙った二人は胴体を貫かれた。
「よし!…え?」
…2人?おかしい、付けてたのは三人の筈だ!
その時、ワンテンポ遅れて木の上から落ちてきた奴がいた。
そいつはあえてシナから離れた方を狙った。
俺が今魔術を使ったことで、狙うべき対象がどっちかがバレたんだ!
そりゃそうか、必ず殺さなきゃいけないのに二分の一に賭けるわけには行かない!
しかも最悪なことに、本来一撃で仕留めるつもりだったから魔術の用意なんてしてない!
「逃げろ!」
俺が叫んだと同時にシナは既にお嬢の方に移動していた。
身を挺して庇うつもりなのか!死ぬぞ!
『私が狙われても別に問題ないですしね。』
俺の中でこの言葉が響いた。
俺は直ぐに魔術の用意をした。
シナさんにナイフが刺さるのは間に合わないが、敵を取るために。
だが、結果は違った。
ナイフを持って落ちてきた奴は手首を折られてナイフを奪われ、そのまま返り討ちにされた。
「…へ?」
俺は行き場を失った魔術を適当な方向にぶっ放した。
「…何か?」
「え…シナさんって戦えなかったんじゃ…」
「何言ってるの?」
「そんな事はひと言も言ってませんよ?」
「あれ?」
確かに、魔物相手は得意じゃない的な事は言っていた気がするが、対人戦闘については何も言っていない気がする…
「何を勘違いしていたかは知りませんが、私は仮にも聖女候補の付き人ですから。」
そりゃそうか。
付き人は一番近くで世話をする人間。同時に護衛もできなきゃいけない。
それに、聖女を狙うのは基本的に魔物じゃなく人だ。
この人に魔物との戦闘も任せるという事は、対人のプロが、ライオンを殺せと言われているようなものだ。土俵が違うのだから苦手で当然だろう。
「あの日『私が狙われても問題ない』って言ったのは、『死んでも問題ない』じゃなくて『勝てるから問題無い』って事だったんですね。」
「そうよ!シナは強いんだから!」
「まぁ、こんな心配な小娘を残して死ぬなんて考えられませんよ。」
「小娘じゃない!」
その言葉に俺は安心した。
だがそれと同時に、怒らせた時に殺されそうという恐怖が芽生えた。
「(…今以上に注意せねば…)」
「?ジル?何でちょっと固まってるの?」
「そうですか?」
「あっ怖かったんだ〜!言ってくれれば良いのに〜!私が慰めて上げるよ〜!」
「別に怖かったわけじゃないですし!良いですよ!」
「遠慮しないの〜!」
その後暫くお嬢に追っかけられた。
「ジルさん。今回はこの程度でしたが、向こうは此方が国境を越える前に何としてでも殺そうとしてくるはずです。
今回は初回ですので仕方が無いですが、次回からは頼みますよ。」
「はい。」
この人達が死んだら、俺も報酬が貰えない。
最悪、依頼もこの人達も見捨てて家に帰っても良いが、それは自分の良心が許さない。
まぁ、回復役もいるし、いざとなればシナさんも居る。何とかなるだろ。
…だが、その考えは甘かったと、数日後には後悔することとなる。
「優しくお願いします!優しく!」
「毒が回りますから、さっさと引き抜きますよ。」
「どうか!優しく!」
シナさんは俺の肩に刺さってしまった短剣を引っこ抜いた。
「ギイイイヤアアァァァ!」
「聖光よ、蝕む汚れを浄化したまえ。『ポイズンキュア』!」
俺の傷口からはドス黒い緑色をした謎の液体のようなものが溢れた。
「痛い痛い痛い!」
「ジルさん、暴れないでください。」
「待って待って!…聖光よ、慈愛の光で彼の者を癒したまえ『ハイヒール』!」
俺の傷は塞がり、痛みも引いた。
「ハァ…ハァ…し、死ぬかと思った…」
「ジル、大丈夫?」
「あの程度じゃ死にませんよ。」
「いや…アレはマジでヤバイよ…」
今回の襲撃人数は5人。俺も最新の注意を払ってはいたのだが、3人しか仕留められず。
その後、片方に襲われ、至近距離から魔術を撃つことで勝ちはしたものの、肩に毒付きの短剣を刺された。
「本当に対人戦闘が駄目なんですね。」
「そう言ってるじゃないですか。」
本来なら今頃父さんが教えてくれていただろうが、俺は生憎今家に帰る途中なんだよ。
木剣は家に置きっぱなしだし、何も習ってない。
「…これは流石に酷すぎます。」
「でも、しょうがないじゃないですか。」
「出来ないのは、しょうがないです。だから、私が今から教えます。」
「良いんですか?」
「簡単なことだけですけど。」
「ぜひお願いします!」
「…ジル、本当に大丈夫?」
「…?……大丈夫ですよ?」
「…そう。まぁ、頑張って。」
その日の夜から地獄のシゴキが始まった。
「あの…この体勢…まだ…」
「まだ始めたばっかりですよ?そんなんでへばらないでください。」
「ハァ…ハァ…ちょっ…休け…」
「まだ走れますよ〜はい!もう一周!」
「この銅貨を手から落とすので、貴方はそれを地面につけないように取ってください。」
「反応が遅いですよ〜」
「私が殴りかかるので全部避けてください。」
「はい…ガハッ!」
「返事をする暇は無いですよ〜」
良く分からない体勢をさせられるわ。
父さんと走ってたからそれなりに体力あるはずなのに、ゲボる寸前まで走らされるわ。
集中力を使うことをさせて、その後に殴られる…
昭和の体育教師みたいなノリで拷問紛いな事をされた。
「ハァ…」
「ジル、大丈夫?顔が死んでるよ?」
「打撲と筋肉痛と精神的疲労で死にそうです…」
毎朝、楽器を少しやって優雅な朝を過ごしていたのだが、これのせいでやる気なんてなくなってしまった。
「死なないので心配は要りませんよ。」
「こんなスパルタな授業、誰が受けるんですか…」
「スパ…?教国最強の軍はこれ以上に辛いですよ。」
「……僕は軍人じゃない……」
その後、約3か月間このような旅は続いた。
最初は筋肉痛でボロボロだった身体も、今ではかなり走れるようになった。
力は強くなってない。足も凄く速くなったわけじゃない。だが、体力が増えたし、体幹もかなり強くなった。
反応速度も上がった。今では銅貨三つを使ってるが、全部取れる。
そのおかげか、シナさんの拳にも対応できるようになってきた。
やっていて分かったが、体格差のせいで向こうは攻撃しにくいんだ。
だからこそ、避ける事に専念できれば、掠るくらいで済む。
実際、襲撃の時にも、ナイフを避けれるようになったし、日常でバテるということがなくなり、お嬢はシナさんが抱えてくれるので、1日で進める距離も増えた。
だが、少し残念なのはもう既に国境は越えているので襲撃がほぼ無いことである。
魔物の方が圧倒的に多い。
「…この辺りで良いでしょう。これから下山して、村を転々としながら街を目指します。
街についたら、この旅は終了です。」
「分かりました。」
「ジル…もうお別れなの…?」
「そうですね。」
「嫌だよ…一緒に居ようよ…」
「まだ時間は有りますから、そんなクヨクヨしないでください。」
これで、この旅も最後か…
俺も既に6歳だ。…長かった。
でもこれでやっと依頼も終わる。
金貨10枚なんて何に使おうかな。
お土産もいっぱい買って帰ろうかな。
そんな思いで下山した。しかし、村は無かった。
だが、しばらく行った所にたまたま大きめの家が見えた。
其処には一風変わった大家族が過ごしており、一晩泊めてもらえることになった。
どうやらこの家族は街が苦手だったらしく、街から少し離れた所に家を建て、過ごしているらしい。
子供も6人居てとても賑やかそうな家だった。
「街なら、ここから5時間程馬で行けばすぐに着くぞ。」
俺たちの旅は終わりが見えた。
そして、久々にベッドの上で寝ることができた。




