第38話 エリーのために
ローゼンフェルゼン 商工会“踊る針と歌う鎚” 軍需産業工場 #7棟
―第6紀 370年2月71日(土曜日)7刻
「どうぢゃった?」
「想像以上です.すばらしいですよ,イサラミナさん.」
イサラミナはパスカルに商工会“踊る針と歌う鎚“で生産した新兵器群を見せた感想を聞いた.将軍の反応は上々である.
「そうぢゃろ.自慢の商品なんぢゃ.これを将軍特権でルーク国王陛下に購入してもらってほしいのぢゃ.買ってもらえないと,困るのぢゃ.今のところ,すべて“踊る針と歌う鎚”で持ち出しているので,大赤字なのぢゃ.」
「そうでしょうね.で,おいくらですか?」
「一括払いはムリなことは理解しておる.この目録に記載してある数ならば,10恊年分割払いで,毎年 金貨1500万枚ぢゃ.しかも,国の財政を配慮して金利3%ぢゃ.」
「なるほど,ギリギリ払えない額ではないですね….まあ,価格交渉は僕の仕事ではないので,国庫省大臣と戦ってください.」
「それは承知しておるのぢゃ.では,国王陛下に推薦よろしくなのぢゃ.それと….」
「それと?」
「できれば,“空軍”の司令官はパスカル殿が良いのぢゃが,どうぢゃろう?」
「ええ,新参者の将軍はですね,そう簡単に従来の部隊に浸透できないものです.新軍団,とてもいいと思いますよ.これを見せられて,自分でやりたいと思わない人物などいないかな.」
「当然,うちも傘下に加えてほしいのぢゃ.」
「わかりました.これらのすべてを理解している人物は必要ですよ.」
「ちなみにぢゃが,パスカル殿はうちとエリー殿の関係性をどれくらい知っておるのぢゃ?」
「まあ,大学校の先輩で,プッペンスタットでとても懇意になっていたと,聞いていますよ.アンジェ,メアリー,それと,リエリとも交友があったとかかな.」
「詳しい話はそのうちできれば良いのぢゃが,うちはエリー殿が幼かった頃も知っておるのぢゃ.パスカル殿が思っているよりも,エリー殿との縁は深いのぢゃ.」
「個人的な話ぢゃが,ちょうど10恊年前まで,うちはフィーレリザーフェン鉱山に暮らしておったんぢゃ.鉱山が魔族軍に陥落した時に,うちは師匠と親友,そして故郷を失った.
そして,ヴィッセンスブルクに出て学び,ローゼンフェルゼンに腰を据えたんぢゃ.そして,新たにできた友人の少なくないものが,またしても魔族に殺されたのぢゃ.」
パスカルはイサラミナの話におかしな部分があるのに気がついたが,話を聞くのに徹した.
「魔族が攻勢を強めてくることは軍事に素人のうちにでも予測できた.もちろん,こんなに早く,しかも,こんな一方的に負けるとは思っていなかったのぢゃがな.…話を戻すが,魔族どもに対して,うちは強い恨みを持っておるんぢゃ.だから,商工会“踊る針と歌う鎚”は軍需産業を一つの柱にしておったのぢゃ.今日のような日を迎えるためにぢゃ.」
「パスカル殿…」イサラミナはモノクルをつけていな方の目に怒りを浮かべながら,もうすぐあふれんばかりの涙を溜めていた.
「うちはパスカル殿に,商工会“踊る針と歌う鎚”を含めた,うちが持てるすべてを賭けてみようかと思っておるんぢゃ.そなたがエリー殿を失った思いと,うちの思いはだいぶ重なっていると思っているんぢゃ.エリー殿と言う共通点も,そうでない部分もぢゃ.だから,共に魔族どもを打倒そうぢゃないか!」
そう言い,涙がこぼれる.
「わかりました.その思い,承りました.」
涙を拭いたイサラミナはパスカルを見て,言った.
「エリーのために.」
「ええ,エリーのために.」
「そしてぢゃ,星に還った多くの仲間たちのために.」
「人類種の勝利のために.」
ヴィッセンスブルク 聖山アラマト大神殿 神殿長室
―第6紀 370年3月1日(火曜日)1刻
「わたしたち,なんで怒られているのでしょうか?」
聖山アラマト大神殿の神殿長の部屋に呼び出されたミカエリーネ,イスラフィーネ,ジブリーネはこめかみに血管がくっきりと浮き上がっている神殿長に奴隷座させられていた.
「だれが【超広域不死定命回生】を使用して良いと言った? あの儀式は神殿長判断でのみ使用できると教えたな?」
「そう…でしたっけ?」
「知らな~い.」
「ミカ姉ぇが,やるって決めました.」
「イスラフィーネ!この裏切りものぉ~!」
「ひぇっ!」
「だまりなさい!いいか? 不測の事態のためにこの神殿で約20恊年貯めておいたマナをすべて献饌しても足りず,今後約10恊年分の備蓄マナに相当する量を3天使様にお待ちしてもらっているのだぞ!怒るのも当たり前だと思わないのか!」
「わたしたちが……体で払います.」
「あぁん!何をバカなことを言っているのか!あなたたち体からマナを全部引っこ抜いて支払っても一袋の麦に一粒の麦を足すようなものだ.すずめの涙くらいにしかならない!状況を詳しく確認せず,あなたたちを派遣したのは私のミスだ.あなたたちだけに責任を押し付けるつもりはない.ないのだが!……あぁーーーっ,もういい!下がりなさい!」
「「「はい,神殿長.」」」
奴隷座させられ慣れている3人は全く苦にすることもなく,飛んで逃げるように神殿長室から出ていく.
そして,
「イスラフィーネぇ!」
「ひぇ~っ!」
「ふわぁ~っ,お昼寝しよう.」
窓から3人の声がここまで聞こえてくる.
「はぁ,なんであの体たらくで神聖儀式がなんのこともなく発動するのかわかりません.天使様方も丸くなられたということなのか?」
神官は聖典に記されている厳しい教義を守る必要がある.この3人の若い女性神官は明らかに落ちこぼれであった.
神官の多くは治癒神官や生誕神官になることを望む.それが人々の役に立つことを知っているからである.彼女らは3人とも親のいない子であったため,神殿で育てられ,治癒神官として修行したが,問題を起こしたり,あるいは,役に立たなかったため,不死浄化神官に左遷させられてきたのだ.にもかかわらず,最も高度な大神官級神聖儀式魔法を安々と行使してくる.何十人も必要なはずの【超広域不死定命回生】をたった3名で行使できる実力は底知れない.
「これからの世に必要な子たちだから,天使様方も大目に見ていらっしゃるって思っておかないと,この神殿から追い出してしまいそうだ.」
ヴィッセンスブルク アルトスタット区 ホテル ザクリスタイ 811号室 内務省仮設本部 内務省大臣 執務室
―第6紀 370年2月33日(火曜日)5刻
「これはかなり心が痛いわ.でも,もうどうしようもないの.」
ベアトリスは内務省大臣が星に還ったため,とんでもない業務量をこなしながら,ある法令の草案を準備していた.
原案があったのだが,それを読み,彼女は激怒した.余りにも背後の後ろ暗さに気がついてしまったからである.その法案を破り捨て,公平でかつ後でマギアスの人口に影響がないようできるだけ少ない女性が当たるようにした.
[ 女性マギアス強制徴兵令及び強制労働令
次に当たるものは強制的に従軍の任に着くことが義務付けられる.
一,賢者級もしくは術者級の女性マギウス.
二,一般級女性マギウスの内,当該法令施行期間に就業していないもの.期間中に解雇されたものを含む.
ただし,次に該当するものは除外する.
一,妊娠中のもの.
二,自分自身で九歳以下の親権を持つ子供の育児を行っているもの.(メイドなどを雇い,自分自身で育児を行っていないものを除く.)
三,新婚の者.ここで言う新婚とは婚姻してから3年未満を言う.
四,成人前の女性.もしくは大学校に進学している者.ただし,7年以上在学している者を除く.
五,貴族.ただし,名誉職並びに準爵を除く.(なお,別途,貴族に対する従軍命令は国王から発せられる.)
六,領主.ただし,名誉領主を除く.
七,壁守.ただし,ウィルダネスと直接接していない街中の区壁を守護する壁守を除く.
八,上級官僚.
九,神官.(なお,別途,神官に対する神官従軍配属命令は各神殿から発せられる.)
十,高額納税事業主.ただし,複数の事業主で運営している場合,そのうちの一人だけが対象とする.
十一,断罪官,司法治安官,教授,代弁官,代書官など,別途,施行規則で定めた公共労働従事者.
十二,すでに軍務についているもの.
従軍に従わなかったものは,当法令施行期間の間,魔力強制徴収刑*と処す.
次に当たるものは就業の任に着くことが義務付けられる.
(・・・以下,略.)
公布日:第6紀 370年 3月 1日.
施行日:第6紀 370年 4月 1日.
終了日:戦争終結まで.別途,改正通知による. ]
ベアトリスはこの法令案に従えば,除外第八項によって,従軍の義務はない.でも,どうしてもそれは自分で許せないと思っていた.
「この法令が通ったら,内務省を辞めよう.私は戦うわ.」
そう決意した.
内務省は国民を管理していた.そして,ズーデンヴァルトとエーデルシュタインが陥落したことで,どれくらいの被害がでているのかほぼ正確に把握していた.
マギアスは元々女性の方が多い.戦争に出ていた男性マギアスの多くが戦死してしまった.もう,女性を戦場にださないと,戦線を維持できなく程に追い込まれていたのである.その状況の中,新生アラグニア王国は国を二分する状況になり,ただでさえ少なかった男性マギアスの約半分は敵対する外国人になった.もう,どうしようもなくなったのである.
反戦派,そして,女性従軍反対派であったベアトリスはここで折れ,覚悟を決めたのである.
*)魔力強制徴収刑 : マギアスから強制的にマナを吸い出す刑罰.マギアスにはクラスブレイクがあるため,非常に強い精神的な苦痛を受ける.マナは,市民級,つまり,マグニルと同じレベルになるまで,抜き取る.これにより,受刑中は魔法使いではなくなる.




