第1章 エピローグ そして,三日月はひとり故郷を発つ
ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家 地上階
―第6紀 370年3月37日(風曜日)5刻
「ガブリエリナさん,手紙です.」と,料理を作っている時に受取確認付封書と普通の手紙の2通が届いた.
「ありがとう ござい ます.」リエリはその手紙を受け取った.一つはパスカルからで,もう一つはかなり分厚い封書だったが,そちらの方は見もしなかった.
「えへへ パスカル から お手紙 なんだろう.」
[ 親友リエリ へ
君のおとうさんについて,調べておくと言っておきながら,だいぶ時間がかかって すまなかった.
エーデルシュタインの街から箒で脱出されて,撤退するための飛空艇に乗られたところまでは確認できた.しかし,イルミンスールには着いていなかった.実は,魔族に撃墜された飛空艇が1隻あった.どうやらそれに乗られていたようだ.その飛空艇はエーデルシュタイン監視塔#4から見て,土極基準3刻15分の方向,約37キロメルテの攻撃性森林に墜落した.たぶんあのリザードマンが魔法で撃墜したのだと思う.推測ですまないが,これ以上はわかりそうにない.
パスカル ]
「そっか. パスカル 調べて くれたんだね. わたしの ために. ありがとう.」
そして,手紙を食卓の上にポンと置いて,台所に戻って料理を作り続けていた.
ベアトリスはだいぶ前にリエリの家から出て行っていた.
そして,クロエの父親が瘴気肺炎を拗らせて回復せずに,そのまま星に還ってしまった.彼女の一家は苦渋の決断としてラ・フォン商会の再興を断念し,一家でイルミンスール自治区へ引越することにした.クロエは泣きながら,
「悔しい.とても悔しいよ.」と,言い残し,1恊週間前に出ていった.
やっと,2恊日前に,葬儀の順番が回って来て,父ジョエルの埋葬を行った.エリーの時と同じく,再び,
(埋葬した 灰の中に パパが いない.)のだと思った.
パパは今,部屋に飾ってある小さな【転写絵画】になっている.
3人だけの食卓を囲む.
「「大地母神アリアンフィール様の思し召しに.デウス ケルテー ヒーク エスト.」」「だぁーぁ,あーーっ!」
「今日 ラフィー ご機嫌 だね.」
「そうね.」
「いままで みんな いたから 騒がしかったけど いないと さみしい ね.」
「そうね.」
「戦争 早く 終わらない かな.」
「そうね.」
「…」
2恊日前から,母エリアーヌが再び落ち込んでいるのである.葬儀を行ったことで,父ジョエルが星に還ったことを再認識したからである.
「ごちそう さま.」
ふと見ると,手紙があった.そういえば,もう1通手紙が来ていたのを忘れていた.リエリは封書をとり,破って開けようとした.
ガチャン.
「ひゃい!」
リエリはカップの割れる音に驚いた.エリアーヌが手に持っていたカップを落として割っていたのであった.
エリアーヌが封書を見て,目を見開いて震えていた.リエリは慌てて,
「ママ 大丈夫?」と,カップの破片を拾い集める.
「リ,リエリ.大丈夫じゃないのはあなたよ.」
「え? どういう こと?」
エリアーヌが封書を指差す.カップの破片を机の上に置き,封書を見る.差出人に[軍務省人事局]と書かれていた.慌てて中身を確認する.
[ 強制徴兵命令書
あなた, ガブリエリナ・フォレシガール は,女性マギアス強制徴兵令及び強制労働令に基づき, ヴィッセンスブルク軍 第 8 軍団 女性マギアス箒部隊 に配属されました.3月51日から3月77日までに,別紙1に示したヴィッセンスブルク軍 新兵準備課 2番窓口 にて入隊手続き,もしくは,入隊延期申請をすること.
なお,期日までに手続きしなかった場合,逮捕されることになります.
軍務省人事局 ]
「ふう~, ほんと だったんだ.」
リエリは仲良くなったベアトリスから女性マギアスが強制的に徴兵されることになることをそれとなく聞いていた.
(事前に 聞いて いても, やっぱり 戦争に 行くと 考えると とても 怖い. ママと ラフィーを 置いて 行っても 大丈夫 なの かな.)
「リエリ,あなたも 星に還ってしまう の?」震える声でエリアーヌが聞いてきた.リエリはなんて縁起の悪いことを言うのかと思ったが,母にとても心配されているだけだとは わかっていた.
「わからない. でも, どうなっても, ママは ラフィー と生き延びて.」
まだ,期限まで日はある.進んで行きたいわけでもないし,少しでもママとラフィーと一緒にいたかった.
翌日,リエリはおさげをバッサリと切り落として,髪の毛を短くした.そして,切ったおさげを三日月の髪留めでまとめて,きれいに布に包み,自分の机の上に置いておいた.パパもエリーもアンジェも埋葬した灰には含まれていなかったことを思い出して,もしもの時のため残しておくことにした.
「これで もし わたしが 帰って これなくても なんとか なるよ ね.」
パスカルにお礼の返事を書いた.パスカルも戦場に行っているので,実家宛に手紙を書いても,しばらくは見られないだろうとは思っていた.
そして,イサラミナにも手紙を出した.“例の会”をどうするのかを相談するためである.
続けて,最後になるかもしれない会誌を作成し始めた.
それから,仕事先に退職することを連絡しに行った.
「リエリちゃん,必ず帰ってくるんだよ.」と清書屋のオーナーには気の毒な顔をされて,優しく言われた.
「今まで ありがとう ござい ました.」と,お礼を言い家に帰る.
軍需産業のアルバイトの方はそっけなかった.
期限6日前には会誌を全会員に送付した.イサラミナから返信がなかったため,これが最後になるかもと,一文付け加えて,送付した.
期限3日前に,やっとイサラミナから手紙が帰ってきた.
[ 親愛なる リエリ会長
3月75日に うちの商工会から人をやるので,3冊あるうちの2冊を分けてもらえれば,ローゼンフェルゼンからレンタル業務を続けられるのぢゃ.
イサラミナ ]
と連絡があった.もう明日だ.
翌日,ロジーナというドワーフ女性が訪れてきた.彼女が,イサラミナさんが派遣してきた女性のようだ.
「会長さん,初めてお目にかかります.とてもきれいな方で驚いていますよ.」
「き きれい …?. あっ! 本を 持って 帰って くれるん ですね. お願い します.」きれいと言われると一瞬固まってしまった.
「しばらくの間,このロジーナが会長代理として,頑張って恥ずかしくないように会長のお仕事の代わりをさせてもらいます.」
「よろしく お願い します. あの, もしもの ことが あったら, そのまま お願い します ね.」
「もしものこと…….はい,お任せください! お気をつけて.お帰りを待っています.」
「はい.」
しっかり,握手をして別れた.
前日に,パパとエリー,アンジェ,ウィリアムのお墓参りに行った.
最後の晩餐,…でも,自分で家族みんなの夜ご飯を作った.
「ママ, 明日 期限の日 なんだ. 行って くるね.」
「そうね. いってらっしゃい.」
「…」
とても不安になりながら,その日を迎えた.
怖くて不安でなかなか眠つけなかった.
「ふわぁ~っ! 寝すご した.」
そのせいで朝寝坊してしまい.慌てて身支度をする.
リエリは玄関で二人を抱きしめる.このぬくもりは忘れないだろうと思った.赤ちゃんの体温がとても心地よい.
「ママ 行って きます.」
「いってらっしゃい.」
「ラフィーも 行って きます.」
「あーーっ!」
今日もラフィーはご機嫌がよかった.
後ろ髪を引かれながら,家を出る.
家のある1ブロックの十字路で振り返ると,まだママとラフィーは家の前で,立ってこちらを見ていた.リエリは手を振る.ママはボーっとしているのか,リアクションはない.家に戻ってしまいたくなる.
でも行かなければならない.
もう,振り向かない.決心が緩んでしまいそうだったから.
怖い.これからどうなるか考えると怖い.
さらに,1ブロック進む.振り向かないと考えていたのに振り向いてしまった.二人はまだ家の前で立っていた.立ち止まって,手を振って見る.相変わらず,ママはリアクションがない.
心配だ.二人のいる家に帰りたい.一歩家の方に踏み出す.
すると,ママは手を振り返してきた.
なんとなく,ホッとしたし,今は家には帰ってはいけないんだと,再び覚悟した.
そして,リエリは前を向いて歩き続け,家族のいる家を一人で出て,故郷を発った.
第1章 おわり.
第2章 2026年8月 投稿開始 予定!




