第36話 家の恥だ
ヴィッセンスブルク シェーネフェルト区 転移門中央ステーション
―第6紀 370年2月27日(火曜日)3刻
「ヴィッセンスブルクが不死に襲われるとはな.しかも,国の中心でそのような事態になるとは信じられない.」
ルーク王子とパスカルを含む取り巻きはイルミンスール駐屯地に詰めていたため,センテル区瘴気汚染事件の時,王城にはいなかった.
事件を知って,転移門を使い急いで帰ってきた.転移門はまとめてシェーネフェルト区に作られており,王城ともセンテル区とも離れており,まったくの無事であった.
戻ってきた彼らを一人の胡散臭い人物が迎えに来ていた.
「おかえりなさいませ,王子殿下.人払いしていただけないでしょうか?人に知られてはならないお話がございます.」
「青鴉,忙しいこの時に聞いておかなければならない話か?」
ルーク王子はこの人物,情報機関“白梟”の表仕事をしているこのトップが嫌いだった.
「私がどうでもよい話など持ってきたことがございますか?」
と,失礼にも質問に質問で返してきた.もちろん,こういう所が嫌いなのだ.
「ふん,では聞こう.」
「人払いは?」
「不要だ.ここにいるのは側近中の側近.問題ない.」
「そうですか.では,遠慮なく申します.ジャック国王とヴィクトリア女王が星に還られました.」
「ああ,そんなことは知っている.だから,帰国してきたのだ.」
「そうですか.では,星に還る前に二人とも“不死”になっていたことはご存じですか?」
「なんだと! ど,どういうことだ!」
「不死?」「なんですと.」
「魔族の四魔殺と思われる ビフロザルドが王城を襲い,瘴気をばらまきました.その瘴気でお二人とも不死になられたのです.」
ルーク王子は目を見開いて,青鴉をおびえた目で見返した.
「…ストックデール家から不死を出すなど 家の恥だ.そんなことが貴族や市民に知れ渡ってしまうと,王家の沽券にかかわる.なぜそのようなことを今話す必要がある!」
「だから人払いをと,申しましたが.…ちなみに,市民たちの間ですでに噂になっております.王家が不死に堕ちたと.」
「くっ!父も母もそろって最悪だ.箝口令を出せ.」
「殿下,箝口令は逆効果です.すぐに両陛下の葬儀と殿下の国王就任をしてしまいましょう.まずは両陛下の遺体を作りましょう,いろいろな魔法を駆使すれば可能です.そして,市民たちに遺体を見せれば,不死の噂などすぐに消えます.」
「くっかっかっか!王子.面白い新人を引き入れたのですね.」
「何が面白い,クソ青鴉!」
「いや,彼の言う通りにした方が良いです.王位につきたいのなら…ね.」
「ファンデルメーデン将軍,お久しぶりですな.順当に足場固めをされているようで何より.…応援しております.頑張ってください.」
「この前お会いした時と全く印象が異なるのですが,本当に青鴉殿なのですか?」
「私の固有魔法ですよ.次に会う時も違う顔で会うことになると思います.では,さようなら.」
(諜報機関 白梟…この前の黄栗鼠といい,この青鴉といい,ほんと得体のしれない人物ばかりだな.信用してもいいのか? いや,彼らは味方にしなければならない人物たちだ.王子のように敵対するなど愚かなことだ.僕の味方に付かせ,上手に使い,そして,信用しすぎない.)
ルーク王子はパスカルの進言通りに,両陛下の葬儀を行い,そして,国王を継ぎ,第11代国王ルーク・フォン・ストックデール・ツー・アラグニアとなった.王城とセンテル区は復興するまでかなりの時間を必要とすることが判明したため,一旦,旧市街地でもあるアルトスタット区にある“ホテル ザクリスタイ”を仮の王城とした.ルークは前国王ジャックよりは やや優秀だった.良い人材を集め,急ピッチで王国の立て直しをはじめたのである.
しかし,それを許さない人物がいた.もう一人の王子であるライオネルである.彼は北方改革派にさらわれたのではなく,エーデルシュタインで共に戦ったイクセルの誘いに乗り,兄と決別し,アイゼンシュタットへ身を寄せたのである.
誘われた時は,“修行の旅”という名目でついていったのだが,突然,国王と女王が星に還り,ライオネル王子の実の母である第二女王も一緒に星に還っていた.
そして,彼は兄 詐称国王ルークが勝手に国を継いだと主張しているだけで,兄は正統なアラグニア王国の継承者ではないとした.ルークが賢者級のマギアスではないことを当てこすり,ライオネル王子が正当性を持つとしたのだ.ライオネル王子はアイゼンシュタットを仮の首都として,“北方アラグニア王国”を名乗り,国を分割すると宣言した.そして,ルークの治める国を勝手に“東方アラグニア偽王国”と言う名前を付けた.
もちろん,ルーク国王は激怒した.
「ファンデルメーデン将軍,あのバカ ライオネルを殺して参れ!」と命令を出したが,
「陛下,ズーデンヴァルトを奪還する方が先です.どうせ“北方アラグニア王国”を名乗る反逆者どもは我々には手出しができないのですから,好きに言わせておけばよいのです.魔族から目を離してはなりません.」と,ド正論を述べた.
ライオネルの側近,つまり,北方改革派もバカではなかったため,ライオネルがヴィッセンスブルクへ攻め込むと言った無策無謀を止めて,麦の出荷を停止する経済制裁を行い,中央に嫌がらせを行った.
すると,ヴィッセンスブルクでは麦の価格が急騰し,敗戦の知らせとも相まって市民たちの不安が爆発して,北方改革派,今の“北方アラグニア王国”のアイゼンシュタットと密接に関連していた大商会であるヴァルタースハウゼン商会とブリーゼマイスター商会(共にフィーアグロッセンの商会の一つ)が襲撃され,略奪され店を燃やされた.
これは“北方麦騒動事件”(2月55日)と呼ばれた.
司法治安官はこれに対して厳しく対処し,これに参加した主要人物を次々と逮捕して,そして断罪府は情状酌量もなく,ウィルダネスへの追放刑にした.
この事態になった所に,商工会“踊る針と歌う鎚”は,商工会の優先会員になれば,麦を安く買えると宣伝をうち,顧客の囲い込みを行い,売り上げを急激に増加させた.これによって,世界第二位の商工会にのし上がった.
第一位の商工会“賢者の錬金窯“はヴィッセンスブルクに本店を構えていたため,センテル区瘴気汚染事件で会長が星に還って,商工会としての判断機能が低下しており,”踊針“の躍進を止めることができなかった.
箒工房である“アツゥルヴェルクスタット”も本店がセンテル区にあった.こちらは業務提携をしていた“踊針”に援助を求め,事実上,“踊針”の傘下に入ることで体裁を保つことができていた.軍用箒の生産を止めることができないため,会長がそういう英断をしたのだ.
商工会“踊る針と歌う鎚”はローゼンフェルゼンを拠点としていたため,戦争にもセンテル区瘴気汚染事件にも全くの影響がなく,七賢会議で決定する方式だったため,イサラミナが徴兵されようが七賢の誰かが商工会を機能させ続けていた.特に,イサラミナの指示で大きく軍需産業部門を拡張していたため,麦騒動以外でも軍への軍需物資の販売が大きく,経営を上向きにさせた.
そして,フィーアグロッセンによる寡占状態は崩壊し,商工会二巨頭の過激な競争時代へ突入していった.
ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家
―第6紀 370年2月29日(風曜日)6刻
「リエリさん,また泊めてください.」
「ベアトリス さん, 今度は 何に 追われている の?」
「う~ん? 不死? …でなくて,わたしの家はセンテル区にあるのですが,不死のせいで帰れなくなったんです.それで,ダメですか? パスカルさんがつかまらなくて,あはは.」
「パスカルの ところは 絶対に ダメ! えっと いつまで?」
「内務省が借り家を準備してもらえるまでです.数恊週間でしょうか?」
センテル区は商業地だと言っても,約60万人の人が住んでいた.事件で21万人が死去し,残りの人たちが一斉に住居を失い,ヴィッセンスブルクは極端な住居不足になっていた.住むところがなくなって,道で過ごしている人もいるくらいだ.2月は春だと言っても夜は寒い.
ヴィッセンスブルクでは住居がないものは近隣の街に追放刑にされるので,今までホームレスがいなかったのである.
「わかり ました. 先客が います けど, いいです よね?」
「はい.贅沢は言ってられません.」
「クロエ, こちら ベアトリス さん.」
「初めまして,ベアトリス・フォン・モーガンです.内務省で働いています.」
「こちらこそ初めまして,クロエリーヌ・ラ・フォンです.センテル区のラ・フォン商会の娘です.」
「えっ!?あの,ラ・フォン商会の? そういえば,店員をされていますよね? 見たことあります.フロランタンとてもおいしいので気に入っていたのですよ.それ以外も,エルフ製のいろいろな小物を買ったりしてました.…家に置いていたもの全部,瘴気で腐敗しましたけど…」
「お買い上げ,ありがとうございます.ぜひ,またお買い上げください…と,言いたいところですけど,店の商品も全部ダメになって,売れるものがなくなってしまいました…」
一瞬,沈黙が訪れたが,3人で今は面影もなくなったセンテル区ネタのジモティーしかわからない話で盛り上がって,すぐに仲良くなった.
「これからどうなるんですか? 内務省にお勤めなら,何かご存じじゃないですか?」
「内務省も大臣閣下が星に還られてしまって,次の大臣も決まってなくて,右往左往しているんです.国中がそんな感じです.このままでは魔族どもに国中蹂躙されるのではないかと考えると怖くて,怖くて.自分の家でないところに一人では心細くてリエリさんのところに伺ったんです.」
「そうなんですね.私の一家は,父が瘴気肺炎を発症してしまって,今,聖山アラマト大神殿診療所で治療を受けています.家族バラバラになって,いろいろなところにお世話になってるのです.
店があんなになってしまって,実は父の治療費もないんです.店にあった金貨や銀貨も腐食していて,【金属腐食還元】しないといけないのですが,その魔法を知らないうえに,神官たちに頼むと逆に奉納寄付でお金がなくなってしまいますので,八方塞がりなんですよ.
一番問題なのが,契約書や売買伝票なんかが腐敗してしまって,資金回収も支払いも目途が立たないんです.とにかく,当面の生活資金が必要ですよね.」
「私は家が住めなくなっただけで,内務省で働けるだけ,クロエさんよりも恵まれているのですね.内務省で何とか助けたいとは思いますが,内務省自体をまずどうにかしないといけない状況なのです.すみません.」
「いえいえ,商家の人間は強いですから,こんな逆境くらいなんとでもして見せますよ!それに,王国政府に借りを作ったりなんかしませんよ.」
「まあ!」
「「うふふふっ.」」
「みんな 大変 そう. そろそろ おなか すいた から 夜ご飯を 作ろう, ね?」
「「賛成!」」




