第35話 センテル区瘴気汚染事件
ヴィッセンスブルク ニーベル区 凱旋門広間
―第6紀 370年2月26日(天曜日)6刻
「やっと着きました.疲れたよ,ミカ姉ぇ.ねぇ,せっかく街に来たんだし,疲れをとるのに甘いものをたべようよ.」
神官アルブに白に金の羽が刺繍されたストラをまとった3人の若い女性神官が騒ぎになっている街中に現れた.
「これから不死を浄化するのよ,甘いものはその後.ジブリーネがマネするでしょ,しっかりなさい,イスラフィーネ.」と,ミカ姉ぇこと,ミカエリーネは答えた.
「アラマト山を下りて,それからず~と歩きなんだよ.ゴーレム馬車で来てもよかったんじゃないかなぁ?」
「神官はいかがわしい“五星魔法”を使ってはならないのです.」
「ええ~,ゴーレム馬車はマギアスが魔法を使って動かしているから,乗客は魔法を使う必要がないから,神官でも乗っても大丈夫なのに~.」
「近くで いかがわしい“五星魔法”を使われると,“信仰”が穢れます.」
「ええ~,そんなこと言ったら,マギアスに怒られるよ.魔法,憧れるよぅ.わたしも使ってみたいなぁ.♪魔法少女 イスラフィーネ♪.」
「こらっ!イスラフィーネ!あ・な・た・は!」
「ひゃい!」
「ふぁ~~~っ,ねむい.もう,寝ていい?」
「ダメよ,ジブリーネ.お仕事よ,はぁ.なんで私の組はこんなのばっかりなのかしら.」
「神官様,治療をしてください.先ほど,不死が…」
ミカエリーネは治療を求めてきた男性を吊り上がった瞳でやさしく見つめたつもりだった.
「ひぃっ!」
神官なのに目つきの悪さに男性はビビった.しかし,彼女の目つきの悪いのは生まれつきである.
「治癒神官は白に緑の輪のマークで,白に金の羽は不死浄化神官よ.知らないのですか?」
「すみませんでした~っ.」男性は逃げて行った.ミカエリーネは怒っていなかったのだが,恐れおののくように逃げられてしまった.
「あれ? あの~~~!」
王城正門通りでも,ニーベル区とセンテル区の境にある凱旋門で不死を封じ込めていた.彼女ら女性神官3名が来ても,司法治安官に気づかれずに門が開けられることはなかった.
「今日は店じまいみたい~,帰って寝よう.」
「何もせずに帰ったら神殿長に怒られて,ひどい特訓を受けるはめに合うわよ.」
「ふぇっ!それはイヤ~!…ここを開けて!不死を浄化に来ました~.」と,ジブリーネは門をコンコンとたたく.
「ちょっと神官様.この門は解放できません.この先は不死であふれています.とても危険なのです.」
「この門を管理している責任者は誰なの? ここに呼んで来なさい.」
「隊長は忙しくて,お相手できかねます.」と言って,すぐに去って行った.司法治安隊には全く相手にされなかった.
「ちっ! …わたしたちをなめているのですね.」
「だって~.…やっぱり,帰って寝よう.」
「ミカ姉ぇ,門を開けるのも天使様にお願いしたら? 先に門をあけると,瘴気があふれてきちゃうよ.」
「それもそうね.たまにはまともなことを言うのね,イスラフィーネ.じゃあ,ジブリーネが天使様に門を開け閉めしてもらって,私とイスラフィーネは最初から瘴気を浄化するわよ.」
「わかりました.」「は~い!」
『偉大なる大地母神アリアンフィール様に仕えし第三位天使のエステノール様に願い奉ります.私こと,聖山アラマト大神殿不死浄化神官のミカエリーネの奏上をお聞きいただきたく,ご降来くださいますようかしこみ申します.』【天使降神対価献饌-37Kマナエルグ消費】
ミカエリーネは地面に片膝をつき,両手を組んで額に当てて,精霊語で天使に呼びかける.
『♪ルルルララルララ~ン♪』
空間が強く光り輝きキラキラと小さな光が降り注ぐ中,中級天使が精霊界から物質界に転移してくる.宙に浮かぶ天使は神々しく光り輝いており,眩しくてそのお姿を直接見ることはできないが,小さな体に羽を生やし頭の上には光輪を浮かべていた.天使は不思議な歌のような,あるいは,楽器で奏でる音楽のような不思議な発音で呼びかけに応える.
そして,イメージが直接頭の中に飛んでくる.忌まわしき不死がいると.そのすべてを消滅させよと.
『エステノール様,私の願いも不死の消滅.私に不死を浄化するお力をお貸しください.』
『♪ルルルララルララ~♪』
当然のように天使に対して払うべき報酬,つまり,マナ献饌を求めてくる.
『大変恐縮ではございますが,マナ献饌は後日聖山アラマト大神殿にまとめてご請求くださいませ.』
『♪ルル~♪』と,了承が得られた.
同様に,イスラフィーネが第三位天使エレノールを,ジブリーネが第三位天使リリアノールを降神させており,3人でセンテル区の方へ歩き始める.
凱旋門の門扉が開き,あふれ出てくる瘴気が3天使から放たれる後光によって,みるみる浄化されていく.3人が中に入ると門はドンと音を立てて閉まる.
『さて二人とも,ザコ不死は後回しで,始祖を倒しに行きますよ.』
『♪ルラルル~ン♪』と,天使エステノールは始祖のいる場所のイメージを飛ばしてくる.
『あはっ! 茶屋“キーフェルンザッペン”の前だよ~,後で甘いものが食べれるね,ルカ姉ぇ.』
『♪ラッラル~♪』
『…あのね,食材が腐食している,でしょ?!』
『! …残念.』と,落ち込む.
「来たな! アリアンフィールの小間使いめ.」
陰影腐敗のビフロザルドは天使たちの存在を認知した.天使は不死の天敵である.
「さあ,お前たち,あの者たちを殺せ!」
ビフロザルドは配下にした元国王のスケルトンと元女王のゾンビや,親衛隊であったゴーストナイトたちに天使を連れた神官の方を殺すように命じた.天使は神官とリンクしていないと,物質界に存在できないのである.
『いやぁ~っ,不死だらけ~.帰って寝たい~.』
『私たち聖山アラマト大神殿 第三不死浄化神官隊の初お披露目ですよ.キリッと決めてしまいましょう.』
『はい.』『お~!』『♪ルル~♪』
『なんか王冠をかぶった不死が2体もいるよ,生意気だよね.』
『ほんとだ~.ジャックとヴィクトリアって,名前がついてる~.ネームドだよ~.その奥に,ビフロザルドって言うのもいるよ~.』
『ふん,それがどうしたと言うのです.最初から最強の大技をぶつけますよ.』
『はい.』『うん.』『♪ルル~♪』
三人は手を恋人つなぎで輪を作り,つないだ手を中央に寄せ,片膝を地面につける.頭を下げて祝詞を唱える.その頭の上で3天使も輪を作り,3人の上をクルクル回る.
『『『偉大なる大地母神アリアンフィール様に仕えし第三位天使のエステノール様,エレノール様,リリアノール様のお三方に願い奉ります.私たち,聖山アラマト大神殿不死浄化神官のミカエリーネ,イスラフィーネ,ジブリーネの奏上をお聞きいただきたく願います.聖典 トリア コルムナルム プリンキピア 不死浄化編 第1節にてご教示下さいましたよう,不死の存在を許すべきに能わずなり.よって,このセンテル区の全域にいるすべての不死を再び寿命を持つ定命のものに戻し賜え.
【超広域不死定命回生】.』』』
『『『♪ルル~!ラ~ン ラ~ンランルッル♪』』』
「なっ!なんだと.間に合え!ぎぃひぃぃぃーっ!【影転移】.」
ビフロザルドは【不死定命回生】を2周秒ほど浴びたものの,消滅だけは辛うじて回避して,魔界へ転移した.
国王ジャックだった不死は骨のまま,寿命を持つものに戻されたため,そのまま即死し,女王ヴィクトリアは肉が中途半端に残っていたため,生き返ったものの今まで不死であったため感じていなかった痛みが全身の腐った肉体から脳へ押し寄せてきた.
「いいいだだあ゛あ゛あ゛ぁいぞな゛ぁっ!………がはっ!」
と,叫び,あまりの痛覚の激しさに痙攣した後,ショック死した.
始祖がいなくなると瘴気の生成量が急激に減少し,3人を中心として,みるみる瘴気が消されていき,センテル区からほとんど瘴気は払いのけられ,不死は定命に戻った後で死に絶えた.
彼女らは不死から定命に戻ったものを治癒などしなかった.聖典 不死浄化編 第13節に記載されているように,一度でも不死に堕ちたものは助ける必要がない人物なのだ.
この事件は後に“センテル区瘴気汚染事件”と呼ばれた.
ヴィッセンスブルク センテル区 ラ・フォン商会
―第6紀 370年2月28日(風曜日)2刻
「おっ,おぇっ!」クロエはらしからぬ様相で,ラ・フォン商会の店の前で吐きそうなのを我慢していた.先ほどまで【風 下降気流】で何とか凌いでいたものの,店の中では下降気流が作れないため,腐敗臭を思いっきり吸ってしまい.涙目で手を口元にもっていってハンカチで口を押さえていた.瘴気をほぼ排除できたからと言って,一度腐ってしまったものは元には戻せなかった.それに,後光の当たらなかった部屋の奥の陰には淀んだ薄い赤紫の靄がわずかに残っていた.
ラ・フォン商会は当面再開できそうになかった.食品だけではない.ありとあらゆるものが瘴気のせいで腐食しており,売り物にならなかった.
ヴィッセンスブルク センテル区 モーガン邸
―第6紀 370年2月28日(風曜日)3刻
「あああ,もうここには住めないわ.」
ベアトリスも家がセンテル区だったため,同じ目に合っていた.事件の日,母の埋葬のため,センテル区から離れていたから命が助かったようなものである.
「王城はまだ瘴気が溜まっていて出勤できないし,家は臭くて住めない.私どうしたらいいのかしら….」
冷たくされたのになぜかパスカルのことを思い出した.
(また,彼に助けてもらえないかしら….)




