第34話 信じてなかったの?
ヴィッセンスブルク ヴェルネ区 墓地
―第6紀 370年2月27日(天曜日)4刻
「お母さん…」数日後,ベアトリスは母親の埋葬を行った.ベアトリスの悲しみを映したような真っ黒な雲がかかり,昼間だと言うのにとても暗い日だった.ヴィッセンスブルク街中の西側の辺境にある墓地に埋葬することにした.
戦争で多くの人が亡くなり,葬儀が順番待ちになっていたが,遺体がある人の葬儀は優先された.不死化を防止するためである.内務省が優先順位について決めたため,ベアトリスは申し訳なく思いながらも,一方では,北方改革派のクライトン賢爵を許さない気持ちで怒り心頭だった.しかし,表向きは病死になっているため,この怒りを面に出すことは憚られた.
「今日は母の葬儀に参加いただきして,ありがとうございました.」
と,参列していた親族や友達たちにお礼を述べて,解散してもらった.しばらく,ここで一人お祈りをするのである.
パスカルにも来てくれるように手紙を出したのだが,要約すると“忙しい”との内容の断りの手紙が来ていた.
(冷たいのね.ただ,この前のお礼がしたかったのに.)
ついでに,あのちょっとずれたエリーとパスカルの友達のことを思い出した.
(リエリちゃんはずいぶんと変わった子だった.エリーさんの友達らしいけど,だいぶ毛色が違うわね.)
忌引き休暇の後は,北方改革派の問題を処理する必要がある.彼らは転移門を閉鎖し,通行を停止してしまった.南は魔族,北は北方改革派と問題ばかりである.雲が分厚くなり,さらに暗くなる.まるで,王国の行く末を暗示しているようだとベアトリスは思った.
ヴィッセンスブルク 王城 謁見の間
―第6紀 370年2月27日(天曜日)4刻
「反逆者クライトンはまだ捕縛できぬのか!」
国王ジャックは怒り狂っていた.内務省大臣を暗殺した上,魔法省大臣をも暗殺しようとして,こちらは失敗したものの大臣は大やけどを負って治癒神官の治療を受けていた.そして,王国の領土を切り離し,ライオネル王子をさらっていったのだ.国王の怒りに呼応して雷雲が漂い,今にも雷が落ちそうなくらい暗い雲が渦巻いていた.
国王ジャックは突然寒気を感じて,謁見の間の隅に落ちる影をにらみつけた.良からぬものの気配がする.
「何者?」
柱の陰からスーッと,人型の影が現れた.実体のない“影”は謁見の間の中央を通り,国王と重鎮がいる前に進んできた.
「魔物! 不死かっ!」「親衛隊!立ち会え!」「魔物だ!」
親衛隊が謁見の間に集まり,“影”を取り囲む.
その“影”は慌てることなく浮遊し,まるで両手を広げ,そして,お辞儀をするようなしぐさをみせた.
【魔力誘導魔弾 ×10】【魔力誘導魔弾 ×8】【…
親衛隊で飽和魔法攻撃をしかける.
その瞬間,周囲にいた生命力を持つすべての魂がおぞましい雰囲気に恐怖した.国王だろうがマグニルだろうが区別隔てることなく恐怖したのである.“影”に迫っていた魔法はスーッと,影に飲まれる.
その後,その陰から恐ろしい量の黒い瘴気があふれ出てきた.
「ぐがぁ!」「うわぁぁぁぁっ!」「瘴気だ!」「助けて!」
最後に何を発言しようが,濃い瘴気に触れたものは耐えられず腐り落ちて死滅するか,瘴気に耐えて堕転して不死の化物に成り下がっていく.
「バカな!王国の中心で不死が瘴気を放つなど,ありえん!ここは余の王国であるぞ!ふざけるな! う,うがぁぉぉっ!」
国王ジャックはみるみる腐り落ちていき,肉がどろどろ溶けて行って,王冠をかぶった骨となり,骨は瘴気でどんどん黒く染まっていった.そして,不死のスケルトンキングとなった.
影は王城内を散策し,いたるところで死をもたらした.美しかった女たちは腐敗臭のする肉塊となり,勇敢で若い騎士たちも腐食した鎧だけを残した.
ヴィッセンスブルク 王城 北館 1階 女王の間
―第6紀 370年2月27日(天曜日)4刻
「なぜ,王城に不死がいるのです.そなたたち,わらわを助けよ.どこに逃げればよい.ちょっと待ちなさい.」
女王ヴィクトリアは自分の私室から逃げようとしていた.取り巻き達やメイドたちは右往左往している.しかし,女王の側近が逃げるために扉を開けた瞬間,目の前にその“影”がいた.
「ひぃぃっ!」と,女王らしくない悲鳴を上げた.扉を開けた側仕えはそのまま,腐ってくずれおちる.薄い赤紫の靄とともに,とてつもないいやな腐敗臭が漂う.
「キィーヒヒヒヒ.」と,“影”は聞いたものの精神を破壊するかのような邪悪な笑い声をあげて,スーッと近づいて来て,手のような影を女王のあごに触れて,美しい女王の顔をなぞって,そして髪の毛をかき上げるように動かした.
女王は目を見開いて恐怖の表情をしたまま,まったく動けなかった.顔の右半分は黒く腐り骨が見える醜い顔に変えられ,きれいな長い金髪はみるみる抜けて落ちて灰のように消えて行った.
影は口の位置にある黒より暗い虚無としか思えない“穴”から真っ黒の瘴気を大量に女王に吹きかけると,女王はそのまま“堕転*”した.着飾っていた豪奢なドレスは朽ち果て,女王冠をかぶったまま,醜い腐った裸体をさらし,ふらふらと歩きだした.そして,女王であった不死は自らも瘴気を撒きながら歩いて,街へ向かって進みだした.
ヴィッセンスブルク センテル区 ラ・フォン商会
―第6紀 370年2月27日(天曜日)5刻
「いやな天気ね.」と,空模様を見てクロエは呟いた.今日は天曜日であり,街は休日を満喫するマギアスたちでごった返していた.ラ・フォン商会にも客が次々と来店されては,何かを買って行く.
「いらっしゃいませ.」と,クロエは店の入口に立ってお客様をお迎えしていた.
「ん?」エルフの耳に遠くで多くの人の悲鳴や叫び声が聞こえる.
「少しだけ,外すね.」と,店員に言う.
「承知しました,お嬢様.」
クロエは店から十字路まで行って,四方を見る.天気と相まって,風が強い.かすかに感じる嫌な臭い.
「何これ?」と,右手を鼻と口にあてて,顔をしかめる.
(王城正門大通りの方がおかしい.)そう感じて,そちらの方に歩いていく.1ブロック進んで十字路に着く.突然,人々が王城から下町の方へ走って逃げていくのが見える.臭いがキツくなる.
クロエは走ってもう1ブロック進み,王城正門通りに出る.道幅25メルテある通りを多くの人が逃げてくる.
王城の方から不死たちが次々と歩いてくる.
「な,何で!」
しばらく呆然としていたが,
「ゴホッ,ゴホッ.まずいわ,瘴気が.」
よく見ると周りに薄い赤紫の空気が漂っている.
店の制服を着ているので,防御魔法が使えない.急いで店の皆に知らせないとならない.走りながらパスカルの話を思い出した.魔族軍は何処にでも攻め込むことが可能なのだ.
街の騒ぎはどんどん広がっていく.クロエはゼイゼイ言いながら,店に飛び込んだ.
「お父さん,お母さん,大変よ!街が騒ぎになっているわ.」
店にいる店員だけでなく,客にも振りかえられる.
「クロエリーヌ,店では商会長と頭取と呼びなさい.」
「そんな場合じゃないの! ご来店のお客様,落ち着いて聞いてください.急いでニーベル区の方へお逃げください.魔族,というか,不死が王城からあふれてきています!」
「「えっ?」」「不死?魔族?」「王城から?」
皆,意味が分からないと言う顔をする.
しかし,店の前を幾人もの人が逃げているのが見ると,冗談でも嘘でもないことがわかり,それにつられて,店から逃げていく.
「クロエ,不死とは何だ!どういうことだ!?母さん,見て来る.」
「お父さん!杖を持って行かないと!ああ,もう.私の杖,…あった.」
「クロエ,ちょっと待ちなさい!」
「お母さん,店のみんなを逃がして,すぐに不死が来るわ!」
1ブロック先の十字路にクロエの父はいて,呆然と立ち尽くしていた.その1ブロック先には複数の不死が生きている人を見つけては命を奪い取っている.
「お父さん!なに呆然としているの?不死に取りつかれるよ!」
「クロエ,なんでこんなことになっている!」
「この前,話したじゃない!魔族は移動式転移陣でどこにでも現れるって!信じてなかったの?」
「ああ,信じてなかった.」
1匹の不死が二人を見つける.そして,すごいスピードで走ってくる.やつらは痛みも苦しみも感じることがないので,肉体の限界スピードを出してあっという間に二人に迫る.
【魔力励起,左手掌握法印で杖に接続 杖から第22領域を展開 体内接続法印から種族固有魔法に接続 第22階梯魔法 聖光=滅不死 連続発動-30マナエルグ/周秒消費】
クロエはエルフが1万恊年の年月をかけて,不死との戦いを経て獲得した種族固有魔法を使い,不死を遠ざける魔法を発動させる.光を浴びせると瘴気が消えていき,近づいてきた不死は恐れて近づいてこない.
「ゴホゴホゴホ.」
「お父さん!何しているの!早く下がって.」
「ゴホ,わかった.ゴホゴホ.」
「元は“人”だったってわかっているの.でも,ごめんなさい.」
【杖から第23領域内で第21領域を円柱展開 第20階梯魔法 領域内温度上昇 +600テルビム 発動-430Kマナエルグ消費】
不死が燃え上がり,そのまま瘴気に変わっていく.その濃い瘴気が風に流され,建物に当たると,魔導レンガが腐食して,黒く変色する.
「不死に出会うってわかっていたら,それ用の魔法を杖に仕込んでおいたのに!」
世の中そうはうまくいかない.街の中に住むマギアスが不死を消滅できるような魔法を普段使うことはないため,杖に使えるようにセッティングしていることなどはないのである.
この状況で使えそうな魔法は【聖光=滅不死】【領域内温度上昇】【ノックバック】【風】くらいである.対人無力化魔法である【気絶雷撃】が苦痛を感じない不死にはほとんど効かないのだ.
クロエは父親を守りながら後ろに下がっていく.
【加速】【加速】と,父親と自分に足の速さを上げる魔法をかける.
父親と合図して,一斉に振り向いて走り出す.
「ゲホゲホ!」クロエの父親は苦しそうに咳をしながらも,走り続ける.先ほど,瘴気を多めに吸い込んでしまったようだ.
次の十字路でもう1匹,不死がおり,二人に気づく.
「ごがあるがぁっ!」と,意味不明な叫び声をあげて,二人に襲いかかってくる.
クロエは杖の先を不死に近づけて,聖光を浴びせると,不死は表面が灰のようになり,動きが鈍る.
「ゴホゴホ.」【聖光=滅不死】【聖光=滅不死】と二人掛かりで不死を浄化する.
二人がセンテル区とニーベル区の境に来た時には区境界門である凱旋門が閉められていた.
「開けて!開けてください!まだ,取り残されています!お願い!開けて!」
クロエは左右を見て,人の少ない方へ進んだ.人が多い方は門が閉じられていて,人がたまっていると判断したからである.案の定,1キロメルテ程走ると,司法治安官の兵士が門の前で見張っていた.
「助けてください!」
「こっちだ!早く!」
「ゲホゲホ.」
「大丈夫か? これは瘴気肺炎だぞ.すぐに治療神官に見せろ.いいな.」
「ありがとうございます.」
王城とセンテル区はどんどん瘴気に汚染されて,1刻も経たずして,生きている者はいなくなった.
*)堕転 : 定命のものから不死へ落ちること.生命としての本質が変わり,定命のものの命を吸い取ることでより強固に生きながらえる.定命のものの命を吸わないと存在が希薄になる.魂が穢れ,他人の命を奪うことに抵抗感が全くなくなる.




