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第32話 遅かったのね!

ヴィッセンスブルク センテル区 モーガン邸付近

―第6紀 370年2月20日(水曜日)7刻



「ん?」

ベアトリス・フォン・モーガンは一人で自宅に帰ろうとしていたところ,女性の勘で違和感を覚えた.自宅には年老いた母と当直のメイドが一人いるだけのはずである.昼間はメイドがたくさんいるのだが,一人だけ泊まってもらい,残りは通勤してもらっていたのである.


彼女は昔,とある小さな街の領主に任命されていたことがあったが,いろいろあって,現在は内務省大臣の付き人をしていた.貴族ではあったものの彼女自身が“付き人”という立場であったし,彼女に合う有能な秘書が見つからなかったので,彼女自身の付き人や側仕えを持っていなかった.生活面を手伝ってもらうメイドだけである.


そして,2ブロック離れた十字路に隠れて様子を見ていた.

通りに誰もいないことを確認し,【魔導具“見守りぬいぐるみ“ 閲覧(ベオバヒツング) 秘密鍵「おいしいケーキはいくら食べても太らない.」―発動】魔法を発動させる.

魔法のぬいぐるみは年老いて病気がちの母親が心配で家に置いておいたのである.そしてマグニルのメイドたちからの緊急時の連絡を受けるため魔導具でもある.


「はぁっ!お母さん.」

魔道具経由で家の中を確認してみると,母親とメイドが床に倒れており,血溜まりができていた.そして,黒づくめの特徴的なローブを着た人物が3人いた.内務省のベアトリスは彼らが誰か知っていた.

(ローテ)(ホイシュレッケ)!」

政府系の暗殺者マギアス集団である.当然,彼らに近づいてはならない.

「お母さん,ごめんなさい.私のせいで,ううう.」

泣いている場合ではない.逃げないと殺される.ベアトリスはひっそり走りだす.


(これは北方改革派のトップたちの指示に違いないわ.)


「おかしいわ.大臣閣下に連絡がつかない.私の魔法領域内にいないのかしら?大臣閣下も危ないのに.今日は大臣会議があったはず.その後に行きそうな場所よね?さっぱりわからない.」

内務省の入っている王城 南館に戻ってくると,司法治安官がたくさんいた.

「何かあったのですか?」

「モーガン女史,内務省大臣が自殺されたのです.」

「えっ!…はぁっ.遅かったのね!ううう.」

「遅かったとはどう言う意味でしょうか? ちょっと,モーガン女史!」

ベアトリスはその場から走って逃げた.

「なぜ逃げるのです.おい,モーガン女史を取り押さえろ!」

「「「ヤー,マイン マイスター.」」」

司法治安隊ごときに捕まるベアトリスではなかった.



「神様は努力を惜しまない人物を助けるとはこのことね.ううう,うわぁーん.」

ベアトリスは一晩中 方々を走り回り,いろいろな魔法で痕跡を消し,内務省の高官だから持っていた[重要人物 連絡先 一覧]を見てはいろいろな人物にコンタクトをとろうとしてはやめて,そして,十分に考えた挙句,イルミナウ区に来て,道を歩いていたパスカルを捕まえることができた.

「モーガン女史,町中でいきなり現れてローブを掴んで泣き出すなど,止めていただけませんか?」

「すみません.でもあなたくらいしか安全な人を思い出せなかったのです.」



リエリはエリアーヌがあまりにも精神的に不安定なので,仕方なく毎日家事をやるようになっていた.しかし,料理をはじめると意外と面白く,最近,はまってきていたのである.今日も,イルミナウ区のマルクト広場に来て,食材の買い出しに来ていた.

帰り道にパスカルの家の前を通ろうと思い,ちょっと遠回りをして家に帰っていた.リエリはパスカルが街にいることを感知していたのである.ストーカーかな?


パスカルの家の近くで十字路を曲がると,パスカルに知らない女がしがみついていた.

(エリーが 星に 還った ばっかりなのに, もう 他の女と いちゃつい てる. 次は わたしの 番 なのに!)

リエリはとてつもない勘違いをして,パスカルのところに飛んで行った.

「ななな 何 してるの, パスカル?! 誰 この 女!」

「はぁ,ややこしいのがもう一人増えたよ.」と,天を仰ぐ.

「パスカル から 離れて!」と,持っていた食材を詰めた袋をパスカルに渡し,リエリはパスカルにくっついているベアトリスを引っ剥がした.

「二人ともお願いだから,僕の評判が悪くなるようなことはやめてくれるかな.」


「パスカルさん,私を助けてほしいのです.どこかに隠れたいのです.内務省大臣が星に還られました.」

「ええっ!モーガン女史…状況はなんとなくわかりました.お願いですから,無関係の僕を危ないことに巻き込まないでください.」

「すみません.」

「あっ! ケンカ してた 人だ.」

「ケンカ? あなたは?」

「わたし リエリ です.」と,さっきまでの威勢を失って,パスカルの後ろに隠れる.

「エリーと僕の大学校時代の友だちです.」


「いいことを考えついたよ.リエリ,悪いけど,今日だけ僕とモーガンさんをリエリの家に泊めてくれないかな?」

「パスカルは いい けど, なんで この人  を?」

「モーガンさんは悪い人に追われているんだ.助けるのは当然だろ?」

リエリはベアトリスをじっと見つめる.ベアトリスは袖で涙を拭いて,リエリにお願いする.

「ご迷惑なのはわかっているのです.でも,助けてほしいのです.」

リエリは喧嘩腰のベアトリスしか見たことがなかったので,泣いておびえている彼女を見て,助けた方が良いのだと思った.

「わかり ました. 助けます.」

「ありがとうございます.」と,リエリの手を握って,ぶんぶん振り回す.


「じゃあ,リエリ.僕は必要な荷物を取りに帰るから,先にモーガンさんを家に隠しておいてくれるかな.できるだけ,細い道を通って帰るんだよ.」

「わかった.」

「よろしくお願いします.」

リエリはパスカルに言われた言葉通りに,“とんでもなく細い道”を通り,家に着くころには二人とも葉っぱやら蜘蛛の巣やらで埃だらけになっていた.“できるだけ細い,道”の解釈がパスカルとリエリでは異なっていた.


「ママ ただいま.」

「おかえりなさい,リエリ.」

「ママ この人がね. 困って いる から, 今日 家に 泊めて あげる  よ.」

「えっ?」

「急にお邪魔いたしまして,大変失礼いたします.私,内務省大臣付き参事 ベアトリス・フォン・モーガンと申します.」

「おおお お貴族様がこんなしがない平民の家にお泊りになられます…のですので…しょうか?」

「お母さま,そんなにかしこまらないでください.私はエリーさんと友達でしたので,リエリさんは友達の友達です.お気楽にお願いいたします.」

「あっ,エリーちゃんのお友達なのですね.汚いところですがどうぞ.」

「いえ,私の家より片付いてらっしゃいますよ.」


「ママ, 後でね パスカル も くるから.」

「そ,そうなのね.私,どうしたら.」

「ママは 部屋で ラフィーの 面倒を 見ておいて. 私 パスカルと え~っと…」

「ベアトリスです.」

「ベアトリス さん の 分も 夜ご飯 作るよ.」

「リエリ,大丈夫なの??」

「大丈夫 だよ.」

「私も手伝います.」



「「大地母神アリアンフィール様の思し召しに.デウス ケルテー ヒーク エスト.」」

「いい雰囲気ですね.アラグニア大消失前に行われていた食事の感謝の言葉ですよね.やはり,エルフの皆さまは長生きですので,昔の習慣を大切にされていらっしゃるんですね.…あれ? 大樹エルフ母神ルミナフィール様ではなく?」

「あー,モーガン女史.リエリのところはハーフエルフですよ.」

「えっ!あっ! も,申し訳ございません.お二人ともとてもお美しいので,てっきり.」

「いえ,お気になさらず.」「うつく しい…?」

気まずい沈黙が訪れる.


「ねえ, パスカル. このね スープ わたしが 作った の. おいしい かな?」

「うん,おいしいよ.リエリも料理を作るようになったんだね.」

「うん, 最近 はじめた の.」

リエリはすこし恥じらいながらもとても満足そうな顔して,パスカルにやさしい視線を送っている.エリアーヌは唖然として,リエリとパスカルを交互に見た.そして,固まった.

(なんてこと!)と,思いながら.

エリアーヌはこの時はじめて,リエリがパスカルのことを好きだということに気がついた.

一瞬ではあるが,あまりの衝撃にジョエルを失った悲しみが吹っ飛んだ.

(あのエリーちゃんと対抗しようなんて,自分の子ながら,なんと無謀な子なのかしら.)と思った.



「あの,おば様.今日,地上階を一晩中お借りしてもよろしいでしょうか?なるべく静かにするつもりなのですが,もしかしたら,少し騒がしくなるかもしれません.」

「えっ?ええ!ああーー.もちろん,かまいませんよ.私とラフィーは2階なので,少々騒いでも大丈夫よ.リエリも今晩は地上階にいるの?」

「うん.」

「じゃあ,私とラフィーは失礼します.おやすみなさい.」

「「「おやすみなさい.」」」



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