第30話 帰るまでが作戦ですよ
エーデルシュタイン付近 北東船団駐屯地
―第6紀 370年2月11日(風曜日)6刻
「終わったな,ファンデルメーデン副軍団長.」
北東船団は魔族軍に追いつかれる前に全員を収容して,飛び立った.
「基地に帰るまでが作戦ですよ,ハウエルズ軍団長.十分に警戒しましょう.」
そんな会話をしたすぐに,先頭を進んでいた飛空艇に爆発が起き,みるみると落ちていく.
「全船,最大高度2000メルテまで急上昇.」
「軍団長,旗艦ヘレルシュテルン号は急降下です.”尖四角錐の光槍“準備でお願いします.」
そして,その飛空艇はゆっくりと攻撃性森林の中に墜落して,爆発する.鳥たちが一斉に逃げていく.
「迎え撃つのか?」
「ええ,この辺りは標高が高いので,高度2000メルテまで上がっても,第29魔法領域内になってしまいます.地上から狙い撃ちされてしまいます.反撃が必要です.」
「ちっ.本艦下降.地表100メルテを飛行する.」
「”尖四角錐の光槍“いつでも撃てます!」
「照準を僕に回してください.間に合え!」
敵軍がまだはっきりと見えないにもかかわらず,
「3,2,1.撃て!」
遠くで爆発が見える.
「2射目,準備.今度はもっと近寄ります.」
ヘレルシュテルン号はどんどん進む.丘を越えると魔族軍の一団が見えた.
「3,2,1.撃て!」
パスカルは魔族軍がソーサラーリングを作っているのを確認すると,その1/6を標的に”尖四角錐の光槍“を薙ぎ払う.
的中して,炎の壁が立ち上がり,ソーサラーリングが大きくちぎれる.魔族軍は一瞬慌てたが,小さいリングに組みなおそうと陣形を動かし続けている.
「やはり,魔族軍の軍師は優秀過ぎる.軍団長,マギアスを甲板に出して,魔法で迎撃しましょう.魔族軍の上を通たら,取舵で攻撃性森林の上に進んでください.私も甲板にでます.」
「手の空いているマギアスは甲板に集合.下の魔族軍に魔法攻撃だ.艦底防御結界発動.突っ込むぞ.」
飛空艇は30メルテ/周秒の速度で魔族軍の一団上空100メルテを通り過ぎる.魔法攻撃の応酬により,魔族軍はソーサラーリングの形成に乱れを生じた.
パスカルはこの速度で飛行しているにもかかわらず,ちぎれたソーサラーリングの中心にいる一匹のリザードマンと目が合った.勘違いではない.間違いなく目が合った.この魔人級のマナを持ったリザードマンが魔族軍の軍師であると,確信した.
(こいつが…)
パスカルは杖を構え【閃光矢】と,リザードマンの頭を狙い撃ちした.
「思い切ったことをしてくるのでスね.人類種連合も侮れません.ソーサラーは各自,魔法にて迎撃でス.」
魔族軍に突っ込んでくる飛空艇を見て,ウァサーゴシュラゼズスはそう命令して,飛空艇をまじまじと観察していた.甲板に多くのマギアスが並び,魔法攻撃をしてきていた.そのうちの一人と目が合った.そう感じた.
(こいつは…)
そのマギアスが魔法を使ったと思うと同時に頭の左側に熱さと痛みを感じた.
「なっ!」
左手を側頭部にやり,手を見ると,血がついていた.
(すごい,照準でス.…なんとなくこいつが今回のキーマンだったような気がします.…私に魔法を当てたくらいで買い被りすぎですかね? でもしかし…)
ウァサーゴシュラゼズスは通り過ぎていく飛空艇を見続けながら,考え続けていた.
「あの,将軍.」
彼の部下が思考を遮る.
「今回はこの辺で許してあげましょう.我々もエーデルシュタインに入りまス.各軍団準備でき次第,行軍しまス.」
「はっ!」
イルミンスール 第一軍 駐屯基地 飛空艇発着場
―第6紀 370年2月12日(風曜日)6刻
「ウィリアム…」
パスカルは眠るように息を引き取っていたウィリアムを見て,ただ名前を呼ぶしかできなかった.北東船団はライオネル王子が重度のやけどで重体だったうえ,けが人が多かったため,治癒神官たちも右往左往しており,ウィリアムを助けることができなかった.
イルミンスールの駐屯地で横たわるウィリアムの隣で,パスカルはただただ膝をついて,じっとウィリアムの死に顔を見つめていた.
ローザはライオネル王子と同じ北東船団でイルミンスールに避難してきていた.ライオネル王子が重体であり,エルフの治癒神官たちが迎えに来て,丁重にどこかに運んで行くのを見ていた.
(許さない! 許したくない! なんで,許してしまおうと思っているの.)と,心の中で呪文のように唱え続けていた.
「あの,キングトン隊長を知りませんか?」
ファンデヴェールトは東船団でイルミンスールに帰ってきていたのだが,東船団にはキングトンは乗っておらず,北東船団を待っていたのである.しかし,北東船団を探し回ったが,キングトンは乗っていなかった.
「どうして…いないの?」
ファンデヴェールトは急に怖くなって震えだしていた.
「リストの人物100名中の73名を救出し,市民と軍人おおよそ53800人を救出,我 部隊の損耗率 7%…か.よくやった…でよいのか? しばらく,眠れなくなりそうだな.」と,ハウエルズ軍団長は一人つぶやいた.
ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家 4階
―第6紀 370年2月12日(風曜日)1刻
「いやぁーーーーっ!」
下の階でリエリの母エリアーヌが叫んでいるのが聞こえ,リエリは慌ててリビングに駆け降りた.
「ママ どうしたの?」
エリアーヌは床に座り込んで,目からはボタボタと涙を流していた.そして,ラファエリーナが床の上でギャンギャン泣いていた.
「ううう.リエリ,パパが,パパが星に還ってしまったの.【真名方向検知】が空を示したの.ううう.」
「えっ! パパが お星さまに…」リエリも固まった.
「ああ,もう私,生きていけないわ.」と,ふらふらと立ち上がり,ゆっくりとキッチンに向かう.そして,置いてあった包丁を持ち上げ,ゆっくりと逆方向に持ち替えた.
「!」リエリはその様子を【動体視力加速】で見ていた.慌てて魔法使いローブに仕込んである【物理絶対防御】をエリアーヌに向けて発動した.エリアーヌはためらうことなく,自分の胸に向けて突き刺した.
キン!
魔法は失敗することなく間に合い,エリアーヌの包丁を止めた.
リエリは精一杯の速さでエリアーヌのところまで走って,包丁を取り上げた.
「ママ! ママがね 死んだら ラフィー は どうなる の?」
エリアーヌはリエリの顔を泣きながら目を見開いて見つめる.
「そうね.ごめんなさい.ううう.ラフィーを置いておいてはいけなかったわ.…一緒に死ぬわ.」
と,エリアーヌは怖いくらい目を全開にして,リエリの持っている包丁を取り返そうと掴みかかってきた.
「ちょっと ママ!」
やたらとエリアーヌの力が強いのでリエリは押される.
「ママ 落ち 着いて. 私 も いるよ.」
「そうね.リエリも一緒に死にましょう.」
「私は まだ 死に たく ない!」
「何でなの?」
(なんて 言ったら ママ を 止めれる の? 私の 死にたくない 理由は 違う よね.)
「ママ ダメ だよ!」
「どうしてわかってくれないの? 家族みんなで星になるのよ.何が悪いの?」
「そんな こと したら, パパの こと, 覚えて いる 人が いなく なっちゃう. それで いいの? ママは パパ のこと ラフィーに 教えないと ダメ だよ.」
魂は星になって,また,新しい命に生まれ変わるが,記憶は違う.原則,その肉体の時にのみ記憶されているので,忘れ去ってしまう.当たり前だが,家族の記憶もなくなってしまうのだ.
「うっ,ううううう.うわぁぁん.うう~.」
エリアーヌは崩れ落ちて,床に顔をこすりつけて泣き続けた.




