第25話 作戦会議をはじめます
ヴィッセンスブルク 王城 南館 3階 軍務省 312会議室
―第6紀 370年2月8日(火曜日)2刻
「ハウエルズ軍団長,お久しぶりです.」
「ファンデルメーデン副軍団長,久しぶりだな.」
「パスカル殿,ちょっとぶりぢゃな.」
「あれ以来となります.ファンデルメーデン副軍団長.元ハンティントン強行偵察隊 副長だったクリスです.改めてよろしくお願いいたします.」
「キングトンです.」
「イクセルです.」
今回の作戦に参加するメンバーが次々と会議室に集まる.旧知の人物同士で挨拶が交わされ,それぞれ席についていく.
「では,作戦会議をはじめます.今回の作戦の名称は,“エーデルシュタイン撤退作戦“とします.」
パスカルは3つの作戦を提案して,それを同時に実施することが了承されたので,作戦自体を再度調整し直した.この作戦自体はパスカルの戦略の最初の作戦に過ぎない.しかし,この作戦の成否次第で,今後の人類種側の布陣が大きく変わってくるのも確かである.
「ちょっと待って下さい.ルーク王子を救出すると聞いていましたが,違うのですか?」
「いいえ,違いません.ルーク王子をはじめ,今後の戦局に影響を与える人物は全員の救出を目的といたします.ただし,優先順位リスト,資料#3を作成しています.作戦の進行によっては最悪,リスト下位の人物,そして,リストに載っていない人は切り捨てます.」
「…きっぱり言うんですね.」
「ええ,この作戦が失敗したら,現在エーデルシュタインにいるほとんど人が星に還るでしょう.ズーデンヴァルトがどうなっているか知っていますよね? 最善を尽くし全員を助けられるよう尽力するしかありません.」
「ええ,マグニルを含め全員を無傷で助けろなどと理想論を申しません.」
「一応,聞いておこう.マグニルはどうするのだ?」
「助かるために努力を惜しまない人は助けます.」
「ふむ~,あの~,言いにくいんぢゃが,…飛空艇は定員3万人収容が限界なんぢゃが,この資料によるとエーデルシュタインには兵士込みでまだ11万人もいるんぢゃ.最初からムリがあるんぢゃが.」
「ええ,それは認めます.マギアスはウィルダネスの脅威からマグニルを守るために,マグニルから搾取すると謳っていたのに,この体たらくなんです.」もちろん,“ウィルダネスの脅威”に魔族は含まれる.
「「「…」」」
「最初に言い切ったように,切り捨てます.皆さん,いいですか?」
「即答で,ヤーとは答えにくいものがあるが,…合意せざるを得ない.」と,ハウエルズ軍団長が了承する.
他の皆も首を縦に振る.苦虫を噛みしめるような顔をしているものから,冷静な顔をしているものまで様々だ.
「私からエーデルシュタインの昨日時点での状況です.現在,軍人7万人と市民4万人がいます.軍としての機能は正常で,メイスフィールド総将軍以下6軍団稼働中です.しかし,戦死者数は増加中です.」と,マッコンキーが報告する.彼はエーデルシュタインから箒で強行伝令を任され,無事にイルミンスールまで約1100キロメルテを飛んで見せたのだ.
「エーデルシュタインのインフラもほぼ機能しています.水は問題なし,食料は2恊週間分を確保済み,魔晶石供給問題なし,高い塔4本の内1つが破壊されていて,街壁の1/4が防御結界なし,街壁は7箇所が倒壊,倒壊箇所の修理は絶望的,エーデルシュタイン川に架かる吊り橋は健在,大きな建物の4割が倒壊,麦畑はすべて放棄済みです.」
「その状況を踏まえて作戦です.」
パスカルは皆の目を見渡す.
「重要人物の避難方法は大きく分けて二つ,移動式転移門を使うか,箒で飛行するかの二つです.いずれとも避難先は飛空艇になります.」
皆うなずく.それしか方法はない.
「避難先の飛空艇ですが,3箇所に分かれて待ちます.安全を考慮するなら,着陸した状態で待ちたいですが,緊急性を考えるなら,空中で回収したいと思っています.」
「ふむ~,パスカル殿,空中で転移門回収はできないことはないんぢゃが,飛空艇をワイヤーで地面と繋いでおく必要があるんぢゃ,移動できなくなるんぢゃ.」
「ええ,知っています.流体には短時間しか魔導線を張れませんからね.移動が必要になる状況になれば転移門作戦は失敗です.飛空艇にワイヤーを張れますか?」
「もちろん,用意してあるのぢゃ.」
「では,問題ないです.」
「移動式転移門の作成方法は2通り,外から街中に向けて転移門を設置するか,まだ稼働している固定の“行き”方向の転移門を通って,街中から外に脱出用の転移門を設置するかの2通りです.これも両方やります.」
「避難させる方法は2通りしかありませんが,両方ともリスクがあります.移動式転移門を利用する方法は魔導線を切断されると転移門がクエンチして設置した転移門が使えないと言うリスクが常に伴います.
箒で脱出する方は言うまでもないですが,遠距離魔法で撃墜されるリスクがあります.」
「重要人物の救助を優先するなら,転移門が優先だな.」
「地形的に考えると,魔族軍はエーデルシュタイン川があるので,主に西,南を囲っており,一部,北と東の川岸にいます.川は渓谷を流れているので,街と川岸の間には20から40メルテの崖があります.これが天然の防壁になっているので,東向きが唯一避難できる方向になります.
移動式転移門を東方向に伸ばすにはエーデルシュタイン川の渓谷を渡るためにワイヤーを使わざるを得ません.すると,ワイヤーが弱点になります.そのため,予備ワイヤーを用意します.」
ワイヤーが切られた場合,張り直すのではなく,あらかじめ用意した予備に切り替える方法を採用した.
「この作戦で大切なのは陽動作戦の方です.方法としては,アルミラージパンツァー,煙幕,分散,そして,人数です.」
「人数?」
「はい,エーデルシュタイン残存している全員でリストに載っている重要人物を護衛する作戦です.」
「…つまり,マグニルを囮にするのだな.」
「マグニルだけでなく,リストに載ってないマギアスも全員ですよ.」
「…飛行艇にまで到達できたもの,つまり,助かるために努力を惜しまないもの,は先着順で救出するという訳か.3万人.…なるほど.考えると,胃が痛くなるな.」
「飛空艇は何往復もすることができますよ.悲観するのは早いです.」
「…理論的にはその通りなのだが…」
飛空艇がいくら速いと言っても,エーデルシュタインとイルミンスール間は往復2恊日かかる.それまでの間,ウィルダネスで待機するなどかなり不可能に近い.
「細かい作戦は資料#2の通りです.作戦は明日,日の出と共に開始します.作戦の配置です.イサラミナさんのチームは時間の許す限り,魔道具の錬成を続けてください.作戦開始したら,飛空艇ヴェレゲフュール号で待機.」
「了解したのぢゃ.」
「エーデルシュタイン転移隊にはアースキン殿が大隊長で,現地交渉担当モーガン殿,箒脱出部隊南東キングトン殿,東マッコンキー殿,北東スローン殿,歩行脱出部隊南東ピアース殿,東ラ・フィーユヴェルト殿,北東クラインシュミット殿.箒かく乱部隊 クリス隊長,最後尾脱出隊 イクセル殿.」
呼ばれるたびに返事が上がる.
「了解!」
最後は一番危険な役割を志願したイクセルが力強く返事する.
「飛空艇部隊はハウエルズ軍団長が総大将,私ファンデルメーデンが作戦参謀,旗艦ヘレルシュテルン号を中心に,南東船団 50隻がトゥルヌミール殿,東船団 33隻がカールトン隊長,北東船団 54隻がアシュベリー隊長,船団箒突入部隊南東がマンドリーニ殿,東ヴァルタースハウゼン殿,北東ウィリアム.アルミラージパンツァー 南部隊 3機 ファンデヴェールト殿,北部隊3機 クラリス殿.以上です.」
「よし,各人配置に着け! できるだけ,多くの人を助け出すぞ.」
「「「「「「ヤー,マイン マイスター」」」」」」
イルミンスールの森 エルフ軍第一軍団駐屯地
―第6紀 370年2月9日(水曜日)9刻
イルミンスールのエルフ軍第一軍団駐屯地から次々と飛空艇が離陸していく.そして,ル・ノートル卿が見送る中,旗艦となる飛空艇ヘレルシュテルン号が最後に出航する.
「なあ,パスカル.もっとこう,何とかできる方法はないのか?」
旗艦の副長室でパスカルとウィリアムは少しの休憩をとる.
「最初から僕がやっていれば,何とかできていたかな.今からだと,これが限界だよ.何をするにも時間が足りないんだ.」
「限界かぁ.でもだなぁ.」
「知ってるかな? 今のエーデルシュタインの実情を.昨日,3695人が戦死して,その前日は2351人,その前日は1632人,1436人,1523人,974人.ここ数恊日で戦死者数が跳ね上がっているだ.」
「えっ!?」
「エーデルシュタインはもう耐えられないんだよ.万全の準備などしている時間などないんだ.すぐにでも救助に行かないと,明日全滅してもおかしくないよ.」
「!……そうなのか.」
ウィリアムは心の中のモヤモヤを一旦整理した.
「それよりもおかしいのはイルミンスールの南に陣取っている方の魔族軍だよ.数恊週間前から大人しすぎるんだよ.あっちはあっちで何かを企んでいるとしか思えない.その辺りはル・ノートル軍団長に警告しているのだけどね.」
「やっぱり,魔族軍強すぎないか?」
「僕は彼らを弱いなんて思ったことがないよ.」
「パスカルがそう言うと怖いんだけど.」
エーデルシュタイン付近 エーデルシュタイン川対岸 渓谷の上
―第6紀 370年2月10日(水曜日)10刻
「クラリスさん,アルミラージパンツァーは準備できましたか?」
「ええ,大丈夫ですよ.」
まだ2刻ほど赤い太陽ゾーラスは登ってこないし,青い太陽シーリスと黒い太陽ヌザリアスは1刻前に北東の方の地平線に沈み,代わりに半月の赤月クリスが西の地平線から昇って来ていた.比較的暗い夜明け前になっている.
最初に出発したエーデルシュタインの北東方面展開部隊は準備が完了していた.
エーデルシュタイン川が流れる深い渓谷を北東側から見下ろす小高い断崖の上にアルミラージパンツァー3機を設置しており,川向かいにエーデルシュタインの街並と農作地が見える.その奥,さらに遠くに高い塔と街壁を見ることができ,街壁の外の魔族軍のテントも確認できる.ここからだと,西側と南側から接近する魔族軍を,ちょうど市街地の手前にある旧農作地で薙ぎ払うことができる.日が昇るとともに砲撃を開始する.北東部隊は静かに待っていた.
「ぢゃぢゃ~ん!上手にできたのぢゃ!」と,イサラミナは完成品を錬金窯から取り出し,天に掲げる.ちなみに,ただのゲン担ぎである.こうすると,品質の高いものができやすいと言うジンクスである.イサラミナはヴェレゲフュール号の甲板に錬金窯を並べて,貫徹で錬金を続けており,まだ元気そうだった.
中央の東部隊は旗艦もあり,大型の飛空艇が多く揃っている.
パスカルは仮眠をとった後,ヘレルシュテルン号の作戦指令室に詰めていた.静かに日が昇るのを待っていた.
2番目に出発した南東展開部隊は広いベヒモス街道があったので,そこに展開を完了していた.この場所の街道は幅20キロメルテあり,東へ続いている.西側はエーデルシュタイン川で止まっている.近くに小さな山がある以外はとても見晴らしが良く,攻撃性森林は遥か遠くにしかない絶好の駐屯場所である.
「こんないい場所があるなんて,街を作ったらどうでしょうか.魔獣も少ないし言うことないと思います.」と,アルミラージパンツァーの中でファンデヴェールトは同乗者にそう言った.




