閑話 第20話 星になって宙から見ていますか
ズーデンヴァルト ヴェルスト区
―第6紀 369年12月58日(風曜日)2刻
「さあ,敵の本拠地を取り囲むのでス.」
魔族軍はズーデンヴァルト司令部を取り囲む.魔族の兵士たちが突入しては,人類種側の魔法で爆散する.最前線の少し後ろでは,11,753匹のソーサラーたちが手を繋ぎ大きな環を作ろうとしていた.司令部に対して,儀式魔法を展開する準備をはじめていたのである.その隙間を兵士たちがくぐっていく.兵士たちは殺されるのをためらうことなく,司令部に突入していく.直径2800メルテのソーサラーリングの完成まで,それが続いた.
次いで,ソーサラーリングの近くに設置されていた転移門の一つから,歳をとってヨボヨボになっているディアボロスソーサラーが女性の魔族たちに手を取られながらゆっくりとリングの中に入っていく.リングの中では,オルグ鬼が待っており,丁重に彼を抱え,リングの中心に向かって走る.この二人を守るように,魔族の兵士は肉壁として,自ら進んで魔法に被弾していく.
オルグ鬼に完璧を求めてはいけない.かなり中心からズレてはいたが,適当にたどり着いたひらけた場所で,後ろからついて来ていた女性魔族が手を貸しながら,老ディアボロスソーサラーをゆっくり降ろす.その瞬間にオルグ鬼の頭に攻撃魔法が当たり,頭が吹っ飛びオルグ鬼が血を吹きながら,後ろに倒れる.
老ディアボロスソーサラーは杖を両手で持ち魔法を発動させる.ソーサラーリングと共鳴して,老ディアボロスソーサラーはどんどん所有マナを増加させていく.第32階梯相当だった彼は,第33,第34,第35階梯相当と,ソーサラーリングからマナを受け取った.そして,人の形をしている生き物の限界を超えた第36階梯相当になった瞬間,老ディアボロスソーサラーの肉体は限界を迎える.
ソーサラーリングは共鳴が切れた瞬間に第二の儀式魔法,ソーサラーリングを守る防御結界を発動させる.
「ヒデブ!」老ディアボロスソーサラーは最後にそう叫び,体がボコボコと醜く膨れ上がった.
ソーサラーリング防御結界の中で老ディアボロスソーサラーを中心に巨大な爆発が起こり,介護をしていた女性魔族,魔族の兵士,そして,人類種の司令部,兵士,転移門で他の街に転移するために集まっていた一般市民が爆発に飲みこまれ消滅していく.防御結界の中は真っ赤な炎で満たされていた.
爆発の威力が強すぎて,ソーサラーリングで作成した防御結界の一部にヒビが入る.それがピキピキと音を立てて徐々に広がっていく.眼の前でヒビが広がっているのを見ていたコブリンソーサラーは恐れをなして,繋いでいた手を離して,逃げようとしてしまったのだ.
手を離した瞬間に防御魔法がクエンチする.最初は,そのヒビのあった方向に爆風と熱波が勢いよく吹き出し,逃げたゴブリンソーサラーとその周りにいたソーサラーたちを一瞬で蒸発させ,その方向にあったズーデンヴァルトの街並みを吹き飛ばした.
そして,全方向にもゆっくりと6000テルビム*の空気を拡散させた.それに曝されたソーサラーたちの半数近くが燃え,残りはやけどを負いながらも命からがら逃げることができた.魔族たちだけでなく,人類種の兵士や市民も逃げまどった.ソーサラーリングの外周も悲惨な状況となった.
「ちっ,バカか!なぜ逃げた!」と,遠くで見ていたキマリザルドは激怒していた.
冬のズーデンヴァルトにゆっくりとキノコ雲が形成される.キマリザルドの反対側からそれを見ていたウァサーゴシュラゼズスは満足げに,
「シャシャシャ,星になって宙から見ていますか,“白い魔法使い”.私たち魔族にもあなたと同じことができるんでス.」と,自慢げに言い放った.
エリーにアルパ作戦を失敗させられたことをかなり悔しがり,根に持っていたウァサーゴシュラゼズスは,エリーに対抗してズーデンヴァルトで【儀式極大自爆魔法】を使ったのであった.
ズーデンヴァルトの住民は轟音が街に響き渡ると,魔族に見つからないように隠れてキノコ雲が上がるのを見ていた.市民ならば,爆発が起こった場所がズーデンヴァルト軍の司令部であることは当然知っていた.そして,魔族が鬨の声を上げる.市民たちは魔族軍に人類種連合軍が負けたことを知ったのである.
負けたことにパニックになった一部の市民は走って街から逃げようとして,道路にでた瞬間に魔族に見つかり,殺されていった.マギアスの多くは一か八かで箒で近くの街に向かって飛んで逃げることにした.少数が魔法で撃墜されたが,ほとんどが街からは逃げることはできた.だが,他の街にたどり着いたのはほんのわずかであった.一般級マギアスでは箒でウィルダネスを突破するのは難しかったのだ.そして,マグニルの多くは なすすべなく,家に隠れ続けていた.
『応答願います.』「ダメだ.誰もでないぞ.クソが!」
「さっきの魔法で司令部は全滅したのですね.」
「そうだな,俺たちは負けたんだ.」
高い建物の上でハンティントン小隊は魔族どもに負けたことを黙って噛み締めた.
「クリス,お前は今から全速力でヴィッセンスブルクへ飛べ,そして,軍務省にズーデンヴァルト陥落を連絡するんだ.その後は,エーデルシュタインに行ってくれるか? 他のメンバーは解散だ.家族を探しに行ってもいいし,逃げてもいい.好きにしろ.」
「隊長は?」
「もちろん,カトリーヌを連れ逃げるぞ.」
「分かりました.」
「おっと,これをイサラミナさんに渡してくれ.」と,記憶結晶を渡す.
「副軍団長が渡してくださいよ.仲良しでしょ?」
「「「ははは.」」」
「俺はすぐにはエーデルシュタインには行けない.ヴィッセンスブルクでこってり絞られるからな.」
「仕方ないですね.では,お先に.」
と,クリスは箒ドラウフゲンガーを飛ばして,北へ向かっていった.
カトリーヌのいる高い塔#111は依然として健在であったので,エイブラムはカトリーヌが無事であることを疑わなかった.
「カトリーヌ,どこにいるんだ.」
返事がない.
高い塔の隅で人が倒れているのを見つけた.衣服が破られており,肌がさらされていた.
「カトリーヌ,カトリーヌ,嘘だろ?」
エイブラムはカトリーヌの背中に手を通し,上半身を起こした.しかし,首がありえないほど後ろに曲がっていた.頸椎が折られ,首の部分で,骨が頭と体の2つに離れていた.
カトリーヌはまるで眠っているように死んでいた.まったく苦しんだような跡もない.乱暴されていた跡が残っていたのに,抵抗すらしている様子もなかった.頸椎を折られたときに出血したわずかな血が口からこぼれているだけであった.
「あ,あ,あ,ありえない.カトリーヌ.…こんなこと許すものか!魔族どもが!カトリーヌに何をしたんだぁぁぁぁっ!」
頭に血が上ったエイブラムは気が付いたら,箒に乗ってズーデンヴァルトの街中を中心部に向かって飛行していた.何も考えられない.心がミシミシ言うような痛みと苦しみを感じた.
ふと,パスカルのことを思い出す.彼も同じ気持ちだったのか.この苦しみを耐えて,魔王を殺すために着々と一歩ずつ歩みを進めるとは,あの友を尊敬する気持ちが湧いてくる.
「だが俺は…今すぐに魔族をぶん殴らないと気が済まない!」
我に返ると,地上にいる魔族の一人が,飛んでいるエイブラムをにらみつけて,恐ろしい殺気を放っていた.エイブラムはそいつのところまで飛んで行き,箒から飛び降り,地面に仁王立ちした.
(こいつだ! こいつがキマリザルドに違いない!)
乗っていた飛行箒ドラウフゲンガーはしばらく飛んだ後,カンカンカラカラと音を立てて,魔人の向こう側に墜落した.
「エイブラム!」と,大声で名乗った.すると相手も,
「キマリザルド!」と,名乗り返してきた.
(やはり当たっていた.威風堂々のキマリザルド!カトリーヌの仇をとらせてもらう.)
カトリーヌを殺したのはシトラビナと名もなきヅォークであったが,エイブラムにはそんなことは関係なかった.キマリザルドをこの場で仕留めるべき敵と認識したのだ.
キマリザルドが魔族語で何か言うと,魔族軍の兵たちは二人から距離を開け,丸くなって観戦をはじめた.
ウォーーー,ウォゥ,ウォーーー.ドン,ドドン,ドドン…ドン.
魔族軍は四魔将 キマリザルドの符丁で応援をはじめる.
二人は魔法領域を最大圧で展開し,それに殺気を乗せているかのように,領域がぶつかり合う所でマナの光がバチバチと起こり,戦いを開始した.
ピピピピピピ.
「うわっ!なんだよ!」
クリスは急停止して,箒を空中に浮かせた.どこからか警告音が聞こえる.軍用魔導ローブのいろいろなポケットを探っていると,イサラミナに渡す記憶結晶が警告を鳴らしていた.
「また,あの人のせいか.…この音,どうやって止めるんだろう.それっぽいギミックがないんだけど?」
エイブラムは【魔力誘導魔弾 ×6】のうち,3つをキマリザルドに向け,残り3つを地面に当てる.地面が爆発して,視界が悪化するのを見計らい,突撃する.【第22領域 落雷の嵐】と,キマリザルドがエイブラムからも見えなくなったので,当たりをつけて範囲電撃魔法で動けなくするように魔法を放った.
(上だと!)
キマリザルドは爆発とともに上に飛び上がっており,上から剣の形をした杖を,剣として使って切りかかってきた.
【物理絶対防御】
キーン!とても良い音がして,剣が防御結界で跳ね返される.跳ね返った反動で剣を上から下へくるっと回し,下からエイブラムを攻撃してくる.
【物理絶対防御】
キーン!防御できたが,キマリザルドより体重の軽いエイブラムは若干浮き上げられた.
キマリザルドは地面に剣を垂直に立て,魔法を行使する.空中に浮いているエイブラムは避けられないと判断して【魔法障壁 ×8】して,魔法を無効にする.いくつかの魔法が地面に当たり,地面が爆発して,再度視界が悪化する.
【魔力矢 ×5】指から比較的威力が弱いが速度の速い矢状の魔法を放つ.爆煙を貫通して,キマリザルドに迫る.4つは躱されたが,一つが左足に当たる.
『ヒダリー!』 キマリザルドは魔族語で叫んで,バランスを崩す.
(勝った!)
エイブラムはこれでとどめをさせると思い,勝負に出た.
【左手接触法印から杖に接続第23領域杖誘導制御 第24階梯魔法 魔力誘導魔弾 通常威力 ×15-60Mマナエルグ消費】
自分の周りからキマリザルドをとり囲むようにマナブラストを誘導する.
魔法が放たれた後,キマリザルドの左足ヒダリーはキマリザルド本体を後ろに弾き飛ばす.
『クゥェエエー!』ヒダリーは叫ぶ.
そして,【魔法照準誘因】魔法を使って,キマリザルドの身代わりになる.
キマリザルドは驚きながら,ヒダリーがマナブラストを被弾して,爆散するのを見た.右足一本で着地し,そのまま右手から【影槍】魔法を撃ち返す.
『ヒダリー,すまぬ.』
「くっ.」
キマリザルドの魔法はエイブラムの心臓をえぐるように貫いており,ぼとぼとと血が流れこぼれる.エイブラムはそのままゆっくりと倒れ,そのまま動かなくなった.
キマリザルドは再び左足を失い,剣を杖代わりにして,エイブラムのもとへ行き,剣で彼の首を落とした.
『勝利だ!』
『『『おぉぉぉぉ!』』』と,再び,鬨の声が上がった.
「やっと音が止まった.…もう,どうなるかと焦ったよ.さて,ドラゴニュートみたいな厄介なやつに見つかる前に,ヴィッセンスブルクへ急ごう.」と,クリスは再度,加速した.
*) テルビム : 温度の単位.水が凍る温度が200テルビムで,水が沸騰する温度が300テルビム. えっ? 273.15? …なんのこと?




