閑話 第17話 風雲急を告げる
新生アラグニア王国 エーデルシュタイン 街壁 警鐘塔
―第6紀 369年12月46日(天曜日)11刻
「おい!鐘をならせ!魔族軍 八匹隊 8隊を発見!緊急連絡だ!」
カンカンカンカン!
白い雪化粧をした高い峰々ヴェステローテヴァル山脈から流れるエーデルシュタイン川のほとりに,人口270万人が住む街エーデルシュタインがあった.
かつては,ヴェステローテヴァル山脈にあったドワーフたちの住むフィーレリザーフェン鉱山の門前町として人口320万人もいたのだが,9年前に魔族軍 四魔将 獄炎のフラウファボスによって,鉱山が陥落すると街は衰退の一途をたどった.宝石の街として栄えていたが,今やさびれた辺境の一都市に過ぎない.
元々,ドワーフたちが採掘して製錬した鉄や宝石とエーデルシュタイン西部で生産した小麦を交換して生計を立てていたが,魔族によってドワーフたちが鉱山から追い出されると,街の経済は破綻し,さらにドワーフ難民が街にとどまり,治安が急激に悪化した.それを嫌い多くの住民が街を捨てて,アイゼンシュタットのような豊かな穀倉地帯へ移っていった.
宝石の街としての魅力がなくなっても農業の街として,麦を作り続けて,ヴィッセンスブルクなどに販売し続けていた.また,避難してきたドワーフたちは細々と手工業を立ち上げて,いくつかの工房はそれなりの規模になっていった.エーデルシュタインとはそういう街である.
魔族軍は次々と転移門を通って,約2刻でエーデルシュタインを半包囲していった.その数,68万匹.クブールから撤退した魔族軍の魔物の匹数とほぼ同じであった.
エーデルシュタインは街の北側と東側にエーデルシュタイン川が流れており,川の流れで岩盤が削れて渓谷を形成し,280キロメルテにわたり,20~40メルテの垂直以上の壁になっている.街自体は東側の川沿いの崖の上の高台に固まっており,西側が低地になっており,フシュル湖の半分を街壁の中に入れる形で街を形成している.街壁は北西部に31キロメルテ,南西部に52キロメルテある.西側の低地は主に農業用地になっている.この街の特殊なところはエーデルシュタイン川につり橋がかかっていることだろう.つり橋を渡ったところにも1キロメルテ強の街壁があり,街壁の向こうは約1000キロメルテ進むと,イルミンスールの森にたどり着く.もちろん,ウィルダネスを突破できる実力があれば,である.
ウォーーー,ウォゥ,ウォーーー.ドン,ドドン,ドドン…ドン.
魔族軍は四魔将 キマリザルドの符丁で全軍の半分を鼓舞する.その後で,
ファーーーーーー,ファ,ドドドドドドドド,ドン,ドン,…ドン.と,四魔将 獄炎のフラウファボスの符丁で残り半分を鼓舞してきた.
「隊長,こんな数の魔族なんて見たことありません.王国軍は助けにきてくれるのでしょうか?」
エーデルシュタイン街壁防衛隊はそれなりの準備をしてきた.しかし,これだけの魔族に囲まれると,隊員たちは震え上がった.
「来てくれると信じているが,それまで持ち堪える必要があるな.諸君,できるか? 」
「「「「ヤー,マイン マイスター.」」」」
「私は壁守様たちの様子を確認してくる.しばらくは,街壁の防御結界で耐えられるはずだな.」
「壁守様,【街壁防御結界】魔法は構築できましたでしょうか?」
「マーロー隊長!ええ,できました.…もう,あなた.二人の時はそんなに他人行儀でなくていいんですよ.それより,これからどうなるのでしょうか? 私はとても不安です.」
エーデルシュタインには4つの高い塔があり,約20キロメルテずつ4人の壁守で担当していた.一番北にある高い塔の壁守はマーロー隊長の夫人であるローラが担当していた.同じ職場の中で夫婦共働きしていると周りに気を使うものである.それがだんだんと普通になっていき,二人の時も同じように敬語でしゃべってしまうものだ.
「心配はいらないよ.すぐに王国から軍隊が派兵されてくるから.それまでは,防御結界を張って,立てこもって耐えるしかないです.川の方から断崖を登ってくるのを監視するために,かなりの兵士が必要ですから,そちらの方が不安なくらいですよ.」
「ええ,わかりました.街壁の方は私たち壁守でなんとかいたします.”尖四角錐の光槍“で迎撃した方が良いのでしょうか?」
「迎撃はしなくて,魔力を温存するようにしてほしいのです.王国軍が来るまで,防御一辺倒です.攻撃されたら,魔力が削られるので,魔晶石は魔力回復に使用してほしいと思っています.」
「承知しました,あなた.とても不安ですので,伝令は置いてください.」
「もちろん.」
ドドーン!
「はじまりましたか.ローラ,私は外を見てきますね.」
「はい.」
壁守ローラは不安そうに両手を祈るように握っていたが,高い塔を制御する石柱の前に立ち,街壁の防御結界を破られないように魔法を更新し続けなければならない.
「大地母神アリアンフィール様,どうか街をお守りください.」
ズーデンヴァルト 司令部 総大将執務室
―第6紀 369年12月47日(火曜日)2刻
「エーデルシュタインはすでに3刻前に魔族軍に囲まれているのだ.何を悠長なことをしているのだ.」
「それが前回の戦いの後,作戦会議のため,指揮官の多くはヴィッセンスブルクへ集まっておりまして,ズーデンヴァルトに駐屯している軍を動かすことができません.」
「転移陣を起動開始だ.いつでもズーデンヴァルトからイルミンスールの森に行けるようにしておけ.それから,イルミンスールに連絡して,エーデルシュタインへの転移門を起動しておいてもらえ.」
「はっ!」
「待たせたな.魔族軍は全軍でエーデルシュタインへ転移したことがわかった.向こうにキマリザルドとフラウファボスがいることが確認できた.ズーデンヴァルトに2万,クブールに2万を残して,12万をエーデルシュタインに転移させる.大陸四国軍事協定に従い,エルフ軍が3万,神聖ミカエリアス教会国から6000の聖装騎士団,東方蓬莱国から3000兵士の増援がもらえるらしい.」
エーデルシュタイン 高い塔
―第6紀 369年12月47日(火曜日)8刻
「はぁ,はぁ,マーロー隊長.もう限界です.魔晶石はすべて使い尽くしました.私の魔力も残りわずかで,レベルブレイクしそうです.すみません,あなた.私は街を守ることができませんでした.」
「王国軍は何をしているのだ!」
「王国軍がきたぞー!」と遠方から聞こえる.
「早く急げ!高い塔に魔晶石を回してくれ!街壁が持たないぞ!」
飛空艇 ヴェレゲフュール号 船橋
―第6紀 369年12月47日(火曜日)10刻
「ふがぁーっ!うちにも休息を与えるのぢゃ!」イサラミナは怒っていた.
「ズーデンヴァルトからアイゼンシュタットに行って,クブールに戻って,すぐにヴィッセンスブルクに行ったと思えば,イルミンスールに行って,今度はエーデルシュタインぢゃと!荷物を積み下ろしするとき以外,ずっと飛空艇の中ですごしているぢゃないか!うちは輜重部隊ではなく,工作部隊ぢゃ!戦争が始まってから,作っているより,運んでいる時間の方が長いのぢゃ.」
「時間があるなら,飛空艇の中でぐっすり眠ればいいと思うよ.」
「ふなっ!壁守殿はウィルダネスの上を飛んでいるときにぐっすり眠れるとはけっこういい根性してるんじゃな.…はぁ,仕方ない.うちもそうするのぢゃ.」
「でも,もうエーデルシュタインに着きますよ.」
「ふにゃ?もう着くのか?」
「ええ,風が良かったらしいですよ.」
「イサラミナ代理艦長.もう下でドンパチやってらぁ.着陸はあきらめた方がいいな.」
飛空艇 ヴェレゲフュール号は商工会“踊る針と歌う鎚“の所有物であり,戦時下で軍の運搬を手伝っているのである.
「ふむ〜,いいや,強行着陸するのぢゃ.今はマギアスが何人も乗っているのぢゃ.魔法防御は問題ない.何があっても相手にモノを運ぶのが運び屋として,矜持ぢゃろ?」
「いや,それは命あってのってやつですぜ.」
「なんぢゃ.命を捨てろなんて言ってないのぢゃ.壁守殿,後はまかせたのぢゃ.」
「えっ?任せったって,何処に?」
「むぅ〜,囮ぢゃ.全艦消灯航行,魔法障壁発動,よいな!」
と,箒を持って外に飛び出した.そして,【光】魔法で夜空に見える飛空艇のような複数の光源を模して,エーデルシュタインの西の方へ飛んで行った.そして,まるで撃墜されたような視覚効果を発生させて,エーデルシュタインに降下した.
遅れながら援軍に来た王国軍とイサラミナが持ってきた移動式”尖四角錐の光槍“アルミラージパンツァー16門によりエーデルシュタインは辛うじて持ちこたえた.以降,両者とも,消耗戦に突入した形になった.
エーデルシュタイン イサラミナ特務工作中隊 仮宿舎
―第6紀 369年12月52日(火曜日)4刻
「正気か? エーデルシュタインに植えられている麦を放棄するぢゃと!」
すでに1恊週間,街壁を挟んで魔法戦を繰り広げているが,魔族軍がやや押している.住民を避難させると,それは麦を放棄するのに等しい.戦が長期化するに伴い,兵士の充実した住環境を構築する必要がある.じっくり睡眠をとる広いテントが必要だし,休憩施設や神殿治癒院もこれから必要になるだろう.少なくとも,壁の付近の畑は軍が展開できるようにするために,今すぐにでも刈る必要がある.
「後少しで収穫ぢゃろ.もうちょっと頑張れんのぢゃろか?」
13月から収穫が始まる.後5恊週間である.
「偉いさんたちで決めたんだよ.仕方ないよ.」
「エーデルシュタインだけで500万人分の麦ぢゃぞ.これで麦の値段がさらに跳ね上がるぢゃ.…やばい予感がする.何かあったら,暴動が起こるんぢゃ.
購買の連中に連絡せんとヤバいのぢゃ.無謀な買付を止めないと,うちらの商工会が麦暴動の引き金を引いたことになるのぢゃ!そんな噂になっただけでも,“踊針”が潰れてしまうのぢゃあ!…ふにゃぁぁぁあぁ~~!」
「慌てたって仕方ないよ.」
「すぐにでも,七賢会議が必要ぢゃ.ローゼンフェルゼンに帰らんとならんのぢゃ.」
「戦争中なんだけど?」
「そこを何とか.…何とかなるぢゃろ?ほれ,ばあちゃんが死んだとか言ってぢゃな…」
「イサラミナって,親族がいないことになってるの,皆知ってるけど.」
「ふにゃ!いないぢゃなくて,いないことになってるって表現が,気にいらないのぢゃが!…ダメなのか,ふにゅ~,ダメぢゃろうな.魔族に囲まれておるんぢゃしな.ふにゃ,大失態ぢゃ.どうしたらいいのぢゃあぁ~~.」
「他の七賢がなんとかしてくれるよ.」
「他人事ぢゃな!」
エーデルシュタインには第一王子派,北方改革派,第二王子派,ズーデンヴァルト軍の第2軍,諸国連合が集結し,人類種連合12万の兵を用意し,エーデルシュタインの街壁を支柱に,エーデルシュタインの街壁防衛隊が地元情報を提供して,3恊日で軍隊としての体裁を整えることができた.
魔族軍の兵士数が人類種連合よりもはるかに多いが,攻城戦の形になっているため,何とか耐えることができている状況であった.魔族軍は前後左右に動いて人類種連合を揺さぶったが,人類種連合はしばらく街壁の外には兵を進めず,防御中心で街壁の上から魔法攻撃で魔族軍の兵士を少しずつでも減らし続けていた.
魔族軍は街壁を攻めるだけでなく,川岸から崖を登ってきたり,湖を渡ろうとしたり,いろいろな手を尽くしてきた.人類種側はまさに右往左往して,対応することになった.
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