第22話 本当かね?
ヴィッセンスブルク大学校 13号館 3階 戦略戦術研究室
―第6紀 369年12月43日(風曜日)4刻
「パスカル君,この論文に書かれていることは本当かね?」
「ええ,教授.計算式に間違いようはないです.仮定した定数の値が間違ってなければ,そういうことになります.」
「定数の値は標準的な値で非常に適正じゃ.」
パスカルは短期士官育成課程に進学することで,徴兵令延期申請を受理してもらい,人魔大戦の初戦が始まった日は授業としてズーデンヴァルトでクブール上陸作戦を見学していた.そして,当該作戦とその戦果について,論文の提出を求められたので提出したのだが,教授から呼び出しを受けてしまったのだ.
もちろん,論文の内容について,出来が悪くて呼び出されたのではない.正しいとすれば,人類種側はとんでもない罠にかかっていることが教授も理解したからである.
「でしたら,計算の通り,魔族軍は負けを認めてから撤退したのではなく,戦いが始まった時点から撤退を開始しています.そうでなければ,あの時点で撤退が完了することはありません.81万9200匹の軍隊です.移動するのに相当の時間がかかること,教授もご理解いただけるはずです.」
「ああ.」
「だいたいおかしいと思われませんでしたか? 魔族軍は人類種連合軍の5.12倍もの兵力を用意していたのです.攻城戦ではなく,野戦だったので,数が有利に勝負を決めるわけですから,撤退などする必要はなかったはずです.兵力差だけでゴリ押ししても良かったと思いませんか?
僕は5.12倍の魔族軍に攻撃を仕掛けに行った人類種連合軍のトップの頭は大丈夫かどうか心配していたくらいですから.
新しい戦術に浮かれ,おもちゃを早く使いたいと思う子供のようになっていたのですかね? それとも,エルフのように144より大きな数はほぼ同じと思っていたのでしょうかね?」
「皮肉が効きすぎているんじゃぞ,パスカル君.まあ,わしもそう思わなかったといえば,うそになるな.」
「ほんとに勝ったからよかったようなものですよ,教授.」
「パスカル君は魔族たちが撤退してどうするつもりじゃと思う?」
「論文にもいくつかの可能性を記載しましたが,一番可能性が高いのはクブールとズーデンヴァルトに兵を分散させることで,分散した人類種側の各個撃破を狙っているのだと思います.
街壁があるとその防御力だけでも,相当数の兵力差が必要です.防御側の兵力を分散できれば,攻撃側は有利になるのは間違いないです.
魔族軍は移動式転移陣を人類種側より早く,しかも効率的に運用できます.占拠したクブールが最前線とは限りません.」
「その通りじゃ.どこが狙われると思っておると考えておるのじゃ.」
「どこでも可能性があります.我々はどこか1個所に兵を集中することはできません.残念なことに,攻められてから兵を移動させるしか対処方法がないのです.
これを根本的に解決するには国内に緻密な監視網を構築するしかありません.それができなければ,ここヴィッセンスブルクですら,戦場になる可能性があると思います.」
「わしもパスカル君の論文を読んで,そう思ったのじゃ.これはゆゆしき事態じゃ.」
「…こんなこと考えたくありませんが,魔族にとても策略に富んだ魔物がいるのではないでしょうか? プッペンスタット魔族襲撃事件ですら,そいつの策略のひとつだったように思います.もし,エリーが街を破壊していなければ,すでに,ズーデンヴァルトは陥落していて,イルミンスールの森も危機的な状況だったのではないでしょうか?」
「そうじゃな.プッペンスタット魔族襲撃事件で魔族軍としても出鼻をくじかれた形になったが,そうなっていなければ,それは危機的な状況になっていたじゃろうて.魔族は何か恐ろしいことを考えているのやもしれんな.」
「正直に言って,人類種連合軍の現状は魔族たちに踊らされているように思います.」
「まあ,この論文の結論が仮に間違っていたとしても,パスカル君には単位をやろう.こんなに理路整然と戦略を考察したものは他になかった.他の生徒たちは今回の勝利によって,魔族軍に簡単に勝てると結論付けたものがほとんどじゃった.魔族軍は弱いと思っておるようじゃ.」
「今回,人類種連合軍が勝ったのは,早々に撤退を決め,人類種側とほぼ同数の軍しか前線に出してない上,人類種連合軍はマギアスを3割も入れた選りすぐりの魔法戦重視の布陣で戦ったのです.勝って当たり前ではないでしょうか?」
「そうじゃな.この論文には,魔法使いと非魔法使いの比率にも言及しているし,正しい評価をしておったな.わしも魔族軍はまだ本気を出していないと思うのじゃ.
そういう意味でも,この論文は人類種側の危機を警鐘しておって,それでいてすべての情報と精査して最も矛盾がない.当たってほしくないが,これを読むとそうではないかと思わせるものがあった.すばらしい.」
「ありがとうございます.」
「わしはこの論文を軍務省大臣に見せに行く.問題ないな?」
「もちろんです.」
ヴィッセンスブルク 王城 謁見の間
―第6紀 369年12月43日(風曜日)3刻
「さて,国王陛下!初戦は我が新生アラグニア王国が華々しい勝利を挙げることができました.ズーデンヴァルト軍,第一王子,第二王子,諸国連合,そして,私の北方改革派陸軍で勝利いたしました.各軍とも大変戦果を挙げておられるが,やはり,私の北方改革派の活躍なしでは勝利はおぼつかなかったと,愚考しておりますな.」
(ちっ,それはほんとに愚考だな.)と,クライトン賢爵の発言に,第一王子は面白くない顔をした.
「まずは祝勝会を催しましょう!その後に,クブールの領主をだれにするか決めないとなりませんな.功績に応じた陞爵も必要でしょう.その後は,ドンナーハルへさらに南下する軍事体制の強化が必要かと,いつ南下をはじめられるか検討いたしませんと.」
「クライトン閣下,祝勝会など時期尚早です.まだ,魔族軍の主力部隊がドンナーハルに駐屯していると予測される中,浮かれ気分なのはどうかと思われます.」祝勝会などの国政行事をも担当する内務省大臣が反対する.
「固いことを言うでない,内務省大臣.大がかりなものでなければ問題なかろう.」と,国王ジャックがクライトン賢爵に同意した.
数字だけを見れば,間違いなく大勝利であったので,国王に浮かれては困りますとは言いにくかった.
「しかし,陛下!・・・1恊週間ほど考えさせてください.日程を調整いたします.まあ,魔族が思い直して,再度,クブールに引き返してくるかもしれませんし,様子を見ながら考えさせていただきます.」と,しぶしぶであることを隠す様子もなく,開催することに合意した.
なお,この祝勝会は開催されることはなかった.
ヴィッセンスブルク 王城 南館 軍務省 入口
―第6紀 369年12月44日(水曜日)2刻
教授はパスカルの論文を持って,軍務省大臣に面会を求めた.しかし,大臣は戦後処理で大変忙しいとのことで,下級役人に門前払いされた.翌日も軍務省大臣に面会を求めたが,別の下級役人に同様に門前払いされた.さすがに教授も頭にきていた.そこに,偶然,軍務省にお遣いにきていた内務省のモーガン女史とばったり会った.種族間若手士官交流会にて面識があり,モーガン女史は一度会ったら忘れられないほど派手な女性であった.
「ひさしいのう.モーガン女史.」
「あら,教授.軍務省にご用事ですか?」
「パスカル君,いや,ファンデルメーデン君を覚えているかね?」
「ええ,忘れるはずもありません.」
「彼は今,士官育成課程にいるのだが,彼の書いた論文がすばらしいので,軍務省大臣閣下にお見せしようかと思ったんじゃが,下っ端役人どもがわしを無下に扱われておるんじゃ.ふん,わしは天下の最高学府ヴィッセンスブルク大学校の教授なんじゃぞ.なんなのじゃ,あの態度は!」
「まあ,教授.お怒りをお沈めください.軍務省も今はてんてこ舞いなのでしょう.…私,ファンデルメーデンさんの論文興味あります.読ませてもらっても?」
「おお,かまわんのじゃ.」
モーガン女史はすごい速度で論文を読む.仕事のできる女性という感じをぷんぷん匂わせていた.
「きょ,教授.これ,本当ですか?」
「モーガン女史まで,わしと同じことを言うんじゃな.考察はかなり的を射ておる.魔族の考えることはわからんから,絶対とは言わん.でも,一考しておくべきじゃ.」
「【本複製】させていただきます.私から内務省大臣閣下経由で軍務省大臣閣下に連絡できないか試してみます.私も一案として考慮する必要があると思います.」
結局,パスカルの論文はこの2恊日後に軍務省大臣に伝わった.しかし,遅かった.魔族軍は人類種側が気づく前に次の行動を開始した.
ヴィッセンスブルク ヴェルトヴォール区 クライトン賢爵 別邸
―第6紀 369年12月44日(水曜日)7刻
「気に入らんな!」
クライトン賢爵は側近中の側近2名と一緒に酒を交わしながら,不満を述べていた.
「あの内務省大臣のナイセルも,国庫省大臣のノックスも,魔法省大臣のメトセラールも,まったく気に入らん.中央の頭でっかちどもが!!」
「御前会議はうまくことが運ばなかったのですか?」
「そうだ.クブールの統治者を誰にするか,全く議論を進めることさえできず,決められなかった.わしの弟か息子,あるいは,ゲーレルテンシュタットの領主の息子を推挙するつもりであったが,何をするにしても,あの3人が反対しよる.クブールは当面,軍が管理するときた.その管理を任される軍務省大臣のガードナーときたら,それはそれはどうしようもない小物だぞ.軍隊を訓練するしか能のない“役立たず”だ.本当の戦ではトップとしての才能に欠けている.」
「中央も大した人材がおりませんな,嘆かわしいことに.」
「その通りだ.こんなことなら,私が代わりに国を動かしてやるぞ.」
「そうなさいませ,閣下.北方改革派 4大都市とその26衛星都市だけでも,魔族どもと戦えます.」
「いっそのこと,大陸西部や北西部の辺境都市群にも影響力を延ばしてみてはいかがです?」
「獣人族たちと肩を並べるのか? ふむ~. まあ,戦力にはなるのは間違いないが,獣人族はトールマンに従うだろうか? 頭が悪いのに,従うのが嫌いなやつらだからな.」
「魔族の脅威を感じたら,頭数の少ない獣人族は困るでしょう.近隣には我々か傲慢なエルフのいずれかしかおりませんので,当然我々に助けを求めるでしょう.」
「アイゼンシュタットの恵まれた土地に感謝だな.南が荒れると,北は潤う.いずれにしても,我々が有利なのは揺るがないな!あはははは.」
「間違いございません.あはははは.」




