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閑話 第15話 人魔大戦 開戦

魔族領 クブール街 臨時 キマリザルド邸

―第6紀 369年11月27日(土曜日)4刻



「シャシャシャ,キマリザルド殿,だいぶ調子が戻ってこられたようで,よかったでス.」と,考え過ぎのウァサーゴシュラゼズスはずっと寝込んでいた威風堂々のキマリザルドが起き上がれるようになったと聞いたので,お見舞いに来ていた.


「ふん!何を見て,そう言う.足を失って動けなくなっている“役立たず”にご機嫌取りとは貴様も暇なのか?」

「“役立たず”は言いすぎでス.もちろん,これから役に立ってもらいまス.“白の魔法使い”は私の想像のはるか上を行っていました.私の予測が外れて,誠に申し訳ないと思っているのでス.」

「いや,わしも甘く見ておった.予測できんことは仕方ないことだ.」

「そう言っていただけると助かりまス.実はキマリザルド将軍のおっしゃる通り,暇を持て余しているのでス.人類どもが攻めて来るのを待っているのでスが,あいつら攻める判断が遅すぎるのではないかと思っているのでス.」

「ふん!貴様も大概慎重で最初の一歩が遅いではないか.」

「それを言われますと,返す言葉がないでス.シャシャシャ.」


「で,何か話か?」

「ええ,アルパ作戦が失敗しましたので,すでにベルタ作戦に移行しました.将軍には不名誉ながら,我軍はドンナーハルへ敗戦撤退を偽装しまス.一旦,クブールを放棄しますので,その辺ご理解をいただきに来たのでス.」

「わしは一度負けたのだ.たかが3回勝っただけで図に乗っておったのかしれん.威風堂々の二つ名に傷がついたのだ.さらに,一つ不名誉な負け星がついても大して変わらぬ.好きにせよ.」

「ええ,将軍にはすぐに両足と大勝利をプレゼントいたしまス.しばしの忍耐をお願いしまスね.では,計画通りにベルタ作戦を進めまス.」

「承知.」



ズーデンヴァルト 第一軍 飛行箒臨時発着場

―第6紀 370年12月33日(風曜日)3刻



「ただの杖職人に最前線は怖すぎるよ,エリアーヌ.」

ヴィッセンスブルクでは考えられない冬の寒さの中で,似合わない軍服に袖を通したリエリの父ジョエルは隣の兵士に聞こえない程度に独り言を言うと,言葉が白く変わる.


ジョエルは術者級マギアスであったため,役割として軍用の箒に乗って,小型転移陣をシグリス河の対岸に設置する文字通りの一番乗りをする第一軍に配属された.徴兵されてから,ほとんど日数が経っていないし,訓練も一通りやっただけで,不安しかない.一般的な貴族や国民は日常的に“攻撃魔法“を使っていたりなどしないものである.ジョエルはそれどころか,大学校ではティルールローゼを授業で受けていただけであり,攻撃魔法なんて,ここ50恊年ほど使ってもいないのだ.


「さて,第一軍諸君!諸君らは魔族領に一番乗りできる名誉が与えられた.我ら第一軍は先陣を切り,後の軍団の文字通りの橋渡しをするのだ.歴史に残るこの戦いに勝利して,我ら人類種の誇りを魔族どもに見せつけてやろうではないか!」第一軍の軍団長は左手を背に回し,右手を握りそれを上下に振りながら,演説する.

(そんな名誉いらないんだけど….)


続いて,副軍団長が紙を見ながら話をはじめる.

「出発前に再度第一軍の作戦を確認する.第一軍は移動式転移門の出口を持って箒でシグリス河を渡る.渡った先で転移門を設置,その場で転移門を死守する.第二軍が転移門を順次通過してくるので,それまで転移門を保たせる必要がある.防御しながら,転移門に接近する敵を迎撃する.続いて第三軍,第四軍,第五軍,第六軍と転移するのを待つ.この当たりになれば,諸君らは戦闘から離れられるだろう.はじめだけだ,厳しいのは.」


そう言い,副軍団長は兵士たちを見渡す.異存がないことを確認し,

「全軍転移完了後,出口を持って,シグリス河をズーデンヴァルト帰還する.そして,今度は入口に持ち替えて,再度シグリス河を渡って入口を設置する.その後は状況を見て改めて命令する.良いな!」

「「「「「ヤー,マイン マイスター.」」」」」



ズーデンヴァルト 司令部 南箒発着場

―第6紀 370年12月33日(風曜日)3刻



「いやはや,箒を開戦日までに用意してもらえるとはさすがです,エルレンマイヤー特務大尉殿.」

今日はハンティントン強行偵察小隊全員の前で話しているので,それなりに立場を考えて,エイブラムはイサラミナに発言したのだが,イサラミナはいつも通りに なあなあ で答えた.

「ふむー,いやー,頑張ったのは うちぢゃなく,アツゥルヴェルクスタットの開発メンバーぢゃ.この箒“ドラウフゲンガー”は速度リミッターがないんで,箒が壊れるまで加速できるんぢゃ.うちがどれくらいスピードが出るか確認してみたのぢゃ.そしたら,おおよそ毎周秒210メルテを超えたくらいで柄が粉砕して,上空で投げ出されてしもたのぢゃ.危うく死ぬかと思ったのぢゃ.」

「「「えっ?」」」

「いや,毎周秒180メルテまでなら安全ぢゃ.危なくなったら,柄がミシミシ言い出すから,わかるんぢゃ.」

「「あの!」」

「大丈夫ぢゃ.ちゃんと,3本の箒ドラウフゲンガーで試した結論ぢゃ.うちの名誉をかけて保証するのぢゃ.」

「…わかりました.普通の箒ではドラゴニュートに確実に負けてしまうので,この箒にかけてみます.」


「ふむ,それでぢゃが,これが安全装置ぢゃ.箒が壊れたら【浮遊(シュヴィメント)】魔法がかかるようになっているんぢゃ.誰かに助けてもらうか,自分の魔法で何とかしてほしいのぢゃ.」

「浮いて止まったままなのですか?」

「ふむ〜,空中を泳ぐように手を動かせば,ゆっくり動くんぢゃ.それと風に流されるのぢゃ.」

「いやはや,川に落ちないだけでも,ありがたいです.」


「あの!ところでこの箒,…なぜ()()塗っているのでしょうか?」

「ふむ? 特別試作箒ドラウフゲンガーは軍用箒アドラー・ドライの3倍の速度が出るんぢゃ.赤く塗るのは常識ぢゃろ?」

「どんな常識ですか!」

「いや,それは おた…モゴモゴモゴ」と,自分の手で自分の口をふさいで話を中断する.視線を斜め上に向け,2周秒ほど考えるようなふりをして,

「イヒヒ,失礼したのぢゃ.危ないから他のと区別するために赤くしたのぢゃ.」と,明らかに誤魔化した.

「「「「「「…」」」」」」


「そうぢゃ,大事なことを忘れておったのぢゃ.アツゥルヴェルクスタットのやつらからお願いされておったんぢゃ.飛行データを確認したいらしいのぢゃ.杖に乗っている間の視覚記憶を共有してほしいらしいのぢゃ.もちろん,断ってもいいらしいのぢゃ.協力してくれないぢゃろか?」

「ええ,協力しますよ.いいよな?」

「ええ,私も構いません.」

「助かるのぢゃ.」

そう言うと,ドラウフゲンガーに金属製の魔道具を取り付けた.

「ふむ,箒に魔力を流しだしたらこの記憶結晶に記録されるんぢゃ.手を離してからも,6周分間記録が続く.もし,事故が起こった時に原因を確認するために,必要ぢゃからな.閲覧公開鍵は・・・・・」


イサラミナが去った後で,

「あの!副軍団長.あの人を信じて大丈夫なのでしょうか?」

「信じろ!いや,信じるしかない!」

「大丈夫ですよ.あの有名な“奇才奇人のイサラミナ”ですよ.何とかと何とかは紙一重って,言うやつですよね.」

「まずは試乗するぞ.誰が一番速度を出せるか競争だな.」

「副軍団長!さっきの話,聞いてましたか?」



ズーデンヴァルト 第一軍 飛行箒 発着場

―第6紀 370年12月33日(風曜日)4刻



「帰って来たか.」

花火(フォイァーヴェルク) 緑】が6つ上がる.敵軍に変化なし.ハンティントン強行偵察小隊が作戦直前の偵察を追え,箒の出す音とは思えないビュゴォーーーーゥ,という風切り音を出して,また見たことがない速度で第一軍の頭上を通過した.

「よし,第一軍,進軍開始!」

この号令と共に,後日“人魔大戦”と呼ばれる戦争が開始された.

(とうとう,はじまってしまったか.大地母神アリアンフィール様,この戦で生き残って家に帰れますように!)


小型転移陣は意図的に二人で一つを運ぶ.一人が撃墜されても,もう一人が運べる可能性を考えた作戦である.転移陣は紐で結んで2つの箒の間にぶら下げているのである.そのため,二人で息を合わせて飛行する必要がある.ジョエルの相方はトミーと言うトールマンの一般級マギアスである.目で合図して,ジョエルとトミーは地面を蹴って,箒を浮かして飛行する.


転移門は出口と入口が別で,その間を魔導線で接続する必要がある.設置型の場合,地面を魔力励起して,地面そのものを魔導線とするのだが,ココにはシグリス河という流れる液体があり,地面に魔導線を設置できない.イサラミナは商工会“踊る針を歌う鎚”の独占技術であるイサラミナ式連結錬金窯連続生産法を使って,細長い5キロメルテのワイヤーを作って,物理的に転移門の入口と出口を接続して転移門を稼働させる方法を採用した.ワイヤーだけで40グランの重さがある.


ジョエルは毎日,箒に通勤しているので,乗り慣れているもの,軍用箒アドラー・ドライのスピードに若干恐ろしさを感じなかったわけではない.川の上を飛んでいるとだんだんとスピードを感じなくなる.第一軍は横一列になって,それぞれのペアは距離を空けている.攻撃を分散させるためだが,魔族領からの魔法攻撃はない.対岸まで90周秒で到着できる.もう岸がはっきりと確認できる.

ポチャン.

トミーの飛行高度が低すぎて,吊っていた転移陣が一瞬だけ水面についた.トミーは魔法攻撃を恐れて,低く飛びすぎていたのである.


ジョエルは左手で上へと合図する.その瞬間,

ドバシャアァーーーッ.

シグリス河から見たことない魔物が飛び上がり見事にトミーの頭に喰らいついた.

「うわぁっ!トミー!」

トミーは魔物に喰いつかれたまま,今度は上に逃げようとする.紐のせいでジョエルもバランスを崩し,上へ引っ張られる.

「ちょっとトミー,落ち着いてー.」

この状態で落ち着くのはムリというものである.魔物は左右にピチピチもがいた後で,体全体を勢いよくひねる.

ゴキッ.と,嫌な音が聞こえた.そのまま,トミーはぐったりして川へ落下する.その反動で,ジョエルの箒も下を向く.トミーが川に落ち,魚たちが集まって,水しぶきが上がる.

「ぎゃあっ.上がってぇー.」

水面ギリギリで何とか持ち直せたが,箒の末端が川に浸かり,これも見たことない魚が1匹箒に喰らいついていた.

「ぶつかるー.」

川岸は水面から高さ2メルテほどの急な斜面なっており,ジョエルはそこの上部にぶち当たって,少し空を飛んで,地面をゴロゴロと転がる.


「し,死ぬかと思った.」

すると,箒が川の方にズルズルとすべって行く.ジョエルの乗っていた箒は陸にあったが,転移陣もトミーの箒も川の中に浸かっており,魚たちが引っ張っていた.

「ちょっと待って,それを持っていかれたら,帰れなくなるよ!」

と,今度は魚たちと綱引きを開始する.魚たちの方が,力が強くどんどん川に引っ張られる.

「なんて力なんだ.」

もう諦めるしかないかと思っていると,誰かが後ろから引くのを手伝ってくれた.振り向くと,副軍団長であった.

「もっと引っ張れ!」

「ヤー!」

数匹の魚ごと陸に引き上げことができた.


「急げ,第二軍が待っているぞ.」

他のペアはすでに転移陣を設置しており,ぞろぞろと第二軍が進軍していた.ジョエルも転移陣を固定し,【転移門(オッフェネス)開門(トーァ)】と,どうにか転移陣を起動できた.

「ご苦労さん.」と,第二軍の先頭の兵士に言われて,疲れがどっとでてきて,へたりこんだ.

(まだ,戦場にいるんだ.油断しないようにしないと.トミーは?)

振り返ると川の水が赤く染まっていた.短い付き合いだった.

「大地母神アリアンフィール様,トミーが輝く星に還れますように.」



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