閑話 第14話 先行偵察
ズーデンヴァルト 司令部 2階 偵察監視部隊 情報集約室
―第6紀 369年11月9日(火曜日)3刻
「ハンティントン副隊長!副隊長自ら行かれる必要はありません.私どもが行って参ります.」
「いや,今日は俺が行く.今回は大切な先行偵察だ.俺の目で直接確認しておきたい.」
「しかし,危険です.」
「そんなことはわかっている.それに俺にくらいしか使えない魔法を使っての偵察だ.危険を考えても,意味のある偵察なんだ.」
「では,護衛を増やしてください.」
「ダメだ.見つかりやすくなるし,遅くなる.強行偵察は少数で行くに限る.大丈夫,無事に戻ってくるさ.クリス,テリー行くぞ.」
「「ヤー,マイン マイスター.」」
エイブラム旗下の3人でシグリス河を渡ろうと,軍用箒“アドラー・ドライ”に乗って周秒当たり60メルテの猛スピードで,水面から3メルテを飛行する.高すぎると魔族に早く発見されるし,低すぎるとシグリス河に住む肉食の魚たちが飛び上がって彼らに喰らいつこうとしてくるのを避けることができないので,この高さを維持する必要がある.前を見つつ,川から魚たちが飛びかかってこないかを監視しながら飛行する.川の水は濁っており,1メルテの深さも見ることができない.“シグリス=ピララーラ”のような5メルテを超える肉食魚なら,鳥と間違えて人も丸吞みである.間違って川に落ちようものなら,瞬時に魚どものえさになるだろう.緊張感の中,このスピードなら約90周秒で対岸に接近できる.
エイブラムは箒に固定した短杖に魔力を込めて,【視覚聴覚記憶】魔法を発動する.そして,岸に着く前に急上昇する.そして,シグリス河の南岸,つまり,ズーデンヴァルトの対岸にあるヅォークの街“クブール”を強行偵察する.魔族は人類種ほどの大きな壁を作らず,地面を2×2×2メルテの立方体の形に切り抜き,それをクルっと上に持ち上げる魔法を使って,壁を作っていた.まだ,魔導レンガが発明される前では人類種も使用していた【土壁】魔法である.
人類種側は敵襲に対して警戒の鐘を鳴らして,住民に危険を周知するが,魔族軍はそう言う住民への配慮などしない.魔族たちは戦闘民族であり,農業や牧畜は奴隷であるファブエルやロベルマンなどにさせており,戦闘に関する情報は住民に共有されない.それを知らずに見つかっていないと判断して,突入などすればあっという間に囲まれる.
『クリス,どう思う.』と【魔法領域内念話】で会話する.
『いつもと変わらないように見えます.』
『おかしくないか?』
『ええ,おかしいです.』
エイブラムはクブールの街を標的に魔法を起動する.
【左手掌握法印から短杖に接続 杖から第30領域を展開–第19階梯魔法 魂数計測 発動–1.0Mマナエルグ消費】
人数が多いので答えが返ってくるまで時間がかかる.
「ちっ.」(まだか?)
魔法陣がクルクル光って回りながら動き続ける.魔族からの攻撃はない.
(きた!58万匹.数が少なすぎる.)
街に住んでいる住民込みの人口である.
(前回,強行偵察した時は住民含め71万匹だった.おかしすぎる!奴らズーデンヴァルトを攻略するつもりだったのではなかったのか?)
『副隊長!街の奥を見てください!』
『・・・なん・・・だと.』
前回,強行偵察部隊は街に変化なしとの報告だった.クブールの街の奥は攻撃性森林であったはずだが,森林はなくなっており,そこには膨大な数の魔族軍が駐屯していた.
『どう言うことだ.今度は数が多すぎる.』
見ただけでざっと10万を遥かに超える数の魔族軍が駐屯していたのである.その軍隊は現在,密集体形で行軍演習らしき行動を示していた.
『街の後ろに駐屯している魔族軍本体を強行偵察するぞ.』
クリスとテリーは呆然としていたのだが,エイブラムの声で気合を入れ直す.
『これは大切な情報ですね.ぜひ持って帰らないといけませんね.』
『攻撃に当たるなよ!【魔法障壁】を張って,高度100メルテで上空をすり抜けるぞ.』
『『ヤー,マイン マイスター.』』
さすがに,魔族軍本体は魔法による攻撃を仕掛けてくる.3人は慣れたものでジグザクに惰行し,標的になりにくいように飛行する.
【左手掌握法印から短杖に接続 杖から第30領域を展開–第19階梯魔法 魂数計測 発動–1.0Mマナエルグ消費】
(さあ,早く数えやがれ!)
エイブラムのすぐ左手側に攻撃魔法が通り過ぎる.
(下手くそだが,弾幕が多すぎる.早く,早く.後ろの二人は大丈夫か?まあ,実戦経験で言えば,俺が一番経験が少ないんだがな.…まだかよ.)
魔族軍は大隊がおおよそ500匹である.大隊ごとに少し隙間を開けている.その大隊の数すら数えられない.
『副軍団長,25軍団います.』
『いやはや,1軍団何匹なんだ.』
『知りませんが? でも,大きく見たら,25の塊に分かれていますので,間違いなかと.』
(きた!何!軍だけで82万匹だと!ズーデンヴァルト軍の10倍じゃないか!そんなバカな!)
『【煙幕】しながら,高度1200まで急上昇.旋回して帰るぞ.』
『『ヤー.』』
(この情報は絶対に持って帰る必要がある.上空に上がってしまえば,まず魔法には当たらない.ん?)
上昇中に上を見ていると何かが飛んでいるように見える.
(鳥か?)
それにしてはシルエットがおかしい.
(まさか,ドラゴンか?)
ドラゴンなら,高度3000メルテ以上の上空を飛行しているはずなので,接近することはない.第2紀に“神龍協定”が締結されて,海抜2000メルテより低いところは人と世界樹の世界,海抜3000メルテ以上は竜の世界であると,神様たちと竜たちが決めたため,第6紀の現在でも守り続けられている.エイブラムの上にいるものはドラゴンよりかなり小さく,しかも2000メルテギリギリを飛んでいるように思えた.でも,ドラゴンっぽい色をしている.
『まずい!45°の角度でズーデンヴァルト方向に全速力で降下!重力を使って,スピードを上げろ!逃げるぞ!ドラゴニュートだ!』
煙幕を引きながら,速度を上げる.軍用箒ごときではドラゴニュートの速度と旋回性能には勝てない.ドラゴニュートが煙幕にかからないようにちょうど真上の位置につこうとしている.真上からまっすぐ突入してくるつもりらしい.
『速すぎる.逃げきれそうにない.…クリス,テリー,恨みっこなしだ.右,左,前どれがいい?』
『では前で.』
『私が右に.』
『残り左が俺だな.敵軍80万,25軍団.それだけでも伝えろ!いいな.では,健闘を祈る.』
『『ヤー.』』
と言い,息の合ったタイミングで3方向に分かれる.
ドラゴニュートは一瞬だれについていくか悩んだが,一番早く川を渡りそうである真っすぐを選んだテリーを追跡した.ドラゴニュートはテリーより高い高度で真上からさらに前方まで追い越し,北に上がっている赤い太陽ゾーラスとテリーを直線で結んだコースを急降下してくる.
「太陽に隠れて接近だと!」
気が付いた時にはもう魔法を撃てる距離ではなかった.そのまま,ドラゴニュートの足の爪でひっかかれて,テリーは箒から落下する.軍用箒には搭乗者が落下した場合,自動的に【安全落下】の魔法をかける魔道具がついている.それにより,テリーはゆっくりと落ちていく.ただし,状況的に安全かどうかは別問題である.テリーは【絶対物理防御】によって致命傷を避けられていたが,このまま川に落ちると魚の餌食になる運命だ.テリーは【水面歩行】魔法をかけようと,準備する.危険な賭けだが,水面を走って,魚たちから逃げるつもりなのだ.
テリーより下にまで降下していたドラゴニュートは再上昇してゆっくり降りているテリーの背中を左足の爪でひっかける.そのまま,急降下して,テリーをシグリス河の水面にたたきつけた.
バシャン!と言う音がしたと思うと,とんでもない数の魚たちがテリーの落ちたところに集まってくる.テリーは悲鳴を上げる時間もなく,水中に引きずり込まれていった.
ドラゴニュートは次にクリスの方へ向かう.
「テリーがやられた!ちっ,こっちに来るのか.でも,陸まで到着する方が早いかな.」
赤い花火が3つ見える.エイブラムが救援を意味する【花火 赤】を使って,ズーデンヴァルトの街壁防衛隊に助けを求めた.背後からクリスにドラゴニュートが2倍以上の速度で接近する.クリスはまるで後ろが見えているかのようにタイミングよく急上昇,減速,再加速を行って,一瞬でドラゴニュートの後ろにつけた.【魔力魔弾 ×3】と魔法を放つ.ドラゴニュートは急加速すると,あっさりと誘導魔弾を置き去りにして離れていく.
「まあ,そうなると思った.」
クリスは今のうちだと思い,ズーデンヴァルトの砲撃射程範囲に戻る.振り向くと,ドラゴニュートは羽ばたいて空中に止まっていた.クリスはドラゴニュートに向かって,右手を開いて揃え,額の前から斜め上に掲げる.
(じゃあな.)
ドラゴニュートは親指を下に向けて腕を下に降った.
(次は落としてやる…か.こっちはもう二度と会いたくないけどな.)
エイブラムはクリスのところにやってきて,
『大丈夫だったか!』
『ええ,副軍団長.テリーが落とされました.』
『ああ,俺も見ていた.いやはや,残念だ.とにかく,本部に帰って敵の情報を報告して,対策の協議が必要だな.』
ズーデンヴァルト 司令部 飛空艇発着場
―第6紀 369年11月22日(土曜日)3刻
「ほら,何しとるんぢゃ.早く運ばんか.」
イサラミナは人類種側改良版の魔法箒用の移動式小型転移門を約束通り200基用意して,ローゼンフェルゼンから400メルテ級超大型飛空艇ヴェレゲフュール号で,食料などの他の必需品と一緒に運んできていた.マグニルのポーターたちが大量の荷物を運び出していた.
「エルレンマイヤー杖爵,ご苦労様です.」
「ふむ,これはハンティントン副軍団長ではないか.準備は順調ぢゃろか?」貴族爵位ではイサラミナが上で,軍の地位はエイブラムが上なので,関係がややこしい.しかし,軍の中にいるのだから,イサラミナが下になるべきだが,エイブラムが遠慮して“杖爵“と呼んだし,二人での雑談なので敬語なしで適当に話をする.
「いやはや,順調な訳がありません.新兵の受入,配属,訓練,装備の手配,作戦の立案,偵察,やることが山積みです.閣下も手伝ってください.」
「ふむ,手伝ってやりたいのは山々なのぢゃが,これから転移陣の説明会にその後,実技訓練,一旦,ローゼンフェルゼンに戻って,今度は“移動式尖四角錐の光槍”を運んで来るんぢゃ.」
「移動式” 尖四角錐の光槍“?…移動式” 尖四角錐の光槍“って,“高い塔”のてっぺんについているあれを…移動式に?」
「そうぢゃ.尖四角錐をゴーレム馬車に引かせて,移動させるのぢゃ.魔族どもが移動式転移陣で驚かせてくれたから,こちらも目にものを見せてやらんとぢゃな!」
「いやはや,なんてもの作ってるんです.さすがって言うしかないです.」
「イヒヒ,すごいぢゃろ.まあ,まだ試作段階で” 尖四角錐の光槍“を撃つのに賢者級マギアスが必要なのがネックなんぢゃが.」
「思い出したのですが,この前ドラゴニュートに遭遇しまして,危うい目に会ったのです.部下が一人落とされました.」
「なんぢゃと.しかし,それはめずらしい珍獣に出会ったんぢゃな.」
「そこで,ドラゴニュートのスピードに引けをとらない箒を作ってください.」
「ふなっ!ふむぅ~,それはうちらにはムリなんぢゃ.というのも,魔法箒はアツゥルヴェルクスタットとザーゲス ツァウベルケセルの2つの工房が独占しているぢゃろ.ノウハウがないし,アツゥルヴェルクスタットから箒の販売権の契約した時に“踊る針と歌う鎚”では箒の開発も製造もしない約束にしているんぢゃ.
ふむ~,よく考えたら,アツゥルヴェルクスタットに作らせればいいのではないか.よし,注文しておくのぢゃ.速度リミッターを解除したデンジャラスなやつでいいんぢゃな.」
「いやはや,安全な方がいいのですが,仕方ないです.…箒は速度リミッターが付いているんですか.はじめて知りました.なぜ,ご存知で?」
「それはぢゃな,箒をぶっこ…モゴモゴモゴモゴ」
突然,イサラミナは自分の手で自分の口をふさいで会話を中断する.エイブラムはこの人何しているのかと憮然とした.
「イヒヒ,失礼したのぢゃ.それは内緒ぢゃ.…どれくらいで作れるか確認して連絡するのぢゃ.」
「よろしくお願いします.」
「イサラミナ大尉,説明会の準備ができたそうです.」と,伝令が連絡してきた.
「ということぢゃ.また今度ぢゃ!」
「ええ,今度移動式” 尖四角錐の光槍“も見せてください.」
*)ドラゴニュート:リザードマンの亜種.リザードマンの中で,強くなればドラゴンになれると100恊年以上信じ続けた者が,ドラゴンになる通過点として,ドラゴニュートに進化すると言われている.ドラゴンのまで進化したものは第6紀までの歴史上いない.
なお,魔法が普通に使える.テリーとクリスは一般級マギアスであり,弱いと思われたので,低空の王者にただ遊ばれていただけである.




