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第21話 11月の雲に月は陰り

ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家 地上階

―第6紀 369年11月5日(風曜日)7刻



「「「大地母神アリアンフィール様の思し召しに.デウス ケルテー ヒーク エスト.」」」

食事の前に神様にお祈りを捧げる.アラグニア大消失以降は祈る人々は少なくなってきているが,リエリの一家は祈り続けていた.


「はぁ,最近 注文が増えて大変だよ.」と,リエリの父ジョエルは夕食を食べながら,不満を漏らした.

「ということはお給金が増えるのね,あなた.」

「それはどうだろう.軍関係の仕事だからね.値段を叩かれるかも.」

「そんなこと言ってないで,がっぽりお金をもらってくださいね.それでなくても,これからラファエリーナにもたくさんお金がかかるんですから.まあ,リエリがちゃんと働いてお金を家に入れてくれれば,それで済むんですけど.」

「わたし いや!」

「リエリ!なんであなたは・・・(以下省略)」

二人は実りのない親子喧嘩をはじめる.

「はぁ…いくらなんでも,反抗期が遅すぎるだろ?」

「反抗期 じゃ ない!」



ジョエルは大学校を卒業後,なかなか就職先が決まらなかった.魔道具制作課程を専攻していたので,魔道具工房に就職しようとしたのだが,大きな工房にはエルフがいて避けられるし,ドワーフの工房では“半分はエルフなんだろ”と言われて避けられた.最後にトールマンが経営している今の杖の魔導回路を作成や修理する専門の小さな工房で働いくことになった.


マギアス用の杖は魔力を多く持っていた木から作られている.杖には指から魔力を流すための凹みがあり,そこから杖上部の魔法発動中心となる水晶やルビーなどでできた魔石に魔力が流れる道,つまり魔導回路を作成する必要がある.親指側が3つ,それ以外の指用が5~7つの回路が必要になる.ジョエルの仕事はその回路を作成したり,修理したりする仕事である.


木は切った後でもすぐには死なない.魔導回路を作成するには,切ってから完全に死ぬまでの間に回路を作成しなければならず,しかも,魔導回路が生成されるまでに10~18刻(1恊日=12刻)の時間がかかるし,魔導回路が完成した後も,木が完全に死ぬまで様子を見ていないとならない.そういう仕事なので,職場に泊まることが多くなってくる.失敗すると木を失うし,時間に猶予がなくしかも仕事時間が長く,なり手が少ない不人気の職業である.

ハーフエルフハーフトールマンはなかなか楽でおいしい仕事にはつけなかった.


しかし,ジョエルはこの仕事が気に入っていた.木は同じものがなく,それぞれに個性があって,木の特徴を見て,どのように魔導回路を作成するか考え,ゆっくりと魔力を流してマナの流れる道を形成する.死にゆく木が嫌がって抵抗し,それを諌めながら使いやすい杖になるように筋を通す.まるでチェスの戦いのようだと思いながら仕事をしていた.


修理はさらに大変である.杖はすでに死んでいる木であり,これと新しいまだ死にきっていない木をくっつけるのである.新しい木は死んでいる木につなげようとすると必ず強く嫌がるので,新しい杖を作るよりも遥かに難しい.しかし,杖の所有者は杖に愛着があるので,修理を依頼してくるのである.職人として,それに答えたいという気概は当然あるのである.しかし,失敗することが多く,何度もやり直すことになる.そのため,修理は新しい杖を購入するのと同じくらいお金がかかるのである.



「お遣い? 偉いわね!」

小さい子供がカウンターの前で立ち止まったので,エリアーヌは店の中から声をかける.

「うん!魔晶石10個,古いのと交換でください.」

「交換なら1つ銅貨1枚,全部で銅貨10枚よ.」

じゃらじゃら.と,小さな透明のきれいな石をカウンターに並べる.

「ちょっと確認するわね.」

どれも割れてないし,壊れてもいなかった.よかったと思った.壊れていると言うと,しばしば客ともめることがあるが,壊れているものは仕方がない.

「ぜんぶ壊れてないわ.では,魔晶石10個よ.」と,青い魔晶石を10個と銅貨10枚と交換する.

「ありがとう!」

「ありがとうございます.うふふ.」


エリアーヌは住んでいるイルミナウ区ではなく,2つ隣のミュセン区で1メルテ×5メルテしかない本当に小さな店舗を構え,カウンター越しに魔晶石を販売している.ミュセン区はイルミナウ区とは異なり,マグニルが多く住む地域であり,魔法を使えないマグニル相手に魔道具を動かすための規格7号魔晶石を,新品なら銅貨2枚,マナが空っぽになった透明の魔晶石と交換なら銅貨1枚で販売しているのである.マナが入っている魔晶石は青いので,目で見てわかるのである.


マグニルに対する魔晶石の小売価格は魔法省により決められており,割引したり,値上げしたりできないのである.しかも,規格5号より大きなサイズの魔晶石はマグニルに販売してはならないことになっている.


魔晶石販売業はマギアス一人当たり月に金貨2枚を税金として支払う必要があるし,土地税,建物代または借家費,売り子さんへの賃金などを考えると,大きな利益が得られることはない.朝から昼にかけて店に入っているが,ラファエリーナを連れて行くとかなり大変だ.だが,1歳の子をリエリに任せるのはあまりにも不安過ぎた.夕方からは大学校へ通っている学生をアルバイトとして雇っているので,任せて家に帰っている.


魔晶石に充てんするマナはエリアーヌが毎日睡眠によって回復するマナを当てている.ほとんど“ぷーたろ”のリエリからもマナが取れるのだが,そうすると魔晶石販売業の税金が2人分つまり2倍になってしまうので,もうけが増えるかどうかは悩みどころだ.それなりに売れてはいる.マナはマグニルにとって生活必需品であり,売れないわけはない.また,どこで買っても同じ値段なので,競争原理も働かない.すると,店が近いとか,知り合いとか,そういう要素で決まるのだ,この場所は他に魔晶石屋がないという条件だけで選んだのである.


しかし,魔晶石屋は一部のマグニルたちには非常に嫌われている.彼らが言うには,“魔晶石販売業は寝ているだけでお金が稼げる最も楽な職業”と思われている.確かに,睡眠をとってその回復したマナを魔晶石に充てんして販売しているので,そう思われるのかもしれないが,宣伝しないと客は来ないし,税金は高いし,大して儲からないし,柄の悪いマグニルに絡まれることが多いし,決して良い職業なわけではない.

大人数で商会を作って業務を行えば,家事や育児の片手間でできるが,エリアーヌのようにすべて一人で行うと,しなければならない業務がたくさんある.帳簿も必要だし,掃除やアルバイトの管理などである.寝ているだけで儲かる仕事ではなかった.

彼女が大手に就職しなかったのはどこにもエルフがいるからで,彼女が若い頃,エルフたちにひどい扱いを受けて極度のエルフ嫌いだったため,一人で店を出したのである.だから,娘のリエリがエルフの友達2名を作ってきたときは本当に驚いたのである.


リエリが小さかったころ,エリアーヌはリエリをお店に連れて行って,2人で店番をしていた時期があった.ときおり質の悪い客が来て,寝ているだけで儲かる仕事なのだから,魔晶石を安く売れだの大声を出して絡んでくるのだ.それをリエリが怖がって,店の隅っこでべそをかきながら,母親と客が言い争っているのを見ていたのである.リエリが引っ込み思案なのはここにかなりの原因があると言える.


リエリは子供の頃のこの印象が強く,マグニルが嫌いだった.また,母親がエルフを嫌っていた影響もあり,差別を受けていると思いながらも,かなり強い差別志向だった.しかし,ハーフエルフハーフトールマンは少数なので,同じ境遇の子供をリエリは見たことがなかった.自分が特別に排他的に扱われていると思っていたのである.



リエリの一家は,マギアスとしてみれば,最底辺に近い生活を送っていた.しかし,マグニルを含めた全人類種で見れば,間違いなく裕福な家庭であった.総床面積100平方メルテの5階建ての一戸建てに住むことができるほどの収入があったのだから.

少なくとも十二季年*ナーガの年の冬に家族が次々と餓死や凍死していくほど貧しいマグニルとは違っていた.


ハーフエルフハーフトールマンであることで,エルフたちからは蔑まれていても,トールマンたちとは多くの友達もできたし,近所ともうまくやれていた.夫婦はとても仲がよかったし,子供にも恵まれた.大変ではあったが“幸せな一家”と言ってもよかった.


それも,昨日までのことであった.



「あなた!これを見て!」

「ああ,本当に はじめるんだな.エリーちゃんのことがあったから,仕方ないのかもしれないけど.」

「こんなのエルフたちの陰謀よ!なぜ,あなたが選ばれなければならないの!」

「エリアーヌ,落ち着いて.これは抽選なんだから,今回外れていても,そのうち当たっているよ.王国を挙げての決定事項なんだから.町内回覧板にも書かれていただろう?」

「いやよ!まだラファエリーナは小さいのよ!リエリはあんなんだし!あなたなしで,私たち生きていくなんて無理よ!うううっ.」と,エリアーヌは泣き出した.

「まあ,ちょっとだけだけど,国から家族給付があるらしい.」

「どう したの? 何の 話?」エリアーヌが泣き出したので,ただごとではないと思い,リエリは話の初めの方を聞いていなかったので尋ねた.


「リエリ,よく聞いて.リエリはもう大人なんだから,ママとラフィーを助けてあげてほしいんだ.パパはいつ帰ってこられるかわからないし,帰ってこられるかすらわからない.」

「えっ? パパ どこに 行くの?」

ジョエルは紙束の一枚目を見せた.その紙には[強制徴兵命令書]と書かれていた.

「パパ,戦争に行くんだ.」

「えっ!」リエリも目の前が遠くなる感覚に襲われた.



ヴィッセンスブルク イルミナウ区 パスカルの家

―第6紀 369年11月13日(天曜日)3刻



「や,やっと見つけました.パスカルさんとお呼びしてもよろしいでしょうか? それとも,ファンデルメーデンさんと呼んだ方がいいでしょうか?」

「えっと,どちら様でしょうか?」

パスカルは突然訪ねて来た線の細いかなりの美人と言える女性と玄関にて対面していた.

「あなたに見覚えがあります.どこかで…」

と,そこまで言ったところで,その女性が目からボロボロと涙を流し出し,

「私が,ううう,私のせいなのです.主席断罪官 ううう エリーさんが星に還ってしまったのは,私がしくじったからなんです.ううう.申し訳ございません.ううううう,ぐすん.うーーーっ.」

そう言い,完全に泣き崩れてしまった.


「ちょっと落ち着いてください.」と,彼女をリビングに上げて,椅子に座らせた.ふらふらな状態だし,あまりにも瘦せすぎていると思った.そのまま,パスカルは彼女が落ち着くまで待った.


「まずはお名前をお聞きしても?」

「すみません.私,プッペンスタットでエリザリーナさん下で次席断罪官をしていましたセリーナ・ハルフォードと申します.」

「思い出しました.だいぶやつれていますね.事件のあったあの日,ズーデンヴァルトの転移門前で僕がプッペンスタットで何があったのか聞きた方ですよね?」

「はい.そうです.今でも,あの日のことを夢で何度も思い出します.」


プッペンスタット魔族襲撃事件があったあの日に,セリーナはエリーに命じられてズーデンヴァルト軍へ援軍要請に行ったのだが,市長との交渉に時間がかかったり,転移門がクエンチしたり,いろいろなトラブルがあって,軍へ連絡を届けるのが遅れたのだ.それが原因で,軍の救出作戦が遅れ,それによって,エリーがプッペンスタットを脱出することができずに,星に還ったと彼女は考えていた.


「なるほど.あなたの言う通り,半刻でも早ければ,事態が変わっていたかもしれません.…それでも,変わらなかったかもしれません.でも,僕の考えはエリーが星に還ったのはあなたのせいではなく,魔族のせいと思っています.

確かに,あなたは失敗したのだと思います.かと言って,あなただけを攻めて満足するつもりはありません.僕は魔王を討伐するつもりですので!」


「そう…なんですね.…私もお手伝いさせてください.お願いします.エリーさんのために,何かしたいのです.お願いいたします.」

「わかりました.まずはちゃんと食事をとって,体力をつけておいてください.そんな弱り切った状態では僕の助けにはなりませんよ.」

「うっ!…わかりました.」

「こちらから連絡するので,連絡先をお教えいただいても?」

パスカルは優しい口調でセリーナにそう言ったものの,かなり怒りの表情をしており,怒っていることを隠してもいなかった.

しかし,セリーナがエリーの件で,食事が喉を通らないほど,思い詰めて,後悔していることはわかった.


パスカルはセリーナが帰った後で,もし,彼女が半刻早かったら,もし,1刻早かったらと,その場合,エリーが助かったのか想定しようとした.

しかし,“もしも”など今更考えても,無意味だと結論を出した.そして,セリーナ女史に責任を押し付けるのはやめることにした.


会ったことはなかったが,彼女が優秀であることはエリーから何度か聞いていた.有益な味方の一人として,()()に接することにしようと,考えた.






*) 十二季年:惑星トリフェルティアでは十二恊年周期で,四季よりも激しい気象変動が起こる.“ナーガの年”が最も気象変動が激しい年となる.



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