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第18話 考えもしませんでした

ヴィッセンスブルク 王城 南館 2階 軍務省 223会議室

―第6紀 369年9月71日(火曜日)3刻



「エリーを…僕の婚約者を侮辱しているかのように聞こえます.それとも暗にそうおっしゃているのでしょうか,閣下.」

「いや,そうは言っとらん.男の君が一緒にいれば,プッペンスタットを魔族の侵攻から防げたのではないかと,そう言う意味だ.」


パスカルは“プッペンスタット魔族襲撃事件”の全てを知る関係者という扱いで王城に召喚され,新生アラグニア王国の軍関係者並びに貴族たちで開催されている魔族対策会議に参加していた.そこで北方改革派のリーダーであるクライトン賢爵の発言に対して,パスカルは静かにキレていた.暗に,エリーの能力不足のせいで,魔族の進攻を防ぐことができず,街を破壊するしか手段がなかったのではないのかと,そう言う意味にしか取れない発言をされたのである.


「軍事的に対等な準備ができていれば,可能性はあったかもしれません.そうであれば,エインズワース準爵一人でも可能でした.推定8万の魔族軍を相手にマギアス3名だったのです.街を占領されていたら,今頃ズーデンヴァルトは戦闘中でした.戦略的そして戦術的に考えれば,彼女にできる唯一でしかも最高の結果だったではなかったのでしょうか!」

もちろん,パスカルにとってみれば,戦略的も政治的も経済的も他人の命でさえどうでもよかった.ただ,エリーが生き延びてくれるだけで,それだけでよかったのである.


「しかしだな,王国の大切な土地と市民を失った訳だ.それは否定できまい.」

「ですから,プッペンスタットを占領されていれば,ズーデンヴァルトが南北から挟撃されるのです!ズーデンヴァルトはシグリス河に面している表側には完璧な防御がありますが,裏側はそうではないのです.それの危険性をお考えになっていないから,そんな悠長なことをおっしゃられるのです.」

「ズーデンヴァルト偵察監視部隊のハンティントンです.ファンデルメーデン殿おっしゃる通り,ズーデンヴァルトは背面から攻められることを考慮しておりません.かと言って簡単に陥落することはないと考えますが,多大な犠牲がでる可能性が高いのは間違いないかと,浅慮ながら具申いたします.」

「クライトン賢爵,移動式転移陣も,すべての魔法を停止する魔法も特質すべきものだ.魔族どもを簡単に考え過ぎなのではないかね?」

「アラグニア大消失の前,魔族どもは人類種の奴隷だったのですぞ.臆病すぎるのは利口とは言えませんぞ.再び,魔族どもを人類種の強固な軍事力を…」


「ちっ.」パスカルは聞こえないように舌打ちしたが,それを隣に座っていたエイブラム・フォン・ハンティントン準爵が聞いていた.小声で,

「ファンデルメーデン殿,後で個人的にお話したいのですが,お時間いただけますか?」

「なんのお話でしょう?」

「いやはや,警戒しないでください.ただの世間話です.頭でっかちとバカ抜きで,若者だけで情報共有しましょうよ.」

「いい話を聞かせていただけるなら.」

「もちろん.」



ヴィッセンスブルク ニーベル区 食堂“フィーゲンデル アッペル”

―第6紀 369年9月71日(火曜日)7刻



「いい話の前に謝罪させてほしい.エリザリーナ殿とは数回会っていて,面識があった.少し話せば,優秀だとわかったよ.あの日,私宛に【魔法伝信(マナポスト)】をもらっていたのだ.魔族がいるからズーデンヴァルト周辺でも注意するようにと.我々,偵察監視部隊は出遅れたのだ.エリザリーナ殿の警告を全く役に立てることができなかった.エリザリーナ殿が3人で8万匹と対峙していた頃,我々はたった3小隊の偵察部隊と,3小隊の救援部隊をプッペンスタットに派遣しただけだったのだよ.無能としか言えんな.本当に不甲斐ない.申し訳なく思っている.…まったく申し訳なかった.」と,パスカルはエイブラムに深々と頭をさげられた.


「僕個人的にはズーデンヴァルト軍に思う所はありますが,そういう僕も魔族軍の進攻があるとは真剣に考えていませんでした.兆候はあったのです.しかし,アラグニア大消失以降,300恊年間,魔族は沈黙していたのです.よりにもよって,僕の婚約者が守る街を最初に襲うとは考えもしませんでした.」

「いやはや,それはだれにも予測できなかったことだと思います.

私はファンデルメーデン殿を尊敬しているのです.私にも婚約者がいるのですが,私が同じ立場になっていたとしたら,同じように振る舞うことができていただろうかと.だから,私は微力ながらも貴殿を応援したいと思ったのです.」

「それはありがたい限りですよ.僕も一人で何もかもできるとは思っていません.協力してくださる方はたくさんほしいと思っています.軍の方ならなおさらです.」

「ところで,ファンデルメーデン殿があまりにも当時の現場の状況を知りすぎていることについて,不思議に思っているのです.現地にいなかったのに,どういう方法で知り得たのですか? もしかして,聞いてはいけないことでしたか?」

「…お教えいたしかねます.」

「いやはや,やはりそうですか.

これはアドバイスにならないかもしれませんが,イルミンスールのエルフ軍のお偉いさんに詳しい()()を教えると,見返りに魔族の情報が得られるかもしれません.エルフたちもすでに3度魔人の進攻を受けています.かなりの情報を持っているはずです.魔族の情報,知りたくありませんか? 褐色エルフに伝手があるのです.」

「…なるほど.興味があります.少し時間をください.僕だけの判断では公開できません.ハンティントン準爵の連絡先をお聞きしても構いませんか?」

「ええ,もちろん.」



パスカルは義理の父母になるはずだったエインズワース夫妻と,アンジェのご両親ル・メール夫妻と話をした.杖の記憶を家族以外の人々に見せるか否か.エルフのル・メール夫妻は強く反対しなかったが,エルダインであるエインズワース夫妻とパスカルには強い抵抗感があった.プライバシーを大切にするエルダインの性格が邪魔をしていた.3人でかなり話をした.結局,一度だけ公開することを決めた.

元々,杖に【視覚(アウク)聴覚(オーア)記憶(エアインネルング)】魔法で保存された記憶は閲覧回数が6回*に限定されていたし,記憶を完全なまま複製することができなかった.すでに,パスカルが2回,両夫妻で1回見ており,後,3回しか残っておらず,それがどんなに残酷でつらい記憶であっても,エリーの最後の記憶であり彼女の遺言でもある.他人のために閲覧回数を消費するなど,エインズワース夫妻にもパスカルにも許しがたいことであった.


エイブラムとその話をして,1回の公開で効率よく魔族の情報を得る方法について議論した.事前にイルミンスールのエルフ軍総大将 アベル・ル・ノートル殿と相談しようとのことになった.


「正直なことを言うと,ファンデルメーデン殿の心境を斟酌すれば,俺個人としては見返りなく私の知っていることをすべて教えても良いと思っている.しかし,長老会のやつら,あっと,長老会の重鎮に後でこってり絞られるからな.やはり筋を通してもらわないと,困るんだ,」

「もちろん,ル・ノートル卿が困るようなことはしたくありません.しかし,大使館を通したりするのは大事になってしまいますし,それは望んではおりません.」

「何かいい方法がないでしょうか?」

「“種族間若手士官交流会”みたいな団体を作れないでしょうか?」

「作れないことはないが,だれが発起人をするんだ.」

「「ル・ノートル卿が」」二人の声が思わず合ってしまったので,見つめ合ったが,パスカルがエイブラムに任せる.

「適切と考えます.私どもでは誰も集まりません.」

「…そうだな.俺がするのが順当だな.」

「もちろん,準備はすべて私たちにて尽力させていただきます.」

「エリザベート殿.」

「はっ!」

「貴殿も参加してもらうので,よろしく頼む.【記憶(エアインネルングス)共有(アクティエ)】してもらえないか.」

「…共有する記憶を選んでよいのなら,かまいません.」

「【記憶(エアインネルングス)共有(アクティエ)】するなら,ストーンヘンジを使うか.エリザベート殿,ストーンヘンジの予約もお願いしたい.」

「はっ!………アベル殿,最近,人使いが荒くないか.」と,小声で愚痴を言った.




*) 【視覚聴覚記憶】魔法 : 記録した記憶は見ると消える.魔法の仕組みとして複数回見られるように6重に冗長化されている.



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