19 混乱
宮廷に着いてブレイドが馬車を降りると、今日の謁見の為に集まっていた女神信教徒たちが一斉にこちらを見た。
「……」
どこか戸惑っている様子の女神信教徒たち。
きっと、昨日の謁見でのアデルの発言によるものだろう。
教祖ディアロスの聖典を優先すべきか。
それとも、アデル国王の言うように、金眼の天使の言葉を優先すべきか。
それを判断できずに混乱しているのかもしれない。
「(変な気を起こさなければいいが……)」
ブレイドは女神信教徒たちを見渡しながら、そっとアイリスに手を差し伸べてキャビンから彼女を降ろした。
ブレイド達とは別の馬車で宮廷に来たアデルとヘレナ。
皇太子宮で使用人たちによって貴族の普段着用のドレスを着せられたヘレナは、アデルの手を借りながら馬車からゆっくりと降りた。
「今すぐ着替えたい……」
「慣れだぞ、慣れ。」
不機嫌そうに呟いたヘレナに、アデルは苦笑した。
容姿こそ貴族の令嬢や小国の王女だと言われてもおかしくないくらい美人だが、表情や仕草がその容姿に伴っていない。
「なら、今頑張るから、パーティーの時はローブじゃダメ?」
「駄目だな!」
「むぅ。」
ムスッとした愛らしいヘレナに、二人を見ていたアイリスは小さく微笑んだ。
そして、自分と同じようにヘレナに笑いかけているアデルを見つめる。
彼はヘレナに対してだけでなく、女神信教徒たちが厄災、邪竜といって嫌悪するブレイドに対しても、いがみ合ってはいるが比較的自然に接してくれている。
アトロイ大司教達のように、あからさまな嫌悪の眼差しを向けることはしない。
今すぐには難しいかもしれないが、事が上手く運べば、アデル国王となら、ディアロス開国、交易、交流も夢ではないかもしれない、とアイリスは感じ始めていた。
「(完全に信用することは難しいけど……でも、そうなってくれたらいいな。)」
差別のない、平和な世界に……。
アイリスがアデルとヘレナを眺めながらそう考えていると、アデルの視線がこちらへ向けられた。
「!」
金色の瞳を真っ直ぐ見つめる黒水晶の瞳。
アデルが、クスッと小さく微笑んだ拍子に、それが綺麗に弧を描いた。
「……そんなに見られると流石に恥ずかしいな。だが、俺に興味を持ってくれるのは嬉しいことだ。」
「……!」
「このあとゆっくり二人で、愛を深めようではないか。」
アデルはそう言いながら歩いてくると、アイリスの手を握って手の甲にそっとキスをした。
そのまま、ニコッと微笑む。
この二日間で、アイリスに近づいても守護魔法が発動しない距離、動作を把握したようだ。
イケメンきらきらオーラを全開に出しているアデルに、ブレイドが鼻で笑った。
「さっきまでヘレナの裸見て狼狽えてたやつに口説かれても響かねぇだろ。」
「それは不可抗力だっ!ペットとはいえ体は人族と同じだからな、お前も女の裸を見ればそんな反応ぐらいするだろっ!」
すかさず抗議の声を上げるアデルに対し、ブレイドは彼の手からアイリスの手を引き離しながら言った。
「俺はアイリス以外興味ない。」
「……っ」
表情一つ変えることなくサラッと言ったブレイドに、アイリスの顔が一瞬にして赤く染まった。
「ぐっ、ここぞとばかりに一途アピールしやがって……っ」
顔を引き攣らせて悪態をついたアデル。
そんな彼に声が掛けられた。
「アデル様。邪竜とそのように親し気に話してはなりませんぞ。」
「!」
アデルがそちらへ顔を向けると、そこにはアトロイ大司教が立っていた。
アトロイの言葉に、アデルは眉間に皺を寄せて声を荒げた。
「親しくなどしていない!いがみ合っているだけだっ!」
「貴方様にそのおつもりがなくとも、我らにはそのように見えるのです。どうかお控えください。」
アトロイはブレイドを睨みつけながら言った。
そんなアトロイに対し、特に反応することなく彼を眺めているブレイド。
険悪な雰囲気にようやく気付いたアデルがアトロイを見ると、アトロイの視線がアデルへと戻された。
「お話がありますので、少々お時間よろしいですかな?」
「……あぁ、わかった」
アデルは溜息をつきながら頷くと、すぐに爽やかな笑顔をアイリスに向けた。
「なら、アイリス。治癒の仕事頑張るんだぞ!また会いに行くからな。」
アトロイと従者達に連れられて宮廷へと歩いていくアデルとヘレナ。
その後姿を、ブレイドとアイリスは静かに見送った。
アトロイの話は十中八九、昨日のアデルの発言についてだろう。
ブレイドは彼らから視線を逸らすと、複雑そうな表情でアデル達を眺めているアイリスを見た。
「……行くぞ。」
「えぇ」
こくりと頷いたアイリスの背中をそっと押して、医療棟へ向かって歩き出した。
* * * *
「……もう少し考えて発言をすべきだ、と申した筈ですが?」
会議室に入るなり、アトロイは低い声で言った。
怒りを滲ませているアトロイに、アデルは椅子に座りながら肩をすくめた。
「考えているぞ?聖典も大事だが、アイリスの言葉も大事だからな。女神信教の思想そのままだ。」
「それだけでは考えが浅すぎますぞ!」
全く気にしている様子のないアデルに、アトロイは声を荒げた。そして拳を握り締めると、アデルを睨むように見据えた。
「貴方様のお言葉が、女神信教の聖典を主軸としている我が国の民達にまで広まり、みな混乱しております。貴方様に対し不信感を抱く者まで出ている始末。このままでは、我が国が崩壊してしまいますぞっ!」
「そう騒ぐな、アトロイ大司教。」
アデルは溜息をつきながら言った。
「そもそも矛盾を生むような思想だったんだから仕方ないだろう?金眼の天使は本来異種族だ。アイリスが異種族寄りの思考で発言すれば、当然女神信教の我らの思想と矛盾する。アイリスを我が国に招き入れるなら彼女の意向にできるだけ沿う形にしないと絶対に首を縦に振らないぞ。」
アデルの言葉に、アトロイは一度口をつぐんだ後、静かに問いかけた。
「……アイリス嬢を、本当に口説き落とすおつもりなのですか?」
「あぁ、そのつもりだが?」
平然と答えたアデルに、アトロイは顔を歪めた。
「大変失礼ながら、アイリス嬢を見ている限り、その可能性は限りなく低いと思われます。そもそもアイリス嬢を溺愛している邪竜が彼女を手放すようなことは絶対にしないでしょう。如何なる手段を使ってでもアイリス嬢を引き留める筈です。ですから、こちらも手段を選ばずに、奴らの計画に従うべきなのです。それなのに、あのような発言をなさって計画を乱されるなど……」
深く溜息をついた後、アトロイの目が、スッと細められた。
「もしや、奴らの計画を潰そうとお考えなのですか?」
「……」
アトロイの問いかけに何も答えないアデル。
アトロイは前に進み出てアデルに言った。
「それならば今すぐお止めください。すぐに皆の前で発言を撤回し――……」
「このままずっと、奴らの言いなりになれ、というのか?」
「……っ」
アデルは、黒水晶の瞳を真っ直ぐアトロイに向けた。
アトロイは視線を泳がせたが、すぐにアデルの瞳を見据えた。
「奴らの反感を買えば、貴方様が殺されてしまいますぞ。」
アトロイの言葉に、アデルは小さく笑った。
「心配するな、アトロイ大司教。……俺の未来は変わらない。」
アデルは、自身の親指に付けられた宗教国家ディアロスの紋章の入った指輪を撫でた。
頭に浮かぶのは、女神像に向かって懸命に祈りを捧げながら息子に神聖力を奪われ泣き叫ぶ父の姿……。
「……」
アデルは、ゆっくりと息を吐いた。
そして、隣に立つヘレナへと手を伸ばし、彼女の白髪に指を通す。
その絹糸のような髪をそっと持ち上げると、アデルの指からこぼれ落ちてサラサラとヘレナの元へ戻っていった。
アデルの口がゆっくりと動いた。
「俺がどう動こうが奴らの計画は実行される。女神信教も、宗教国家ディアロスも、きっと変わることはないだろう。……だから、今は俺の好きなようにさせてくれ。」
そう言って、いつものように笑ったアデルを、アトロイは悲痛な表情で見た後、彼から視線を逸らして目を閉じた。
沈黙が流れる中、ヘレナはいつもと変わらぬ無表情で静かにアデルの横顔を見つめていた。




