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蕾は転生し、深愛に咲く。  作者: 紗羽
第四章

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18 穏やかな朝と警戒心

 

 ――翌朝。


 ブレイドは、目を覚ました。

 そして、いつものように左腕につけられた金の腕輪を眺めた後、そっと視線を自身の隣で眠るアイリスへと向けた。


「……」


 アイリスの頬に、涙の痕はない。

 嫌な夢を見ることなく、穏やかな眠りにつくことができたのだろう。

 ブレイドはそっと、アイリスの顔にかかった髪を払った。


 どんなに時間がかかってもいい。

 だから、アイリスが涙を流さなくていい日が来ますように。


 そう願いながら、ブレイドはアイリスの額にキスをした。



 ……アイリスが目覚めるまで、彼女の綺麗な寝顔を見つめる。

 この時間が、好きだった。

 昨夜のことがあって少し心配ではあるが、腕の中で愛おしい者の存在を感じることのできる、この穏やかな時間は特別なもの。


 カーテン越しに日が差し込んできて、そろそろアイリスが目覚める時間であることを告げ始める。


 この特別な時間も、もう間もなく終わる。


 そう思いながらアイリスの寝顔を見つめていると、部屋の前の廊下をこちらへ向かって歩いてくる気配に気付き、ブレイドは目を細めながらベッドから起き上がった。





「……なにやってんだよ。」


 廊下に出て、最初に出た言葉がそれだった。


 アイリスの部屋の前にいる不審者……もとい、ナイトガウン姿のアデル国王。

 彼はアイリスの部屋のドアに張り付いて、中の音を確認している真っ最中だった。

 アデルはそのままの体勢で、真剣な声色で答えた。


「アイリスに添い寝してモーニングコールをしてやろうと思ってな。」

「俺を目の前にして、よく堂々と答えられたな。」


 ブレイドは怒りに顔を引き攣らせた。

 そして、アデルに右手を向けた。


「アデル国王。」

「なんだ、黒竜。俺は今忙しいんだが」


 そう答えるアデルの足元に、魔法陣が出現した。


「部屋に戻れ。」

「は? 黒竜、何を――……」


 シュン、という音と共に、アデルを部屋に転送した。



「……よし。」


 ブレイドは踵を返して、愛しいアイリスの眠る自室へと戻った。





 ――シュン、


「している、……て、あれ?」


 アデルは扉に張り付く体勢のまま、ヘレナの前に現れた。

 ヘレナは使用人達に着替えを手伝ってもらっている最中だったようで、下着姿で立っていた。

 使用人達から小さな悲鳴が上がり、アデルはヘレナの姿に後退った。


「うおっ!?」


 白い肌に浮かぶ蛇の鱗模様。

 そして、綺麗なデザインのランジェリー。



「……アデルの変態。」



 ヘレナが心底軽蔑するような冷めた目でアデルを見ながら言った。

 みるみる顔が赤くなっていくアデル。



「黒竜ーーー!!!」



 皇太子宮に、アデルの怒鳴り声が響き渡った。




「――ん……」


 アイリスの瞼が、ゆっくりと開いた。

 隣にブレイドがいないことに気付いて、目を擦りながら体を起こすと、ギシッとベッドが揺れた。

 顔を向けると、ブレイドがベッドに腰掛けて微笑んでいた。


「おはよう、アイリス」


 優しく頬を撫でられ、そして毎朝の習慣であるキスをしてくれる。


「……おはよう、ブレイド」


 それに微笑み返したあと、アイリスは辺りを見渡した。


「なんか、さっき声が聞こえたような気がしたんだけど……、叫び声、みたいな。」


 そう言って首を傾げるアイリスに、ブレイドはクスッと小さく笑った。


「大丈夫、気のせいだ。」



 俺の幸せを邪魔したアイツが悪い。


 そう心の中で呟くブレイドの腹黒い思いに気付くことなく、アイリスは「そっか」と言いながら、アイリスに向かって両手を広げてくれたブレイドにそっと抱きついた。




 * * * *




「おはようございます、アデル国王陛下、ヘレナさん」


 朝、準備を終えてアイリスがブレイドと共に宮殿の外に出ると、玄関前に広がる大理石の庭園でアデルとヘレナが立っていた。


「あぁ、おはよう!我が天使アイリス!」


 アデルはアイリスにいつものキラキラ爽やかな笑顔で挨拶を返した。

 そして、すぐさま彼女の隣に立つブレイドに駆け寄ると、アイリスからブレイドを引き剥がし、怒りの形相でブレイドの胸倉を掴んだ。


「何てことしてくれたんだ、黒竜!お前のせいで俺は変態扱いされてるぞ……っ!!」


 小声で怒鳴るアデルが指差した先にいるのは、ヘレナと使用人たち。

 彼女たちから今も尚冷めた目で見られ続けているアデルに、ブレイドは鼻で笑った。


「事実だからいいじゃねぇか。」


 アイリスの部屋に忍び込もうという発想自体が既に変態だ。


「きさま……っ」


 一ミリも悪いと思っていない、むしろざまあといった様子のブレイドに、アデルは拳を震わせた。



「あの、一体どうしたんですか?」


 アイリスが、みんなの様子を見渡しながらアデルに尋ねた。

 この皇太子宮で働いている使用人たちは、女神信教を信仰する国の王であるアデルに対して敵対心を持っていたとしても、それをあからさまに態度に出すような者たちではない。

 しかし、そんな彼女たちが軽蔑するような冷めた視線をアデルに向けているのだ。しかも、ヘレナを庇うように。

 アイリスの問いに、アデルがギクッと肩を揺らした。


「あ、いや、その……」

「アデルが勝手に部屋に入って来て、私の裸見た。」

「ヘレナ!!?」


 言い淀むアデルの代わりに、ヘレナがアデルを指差しながら言った。


「ククッ」


 アデルを転送させたタイミングの良さに、アデルから顔を逸らして嬉しそうに笑うブレイド。

 それを見てアデルは掴んでいたブレイドの胸倉を引き寄せた。


「だいたいお前がヘレナの部屋に俺を飛ばしたのが原因だろう!!」

「何言ってんだ、アイリスの部屋に忍び込もうとしたお前が悪いんだろ。」


 ブレイドは胸倉を掴んでいるアデルの手を掴みながら言った。


「それに、お前にとってヘレナは"女"ではなく"()()()"なんだろ? 何をそんなに動揺する必要がある?」

「ぐっ……!」


 ニヤリと笑みを浮かべながら言ったブレイドの言葉に押し黙るアデル。

 すると、使用人たちから囁き声が聞こえてきた。


「えっ、今ブレイド様がペットっておっしゃった?」

「えぇ……もしかして、アデル国王陛下はそのような性へk…ご趣味があられるのかもしれないわね」


「おいぃ!!お前のせいでさらに誤解されたじゃないか!?」


 アデルを見ながらひそひそと話している使用人たちに、アデルは顔を真っ赤にして叫んだ。

 それに対して肩を震わせて笑いを堪えているブレイド。


「(ブレイド、楽しんでるなぁ……)」


 二人のやり取りで理解できたアイリスは、アデルをここぞとばかりに弄り倒しているブレイドに苦笑した。


 しかし、ただブレイドが楽しんでいるだけでないことは分かっている。

 笑いながらも、アデルとヘレナに対して向けている探るような視線は、昨日と変わっていない。


 それに、今朝ブレイドから聞かされた言葉。



『ドレイク皇弟殿下が、黒魔術の宝玉を使って何者かと連絡を取っていたとの報告があった。監視していた鼠騎士の者もドレイク殿下から攻撃を受けている』

『えっ……』

『アデル国王がいる手前女神信教徒たちは目立った行動ができないようだが、油断はできない。絶対に、一人で行動するなよ。』



「……」


 アイリスは、ゆっくりと深呼吸をした。


 このまま、今日も何事もなく終わってほしい。



 そう願いながら、そっと胸の真紅の宝石を撫でた。



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