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蕾は転生し、深愛に咲く。  作者: 紗羽
第四章

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17 夢の中の君へ

 


 ―――・・・ここはどこ?


 そっと周りを見渡すと、ぼんやりとしていた視界が晴れてきた。


 懐かしい家。

 懐かしい香り。


 あれ? 私、今何歳だっけ?


 鏡に映った私の姿を見る。


 ……そうだ、私は小学生だ。

 最近入学したばかりだったよね。


 あれ? でも本当に小学生だっけ……?


 そう思いながらも、優しく微笑みかけてくれる二人に安堵しながら駆け寄った。


「愛してるわ、  ……」

「愛しているよ、  。」


 名前を呼んで伝えてくれた、愛の言葉。



 すごく嬉しかった。

 私は誰よりも幸せなんだと、誰よりも愛されているのだと思っていた。


 でも……


 偽りの仮面に包まれていたそれは、突然、音を立てて崩れていった。



 気まずそうな二人。


「人の想いはね、うつろうものなの。」

「大人になれば、お前も分かるさ。」



 分かりたくない。

 知りたくもない。


 だって、知ってしまったら、


 私への愛の言葉も、偽りだって気づいてしまうから。


 でも、私は二人の愛を信じ続けた。

 私への愛だけは本物なのだと、縋り続けた。


 なのに……


「すまない、  。」

「愛してあげられなくて、ごめんね……っ」



 愛は、永遠なんかじゃなかった。


 ……いや、違う。

 始めから、私は愛されてなどいなかった。

 本当は、ずっと前から気付いていた。


 一人になった私。

 暗い部屋に残された、学生の私。


 そして……大人の私。



 もう、声も出なかった。

 ただひたすら、涙だけが勝手に流れて落ちていく。


 それでも、愛を信じたいと思う馬鹿な自分がいる。


 愛を与え続けていたら、誰かが私を見つけて愛してくれるかもしれない。

 そう、信じて。



『貴女も、私と同じなのね……』



 そう声をかけてくれた人は、誰だっただろうか……





 ――……声が、聞こえた気がした。


 涙を流したまま、そっと振り返る。



『アイリス、愛しているわ。』

『愛しているよ、アイリス。』


 優しい、天使のような微笑みでこちらを見つめる二人。


 ……誰?

 私は、アイリスなんて名前じゃないよ?


 思い出せない……

 でも、胸が少しだけ温かくなる。



 また、声が聞こえてきた。



『……アイリス』



 低くて、優しい声。

 でも、声の主を探すのに、どこにもいない。



『アイリス、愛している……』



 愛を伝えてくれる、とても温かい声に胸が苦しくなる。



 ……お願い、私の名前を呼んで。


 私を、愛して。



「……っ、私を愛して……っ!」



 空に向かって叫んだ。

 苦しくて、哀しくて、寂しくて……。


 孤独に生きる私に、


 一人じゃないと、教えて……。



 すると、また空から声が響いてきた。



『あぁ、愛している。

 ずっと、お前を……お前だけを……』


「っ、」


 聞こえてきた声は、私がよく知っている人のはず。

 とても愛おしく感じるから。


 でも、誰なのか思い出せない。



 ねぇ、


 この言葉は、永遠……?




 * * * *




 ―――……そっと、頬に触れる。


 ブレイドは、腕の中で眠るアイリスの頬を伝う涙を、指先で優しく拭った。



「アイリス……」


 そっと名前を呼んでみるが、アイリスは静かに寝息を立てていて、目覚める気配はなかった。

 そんなアイリスの寝顔を、ブレイドは哀しげな表情で見つめた。


 ……時々、アイリスは眠ったまま静かに涙を流す。


 声も上げずに、

 うなされることもなく、

 ただ、閉じられた瞼から溢れて、零れ落ちる。



 一緒にアイリスのベッドで寝始めてから、知ったことだった。


 朝になって、ブレイドが「嫌な夢でも見ていたのか?」と聞いても、アイリスは「んー、覚えてないな……」と言っていつも首を傾げている。

 それは、隠しているわけでもなく、本当に"覚えていない"ようだった。



 最初は、金眼の天使としての重圧や日々の疲れが原因で悪い夢を見ているのかもしれない、と思っていた。

 しかし、ある時、彼女が眠りながら涙を流す日に、ある共通点がある事に気付いた。



 アイリスが、"愛してる"と言葉に出した日。



 その日の夜に、アイリスは必ず涙を流すのだ。



 今日の謁見の時、アイリスは女神信教徒達の前で、"愛してる"と言ってくれた。

 だから今夜、アイリスが眠ったまま涙を流すことがわかっていた。



 アイリスは、ブレイドが"愛してる"と伝えると、時々不安そうな顔をする時がある。

 そして、"愛してる"、と返してくれようとして思いとどまり、"ありがとう"という言葉に変えているのだ。


 アイリスが"愛してる"と言葉に出してくれる時は、今回のようにブレイドのためを想って行動する時に限られている。


 それは、フローラ達とお茶会をしたあの日に、アイリスがドレイクに言った"ブレイドは自身(アイリス)の存在に縛られることなく選択肢を多く持つべきだ"という考えがあるからだ、と思っていた。


 今回のヘレナの件でもそうだ。

 ヘレナを妃にさせるべきだと考え、ブレイドから離れようとした。

 きっとこれも、彼女が愛の言葉を言わない理由の一つではあるだろう。



 しかし、一つだけ、ずっと気になっている事があった。


 草原で、アイリスを最初に見つけたあの時。



『私……生きてるの……?』



 アイリスが、そう呟いた事。


 それは、アイリスがどこかで生きていて、そして死んだと思うような体験をした、ということなのかもしれない。

 そして、どこかで生きていた時に、「愛してる」という言葉に対して、何かあったのかもしれない。

 涙を流しながら眠るアイリスに気付いた時から、ブレイドは そう考えるようになっていた。



 ……しかし、それをアイリスに聞けずにいた。


 聞いてしまったら、アイリスがどこか遠くに行ってしまうのではないか、そう思ったから……。





「……」


 ブレイドは、そっとアイリスの涙を拭った。

 次から次に流れていく涙。

 どんなに拭っても、それは止まることを知らない。



「……アイリス」


 もう一度名前を呼ぶ。

 いつも涙を流しながら眠っている時は、どんなに体を揺すっても彼女は起きない。

 とても深い眠りについているのだ。


 一体、どんな夢を見ているのだろうか。



 ブレイドはアイリスの耳に唇を寄せた。



「……愛してる。」



 そっと囁く。

 夢を見ている君に届くように。


 アイリスを見ていれば、君が"愛してる"と言葉に出さなくても、俺を愛してくれているのだと分かる。

 だから、君が言えない分、俺が代わりにたくさん言葉に出して伝えよう。



「アイリス、愛してる……」



 もう一度、そっと愛の言葉を囁く。


 すると、アイリスの瞼が震えた。

 そして彼女の唇が、ゆっくりと開かれる。



「―――……して……」


「ん?」


 アイリスが何かを呟いた。

 そっと彼女の口元に顔を寄せる。


 すると、また彼女の口が動いた。




「……私を、愛して……っ」



「!」


 ぽつり、と呟かれた言葉に、目を見開いた。


 アイリスの寝言。

 でも、それを単なる"寝言"だと終わらせてはいけない気がした。



 ブレイドは、そっとアイリスを抱き寄せた。

 アイリスの額にキスをし、もう一度耳元に唇を寄せる。



「あぁ、愛している。

 ずっと、お前を……お前だけを……」



 何度でも伝えよう。

 君の心に伝わるように。

 君が"愛してる"と言葉に出しても、涙を流さないでよくなるように。


 アイリスが涙を流している間、

 ブレイドは頬や瞼にキスをしながら、何度も愛の言葉を囁き続けた。




 ……アイリスの瞼が震えた。


 ゆっくりと、金色の瞳が露わになる。



「アイリス……」


 そっと声をかけると、アイリスがぼんやりとしながらこちらを見た。


「……だれ……?」


 そう呟かれ、一瞬ドキッとする。


 しかし、アイリスは何度か瞬きをすると、ブレイドの深紅の瞳に気付いて微笑んでくれた。


「……ブレイド、」


 いつもと変わらない、綺麗な微笑み。

 ブレイドは安堵しながら、アイリスの目尻に残った涙を拭って額にキスをした。

 そのままアイリスの目尻や頬にキスを落としていく。


「……ブレイド、大丈夫だよ。」


 アイリスがそう言いながらブレイドの黒曜石色の髪を撫でた。

 きっと、ブレイドが女神信教徒達から嫌悪の眼差しを向けられて心を痛めていると思っているのだろう。


 ブレイドは、そっとアイリスの顔の横に両肘をついて見下ろした。



「愛してる。」


 真っ直ぐ、金色の瞳を見つめて愛を伝える。

 すると、アイリスが微笑みながらそっと口を開いた。


 "愛してる"


 君の口からその言葉が出ると分かっている。

 だから、その言葉を君が言う前に、綺麗な唇にキスをした。


 想いが伝わるように、深く何度も。


 そっとアイリスの手がブレイドの背中に回された。

 キスを受け入れてくれるアイリスに、胸が苦しくなる。



 何度でも、君に愛を伝えよう。

 自身の存在の全てで。



 静かに、夜が過ぎていった……。



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