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蕾は転生し、深愛に咲く。  作者: 紗羽
第四章

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16 一日の終わり

 

 "神聖力"という特別な力を持つアデル。


 不安要素はあるが、"アイリスにも国民にも手出しするつもりはない"とハッキリ言ったことと、公の場で"金眼の天使の言葉を無碍(むげ)にするな"と女神信教徒を叱責(しっせき)したこともあり、ゼイン陛下は予定通り皇太子宮にアデルとヘレナを滞在させることに決めた。



 宮廷の控室で着替えを終えた後、皇太子宮へ帰るためにアイリスとブレイドは馬車に乗った。


「そうだったのね……」


 ブレイドからアデルの力についての話を聞いて、アイリスは小さく呟くように言った。

 アデルによって場を治められたということがあったからか、神聖力の話を聞いた後でも、アデルの滞在に対してはあまり否定的ではなさそうだ。

 そのため、彼女が浮かない顔をしている理由が他にあるのだと、ブレイドは気付いていた。


「そっちはどうだったんだ?」


 そっと尋ねると、アイリスはゆっくりと息を吐きながら自身の手を膝の上で握りしめて言った。



「控室でヘレナさんと着替えてたんだけどね。……ヘレナさんの体、凄く細くて傷だらけだった。最近できた傷じゃないみたいだけど……」



 そう言ってアイリスは顔を俯かせた。

 きっと優しい彼女は、傷だらけのヘレナの体を見て心を傷めているのだろう。

 ヘレナの感情が乏しい理由も、先程の女神信教徒たちの態度を見れば容易に想像することができる。


 ブレイドはそっとアイリスの手に自身の手を重ねた。


「アイリス、大丈夫だ。ヘレナにはアデル国王がいる。新しい傷がないのは、国王がヘレナを守っているからだろう。」

「……うん」

「とにかく誕生祭の間は自分の身を一番に考えてくれ。」


 ブレイドはそう言うと、アイリスの顔を自身の方に向けて、彼女の額にキスをした。





 ―――皇太子宮。


 夜も更けた中、部屋の明かりが窓から煌々と漏れているその姿は、いつ見ても美しい。


「おー、立派な宮殿だな!」

「豪華……」


 別の馬車で来ていたアデルとヘレナは、皇太子宮を見上げて目を輝かせた。

 そんな二人にアイリスは声をかけた。


「ディアロスには、このような宮殿はないのですか?」

「そうだな。俺の住んでる宮殿は、こんなに華やかではないぞ。どちらかと言うと先程までいた宮廷に似ているな。」


 もっと簡素的だが、と付け加えながら外観を眺め続ける二人を横目に、ブレイドはアイリスの腰に手を回して歩き出した。



 宮殿の中に入ると、ブレイドはホールを見渡しているアデルとヘレナを振り返った。


「何か用があれば使用人に声をかけてください。それでは。」


 そう言ってアイリスを連れて奥へ行こうとするブレイドをアデルが呼び止めた。


「待て待て、宮殿の案内は?」

「使用人に任せます。」

「面倒くさいだけだろ?」

「…………。」


 ブレイドが心底嫌そうな顔をしながらアデルを見た。

「皇帝陛下が許可したから仕方なく滞在を許可してやっただけなのに何故俺がそこまでしないといけないんだ」と表情だけで訴えているブレイドに、アデルは顔を引き攣らせた。


「仮にも俺は大国の王なのだが?」


 拳を握り締めて言うアデルに、ブレイドは暫しの沈黙の後、深く溜息をついた。


「……今日はヘレナ嬢もお疲れのご様子。明日の朝案内しますので、今日は部屋でゆっくりとお休みください。」


 そう言いながらブレイドがヘレナへと視線を向けた。

 それに合わせてアデルもヘレナへ視線を向けると、ヘレナは立ったまま目を閉じてフラフラと船を漕いでいた。

 慣れないドレスを着てのパーティーに疲れ果てたのだろう。

 アデルがすぐにヘレナの体を支えた。


 ブレイドが近くに控えていた使用人女性たちに目配せをすると、彼女たちは頷いてヘレナとアデルを部屋に案内し始めた。

 それを見送りながら、ブレイドはアデルに言った。


「俺とアイリスの部屋は二階にあります。御用の際はルイスかエマにお声がけください。」

「あぁ、分かった。すまなかったな。」


 アデルが苦笑しながら頷いたのを確認すると、ブレイドは心配そうにヘレナを見つめているアイリスを促して二階へ続く階段を上がった。





 二階に行くと、ブレイドはアイリスの手を握ったまま彼女の部屋を通り過ぎて自分の部屋へと向かった。


「アデル国王達が滞在している間、湯浴みは俺の部屋でしてくれ。何かあった時に対処しやすいからな。」

「分かったわ。」


 アイリスは頷きながら、ブレイドの開けてくれた扉を抜けて彼の部屋へと入った。

 浴室からほんのりと入浴剤の香りが漏れていて、既に使用人たちが湯浴みの用意をしてくれているのだと分かった。


 先に入っていいよ、と伝えようと思いながらブレイドを振り返ると、アイリスが言葉を発するよりも先にブレイドから抱き締められた。


「! ブレイド……?」


 突然のことに驚きながらも、ブレイドの背中にそっと手を回して彼の背中を優しく撫でると、ブレイドがゆっくりと息を吐きながら言った。


「つかれた……」


 息と共に吐き出された言葉に、アイリスはブレイドを抱き締める腕に力を入れた。

 そして、彼の綺麗な黒曜石色の髪を掌で包み込むように撫でる。

 女神信教徒たちから向けられる視線に、彼の心が傷ついていないわけがない。

 その傷を少しでも癒してあげたいと思いながら撫で続けていると、ブレイドがアイリスの肩に埋めていた顔を首筋に擦り寄せてきた。そのままゆっくりと深呼吸してアイリスの香りを堪能し始めたブレイドに、アイリスは慌てて言った。


「ちょっと待って! 私汗かいてるから……!」


 化粧や香水の匂いと自分の汗の臭いが混ざってすぐにでもお風呂に入りたいくらいなのに、それを嗅がれるのは流石に抵抗がある。

 しかし、ブレイドは駄々を捏ねるように首を横に振った。


「やだ。もう待てない。限界。嗅がせろ。」


 そう言ってブレイドから体を離そうとするアイリスを抑えるように、抱き締める腕に力を入れられる。

 そのままアイリスの髪や首筋に顔を押し付けるように擦り寄せるブレイド。

 全身で自分に甘えてくれてるような彼の可愛らしい行動が、アイリスの母性本能をくすぐった。


「~~~っ、もう、しょうがないな。」


 アイリスは諦めたように息を吐くと、そっと肩の力を抜いてブレイドと同じように彼の頭に頬を擦り寄せた。


「少しだけだからね。」

「ん。」

「お風呂から上がったら、またしていいから。」


 アイリスの言葉を聞いて、ブレイドが小さく笑ったのが分かった。

 許しを得た事が嬉しかったのか、耳の後ろにキスをしたりと濃厚になっていくスキンシップに、宮廷でお風呂を済ませてくればよかったと少し後悔した。


 でも、彼の傷ついた心を少しでも癒すことができるのなら、何時間だってしてあげよう。


 そう心の中で呟くと、それがブレイドに伝わったのか、耳元でそっと愛の言葉を囁かれた。




 * * * *




 明かりの消えた、暗い部屋の中。

 淡く輝く、紫色の宝玉。


 それを見つめながら、ドレイクは口を開いた。



「アデル国王の滞在は、想定外だったな。」


 低い声が静かに響いた。

 すると、その声に答えるように、紫色の輝きが揺らめく。

 それと同時に、何者かの声が聞こえてきた。


 男の声だ。

 空気が耳を掠めるように何かを囁いている。

 そして、その声が止まると、ドレイクがまた喋り出した。



「そうだな。信仰熱心な奴らは、アデル国王の命令に背くことはしないだろう。全く、使えん奴らだ。」


 そう言って、ドレイクは鼻で笑った。




「(一体誰と話しているんだ……?)」


 自身の姿を消してドレイクの監視をしていた鼠騎士は、部屋の窓からそっと中を覗きながら眉間に皺を寄せた。

 ドレイクの声は聞こえるが、宝玉を使って通信している相手の声が聞こえない。

 ドレイクの呟く言葉も、確証を得ることのできない曖昧なものばかり。


 中に入るべきか。


 そう考えていると、ゆっくりとドレイクの顔が横を向いた。

 深海色の瞳が淡く輝き、姿を消している鼠騎士の姿を捉える。



「……鼠が一匹、入っていたようだ。」



 低く呟かれた言葉に、鼠騎士は息を呑んだ。

 その場をすぐに離れようと踵を返すよりも先に、鼠騎士の目前に魔力の爪が襲い掛かってきた。


「(あ、終わった……)」


 本能で、死を悟った。






「…………」


 ドレイクは右手を突き出したまま、静かに窓を見据えた。

 開いている窓から夜風が入って来て、ドレイクの頬を撫でる。


『どうした?』


 宝玉から声が聞こえた。

 その声は少し焦っている。


 ドレイクは、窓を見据えたまま小さく鼻で笑うと、そっと右手を下ろしながら言った。



「――……いや、猫が鼠を捕らえていただけのようだ。今頃美味しく食べている頃だろう。」



 楽しそうな彼の呟きは、暗い部屋に霧散するように消えていった……。



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