13 騒動
貴族や女神信教徒たちによるアイリスへの挨拶が順番に行われていく中、ブレイドは何度目かの溜息をついた。
女神信教徒達から向けられる嫌悪の眼差し。
舞踏会の時にも感じてはいたが、今回はその比じゃない。熱心に信仰している者たちの数が多いのかもしれない。
そのあからさまな拒絶の表情を向けられることに慣れているとはいえ、気分の良いものではない。
アイリスはそっとブレイドを見た。
「……ブレイド、大丈夫?」
「あぁ、心配するな。」
ブレイドは小さく微笑みながら頷いた。
アイリスを安心させるように彼女の頭を撫でる。
「また天使様に気安く触れているわね」
「身の程を弁えるべきだ。」
ブレイドのそういった些細な行動に対しても、小声で嫌味を囁かれる。
アイリスにもそれが聞こえているのだろう。彼女の顔は、少し怒っていた。
「(何が身の程を弁えるべきよ!貴方たちの方が弁えなさいっ! "天使の言葉は女神の言葉だ"なんて言ってたくせに全く聞く耳持たないじゃないっ)」
「(――……て、考えて怒ってんだろうな。)」
アイリスの考えていることが、手に取るように分かるブレイド。
その思いだけで充分救われている。
顔が怒っているアイリスに小さく笑いながら、ブレイドは むくれているアイリスの頬を指先で優しく撫でた。
すると、突然アイリスが頬に触れていたブレイドの手を握り締めた。
そのまま指を絡められる。
「アイリス……?」
ブレイドが声をかけると、アイリスは金色の瞳を真っ直ぐブレイドに向けた。
壇上で見つめ合う二人に、自然と視線が集まる。
アイリスの綺麗な唇が動いた。
「……ブレイド、愛してる。」
ふわり、とアイリスが微笑んだ。
とても美しくて、優しい微笑み。
ブレイドは目を見開いて彼女を見つめた。
アイリスから与えられた、突然の愛の言葉。
きっと、女神信教徒達への当てつけなのだろう。
だが、彼女が滅多にこの言葉を言わないからこそ、その威力は半端ない。
「……っ」
ブレイドの頬が赤く染まり、彼は慌てて片手で顔を覆った。
「〜〜〜っ、あぁ、俺も愛してる。」
小さな声で返すと、アイリスが嬉しそうに笑ってブレイドの赤く染まった頬を撫でた。
アイリスには敵わない。
女神信教徒たちの声なんてどうでもよくなるくらいに羞恥と嬉しさ、愛おしさで心が満たされる。
後ろでエマとルイスが笑っている声が聞こえてきた。よく見ると、ロナルドとゼインも小さく笑みを浮かべてこちらを見ている。
思ったよりも大きな声で愛を伝えてくれたらしい。
女神信教徒たちが目を見開いて固まっている。
「ふふっ、みんな驚いてるねっ」
してやったり、という顔でほんのりと頬を赤く染めて笑うアイリスが愛おしくて、彼女を抱きしめたい気持ちを抑えながら、絡められた手をそっと握り返した。
「黒竜っ、天使様と堂々とイチャつきやがってっ!」
軽食を一生懸命頬張るヘレナの隣で、アデルは顔を引き攣らせていた。
謁見の時間ももう少しで終わる。
その前に一度休憩を挟もうかと考えていると、ブレイドに念話が繋げられた。
【緑の服の男性。飲み物に何か薬のようなものを入れたようです。】
「!」
鼠騎士団長からの念話。
ブレイドはスッと視線を上げてその男性を見据えた。
あの男は小国の使者だ。
王族の代わりとして今日の謁見に出席すると書かれていたことを思い出す。
【睡眠薬みたいだね。アイリスを眠らせて、隙を見て宮廷の外にいる者達と連れて行く計画みたいだ。国王の命令で動いているようだよ。】
次に念話を繋いで聞こえたのは、ロナルドの声。
心眼で男の考えを視たようだ。
この男のいる小国の王は、アイリスの父であるアラン・クレディ侯爵宛にお見合い写真を送りつけてきた者の一人。
この国が財政難であることも把握しているため、大方アイリスを引き込んで利益に繋げようとしているのだろう。
催眠をかけて自身に惚れさせる、くらいのことは考えていそうだ。
「……アイリス。」
ブレイドが声をかけると、アイリスが小さく頷いた。
ロナルドがアイリスにも念話を繋いでいたらしい。
こういう状況になった時の対処は、既にアイリスに伝えてある。
"アイリスに飲み物を渡した時点で捕える"
ブレイドがエマとルイスに目配せすると、エマが小さく頷き、ルイスが瞬きをして了解したことを伝えた。
飲み物の入った二つのグラスを持って、こちらへ向かって歩いてくる男。
その男はアイリスの前で立ち止まり、頭を下げた。
「金眼の天使様にご挨拶申し上げます。」
男は挨拶をすると、そっとグラスを差し出した。
「よろしかったら、記念に私と乾杯していただけませんか?」
「では、一杯だけ頂きます。」
アイリスは微笑みながら頷くと、差し出されたグラスにそっと手を差し伸べた。
――パァッ……
すると、そのグラスに手が触れる直前に守護魔法が発動した。
グラスの前に浮かび上がる小さな魔法陣。
それを見て男は目を見開いた。
「なっ!?」
「……飲み物に、何か入れましたか?」
「失礼ですが、こちらで確認させて頂きます。」
「……っ、くそっ!」
ルイスとエマが声を掛けると、男はグラスを落として走り出した。
パリンッ、とグラスの割れる音が響き、会場にいた者達の視線が集まる中、男は貴族達を押し除けるようにして会場の外へと向かう。
「取り押さえろっ!」
すぐに騎士達が男を捕らえた。
必死に逃げようと暴れる男を抑える。
「離せっ! 俺は何もしていないっ!!」
「大人しくしろっ!!」
「調べればわかることだっ!」
騒然となる場内を、静かに見据えるゼインとブレイド。
二人の頭に、宮廷の外で警護していた騎士達から念話が入った。
【外にいる仲間も捕らえました!】
【ご苦労。あとの取り調べは頼んだぞ。】
【はっ!!】
ゼインは念話を切ると、溜息をついた。
女神信教とは関係のない者も、アイリスと接触できるこの機会に行動を起こし始めている。
「謁見初日でこれか……」
「……っ」
ブレイドの呟きに、アイリスは悲しげに顔を歪ませながら静かに男を見つめていた。
取り押さえられた男が会場の外へと連れられていく姿を眺めている参加者達。
ブレイドはアイリスを労わるように、彼女の背中をそっと撫でた。




