11 見惚れる
ブレイドとアイリス達が医療棟に入ると、医師たちと話していたロナルドが、こちらに気付いて駆け寄って来た。
「おはよう、ブレイド、アイリス。」
「おはようございます、ロニーさん」
アイリスは、微笑みながらロナルドに挨拶をした。
少し落ち込んでいるようなアイリス。
そして、そんな彼女に寄り添うブレイド。
ロナルドは、昨日との雰囲気の違いを感じ取って、ニコッと笑いかけた。
「仲直りできたみたいでよかったよ。……ブレイドの"お仕置き"が効いたのかな?」
そう言って笑いながら、ロナルドは自身の首をトントンと指で示した。
彼のその仕草だけでわかる。
アイリスの首筋に付けられたキスマークが見えているのだと分かり、アイリスは頬を赤く染めながらドレスの襟を寄せた。
わざと見えるところに付けたのだろう。襟を寄せても全く隠せていない。
きっと、これも"お仕置き"の一つなのだ。
隣で平然とした表情で立っているブレイドに、ロナルドは苦笑し、エマは呆れたように小さく息を吐いた。
「おー、凄いな。宮殿をそのまま医療棟として使ってるんだな。」
「!」
ブレイド達の後ろから、アデルの声が聞こえた。
ロナルドがそちらを見ると、アデルとヘレナ、そしてディアロスから来た従者達が医療棟に入ってくる姿が見えた。
医療棟の中を興味津々に見渡しているアデルとヘレナ。
険しい表情で周囲を警戒している従者二人。
それを見止めて、ロナルドはブレイドへ視線を向けると、ブレイドが何も言わずに頷いた。
「(……放任しておけってことね、了解。)」
ロナルドは、いつものようにニコッと笑って頷いた。
ブレイドは、医療棟内を見渡した。
「……殺伐としてるな。」
「まぁね。」
ブレイドの言葉に、ロナルドとアイリス達も医療棟内へ視線を向けた。
医療棟に従事している医師や看護師たちには、事前にアデル国王たちのことを伝えていた。
皆一様に警戒するような、冷たい視線をアデルと従者達に向けている。
それはそうだろう。
アデル国王は、治癒師として健気に尽くしてくれているアイリスを連れて行こうとしているのだから。
「…………」
いつもの穏やかさのない医療棟に、アイリスは真剣な表情になると、前に進み出た。
そして、アデル達を睨んでいる医師や看護師達に向かって、そっと口を開いた。
「皆さん、今日もよろしくお願いします。」
凛とした声が、医療棟に響き渡った。
医師や看護師達の視線が、アイリスへと集まる。
アイリスは、いつものように優しく微笑んでいた。
その、いつもと変わらぬ穏やかな佇まいに、彼らの表情が和らいだのが分かった。
「「よろしくお願い致します、アイリス様」」
医師や看護師達は、一斉にアイリスに頭を下げた。
そして顔を上げた彼らは、自然と笑っていた。
先程までの殺伐とした空気が、無くなっている。
ブレイドとロナルドは、その光景に驚きながらも、小さく笑みを浮かべた。
「もう、"皇太子妃"と呼んでもよさそうだね。」
「……あぁ。」
ブレイドは、医師や看護師達と穏やかに話すアイリスの姿を愛おしむように、そっと目を細めた。
「流石は金眼の天使様だな。民の信頼を得ている。まさに俺の妃に相応しい!」
「「…………。」」
医療棟に、高らかに響き渡ったアデルの声。
ブレイドとロナルドの視線がアデルへと向けられた。
「……空気が読めないタイプ?」
「あぁ。」
アイリスー!と言いながら両手を広げて歩いていくアデルに、ロナルドは汗を流し、ブレイドは怒りに顔を引き攣らせた。
「皆さん、私は大丈夫ですから!治癒を始めましょう!ね?」
医師や看護師達がまた一斉にアデルを睨んで殺伐とした空気に戻ってしまい、アイリスは慌てて皆に声をかけた。
「ねぇ。」
「!」
トントン、と肩を叩かれてそちらを見ると、ヘレナがアイリスの顔を覗き込むように上目遣いでこちらを見ていた。
彼女の美しさに医療棟の者達が ほう、と息を吐いた。
ソフィア皇妃と同じヘスス族の能力を持っていることも相まって、彼女に対しては敵対心など抱いていないようだ。
アデルによって殺伐としてしまった空気が幾分か緩和され、アイリスは ホッとしながら「どうしました?」と彼女に優しく問いかけた。
「治癒魔法使う?」
「はい、使いますよ。……隣で見ますか?」
「うん、見たい。」
目を輝かせながら こくこく、と頷いたヘレナにアイリスは微笑むと、ロナルドとエマを振り返った。
「では、ロニーさん、エマさん、始めましょうか」
「うん、よろしくね、アイリス」
「アイリス様、よろしくお願い致します。」
アイリスの言葉に、ロナルドとエマがいつものように記録用紙などを手にして、彼女に向かって頭を下げた。
それを見た医師達も準備を始める。
アイリスは、一度深呼吸をすると、患者の眠るベッドの横に立った。
そして、いつものように患者に両手を翳し、掌に魔力を込めて患者の体に注いだ。
患者自身の魔力生成を促し、白い靄が消えるまで、ゆっくりと病を治癒していく。
「「――――……」」
キラキラと光輝く美しい魔法に、ヘレナとアデルはその患者の治癒が終わるまで、その光景を静かに眺めた。
ブレイド達も、アイリスの姿を見つめる。
いつの間にか、医療棟が静寂に包まれていた。
誰一人声を上げることなく、ただアイリスの両手から降り注がれる魔法を見つめていた。
……少しずつ、患者の呼吸が安定していく。
白い靄が消えたことを確認して治癒魔法を止めると、アイリスはゆっくりと息を吐いた。
苦痛な表情が無くなり穏やかに眠っている患者を見て、アイリスが近くにいた医師へ微笑みかけると、医師が頷いて患者の容態の確認をはじめた。
止まっていた時が動き出すように、他の医師や看護師たちも動き出す。
「……凄いな」
「うん、綺麗……」
アデルとヘレナの小さく呟く声が聞こえ、アイリスは二人を振り返ると、クスッと小さく微笑んだ。
「――……ありがとうございます。」
その慈愛に満ちた優しい微笑みに、アデルとヘレナは目を見開いた。
窓から差し込む陽光に照らされ、彼女の金色の瞳と黒紫色の髪が輝いている。
ブレイドは、アイリスを愛おしむようにその美しい姿を見つめた。
「(綺麗だ……)」
まるで、彼女の優しさや心の美しさを表しているかのようだった。
しかし、彼女の姿に心を奪われていたのは、ブレイドだけではなかった。
「―――……っ」
アデルは、アイリスに見惚れながら、そっと彼女に歩み寄った。
そして……
「俺と結婚してくれ。」
アイリスの前で片膝をついて愛の告白をした。
「…………へ?」
キラキラと顔を輝かせながら熱い眼差しを向けるアデルに、アイリスは目を見開いた。
アイリスは、彼が何故このタイミングでプロポーズをする流れになったのか理解ができなかった。
それは医療棟にいた者達も同様で、唐突に始まったアデルのプロポーズに、皆動きを止めてアデルとアイリスに注目し、ブレイドは怒りに顔を引き攣らせている。
「もう君以外考えられない。今すぐディアロスに帰り、共に永遠の愛を誓おう。」
「えっと……」
自分とアイリス以外見えていないのか、愛の言葉を紡ぎ続けるアデルに、アイリスは視線を泳がせながらも彼からそっと距離をあけた。
さり気なくブレイドの傍にいくと、ブレイドがアデルを睨みながら何も言わずにアイリスの肩を抱き寄せてくれた。
「あの……アデル国王陛下、私はブレイド皇太子殿下と婚約しております。金眼の天使として公の場で宣言した通りですので、アデル国王陛下のお気持ちにお応えすることはできません。」
「昨日の会談でその話はした筈だが?」
動揺しながらも、なんとか断りの言葉をアデルに伝えたアイリスと、怒りを滲ませながら片膝をついているアデルを見下ろすブレイド。
二人の言葉に、アデルは思い出したというように頷いた。
「あぁ、そうだった、俺に惚れさせないと連れて行けなかったな。君の魅力に当てられて、つい先走ってしまったぞ」
フッ、と微笑みながらイケメンキラキラオーラを全開にしているアデルに向けられる周囲の視線は冷たい。
「(やっぱりコイツはただの馬鹿なのか?)」
ブレイドは色目でアイリスを見ているアデルを睨みつけ、アイリスは困ったようにアデルに苦笑気味の引き攣った微笑みを向けた。
すると、アイリスの視界に綺麗な白髪が過った。
「ねぇ。」
「!」
ヘレナが、綺麗な手でアイリスの手をキュッと握り締めた。
「また治癒魔法見せて。アイリスのキラキラ、もっと見たい。」
ヘレナが甘えるように上目遣いで言った。
表情があまり変わらない人ではあるが、ほんのり頬を染めていて先程よりも少し雰囲気が柔らかくなっているのを感じる。
「勿論いいですよ。是非見てください。」
「!」
アイリスがそう言うと、ヘレナは無表情ながらも嬉しそうに顔を輝かせた。
そんな彼女と共に、隣のベッドで眠る次の患者の元へと移動する。
「アイリス! 俺にももっと見せてくれないか?」
「お前はもうアイリスに近づくな。」
「邪魔するな、黒竜!」
「お前がアイリスの仕事の邪魔してんだよ。時と場所を考えろ。」
後ろでアデルとブレイドが言い合いをしている声を聞きながら、アイリスは患者に手を翳して治癒を始めた。
「…………」
アイリスは、隣で治癒の様子を眺めているヘレナを、そっと横目で見た。
先程の、アデルのプロポーズについて一切触れないヘレナ。
庭園でのアデルとヘレナの様子は、とても親し気で、恋仲だと言われてもおかしくない距離感だった。
二人が恋愛関係にあるならば、アデルのプロポーズに怒るなど何かしらの反応があってもおかしくない筈だが、彼女はアデルのプロポーズなど興味ない、治癒魔法を見ること優先、というようにアイリスの手元を静かに見つめている。
この二人の関係性が、とても気になった。
ロナルド「僕も皇太子騒動の時はこれくらい情熱的にプロポーズした方が良かったかな?」
エマ「やめてください。笑い死にます。私が。」
お話の中で描写はありませんが、ルイスとディアロスの使者たちは互いに牽制し合っています。




