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蕾は転生し、深愛に咲く。  作者: 紗羽
第四章

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9 見ていない

 

 ―――翌朝。



 アイリスは、顔を真っ赤に染めて鏡の前に立っていた。


 使用人達がテキパキとアイリスを着替えさせていく中、エマはアイリスの首から胸元にかけて咲き誇る複数のキスマークを見て溜息をついた。


「こっぴどく叱られたようですね。」

「…………はい。」


 アイリスは顔を赤くしたまま頷いた。


 昨晩、ベッドの上でブレイドから怒りを交えた愛を囁かれながら付けられたキスマークたち。

 潤いを帯びた鮮やかな赤い唇は、きっと今朝も愛されたという証拠なのだろう。

 エマはもう一度深く溜息をついた。


「全く。ブレイド様がヘレナ嬢に靡かれると本当にお思いですか?」


「……可能性としては、あると思う。」


 アイリスはエマから視線を逸らしながら言った。

 これだけ体にキスマークを付けられていてどの口が言うか、と心の中で呟きながら、エマは呆れたようにまた溜息をついた。


「断言します。あり得ません。」


 キッパリと言ったエマに、アイリスは慌てて顔を上げた。


「いや、でもね、ブレイドは成人したばかりでまだ遊びたい盛りだから、目の前にヘレナさんみたいな絶世の美女がセクシーな格好で立っていたら――……」

「あり得ません。目の前に喉から手が出るほど食べたい料理があっても食べずに理性を保てるから、それだけ痕を付けられても貴女様のお体が清いままなのではありませんか?」

「ゔっ……」


 エマから正論をぶつけられ、アイリスは唸り声を上げた。

 返す言葉もなくアイリスは顔を俯かせる。


 そして、ぽつりと呟いた。



「やっぱり私がアデル国王のことを好きになったフリをして――……」


「それはアデル国王が亡き者になる可能性が高いのでお止めくださいっ!」



 エマはアイリスの両肩を掴んで全力で却下した。







「(一体どうすればいいんだろう……)」


 アイリスは、ブレイドと共に馬車に揺られながら静かに思考を巡らせていた。

 宮廷へ向かう馬車の中に沈黙が流れる中、窓の外を眺めていたブレイドが、アイリスへと視線を向けた。


「……どう足掻いても無駄だからな。」


「!」


 呟かれた言葉に、アイリスは肩を小さく揺らした。

 そっと隣に顔を向けると、ブレイドの深紅の瞳が真っ直ぐアイリスへ向けられていた。


「ディアロスが開国するなら交易をして腕輪を作ってもらう。開国しないなら腕輪はいらない。それでいいだろ。」

「…………」

「この腕輪もすぐに壊れることはないからな。ディアロスの判断を待ってからでも遅くはない。」


 ブレイドはアイリスを諭すように言った。

 しかし、アイリスの表情は変わらない。

 折角腕輪の作れる女性が現れているのに、作ってもらえないこの状況がとてももどかしく感じて堪らなかった。


 ブレイドはそんなアイリスを見て小さく溜息をつくと、彼女の髪に指を通した。


「焦ると碌なことにならない。……大丈夫だ。」


 そう言って、アイリスを安心させるように優しく頭を撫でた。



「――――……」


 アイリスは、彼の手の心地よさに、そっと目を細めた。

 無意識にいつものように彼の手にすり寄って、……そしてハッとした。


 今自分のしている仕草は、ヘレナをブレイドの恋人にしようだとか、アデル国王に恋したフリをしようだとか考えている者のする行動ではない。

 アイリスが慌ててブレイドの手から離れると、ブレイドはクスッと小さく笑った。



「これじゃあ、アデル国王に惚れたふりをするのは無理だな。」


「―――っ!?」


 揶揄うように言ったブレイドに、アイリスは顔を赤くした。







 宮廷は、いつも以上に賑やかだった。


「やぁ、我が天使アイリス! 待っていたぞ!」


 宮廷横の庭園でヘレナと共に紅茶を飲んでいたアデルは、両手を広げてアイリスへと向かって歩いてきた。

 キラキラとした笑顔でこちらに来るアデルに思わず顔が引き攣りそうになりながらも、アイリスはアデルに微笑みかけた。


「おはようございます、アデル国王陛下」


「そんな堅い呼び方をしなくていいぞ、アイリス。俺とお前の仲じゃないか!俺のことは"アデル"と呼び捨てに――……」


 ――パァッ……


 あともう少しでアデルがアイリスに触れる、というところで二人の間に魔法陣が現れた。

 アイリスにかけられたブレイドの守護魔法が発動したのだ。

 その魔法陣が透明の壁となって、アイリスに向かって歩いてきていたアデルの体に ベシッと音を立ててぶつかった。


「いだっ! なんだこれは!?」


 突如現れた魔法陣の壁にぶつかった鼻を手で押さえながら、アデルは驚いて一歩下がった。

 それを冷めた目で眺めるブレイド。


「守護魔法です。間者からアイリスを守るために俺がかけています。」

「今すぐ解け。」

「嫌です。」


 はっきりと言ったブレイドに、アデルは顔を引き攣らせた。


「お前、誰に物言っているか分かっているのか!?」

「アデル国王陛下です。」

「分かっててそれか!?」

「はい。」

「黒竜っ、お前……!」


 怒りに震えるアデルにブレイドは溜息をつくと、アイリスの腰に手を回して引き寄せた。



「昨日も言いましたが、アイリスは()()婚約者です。


 ……アイリスに触れられると思うな。」



 ブレイドはアデルを睨みながら言った。



「……っ、上等だ、コラ。」



 敢えて敬語を外して言ったブレイドに、アデルは怒りに顔を引き攣らせながら笑みを浮かべた。


 互いに睨み合っている二人。


 これじゃあ開国どころか戦争に発展するのでは……?、とアイリスはブレイドの腕の中で汗を流した。




「ねぇ。」


 鈴の音色のような声が聞こえた。

 顔をそちらへ向けると、こちらへ向かって歩いてくるヘレナの姿があった。

 膝あたりまで長さのある白髪は、陽の光を浴びて絹糸のように輝き、彼女が歩くたびにサラサラと流れていく。

 白い肌に浮かぶ蛇の鱗模様は、幻想的な雰囲気に拍車をかけて、まさに天女のようだった。


「(私よりヘレナさんの方が天使みたい……)」


 アイリスは彼女の美しさに頬を染めた。

 ブレイドも目を見張って彼女を見ている。


 ヘレナは、アイリスの前で立ち止まると、アイリスにそっと手を伸ばした。

 彼女の綺麗な指で、アイリスの手を握られる。



「私も、仲間にいれて?」



 こてん、と首を傾げられた。

 美しいのに仕草が可愛らしい。


「〜〜〜〜〜っ」


 アイリスは顔を真っ赤に染めた。


「(何この最強体……っ、半端なさすぎる!)」


 彼女に惚れるなという方が無理なレベルだ。

 周囲でブレイドとアデルを傍観していた貴族やディアロスの従者達も顔を赤くしている。



 アイリスは、そっと口を閉じた。


「(……こんなに綺麗なら、私が何かしなくてもブレイドはヘレナさんのこと……)」




 昨夜、あんなに"愛"を伝えてくれたのに、

 それでも貴方を疑ってしまう。


 "あの人たち"が、"私"に教えてくれた唯一のことだから。


 魂に刻まれた、偽りの言葉たち……。



 アイリスは、ブレイドへと視線を向けた。



 きっと、ブレイドも彼女に見惚れているはず。

 だって、こんなにヘレナさんは魅力的なんだもの。

 私なんかが、敵うわけがない。





「――――……」


 顔を上に向けると、深紅の瞳と目が合った。

 いつもより仏頂面をして、少し怒っているような彼の表情。



「お前、何俺以外のやつに赤くなってんだよ……っ」



 ブレイドは、嫉妬していた。


 私がヘレナさんに対して赤くなっていることに。



「……っ」



 ―――……あぁ、


 貴方は、私しか見ていなかったのね。





 私の大好きな深紅の瞳は、真っ直ぐ私の姿を映している。


 天使のように美しいヘレナではなく、

 普通の女で天使と呼ばれている私を……。


 私の代わりを、と思っていたはずなのに、

 貴方の未来のためを考えたら、これじゃ駄目なのに、

 ブレイドが私だけを見てくれていることに喜びを感じてしまう。


 貴方の愛が、永遠のものなのだと、信じたくなってしまう。



 "人の想いは、うつろうもの"



 でも、移ろう先を見ていなければ、移りようがないのだと、私が初めて愛した貴方の存在が教えてくれる。



「……ブレイドは私しか見てなさすぎよ」



 アイリスは、泣きそうな顔で微笑んだ。






「―――……アイリス、」


 ブレイドは、アイリスの表情を見てゆっくりと息を吐くと、彼女の頬を撫でた。


 彼女の、その表情だけで、わかる。



 アイリスがディアロスへ行くことを諦めてくれたのだと……。




「……今更気付いたのかよ、馬鹿」



 そう悪態をつくと、アイリスは「ごめんなさい」と小さく呟きながら顔を俯かせた。


ブレイドとアイリスの愛し合う姿を早く書きたいです。

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