6 交渉 ②
ゼインの提案は、
金眼の天使は渡さない。
混血の女性の受け入れもしない。
黒竜の魔力を抑える腕輪を受け取る対価として金眼の天使との交流を認める。
それらの内容を含めて交易を中心とした条約を宗教国家ディアロスと結ぶために開国を要求する。
……というものだった。
アトロイは、机に拳を叩きつけた。
「開国などするわけがないだろうっ!それは我が国に利がないではないか!」
「利はあるだろう。ディアロスにも大国になるだけの財力や特産があるのだろう?他国とも交易すれば更なる発展に繋がる筈だ。そうすれば金眼の天使が望んでいるように"この世界の者達の意見を許容し、知見を深めていく"こともできるのではないか?」
「……っ」
謁見の時の金眼の天使アイリスの言葉を淡々と言ったゼインに、アトロイは怒りを露わにして立ち上がった。
「他国の者が出入りすれば女神信教が穢されてしまう! ディアロス様の聖典こそが全て! それを侵されるわけにはいかんっ!」
会議室にアトロイの怒鳴り声が響き渡った。
彼のその言葉は、"アイリスが宗教国家ディアロスへ行っても彼女の望みが尊重されることはない"、ということを表している。
宗教国家ディアロスにとって女神信教の聖典が全てなのだ。
怒りに震えるアトロイを眺めながら、ゼインは息を吐いた。
「なら、この話は無しだな。」
「!」
ゼインの言葉に、アイリスは思わず彼を見た。
机の下で自身の両手を握り締める。
「はっ! 息子を見捨てるか! 薄情な男だな。」
嘲笑うように言ったアトロイに、ゼインはアイリスの視線を感じながら真っ直ぐアトロイを見据えた。
「……貴様には関係のないことだ。」
「ククッ、所詮お前にとっても邪竜はその程度の価値しかないということか」
アトロイは愉快そうに笑いながらブレイドを見て言った。
ブレイドは表情を変えることなく、アトロイとアデルを見据えている。
アトロイの言葉に、アイリスは拳を握り締めた。
ゼインの想いを知らない者からすれば、彼の言葉は薄情だと取られても仕方がないかもしれない。
でも、本当は違う。
ゼイン陛下は、ブレイドを信じているのだ。
腕輪に頼らずとも、ブレイド自身が魔力暴走を抑えることができるのではないかと。
だから、金眼の天使を手放さない、という選択をしたのだ。
本当なら、ヘレナを受け入れてすぐにでも腕輪を作ってもらいたい。
ゼインもきっと、そう思っている筈だ。
混血の作る腕輪は、すぐ壊れてしまうかもしれない。
それでも、無いよりは絶対にあった方がいい。
このままでは、話が本当に無かったことになってしまう。
でも、自分が今ディアロスへ行っても、ブレイドはヘレナの作る腕輪を拒否して無理矢理私を連れ戻すかもしれない。
一体どうすれば……。
「開国、か……」
アデルの呟きが会議室に響いた。
視線が自然と彼へと集められる。
「確かにゼイン皇帝の意見も一理あるな。」
アデルは、考えるように顎に手を当てて言った。
「今回初めて他国を訪れたが、天使様が言うように確かに多くの見聞を得られると感じた。……だが、すぐに開国は無理だ。」
アデルは笑みを浮かべて頷くと、顔を上げた。
「よし! 今日から俺はラドリス帝国に滞在しよう!」
「「!!」」
アデルの言葉に両国が騒ついた。
それを気に止めることなくアデルは言った。
「天使様が成人なさるまで後一年ある。それまでに俺が天使様を口説き落としてやる。
天使様を俺に惚れさせたなら我が国に連れ帰っても問題ないだろう?」
「……!」
アデルの言葉にアイリスは目を見開いた。
そんな彼女を見ながら、アデルは自身の隣に立つヘレナを手で示した。
「その間ヘレナも一緒に滞在させる。我が国では異種族との接点が皆無だからな。少しでも見聞を広めさせたい。
……それに、黒竜の魔力の溢れ具合から見るに、腕輪もそう長くは持たないだろうしな。」
そう言って小さく笑ったアデルに、ブレイドは目を細めた。
要は、ブレイドが魔力暴走を起こしたらヘレナに腕輪を作らせてラドリス帝国に恩を売り、即時アイリスを連れて行く、という意味なのだ。
アデルはブレイドを見据えた。
「魔力暴走の可能性のある黒竜を金眼の天使様の傍に置いておくのは、いくら天使様の望みとはいえ芳しくない。……それとも、そんな危険に晒してまで天使様を傍に置いておきたいのか?」
「……っ」
アデルの言葉に、ブレイドは拳を握り締めた。
何も言い返せない。
魔力暴走を抑えられるという確証がないから。
それに、先程怒りの感情を引き金に魔力が溢れたばかり。
ブレイドが何を言ったとしても、説得力に欠けるものばかりだった。
「一年……いや、半年くらいか……、我が国の開国に向けて話し合いを重ねようじゃないか。」
アデルはそう言って口角を上げた。
その後の話し合いにより、宗教国家ディアロスの国王アデルと混血の女性ヘレナ、そしてその従者数名のラドリス帝国滞在が決まった。
「厄介なことになったと言っていいのか、それとも好機と取るべきか……」
「どう考えても厄介なことだろう!」
ゼインの言葉にアトロイが声を荒げた。
あの後アトロイがアデルに考えを改めるよう何度も説得したが、彼は一切聞き入れなかった。
その肝心のアデルは、ヘレナを連れて舞踏会に戻ってしまった。
話し合いの途中で盛大にお腹を鳴らしたヘレナに舞踏会会場に置かれていた食事を食べさせてやりたいらしい。
ブレイドとアイリスも先程ルイスと共に会議室を出た。
きっと今頃会場へと戻っていることだろう。
「(いや……もしかしたら喧嘩しているかもしれないな)」
ゼインは頭を抱えているアトロイを眺めながら、深く溜息をついた。
ブレイドとアイリスは、静かに廊下を歩いていた。
重たい空気の二人に、ルイスは声をかけることもできずに二人の後ろをついて行く。
ルイスは、ブレイドの想いも、アイリスの想いもよく分かっていた。
分かるからこそ、何も言えなかった。
それは、当事者である二人も、同じなのかもしれない。
舞踏会の会場に入ると、多くの貴族達がアデルとヘレナを取り囲んでいた。
「ヘスス族の能力を受け継がれておられるとは素晴らしいっ!」
「しかし本当にお美しいですね……!」
「……あっ、えっと……」
次々に話しかけられ、ヘレナが戸惑っている。
ヘスス族と人族の混血で、しかも創造魔法を継承しているのだから当然だろう。
貴族達にとって格好の的だ。
状況としては、ソフィア皇妃がラドリス帝国へ来た時と同じ。
このような場にヘレナを堂々と立たせる意味を、隣に立つアデルは理解しているのだろうか。
そのアデルは、別の貴族女性に話しかけられていて、ヘレナが助けを求めるように何度もアデルを見ているが、その視線に全く気づいていない。
「大丈夫かな……」
アイリスはそっとブレイドを見上げた。
ブレイドは何も言わずにヘレナ達を見つめていたが、アイリスの問いかけに視線をアイリスに向けた。
「俺にアイツを助けに行け、と言いたいのか?」
ブレイドの低い声に、アイリスは口をつぐんだ後、小さく頷いた。
「……嫌だと言ったら?」
ブレイドの言葉に、アイリスはドレスの裾を握りしめて口を開いた。
「過去を繰り返さないためにも、ヘレナさんを守ってあげないと……」
「それは俺じゃなくてもいいだろ?アデル国王で充分だ。」
「でも……」
「お前は口実を作りたいだけだろっ!」
ブレイドの声が会場に響いた。
参加者達の視線がブレイドとアイリスに集まる。
アイリスは、怒りと悲しみを滲ませるブレイドから、そっと視線を逸らした。
ブレイドは拳を握り締めた。
「……っ」
いつものアイリスなら、彼女が自ら助けに行くはずだ。
それを敢えてブレイドに行かせようとする意味が分からないほど、ブレイドはアイリスの考えを理解していないわけがなかった。
ブレイドは、何も言わずに顔を俯かせたアイリスの手を掴んだ。
「俺は絶対にお前以外の女を妃にするつもりはない。」
「……っ」
「お前を、誰にも渡さない。」
ブレイドはそう言ってゆっくりと息を吐くと、ルイスを振り返った。
「……ルイス。別室に食事の用意をさせろ。」
「承知いたしました。」
ルイスは頭を下げると、すぐに使用人達に指示を出し始めた。
ブレイドはそれを確認すると、アイリスの手を引いて歩き出し、ヘレナとアデルの前に立った。
「アデル国王陛下。」
ブレイドはアデルに向かって頭を下げた。
「ヘレナ嬢も少々お疲れのご様子。別室にてお食事をご用意させておりますので、よろしかったらヘレナ嬢とそちらでゆっくりとお召し上がりになるというのはいかがでしょうか?」
ブレイドの提案に、アデルは頷いた。
「あぁ、ならそうさせてもらおう。」
アデルはそう言いながら、ブレイドとアイリスの様子を見て楽しそうに目を細めた。
「……流石は同じヘスス族の血を引くもの同士だな。よくヘレナを見ている。お前の父と同じように将来妃に迎えるのに丁度いいんじゃないか?」
アデルの言葉に、ブレイドの肩が揺れた。
それに気付いていない貴族達は名案だと言うように湧き上がった。
「確かにそうですね!」
「ブレイド殿下もヘスス族の血を受け継いでおられる!より強い魔力を持つ者が生まれるやもしれませんな!」
周囲の貴族からも賛同する声が上がり、アデルも満足げに頷いている。
こうなることを、アイリスは分かっていた。
分かっていたからこそ、ブレイド一人に行かせようとしたのだ。
せめてもの抵抗としてアイリスを同行させたが、利益を優先する貴族たちや女神信教徒たちを前にしては、その抵抗も意味をなさなかった。
「なぁ、そう思うだろう?"アイリス"。」
アデルがアイリスに問いかけた。
今までアイリスのことを"天使様"と呼んでいた彼が、名前で読んだ。
アイリスは、少しの沈黙の後、そっと口を開いた。
「そうですね」
そう言って、アイリスは微笑んだ。
ブレイドは何も言わずに震える手で彼女の手を握り締めた。




