5 交渉 ①
アデルは、妖艶に微笑みながら言った。
「こちらからは、この混血の彼女――ヘレナを君たちに差し出すから、金眼の天使様を我が国に招き入れたい。」
「…………」
「あ、勿論、天使様のことはアイリス・クレディとしても俺が大切にするから安心してくれ」
アデルはそう言うと、アイリスにニコッと笑いかけた。
彼の隣で、アトロイも頷く。
「我々にとって、金眼の天使様は女神様と同様、崇めなければならぬ特別な存在。これまでの天使様についても、異種族ではありましたが、我々の国へ招き入れた後は他所の国で酷使されてきた体を休ませながら余生を過ごされたと記録されています。」
「……!」
「どこぞの国は、"我らの暴挙によって金眼の天使様が逝去された"、などと出鱈目なことを言っているようですが、我らは死を目前にして苦しむ金眼の天使様を保護していただけにすぎぬのです。」
アトロイは、ゼインを見据えた。
「アイリス・クレディ嬢にも同じ道を辿らせている、ということにゼイン殿は気付いていないようですがな。どちらの国にいる方が天使様にとって幸せか……女神信教徒を招いて誕生祭を開催したゼイン殿ならば、少し考えれば分かるのではありませんか?」
「…………」
「我々は、双方にとって利のある形を提案しているのです。邪……黒竜の腕輪の作れるヘレナ嬢が帝国にいれば、腕輪で魔力暴走を抑えることができる。
……それに、ブレイド殿下はヘスス族の生き残りだったソフィア皇妃の子。少なからずヘスス族の血も受け継がれている筈です。ヘレナ嬢との間に子が授かれば、より強い創造魔法の使える子が生まれるやもしれませんぞ?」
そう言ってアトロイは笑みを浮かべた。
アトロイの言葉に、ゼインは何も答えず、ただアトロイとアデルを見据えていた。
宗教国家ディアロス。
この国は建国以来ずっと鎖国しているため、金眼の天使が彼らの手に渡った後、彼女たちがどうなったかまではラドリス帝国にも記録が残されていない。
ただ、宗教国家ディアロスが無理やり金眼の天使を攫い、その後すぐに"金眼の天使様が逝去なされた"といった報告が宗教国家ディアロス側から一方的に告げられた、という記録が残されていたこと、そして人族の治癒が金眼の天使にとって負担が大きいことなどにより、"宗教国家ディアロスの暴挙によって天使が逝去した"と言われるようになったのだ。
アトロイの言葉は、あながち嘘ではないのかもしれない。
「…………」
アイリスは重たい沈黙の中、静かに目を閉じていた。
先程のアトロイの言葉でいくと、今自分がラドリス帝国で行っているような治癒行為はできないだろう。
しかし、自分が望めば、アデル国王もアトロイ大司教も他国民への治癒行為を許してくれるかもしれない。直接が無理でも、魔力を込めて作り出した治癒石や薬草を流通させれば、この世界の者たちを救うことができる。
……私が、宗教国家ディアロスへ行けば、
アデル国王の妻になれば、ブレイドの腕輪を作ってもらえる。
腕輪さえ確保できるなら、ブレイドはこれから先、魔力暴走の可能性を心配することなく、これまで通り生きていくことができる。
「(あとは、ヘレナさんが腕輪を作れるという確証さえあれば……)」
それさえ分かれば、アトロイの言うように、ヘレナとブレイドとの間に子を授かれば、もっと明るい未来が開けていくかもしれない。
ブレイドが確実に生きていける方法があるなら、絶対にそれを選ぶべきだ。
優先すべきは、想いよりも彼自身の命。
生きていればブレイドは、
私とのことも思い出として受け入れてくれる日が来るはずだから。
だから、きっと大丈夫……。
「(私は、後悔したくないの……)」
貴方には、絶対に生きていてほしいから。
「―――……」
アイリスは、そっと目を開いた。
"その申し出、受け入れます。"
そう伝えるために口を開いた瞬間、
いきなり体が金縛りにあったように動かなくなった。
「……っ」
声が出ない。
誰かが魔法で私を抑えている……?
でも、どうして私にかけられたブレイドの守護魔法が発動しないの?
……そんなの、理由は一つしかない。
そっと隣へ視線を向けると、ブレイドがこちらを睨んでいた。
怒りを滲ませているその瞳に、アイリスは ゆっくりと息を吐いた。
あぁ……
貴方の気持ちなんて分かるようになければよかった。
覚悟を決めたのに、立ち止まってしまう。
貴方の想いを、受け止めてしまう。
それを必死に振りほどいて、アイリスはブレイドの深紅の瞳を見つめた。
「(ブレイド……ねぇ、この魔法を解いて?)」
そっと目で訴えてみる。
しかし、ブレイドは目を細めて鋭く睨んだ後、アイリスから顔を逸らした。
「馬鹿野郎……っ」
小声で呟かれた言葉に、アイリスは そっと目を閉じた。
「……っ」
ブレイドは歯を食いしばった。
怒りで、腑が煮えくり返りそうだった。
アイリスを取引に使おうとする宗教国家ディアロスにも。
それを受け入れようとするアイリスにも。
その憤りを必死で抑えようと拳を握り締めるが、それでも会議室にはブレイドの刺すような魔力が広がっていく。
【落ち着け、ブレイド。】
ゼインの声が、ブレイドの頭の中に響いた。
念話を使って語り掛けている。
【アイリスを手放したくないなら、奴らに隙を見せるな。】
「!」
ゼインの言葉に、ブレイドは無意識に止めていた呼吸を再開した。
ブレイドがゼインへ視線を向けると、ゼインは真っ直ぐアデル達を見据えていた。
その眼差しは、とても力強く、一歩も譲らないという強固な姿勢を見せていた。
ゼインは、アイリスにも念話を繋いだ。
【アイリス、お前も早まるな。】
「!」
【混血の弱い魔力で作る腕輪では、すぐに壊れる可能性が高い。】
アイリスは、目を見開いた。
ゼインの視線が、アイリスへ向けられる。
【……前にも言ったが、お前はブレイドにとって必要不可欠な存在だ。今のブレイドの様子を見ればわかるだろう?こんな状態のブレイドを置いてお前がディアロスへ行けば、数日後には腕輪が壊れてコイツは死ぬぞ。】
「……っ」
【お前がいなければ、すべてが無駄になる。己の価値を見誤るな。】
ゼインの言葉に、アイリスは顔を俯かせた。
視線を下げて、自身の胸元に下がる真紅の宝石を見つめる。
そして、ゆっくりと息を吐いて小さく頷くと、アイリスにかけられていた拘束が解かれた。
隣でブレイドが深呼吸をする音が聞こえる。
彼の呼吸に合わせて、ブレイドから溢れていた魔力が収まっていくのが分かった。
ゼインは、一度ゆっくりと息を吐くと、アトロイを見据えた。
「そちらの要望は分かった。……しかし、それだとこちらの利が少なすぎる。」
「……なんだと?」
ゼインの言葉に、アトロイは怪訝な顔をした。
ゼインは言葉を続けた。
「ブレイドの魔力を抑える腕輪は、一度作れば五年は持つ。常に我が国にヘスス族を滞在させておく必要はない。それよりも金眼の天使を失うことの方が我が国にとって不利益だ。」
「不利益……?」
「あぁ。」
ゼインは頷いた。
金眼の天使がラドリス帝国にいることにより他国から多くの者が集まり、それが帝国の経済発展につながっている。アイリスの作り出す治癒石を流通させれば、更なる経済効果も生むだろう。
腕輪は数年に一度作ってもらえばそれでいいのだから、皇帝として優先すべきは帝国の発展。
ゼインは、静かにアトロイを見据えた。
「……それに、お前たちはもう忘れてしまっているだろうが、"金眼の天使アイリス・クレディは、我が息子ブレイドを愛している"と公の場で宣言した筈だ。お前たちが崇めている金眼の天使の言葉を無かったことにするのか?」
「……っ」
「お前は天使の言葉を無視して無理やりアデル国王と結婚させる気か? お前達は、"金眼の天使の言葉は女神の言葉"だと言っていたが言動が矛盾しているぞ。
天使の感情を利用して腕輪をちらつかせて……お前がやっていることは天使を脅しているようにも見えるが、どうだ?」
ゼインの言葉に、アトロイは苦虫を噛み潰したような表情でゼインを睨んだ。
それをゼインは見据えながらそっと口を開いた。
「……そういえば、こちらの要望を言っていなかったな。」
「腕輪だろう? 要望など分かり切っている!」
「いいや、違う。」
アトロイの言葉に、ゼインは首を横に振ると、アデルとアトロイを見据えた。
「開国しろ。」
「!!」
「そして、金眼の天使とヘスス族のヘレナ嬢を交えて我が国と正式に条約を交わしたうえで交流を続けること。
……どうだ?双方にとって利益のある提案だろう?」
ゼインの小さく笑う声が会議室に響いた。
真面目なシーンを書くの難しい。




