4 要求
「ロニーさん、大丈夫ですか?」
アイリスは、玉座の裏にあるカーテンの内側に入ってロナルドに治癒魔法を使いながら問いかけた。
ドレイクがロナルドの心眼を弾いたことに気付いていたブレイドが、アデルとの会話を切り上げてすぐにアイリスを連れてロナルドのいる玉座の裏へ向かったのだ。
その心眼を弾いたドレイクは、アデルに付き添うようにアトロイ大司教と共に女神信教徒の多く集まるテーブルを回っている。
それに対し、怪訝な表情をする女神信教徒ではないラドリス帝国の貴族たちを宥めるように、ゼインが彼らと会話をしている。
「アイリス、ありがとう……もう大丈夫だよ」
ロナルドはそう言って小さく微笑んだ。
無理して笑顔を作っている彼に、ブレイドとアイリスは口をつぐんだ。
女神信教と繋がりがある、とゼインやブレイドの前ではっきりと言ったドレイク。
きっと、最初からこの誕生祭に宗教国家ディアロスからアデルが来ることも分かっていたのだろう。
もしかしたら、腕輪の件も知っていたのかもしれない……。
「一体いつから女神信教と……ディアロスと繋がってたんだろう……っ」
ロナルドは拳を握り締めた。
ラドリス帝国内にいる女神信教の者や政務官がすり寄ってきているだけ・・・、そう思っていたが、宗教国家ディアロスのことまで把握できるほど深く繋がりがあったとは思わなかった。
今までは帝国内の信者と繋がっていただけだったかもしれないが、今回の件で国王との繋がりもできてしまった。
「(僕がもっと早く気づいていたら……っ)」
違和感を感じた時に、すぐに心眼を使っていたら……。
ロナルドは歯を食いしばった。
長年、ブレイドを苦しめてきた女神信教の思想。
アデルやアトロイと親し気に話す父ドレイクの姿を見て苦痛の表情を浮かべるロナルドの肩に、ブレイドはそっと手を置いた。
「そう自分を責めるな、ロナルド。」
「! でも……っ」
「お前とドレイク殿下は関係ない。親子だからって父親の行動に対してお前が俺に負い目を感じる必要はないんだ。……お前のことは、俺と父上が一番分かっている。」
「……っ!」
ブレイドの言葉に、ロナルドは口をつぐんだ。
そして、顔を俯かせた後、拳を震わせながら小さく頷いた。
「ごめんね、ブレイド……っ」
ブレイドは、呟くように言ったロナルドを宥めるように、彼の背中を優しく叩いた。
その後、ゼインとブレイドが信頼している一部の政務官、そしてロナルド、エマに舞踏会を任せて、宗教国家ディアロスの国王 アデルが提案した、両国の代表同士の会談を急遽別室で行うことになった。
他国との応接間としても使われる会議室に、大きなテーブルと椅子が据え置かれ、そこにゼイン、ブレイド、アイリスが座った。
そして、その向かいにアデルとアトロイが座る。
アイリスの後ろにはルイスと近衛騎士、そしてアデルの後ろにはディアロスから来た従者たちがそれぞれを警戒するように互いを見据えていた。
「さて、まずはこの場を設けてくれたことに礼を言おう。」
アデルは、にこやかにそう言った後、スッと目を細めた。
「……だが、金眼の天使様が末席なのには少し引っかかるところだな。」
不服そうに言いながらブレイドを睨むように見据えたアデルに、アイリスは真剣な表情で首を横に振った。
「私は、金眼の天使としてだけでなく、ブレイド皇太子殿下の婚約者――アイリス・クレディとしてもこの席を望んでおります。どうかご理解ください。」
「……天使様がそう言うなら仕方ないな」
アデルは、ブレイドを見据えながら言った。
それに対し、ブレイドも目を逸らすことなくアデルを見据える。
暫くの沈黙の後、アデルの隣に座っていたアトロイが、ラドリス帝国側の者たちを見渡しながら口を開いた。
「そういえば、先程舞踏会にいた竜族の男……確か、ドレイクという名前でしたかな?その者は出席しないのですか?」
嫌味のように口角を上げて言ったアトロイに、ゼインは目を細めた。
他国に代表として赴いているアトロイが、ゼインの弟であるドレイクの存在を知らないわけがない。
先程のゼインとドレイクの様子を見て敢えて言っているのだ。
しかし、ゼインはその挑発に乗ることなくアトロイとアデルを見据えた。
「……ドレイクは政治を担っていない。話はここにいる者たちで充分だ。それより、アデル国王の言っていた腕輪の件は本当なのか?」
いきなり本題に入ったゼインに、アデルは口角を上げた。
「あぁ、本当だ。俺たちなら作れる。」
「……ヘスス族がお前の国にいるのか?」
「半分正解、半分外れ、だ。」
ゼインの問いに、楽し気に笑みを浮かべながら答えたアデル。
ゼインは眉間に皺を寄せた。意味が分からない、といった様子のゼインにアデルは笑うと、自身の後ろに立っていた従者の一人を手招きした。
黒いローブを羽織った少し背の低いその人物。
その人は頭を下げると、頭に被っていたローブのフードをそっと外した。
「「!!」」
人族の女性。
綺麗な白髪に透き通るような白い肌。
その幻想的な彼女の頬や首筋、手の甲には蛇の鱗模様が浮き上がっていた。
「混血だ、ヘスス族と人族の。」
アデルは、女性を自身の隣に立たせて言った。
「ヘスス族は弱い一族だ。だから魔力の強い竜族との子供が生まれても、竜族の血を色濃く受け継いで創造魔法が使えない。
……なら、そもそも魔力を持たない人族との間の子供だったら?」
「「っ!」」
目を見開いたゼインとブレイドを見て、アデルは小さく笑みを浮かべた。
「彼女は、ヘスス族の生き残りだと言われたソフィアがラドリス帝国へ嫁いだ後に、我が国が密かに保護していたヘスス族と人族との間に生まれた混血。勿論、純潔より能力は多少劣ってはいるが、創造魔法はきちんと受け継がれている。」
アデルが、自身の前に置かれていたティースプーンを混血の女性の前に置いた。
その女性は何も言わずにそのティースプーンに手を翳した。
すると、彼女の掌から光が降り注ぎ、ティースプーンがナイフの形へと変形した。
「「!!」」
ラドリス帝国側から驚きの声が上がる。
アデルは、混血の女性を褒めるように彼女の頭を撫でると、そのナイフを手に取ってブレイドに差し出した。
「確認してみろ、黒竜。それには何かしらの能力が付与されているはずだ。」
ブレイドは警戒しながらそのナイフを手に取ると、そっと視線を落とした。
掌を通して、騎士達に持たせている魔剣と同等か、それ以上の魔力が伝わってきた。
「……確かに、付与されているようだな。」
ゼインがブレイドの握っている小さな魔剣を見ながら言った。
女性から伝わってきた魔力のオーラも、ヘスス族であるソフィアと同じものだったため、彼女は間違いなくヘスス族の創造魔法を受け継いでいる。
ゼインはそれを確信して、歯を食いしばった。
「……っ」
アイリスは膝の上で両手を握りしめていた。
ブレイドの魔力を抑える腕輪が出来るならば、ブレイドの命は助かる。
胸が高鳴った。
嬉しい、良かった……。
そんな気持ちが先行してしまうが、まだ安堵するには早すぎる。
ヘスス族との混血の女性は、宗教国家ディアロスにいるのだ。
今までラドリス帝国と歪みあっていた相手。
簡単に腕輪を作ってくれるとは到底思えなかった。
……それに、とても嫌な予感がした。
アイリスが、隣に座るブレイドをそっと横目に見ると、ブレイドが拳を震わせながらアデルを鋭く睨んでいた。
きっと、ブレイドも同じことを考えているだろう。
嫌な予感など当たらなければいい、と。
しかし、予感というものは、当たるものなのだ。
「……要求は何だ?」
ゼインの重く響く声。
彼の問いかけに、アデルはニッコリと笑った。
「もちろん、金眼の天使様だ。」
アデルは、アイリスにそっと手を伸ばした。
「金眼の天使――アイリス・クレディ。
君を、我が妻として宗教国家ディアロスに迎え入れたい」
やはり、嫌な予感というものは、的中してしまうのだ。
アイリスは、目を閉じてゆっくりと息を吐いた……。




