焼いた肉と煮込んだ肉
「も、もう終わりだ」
ライトは地面に横たわり星々が輝きだした空に手を伸ばす。
「こんなに綺麗な景色があったんだね。ふふっ。なんか疲れてしまったな。少し寝ようか」
ルークはなにかを呟き出したライトを無視して最後のシーフドッグを作業を終わらす。
「ふう、そしたらっと」
大量に捌いて大量にできたシーフドッグの肉を筋を断つために1つ1つ丁寧に扱っていく。
「なんだか体も冷えてきたよ。あれ?なんだかキラキラしたものがお空から来ているよ」
一応は命の恩人なので、美味しいご飯を食べてほしい一心で調理を進めているのだが、なんだかやる気がなくなっていく。
「あー疲れたなー、一旦休憩するかー」
ルークが手を止めると横になってゴロゴロしていたライトの動きもピタリと止まる。
「少し静かにするかー」
その言葉とともに本当に静かになったので調理を再開する。
「いくつかを煮込んでる間に幾つかを焼くって感じでいいか」
頭の中で献立を完成させて、手持ちの鍋に肉と森の中で厳選した果実を放り込む。
調味料の代わりとなるショウの実を砕き、鍋に入れて火にかける。
「本当は農場で取れたものの方がいいんだけど仕方ない」
ルークは焚き火を広げ、次は肉を焼くために手頃な平たい石を火の上に置いて温めておく。
「臭いとか言ってたけど一体どんな食べ方したんだ」
シーフドッグの肉に砕いたショウの身をふりかけて味付けをする。
「現状で出来るのはこんなものだな」
あとは肉を焼くだけなのでライトに声をかける。
「ライトさん」
「んあ?」
静かにしてくれたのかと思っていたら、寝ているだけだった。
「起きてください、ご飯ですよ」
「よっしゃー!めしめし!」
ルークの言葉を聞いてすぐに火のそばへと寄っていく。
ルークは呆れながらも嬉しくもある。
ここまで真心込めて料理をしたのは久々だった。
「ル、ルークさん?まだですか?」
「あ、すみません」
思わず感傷に浸ってしまった、今更考えることでもないというのに。
気を取り直しつつルークは石の温度を手を近づけて確認して、いよいよ肉を乗せる。
心地よい音とともに、油がじわりと滲み出てきて肉の周りを踊り出す。
「シーフドッグはとても高い免疫を持っているから新鮮な状態であれば多少生でもお腹を壊さないんですよ。だから固くなる前にサッと焼くのがコツです」
「へぇー」
生返事でこちらの話を聞いてないことは明白だったが、ご飯を待つライトの表情が子供みたいで笑ってしまう。
頃合をみてひっくり返すと石の上に溜まっていた油が動いてまた激しく音を立てる。
ここでルークは少しだけ石をズラして肉が火に当たるようにする。
「な、なにしてんだ?」
ルークの突然の行動にライトは困惑する。
「肉を焼く時に一度直接煙を当てるように焼くとどうにも美味しくなる気がするんですよね」
「そ、そうなのかぁ」
美味しくなるの一言でライトはさらに目を輝かせ、溢れそうになったよだれを一度飲み込んで喉を鳴らす。
「よし!できました!」
ルークはあらかじめ用意しておいた葉っぱをお皿代わりに肉を乗せてライトに差し出す。
「ただの焼いた肉ですけど」
「いいや、俺にはダイヤモンドに見えるよ」
ライトにとっては嘘ではないようで目元まで近づけて、目の前の料理をじっくりと観察する。
その無邪気な姿にルークは少し恥ずかしくなる。
「さ、冷めないうちに食べてください」
「そうだった。では頂きますと」
ライトはまさかの素手で肉を手に取りそのままかぶりつく。
苦労することなく肉を噛みちぎって、いざ味わう瞬間にライトの動きが止まった。
その反応にルークは焦る。
おかしい、美味しく作ったつもりだ。見た感じ固かった訳でもないだろう。
焼いていた次弾の肉からライトに目を移した時、ルークはまたもや絶句した。
なにせライトは静かに号泣していた。
1度咀嚼する事に彼の目から涙が零れていっている。
そのままゆっくりと飲み込んでライトは口を開く
「ルーク」
「は、はい」
「この世に美味しいご飯ってあったんだな」
それはライトの心の底からの言葉だった。
すぐさま二口目に移りそのままあっという間に肉を食べ尽くしてしまった。
「あーほんとに美味いな」
「前に食べたって言ってましたよね。どんな食べ方したんですか」
「ただ焼いただけなんだか、あの時はほんとに固くて食えたもんじゃなかったんだ」
話を聞くだけだととても食べれないという自体になるとは思えないが、よっぽどの料理下手か同じシーフドッグでも個体が違うと美味しくないとかあるのだろうか。
「んー!美味い!」
先程焼き終えた2枚目の肉にも幸せそうにかぶりついている
「そ、そしたら次にこっちのスープもどうぞ」
大袈裟ともとれるライトの反応にルークも思わず押し付けるように進めてしまう。
「どれどれ」
ルークからお椀に注がれたごろごろの肉が入ったスープを受け取り、1口頂く。
塩味をきかせているが、それ以上に先程食べた肉から感じた美味しさが上回ってくる。そして鼻に少しだけ抜ける爽やかな感覚でくどい印象も感じない。
先程までとはいかないがライトはまたもや涙を流す。
「す、凄いさっきの肉と同じ味をスープから感じる」
「それは旨味ってやつですね」
「う、うまみ」
ライトには聞いたことがない言葉だった。
ご飯を食べて美味いということがあるが、その言葉通りの味があるなんてこれまでの人生で知ることがなかったのだ。
「こ、こっちの肉も食べていいのか」
「もちろんです」
おずおずと聞いてくるライトにルークは優しく答える。
ライトはブロック状に切られた肉を口に放り込む。
その肉は旨味のスープをたっぷりと吸い、柔らかく煮込まれ噛まずとも飲み込めてしまうのではないかと思えるものだった。
先程の焼いた肉が噛めば噛むほど肉汁が溢れていつまでも口の中で味わっていたいと思えた一方、煮込んだ肉は肉そのものは柔らかくすぐに飲み込んでしまうものの、肉が置いていった旨味のスープと、肉自体の油を口の中で味わい余韻を楽しんでしまいたくなる。
「ははっ」
ルークが突然笑い出す。
「な、なんだよ」
ライトは口の周りについてしまったのかと袖を使って無造作に口を拭う。
「ああ、そうじゃなくて」
「すごく簡単な料理なのに、ものすごく幸せな顔するから」
言いながらもニコニコとずっと笑っている。
「そうだよ、幸せだ」
それに対して当然のようにライトは答える。
「今日初めて出会ったやつと火を囲んで美味い飯を食う。こんなに幸せなことはなかなかないさ」
ライトは少し遠い目をする。
「今までは幸せじゃなかったんですか?」
「幸せなこともあった。でもこんな気持ちになる幸せは知らなかった」
そう言うと手に持っていたお椀に残っていた分を一気にかきこみ。
「美味い飯があるとこんな気持ちになるんだなぁ」
その横顔をみてルークは察する。
この人は勇者だったのだ。
侵略されて魔物しかいなかった土地を歩いてその日のご飯どころか1分先の命だって分からなかった日々だったのだろう。
だがここで疑問が浮かぶ。
でも勇者が魔神を討ったのは10年前だ。
今日までの10年間は一体どうしていたというのだろう。
「あの」
「んー?」
今度は焼けた肉を口いっぱいに頬張って幸せそうな顔している。
それを見ていると聞く気が失せていく。
気になるものの、この小さな食卓で聞くのは無粋というものだろう。
「まだまだありますからお腹いっぱい食べてください!」
「ほしひたー!」
その日森の中から聞こえる2人の笑い声は夜通し響き渡っていた。
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