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いつもどこかズレタセカイ ~人喰い  作者: 裃 左右
『非日常』は『日常的』から

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~藤咲マミの視点 3

八賀谷君の顔と手にはあざと擦り傷があった。なによりも、口の端が切れていてその血は制服とその下のワイシャツを汚していた。

加藤先生は加賀谷君を上から下までじっくり見てから何度も頷いた。顔には笑みが浮かんでいる。その表情ははたから見れば屈託のない笑顔だが、その目には意地悪そうな光が宿っていた。

「あらあ、噂をすればなんとやらねぇ」

「噂?」

八賀谷君は不審そうな顔をする、当たり前だ。

「気にしない、気にしない。いいから部屋に入って」

加藤先生はあわてずにゆっくりと両手を顔の前でふってごまかした。先生のその様子はごまかすことに慣れている感じがする。

やや間をおいて先生は、ややきつめの口調で八賀谷君に言葉を続けた。

「んで、なんで廊下からカウンセリング室のドアをノックしたの。そういう場合は保健室からノックするんでしょ、生徒から相談受ける途中だったらどうするつもり?」

カウンセリングルームは保険室からもドアを隔てて繋がっていて、そこからならドアを開けても相談している生徒の顔が見えないように配慮されている。

それを聞いて八賀谷君は困ったような顔をした。

「俺もそう思ったんですけど保健室開いてなかったから、仕方なく」

それって、保健室を開けてなかった先生に問題があるんじゃ?

それを聞いて、自然な流れに見せかけて加藤先生は彼から目をそらす。

「そんなことよりもあなたの怪我の手当てが先だったわね。少し待ちなさい」

目のついでに話しもそらしつつ、ポケットから保健室の鍵を探す先生。

なんか大人ってずるいと思う。

八賀谷君はそれを見て口を開いた。

「待って下さい。教室に、えーと、その、気を失っている生徒が頭を打っているしれないので担任が先生を呼んで来いと」

加藤先生は考えるようしてから振り向いた。

八賀谷君に向き直った先生には笑顔が消えていた。

「何、あんた達ケンカでもしたの?」

「……ええ、まぁ」

加賀谷君は答えにくそうに頷く。

「朝っぱらから何やってんだか。若いのと幼いのは違うのよ、ガキじゃないんだしわかるでしょ。馬鹿な大人のまねなんかしなくていーの」

先生は呆れたように八賀谷君に言った。

こういう時は、大人の女性だなぁと感じがする。

加藤先生が私をにらむ。

「こういう時は、っていつもは大人の女性に見えないのね」

先生がぼそっと呟きながらも保健室の鍵を開けた。

だから、なんで私の考えがわかるんですか。

先生は、そのまま私の横を通って八賀谷君の前に出て行く。

「んー、じゃあさ。私は君のクラスに行くから、手当てはこの暇そうな娘にしてもらって。君のクラス5組でしょ?」

八賀谷君は、先生の言葉に「はい、わかりました」と即答した。

そんなことを私としては無断で決めないでほしかった。

でも、先生のことだから私の意見はどうせ聞き入れてもらえないのだろう。と思って諦める。本当はクラスメートと関わりたくないのだ。

例え、八賀谷君でも。

そのまま先生は、八賀谷君が避けたのを確認して扉から出て行く。

私は先生が手ぶらなのに気付いて尋ねる。

「救急箱とかは持っていかなくても大丈夫なんですか」

「いいよ、出血してるわけでもないんでしょ。それに、カットバンとかなら携帯してるから、大丈夫」

私は先生を見送ってから八賀谷君へと向き直る。

あれっ、いない。

視線を移すと、流し台の方で八賀谷君が何かを見ていた。

なんだろう。

私は立ち上がって、流し台に向かう。

横から覗いてみると、それは今朝の新聞であるとわかった。

彼が見ているのはその中の記事の一つのようだった。

あの連続猟奇殺人の記事。確か、若い女性ばかりを狙っている事件。ニュースキャスタによると内臓の一部が持ち去られていたらしく。今では色々な噂や憶測が飛び交って、どこまで本当かわからないような話ではある。

この事件はこの街で起こっていることもあって、どの学校も生徒に(特に女子生徒に)集団でなるべく早い時間帯に帰るように言っている。と加藤先生に聞いた。

「そんなに興味あるの?その事件」

私は少々ためらってから八賀谷君に聞いた、ほとんど話したことなかったから話かけづらい。

「まぁ、そうかも。地元だしね」

彼は新聞を見たまま頷く。そして、私の方へ向き直った。

八賀谷君の口の端の傷が目に入る、もう血は止まっているようだったが痛々しい。

「君は気にならないの?」

彼が血で黒ずんだ口を開いて私に聞いた。

そう聞かれても、私は気にしたこともなかったのですこし困惑する。

そのまま正直に言ってよいのだろうか。

「んー、なんていうか。テレビ中だけの事件みたいな気がして、現実感ないんだよね」

とりあえず、答えにもならないような答えを返す。

彼は「そう」とだけいって、また新聞に目を移した。

そのまま彼は黙り込む。

なんか怒らせちゃったのかな。

それも仕方ない。私はそう割り切ることにして、彼に話しかける。

「早く手当てしようか。ついてきて」

彼が頷いたのを確認して、私は保健室の扉を開ける。

とりあえず、加賀谷君に椅子に座ってもらってから救急箱を探すことにした。

何度か薬をもらったことがあるので場所はわかる。

私は彼の正面に椅子をだして座った。

「結構、深く切れてるね」

私は彼の口の端を指してそう言った。

こういう時はまず消毒をすればいいのかな。そう考えて、救急箱から消毒液を取り出す。

近くにあったティッシュの箱から、何枚かティッシュをとって彼の傷の下に当てた。

「ちょっと染みるけど、我慢してね」

消毒液を傷口にかける。

彼が痛そうに目をつぶった。なんとなく私も、それを見て口の端が痛くなった気がする。

私は彼に聞いた。

「どう、染みる?」

自分でもなにを聞いてるんだろう、とそう思った。染みるに決まってる。

それを聞いて彼は肩をすくめた。

「かなりね。軽く、ちょっとどころの話じゃないかな」

八賀谷君が少し笑って言う。あまり顔を動かすと痛いのだろう。

「……無理に微笑まなくて良いのに」

「えっ?」

私は無意識にそう言っていた。彼がそれを聞いて驚く。

それを見て、私は言わなければよかったと後悔した。

「ごめんなさい。なんでもないの、気にしないでね」

私はあわててそう言った。

なんとなく、気まずい雰囲気になる。

私はたんたんと手当てを進めていった。

口の端が切れた傷はどう処置すればいいかわからなかったが、外側からカットバンを張るくらいしか出来ないだろうと思い、カットバンを取り出す。

不意に八賀谷君が口を開く。

「あのさ、慣れてるね。こういうの」

自分ではぎこちなく手当てをしていると思っていたから、その言葉は意外だった。

私はなんて言っていいかわからず、間をおいてから返事をする。

「そんなことないよ」

やっぱり私は、ためらいがちにしか話ができない。悪く思われてないだろうか。

だけど、彼はそんなことを気にしてはいないようだった。普通に私に話しかける。

「もしかして、いつもこういうことしてる?」

「時々。家事とかやってても怪我すること多いから」

私は話しながら、彼の口の端にカットバンを貼った。

「あ、もう一つ聞いていいかな」

「うん、いいよ」

なんだろうか。聞きたいことって。

なぜか、彼の歯切れが少し悪くなる。

「変に思わないで欲しいんだけど、高校に来る前に会ったことないかな」

今度は私が無言になる番だった。

また、気まずくなっていく。

どうやら、彼は私と同じ小学校だったのを覚えていないらしい。

そんな中、彼がすまなそうに言った。

「あの、なんか、ごめん」

「どうしていきなり謝るの?」

「傷つけたような気がしたから」

私はそんな顔したのだろうか。

「どうしてそう思うの。顔に出てたの?」

「……やっぱり傷ついてたんだ」

私は言葉を返せなくなる。

彼は再び謝った。

「本当にごめん。どうしたらいいかわからないけど、本当にごめん」

謝り続ける彼の姿に私はうろたえるしかなかった。

そんなふうに謝られたのは初めてだったのだ。

誰もそんなふうには謝らない。どれほど相手を傷つけたかなど気付かない。

この人は、なんなんだろう。

「もう謝らないで。その、私。小学校の頃に同じ学校だったの」

彼はまだ、すまなそうにしながらも納得したかのように頷いた。

「うん、なんとなくだけど覚えてる。えと、確か……マミちゃんって呼ばれてた」

私は頷く。

「あなたはコウって呼ばれてた。一緒に遊んだり話すことはなかったけど」

それを聞いて彼は笑った。

とても嬉しそうに笑った。

すこし痛々しい顔で笑った。

「じゃあ、これから話そう。俺は八賀谷 コウ。仲の良くない奴はスバルって呼ぶ」

私も彼につられて笑う。普通は逆じゃないのかな、仲の良い人があだ名を呼ぶはずだ。

「なんか変なの」

「そうかな」

「自己紹介だったら最初の日にクラスでしたでしょ。みんなの前で」

それにもう私にとっては小学生のころから知っている相手だ。自己紹介なんて少し今さらのように思う。

加賀谷君は顔をしかめ、少し考えてから言った。

「みんなには言ったけど、藤咲さん個人には言ってないよ。もちろん、俺個人にもね。みんなまとめて一つにされたくないな」

八賀谷君は真剣な声で私に言った。目がまっすぐすぎて、少し照れくさい。

八賀谷君はやっぱり変わっている。私の知る限り、みんなの前ではそうでもなかったけど、こう所々ぼろが出るというか、ふと穴が見えることがある。

誰にも見せない、誰も持っていない、誰も気付かないものを隠してる。

結局、私も彼に乗ることにした。

「じゃあ、私も自己紹介。私は藤咲 マミ。えと、趣味は……」

「待って」

八賀谷君は私の自己紹介を途中で止めた。

私は首をかしげる。どうかしたのだろうか。

「そういうのは、後の楽しみに取っておこう。きっと、付き合っていくうちにわかるから」

彼はまるで、新しい遊びを見つけた子どもだと、そう思った。

やっぱり、楽しそうな笑顔。

「今は、名前だけで。ね?」

すこしだけ、加藤先生に似ているのかもしれない。

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