セミと猿
昼休みの屋上。
俺はいつもここで昼食を食べている。
……くだらない話を楽しみながら。
「それで、説教食らって午前中潰れたのか」
優等生としか言えないほどに制服を整えた男子、佐才 登が俺にそう話しかけた。登は俺の中学からこうして話すようになった人物で、いつもこうやって昼食を食べるメンバーの一人だ。
「いや、俺よかウツロギと古田だっけ、それとつるんでた奴が絞られてたかな」
もっとも、ウツロギがそんなもので堪えるとは思えない。今頃は同じく午後から来た橋本に絞られているだろう。それでも堪えるとも思えないが。
ちなみに、古田たちを怒ったのは担任じゃない。学年主任だ。うちの担任が説教を始めると怒っているのか、愚痴っているのかわからないようなことになる。多分寝ぼけてるんだろう。
「それにしても古田の奴まだ懲りてなかったんだね」
と小柄な男子生徒、有元 篤史が言う。篤史も登と同じく中学からのメンバーだ。と言っても、俺たちは友人でもなんでもない。実際、俺たちは周囲から特別な関わりを持っていないように思われている。
共通項があるとすれば、中学のころから真面目な生徒として学校では認知されていたということくらいか。
実際に真面目だったかどうかは、個人の価値観によるだろうからなんとも言えない。
登が右拳を自らの手の平にたたきつける。
「あの猿野郎、何回ぶん殴れば学習するんだ」
その言葉に抗議する篤史。
「猿って言うなよ、失礼だろ」
「ああ、わりぃ。確かに失礼だったな。猿に」
「そう、猿に」
「どっちかっていえば、いつも群れてるカラスどもってか」
「まぁ、カラスも猿も執念深いからね。でもそれ言うならセミの方がいいかも」
「ああ、執念深いんじゃなくてそういう風に出来てるのか。本能的に」
「そう、本能的に常にうるさくてうっとおしいんだね。ついでにあいつらの寿命も一週間だったら良かったのに」
「ああ、あれはセミの長所だからな。その辺も同じだったらいいのにな、あのセミ野郎」
あまりの彼らの言いように、俺はさすがに心が痛んできた。
彼らに俺は口を開く。
「お前ら止めろよ。いい加減可哀想だろうが」
「「「セミが」」」
3人の声がそろった。
登と篤史が笑い出す。
「いやー、さすがにこう3年も一緒にいると息が合ってくるな」
「うん、なかなか良い感じだよね。学校祭は漫才でもしようか」
「やめとけ、俺たちのキャラじゃない」
「だよねぇ、一応真面目君で通してんだからさ」
俺は彼らに「どうしようもない奴らだな」と他人事のように呟いた。
だが俺の顔にはそんな言葉は裏腹に自然と、喧嘩の時とは違う種類の笑みが浮かぶ。
俺たちはいつも昼休みの間、こうやって屋上に行って昼食を共にする。
なぜなら学校が禁止していて、あまり人が来ないからだ。正確には元々は自由に来ることができたが、今では禁止されているって言うところか、ただあまり人の来ないところで集まると言うのは、目撃されれば確実にその関係性に気づかれる危険性があることなのだけど。
まあそれはともかく、ここが出入り禁止になった理由と言うのが、あの茶髪のライオンヘア(さっきまで覚えていたけど、名前は忘れた)達がたむろっていたからだった。それが表向きの原因の一つで、まぁ、その後色々あったのだ。
ライオンヘアはあれでも一応、地元ではそれなりに有名な奴らしく、進学校のいわゆる『なんちゃって不良』の先輩方では怖くて対抗できなかったのだろう。って、少しは抵抗しろ。
……彼らに面子って言うものはないんだろうか。
そんな中、俺たちは結果的に彼らの溜まり場を奪ったことになる。
彼らも気にせず俺たちの横で話してればいいと思うんだが、犬や猿と同じく自分達のテリトリに入るものを攻撃する性質があるらしい。
そのお陰で、ここで昼食をとる俺たちへと、脅しから始まってすぐに殴り合いに発展した。何度か大きな被害を受けたこともある。そんな彼らに対し、俺と篤史がそれぞれ交渉役となり誠意を持って対応したが、交渉は10秒で破綻。
結果、彼らは何者かにバイクで轢かれそうになり、またスタンガンで襲われ気絶させられ、夜間学校で全裸で居たところを警備員にみつかり、挙句の果てに近くの川に携帯や家の鍵、身分証明、置き勉していた勉強道具、学校ジャージと上靴と外靴、自転車を何者かに捨てられることになった。
家の鍵に接着剤を詰めたり、鞄の中にペンキを流し込まれたこともあるらしい。
誰がやったかは知らないが、その犯人はいまだに見つかっていない。一部は公になったために警察が捜したにも関わらず、だ。
不思議なこともあるものだ。
うん、「全ての犯罪とは馬鹿がやる、賢人は罪を犯さずして目的を達する」とは誰の言葉だったかな。
まぁ、前半部分はともかく(俺が今付け足した)、後半部分に関しては、言う奴の心当たりは一人しかいない。
と、ここまで考えてふと気付く。
「そういえば、なんで二人とも午前中にいなかったのさ」
登と篤史は顔を見合わせた。
登が恐る恐る口を開く。
「いやな、……ふとバイクで海まで行きたくなってな」
「それを登から聞いたので、ちょっとついていってみたりしたんですよ」
なるほど、つまり。
「俺に内緒で楽しかったかい。しかも、君たちが不在のせいで俺が殴られたわけだもんな。笑いが止まらないよねぇ、どおりで二人とも機嫌が良いと思った」
俺は笑顔を保ったままで言う。うん、これは傑作だ。
ふたりの肩が震える。
ふたりの顔がこわばってる気がするけど気のせいだろう。
あわてるように、急いで登が口を開く。
「いや待てよ!仮に誘ってもお前は行かねぇだろ。行くつっても、バイクに3人乗りは無理なんだぜ?」
「うん、だろうね。だから?」
篤史が登に合わせて言う。
「それに、殴られたのは結果論であって俺達に言ってもどうしようもないだろ。それに、君が傷ついて喜ぶわけないじゃないか」
「知ってるし、わかるよ。だから?」
彼らの顔から血の気が引いている気がする。
なぜだろう?
あれ、なんかいつもより頭が回らないなぁ。
登がおそるおそる口を開く。
「だから、あのー。怒るのを止めてもらえますか」
へえ、僕が怒ってると勘違いしてるみたいだ。笑ってるつもりなんだけどな、一応。
ああ、笑い方が足りないのかも知れないな。そう思って、より一層笑顔を深くする。
「怒ってないよ。僕は、ね。でもさ、彼らには事故とかおきた方がいいんじゃないかな、そうは思わないか。佐才、有元」
ふたりは合わせたかのように、何度も頷いた。
「あたりまえだぜ。なぁ、篤史」
「うん、友達が傷つけられたんだ。黙ってる気はないよ」
僕はふたりの言葉を嬉しく思った。
「ふたりともありがとう。でも、報復なんていけないよ。あくまで事故が起きると良いなってことだから」
その場に、笑い声が響く。もちろん、仲良し三人組のだ。
若干、から笑いの気がするが。
と、もう一つ聞くことがあった
「聞きたいことがあったんだけどさ、藤咲って女子知ってる?」
なぜか登は、あからさまにほっと息を吐き出した。そして、一息ついてから俺の言葉に返事をする。
「ああ、うちのクラスのだろ。最近来てないけどな」
その言葉に、篤史が口を開いた。
「いや、来てはいるみたいだよ。保健室にいるんじゃないのかな、それがどうかした?」
俺はあわてて首を振る。
「べつに、なんでもないよ」
ふたりは怪訝そうな顔をしたが、特にそれ以上追求はしてこなかった。
俺は心の中でこっそりとため息をついた。
やっぱりうちのクラスだったのか、藤咲さん。
うん。あれ以上、傷つけることがなくて幸いだったな。
正直、俺はそのことを完璧に忘れていた。向こうはそのことを覚えていたようだっただけに、本人には絶対いえない、いや絶対誰にも言ってはならないな。
そう考えた俺はこのことを記憶から抹消した。これで誰も知ることは出来ない。
俺は思う。あえて言わないことも優しさなのであると。
俺は一人で頷いて納得した。
もしかしたら、忘却と沈黙って人間の美徳なのかもしれない……って年寄り臭いか。




