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いつもどこかズレタセカイ ~人喰い  作者: 裃 左右
『論理的』にある『猟奇性』

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35/39

告白と甘え方

うちの主人公は最低です。

 包帯の巻かれた右腕が痛む。

 どこまでもゆるく鈍い。そんな痛み。

 腕の力を抜いて、ぶら下げるように、だらん、と床にたらす。

 浅くゆったりとした波。断続的に伝わる、痛み。

 なんとなく指の先を動かすたびに、その波が加速する。

 だが、あくまでもそれは鈍いだけの痛み。

 こんなにも、腕の痛みを鈍く感じるのは。

 腹部のじわり、じわりと広がるようなより強烈な痛みと。

 もう出るものもないはずなのに存在する吐き気が、俺の中に同時にあるからだろう。

 今現在、俺は確認するまでもないが、腕の怪我だけでなく、全身に何箇所も切り傷や擦り傷などが増え、その上当然のことながら昨日の傷からもちゃっかり血がにじんでいた。

 さらに言えば、父の父による父のための気合の入れすぎで、腹部に位置する内臓全般の痛みが俺をさっきまで、のたうちまわしていた。

 吐きそうなのに、吐けない絶妙加減。

 っていうか、なんだろ。首も痛いな。

 気合を十分すぎるほどその体内に内蔵され(特に内臓にだろう)自分の部屋に戻り、ベッドに転がり、転げ落ち、みにくく顔をゆがめた後、1時間ほど苦しみぬいた俺としては、このままウダウダと寝そべっていたいのだった。

 父親ももういないので安心して休めるし。(仕事へまた行ったのだった)

 怪我も改めてだいたい処置したしな。

 改めてと言うのは、実はウツロギが移動の途中に、馴れた手つきで応急処置を施してくれていたからだ。

 手当てに必要な物品をすべてを、なぜか常備していた。って言うか、どこから取り出したんだろうか。

 ああ見えて、意外に用意周到というか準備の良いところがあるような。

 しかし、藤咲さんが「手当て、やっぱりした方がいいよ」というまで、それを持ってきたという気配すら出さなかったという謎。

 なんなんだろ、アイツ。

 言われる前に、やれ。

 と言うか、自分から言え。

 持ってきたのが無駄になるだろうが。

 ……もはや、奴は行動だけでなく、存在が謎だ。

 ん、まぁ、礼ぐらい言ってやってもよかったかもしれないが。

 と言うか、心狭いな、俺。礼ぐらい言えよ。

「……って、言ってもなぁ」

 アイツだって、別に礼なんか言われたくもないだろう。

 言われてもさ。

 なぁ……困るだろ?

 多分。

 ま、それにしても。

「なかなかの状態だな、これ」

 こんな傷になるほどのことをしてたかな、と過去を振り返ると、瞬時に「してない」と答えていた。もちろん、自分が。

 ……なんだか自虐的だな。

 だけど、まぁ、ひとつひとつの傷はあれだけの立ち回りをしたくせに、そこまで深くは無い。

 というか、実際たいした怪我でもないような。

 ああ、それが別に悪いわけではない。ただ、俺が本当にたいしたことしてない気がしてくる。と言うだけだ。

 いや、してないんだけどさ。

 と、そこで俺はため息をつく。

「……気にしたって仕方ないよなぁ」

 問題は今後、どう藤咲に関わるかだよな。

 だけど、どうする?

 正直、手がかりはない。今後、ああして事件の先回りが出来るか。

 無理、あんなの奇跡に等しい。

 なら、藤咲をストーキングでもするか?

 無駄。先回りでなく、追うのなら事件があったときには手遅れ、だ。瞬時に助けに入るには襲撃のタイミングや場所、方法を知る必要がある。そんなのは無理。今回のは偶然に偶然を重ねた結果だ。

 だいたい護衛っていうのは、死角を無くすためにも複数でやるのが原則、俺一人では無理だ。

 その上、その状態なら藤咲自身の協力を得てないなら、むしろ、逃げ回られ、最悪、藤咲に出し抜かれた挙句、死の危険を引き上げることになる。

 その状態で護衛を可能にする人間なんているか?

 って言うか、ストーキングなんて変態のすることだろう? 俺はやだ。

 でも、それ以外に有効な手立てがない。

 ……どうしたものかな。

 そこで、トントン。と、小さくノックの音が聞こえたがして、目線をドアに向ける。

 もちろん、誰かはすぐにわかった。

 ……しかし、待ってもなるはずのノックがならない。

 だいぶ迷ってるな。開けることは決めてるんだろうけど、決心がつかないってトコか?

 自分から開けるのがめんどくさかった俺は、腕をたらしままベットに寝て待つ。

 でも、まだノックはならない。

 ……甲斐性なし、とは言われたくないかな。

「いるんだろ。……ちょっと話そう? 出来たらだけど」

  俺はドアに向かって言った。

 これで誰もいなかったら独り言だ。

 一拍、待って誰も入って来ず。

 さらに二拍待っても変化がなかったので、ベッドに顔を押し付けて寝ようとした。

 さらに三拍経って、急激に眠気に襲われ、ああ、俺疲れてたんだな。と実感した頃。

 ようやくドアがやや、感覚的にズレ・・て開いた。

 そこにいたのは、もちろん美弦。

 俺は顔を半分だけずらして、美弦を見る。たぶん、美弦から見たら、俺の顔の半分だけが見えているはずだ。ただし、上目遣いで傷だらけ。

「やあ、美弦。元気?」

「どっちが。死人みたいに見えるよ」

 ここ座っていい? と美弦。

 俺は身体をずらしてベットを少し空ける。

「……本当に死人みたい」

「ん、まぁ、実際半分死んでるかな。生きてる気はしない」

「……傷痛む?」

「いや、そこまでは。むしろ、腹かな」

 俺の父親は加減を知りすぎて、拷問の域まで達している。

 多分、24時間気合を入れられ続けても、俺は死ぬどころか、気絶も出血もなく、永延と痛みに苦しみもがくことになるだろう。ってどんな地獄だよ。

 でも、アイツ。その気になれば痣すら残さず殴れるだろうからなぁ。

 美弦は言う。

「……大丈夫なの?」

「うん、まぁ、いつものことだし」

「いつもの?」

「そう、あれ、わりと俺の中では普通」

 そうか、美弦は俺と違ってこれに慣れてないんだよな。

 ハミが滅多に場面に遭遇しないのもあるし、そもそも最近、父親自身との遭遇もしないし。

「でも……」

「気にしない。あれ、必要だったのは必要だったから」

「必要?」

「ああ、俺がMってことじゃなくて、それ自体は否定は出来ないけど」

「いや、そこは否定してよ」

「だってさ、美弦。調子に乗って喧嘩して、それで死ぬよりマシじゃない?」

 そう俺が言うと、美弦は複雑そうに顔をそらした。

 これは本気だ。これからのくだらない小競り合いで死ぬより、いくらか、いや僅かにはマシだろう。……と思う。

 いや、思おう。じゃないとやってらんない。

 でも実際のところ、父親のしごきは無駄にはなっていない。なぜなら、自分の力はそういう方面には適してない、とそう気付かせてくれる。

 つくづく思うのが、俺は、真っ向勝負には向いていない。ということ。

 ほら、俺、根が素直すぎるし。

 なんちゃって。

 …………。

 で、いつも、不思議に思うのはああして拷問……もしくは折檻をしている父自身が、俺にああいうことに向いてないことぐらい承知しているはず、ということだ。

 昔から父には、才能も、やる気も、運も、センスも、根性も、心構えもなにもかも存在しない、なんて言われてきた。その上、毎度言われるのは、「コウくんにはその力はありませんし、必要もないです」ってこと。

 強くなれない、とは言われないが、向いてないと言うことを言外に言われ続けている気もする。

 でも、それなら、俺に対するあれは時間を無駄にすることにしかならないはず。

 なんだろうか。あの人、見た目通りに善良に人助けをする時だって、無駄なことはしない主義を貫き、いかなる時も傲慢と冷徹を忘れず、手遅れ、無駄と判断した人間はみな切り捨てると言う見た目に相反した人格の持ち主なのに。

 なんのつもりかなぁ、あの人。いや、かなり本気で。

 でも、まぁ、人間の理屈や感覚であの人を計ろうってのが無理なのかな。

 我が父ながら、時々、人類やめてんじゃないかと思うもんな。心を失くした的な意味合いで。具体的には、ほら、耳元まで口が裂けた悪魔。……から金を取り立てる悪徳金利貸し。

 ……ああ、そんなことすんの、人間くらいか。

「コウ、眠いの?」

 そう言われて、ようやく自分が目を閉じていたことに気付く。

「うん、みたいだ」

「……帰ったほうがいい?」

「いや、これでも俺から誘ったんですよ? 大丈夫っぽいよ、まだ、たぶん、きっと……」

「さっきから、セリフがみたい、とか疑問符ついたりとか曖昧なんだけど?」

「それはおそらく、俺という人間が曖昧ということなんじゃないだろうか?」

「うん、きちんと考えてから話そうか」

 って言われても、大分眠いわけで。

「コウ」

「なに」

「ひとつ聞いていい?」

「二つ以上は聞けなさそうだしな、って言うか一つ目で寝るかも」

「答えてから寝てくれる?」

「……おー」

「あのね、本当に連続猟奇殺人……関係ないの?」

「んー、……多分」

「興味ない? 調べない?」

「ない。っていうか一回調べたら、はまりそうだから、やだ」

「……そう」

 美弦はほっとしたかのように息を吐き出した。

「じゃあ、次は俺の番ね」

「なに?」

「…………」

「コウ?」

「……おっと、俺寝てた?」

「知るかっ! さっさと話せばいいでしょ!」

 って言われても、やっぱり眠いわけで。

 んー、なら、さっさと用を済ませよう。それしかない。

「美弦」

 思ったより小声になり、美弦は俺に顔を近づけた。

「なに?」

 俺は美弦に向かって用件を切り出す。

「えーと……」

「……忘れてるの?」

「今思い出すから」

「もう帰るわ」

「いや、待って。今言うって」

「いや、帰るし」

「えっ、あ、ほら、思い出した。ね、今言うから」

「…………」

「美弦」

「……なに?」

「好きだ」

「…………」

 沈黙する美弦。

 なんだ、この現実を受け止め切れてないリアクションは? デジャブ?

「え? ……ああ、間違えた。……さっきはごめんな、美弦」

「むしろ間違えて告ったことを謝れっ!」

「なんかそんな感じの雰囲気だったからつい……」

「つい、ってなに! そんな雰囲気ないし! ってか、コウは雰囲気で告白してるのっ!?」

「……男子ってだいたいそうじゃないかな。雰囲気で告白して、雰囲気で受ける感じ?」

「そんな最低なヤツいるかっ!」

……いや、男ってだいたいそうでは? 彼女が全く「いない」とかよりも、どんな相手でもとりあえずは「いる」方を選びそうな気がする。

「……ほら、あれだよ。男ってみんな最低なんだよ? 狼なんだよ?」

「コウは人間とか狼とか何だと思って生きてるの!?」

「んー、なんかこう。フサフサで、しっぽふりふりで可愛いよね」

「だから、適当に会話するなっ!」

 だって、眠いんだよ。

 やばいな、ここまで眠いと本音と直感とノリだけで話しちゃうな。

 って言うか、本音ってなんだっけ?

「結局、コウは何が言いたいの! もう、また喧嘩したいのっ!?」

「……美弦」

「だからなに!」

「俺、が全部悪いんだ」

「…………」

「というより、俺は全面的に卑怯だ」

「……わかってるじゃない」

 ひどいな、嘘でも認めるなよ。

 そうは思うが……不満はあっても、不服はなかった。

 俺は謝る。

「ごめん」

「…………それで終わり?」

「まだある」

「なに?」

「美弦は優しいよな?」

「――――っ! なに言ってんの!?」

「でも、駄目だ。もう少し、なんか、駄目だ」

「は?」

「……実感できないんだ」

「……なにを?」

「俺、居ていいのかな?」

「……だから、なんの話?」

「人と人の間にさ、俺さ、駄目なんじゃないかな。向いてないんじゃないか」

 俺、人間じゃない気がする。

 自分が。

 人間に向いていない気がする。

「アンタは人間……でしょう?」

 美弦の言葉に頷きながら、俺は手を伸ばす、

「わかってるよ、だから嫌なんだ。人間なのに」

 人間的じゃない。人間らしくない。

 ……そんな気がする。

 俺はそこから続きを言わなかったが、美弦は頷いた。

「ん……」

 ひどいな、なんか。いや、ひどくないのか。

 俺は笑う。

「だから、もう少しだけ我慢して?」

 待ってて。

 実感させて。

 俺に少しだけ。

 教えて。

「なるべく迷惑はかけないようにするから」

 そう言って、俺は手の平を握り締める。

 強く、強く。

 決して離さないように。

「ちょっとでいいから」

 俺にわかるまで。

 俺が納得するまで。

 あと少しだけ。

 それで、俺は言うこと全部無くなって、黙った。

 自分の心臓の音が聞こえる。

 いつもは結構嫌いなんだけど。

 今日は、いいかな。

 だんだん、意識が遠くなる。

 美弦は「ふー」と息を吐き出した。

 そして、何かを諦めたかのように、天井を見上げる。

「いつもそうだよね。勝手だし、一方的だしさ。自分が謝ったら、もう、することないみたいにヘラヘラいつも通り過ごす気でしょ」

 けどさ、と続ける。

「私さ、いつもなんか、ちゃんと話を聞いてくれる人もいなくてさ。むしろ、私がしっかりしないといけないし、みんな頼ってくるばっかでさ。

 助けることはあっても、助けてくれないっていうか、都合のいい時ばっか頼られて、いつもはだべってるばっかで、相談しても、ただ合わせられるだけだったり、つらいのに誰にも気付かれなかったり、そんなの友達でもなんでもなくて、って悩んだり。

 んー、っもう、なに言ってんだろ。つまり、だから、だからさ」

美弦は八賀谷コウの方へと目を向ける。

「コウはずるいんだよ? 本当はコウは私がいなくてもいいんだろうけど、コウは私が駄目ならさっさと諦めて、許してくれないんならそれでいい。で終われる。

 でも、私はコウがいないと、きちんと気を使ってくれたり、話を聞いてくれる人もいなくて。もちろんそうしてくれれば誰でもいい、って訳でもないけど、でも、そういう人って、そういう存在って貴重でしょ?」

 そう美弦は自分でも、何を言っているのかわからないまましゃべり続ける。

「だからさ、すっごく不公平だと思うんだよね?」

 ポン、と八賀谷コウの頭を叩く美弦。

「ね、わかる? コウからは誰でも代わりは利く人間だろうけど、私は誰も代わりになる人すらいないんだよ? 不公平じゃない? だから……だから」

 美弦は目を伏せる。

「だから、だからもう……わかったから」

「…………」

「コウからそういうなら仕方ないよ。私も悪かったよ、なんかヅケヅケ言いすぎた。ごめんなさい。はい、仲直り。……これでいい?」

「…………」

「コウ? 返事ぐらいしてくれる?」

「…………」

「コウ?」

「…………」

「コウ! 無視?」

「…………」

「って、コウ!?」

 コウの意識(つまりは俺の)は自分の言いたいことを言ったら、満足して途切れていったのだった。

 美弦の声は俺の中では既にとても遠くに聞こえ、音にはなっても意味をなさない。最終的には意識に浮上することなく消えていた。

って言うか、本音ってなんだっけ?

実際に私はそう言ったことがあります。

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