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いつもどこかズレタセカイ ~人喰い  作者: 裃 左右
『乾いた本気』と『崩した覚悟』

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思考分裂と金檻戒

放課後、試合に負けた張山に教室掃除に付き合わされた俺は、いつもより遅れて美術室への階段を登っていた。なんで登がいないんだよ、とぼやくと、登が俺達との試合に勝ったかららしい。

……不条理だ。

最初に鍵を取りに行くのではなく、面倒ながらも先に美術室へと向かうことにしたのは、鍵を確認する必要性があると思ってのことだ。

昨日の様子から、ウツロギなどの新入部員が俺より先に鍵を開けている可能性がある。

というか、そうであって欲しい。あの教員を見つけるのは一苦労だし、他の生徒に注目されそうで嫌だ。

とまぁ、俺は上辺だけは淡々として、だがその中で美術室の鍵ごときに祈りをささげながら、歩いていた。

俺は、何かにものすごく期待をしながら行動してしまうことがよくある。

意味がよくわからないかも知れないが、具体例を出すと家に忘れ物をした時に「実は俺、学校においてなかったけ?」などとロッカーを確認するとか、盗まれた傘(しかも、お気に入りの)が戻ってないか時間を置いて何度も確認するとか、まぁそんなようなことだ。

いい加減、わずかな可能性に望みをかけるようなことをするのは、さっさとやめた方がいいと常々思ってはいるのだが、それでも期待することをやめるのは難しい。

現状を確認することにいちいち期待をかけていると身が持たないのだが。

ん?ああ、また思考が脱線している。

実際の問題として、顧問を探しに行った後に美術室の鍵は開いていることに気付く、と言うそんな事態に遭遇するよりはずっといいはずだ。

(自分の行動はそれほど無駄ではない、だから何も問題ない)

俺は自分に対してそう確認の意を込めて頷いた。

こうして考えながら一人で頷いている姿は、客観的に見ているとおそらく奇行でしかないだろう。

だが周囲には誰もいないから全く持って問題ない、そもそも人が居たらそんなことはしない。

もし、人前でそんな一人で頷くようなことをしたら変人呼ばわりにされてしまう。

変質者のド変態として確定されてしまっている以上、変人だけは死守しなければ。

ふと、俺は歩くのをやめる。

(もしかして気にしているのか、俺は)

俺がそう思考した瞬間に、頭の中で声が響く。

思考をまとめるために仮定の人格として置かれた思考の声が。

(いや、そんなはずはない。だいたいそんな場合じゃないだろう)

頭の中でその言葉に反論する思考が現れる。俺はそれを止めようとするが、思考停止に失敗する。

(そんな場合じゃない?なにがそんな場合じゃないだ、勝手に大騒ぎしてるだけだろうが)

やばい、その思考の発言のせいで他の思考が騒ぎ始めた。

(違う、勝手にじゃない。これが確認必要な事項である以上そんな自暴自棄な考えは許されない)

(なにが自暴自棄だ、なにが必要だ、なにが許されないだ?自分が自分の考えで行動してなにが悪い)

(その通りだ。あてにもならない妄想なんかに気をとられてないで、いつものように行動しろ)

(妄想なんかじゃない。その思考が他人を傷つけるんだ、自分の考えや都合だけに固執するようなその思考が)

(傷つけることのどこが悪い、自分の考えで行動しないよりはマシだ。自分は自分、他人は他人だ。俺は他人の考えには干渉しない、だから他人のために自分の考えは変えない)

(それのどこが自分の考えだ、甘えるのもいい加減に……)

「ああ、うるさいぞ!お前ら!」

俺はその辺の教室の扉を思いっきり蹴り飛ばした。

一気に周囲が静かになる。

何だか頭の中が空っぽになったみたいでスッキリした。

息を吐き出して、肩の力を抜く。

そうして俺は再び歩き出す。

すると後ろの教室、さっきまで俺の目の前に合った第一理科室の戸が開く音が聞こえた。

振り向かずに無視して俺は歩く、そんなの面倒だから。

「おい、八賀谷」

仕方なく俺は振り返った。

そこには俺のクラスの担任が教室の戸によしかかり立っていた。

相変わらず眠そうだ、無精ひげが寝起きっぽい雰囲気を出している。

まさか理科室で寝てたんじゃないだろうな、この人。

「今の……お前か?」

俺は首を傾げる。

「何がですか」

何も知らない人間の声のトーンで俺は言った、例えるなら「は?なにそれ?」ぐらいのトーンと言えばわかるだろうか。

担任はあくびを我慢しているかのように口の形を歪めて頭を掻く。

「いや、今大きな音が聞こえたよな。ついでにこの戸揺れただろ」

「いえ、知りませんけど」

「……お前の怒鳴り声も聞こえた気がするんだが?」

「はぁ」

そう言われても俺は何の話だか、全くわからない。

いや、本当にわからないな。なに言ってんだ、このおっさん。

「今、部活で急いでるんですけど行ってもいいですか」

俺は担任に向かってそう言った。

担任は目をこすりながら聞き返す。

「だから、お前じゃないのか?」

「俺が……ですか。先生そう思うんですか」

「あぁ?」

俺の言葉を聞いた担任が眠そうな顔をよりいっそう眠そうにしかめた。普通に見たら不機嫌そうな顔になったとも言う。

「……わりぃな呼び止めて、部活それなりに頑張れよ」

やる気なさげに手を振る担任。かなりどうでもよさそうだ。

なら、呼び止めんなよ。

そうは思ったが、俺は余計なことを言わずに、それに一言「はい」とだけ返事をして歩き出す。どうも何か忘れているような気がしたが、気にしないことにした。

きっと、面倒なことだろう。思い出さないほうがいい。

俺はいつものように。いや、いつもよりも軽やかに歩き出した。


 *


俺は美術室の前で立ち止まる。

今日はなんと特に何事もなく美術室にたどり着くことが出来た。とても喜ばしい。

美術室の戸は閉まっていて、鍵が開いているのかいないのか見た目では区別できなかった。

とりあえずその戸に手をかける。手に力を入れると、何の抵抗もなく戸は開いていった。

……これはこれで張り合いないな。

俺はそのまま戸を完全に開けて中に入っていった。

教室には勿論既に人が居た、ここまでは予測どおりである。ただその人物はウツロギでも新入部員でもなかった。

その人物は窓を背にして椅子に座っており、木製のイーゼルにボードを立てかけて絵を描いていた。服が汚れないように制服の上着を脱いでその上から白いエプロンを着ている。時折見える腕の様子から、ワイシャツの袖を捲っているのがわかった。

しかし、そのイーゼルに立てかけられたボードに阻まれて顔を確認することが出来ない。それでも俺にはその人物が誰なのかわかった。

その人物が顔も見せずに、俺に声をかける。

「どうしたんだい、部活をするために来たんだろう?なら、早く今朝の続きを始めたらどうなのかな」

何か回りくどく感じるような言い方で、その人物は言う。

間違いない、やっぱり金檻だ。

俺はその声に不必要なほど感情を押し殺した声で対応する。

「元よりそのつもりですよ、先輩」

この人は嫌いだ。

言動が全部わざとらしい、いちいち本音を隠しているような振る舞いがムカつく。

演技をするために演技をしているような様が、どう考えても俺に喧嘩を売っているとしか思えない。

俺はなるべく、金檻の方を見ないようにして準備を始めた。それもなるべく出来る限りの距離を置いて。

準備と言っても今朝に使った道具は、全部隣の美術準備室に置いておいたので、ただそこから道具をそのまま運んでくるだけでいい。他には、せいぜい水を汲んでくるぐらいだ。

俺は準備室と美術室を往復して、絵を描くための準備を進める。

その客観的に見ても忙しそうな中で、金檻は俺に話をかけてきた。

いつもなら「後にして下さい」とか「今、忙しいので」などと言って会話などしないのだが、この日は少々事情が違った。

「八賀谷君、今朝は一人だったね」

俺は道具運びを中断して聞き返す。

「……どういう意味ですか?」

「昨日は朝から彼女と一緒だったろう」

「知りませんね」

「嘘はいけないよ、実際に見たんだから」

俺は金檻に聞こえない程度に鼻で笑った。

もしかして俺にカマでもかける気か、コイツ。そんなものに俺が引っ掛る訳がない。

あくまで冷静な態度で俺は金檻に対して臨む。

「それはどこでです?……言えないですよね、そんな事実はないんだから」

俺は勝ち誇る。ここで焦ったりはしない、それは相手の思う壺だ。

「うん、実はずっと隣の準備室にいたんだ。君は気付かなかったみたいだけど」

いや、いるわけがない。だからそんな手に引っ掛るか。

「嘘ですね、そんなわけがない」

「なら言おうか、『いや、このケーキすごく美味しいよ。本当に』だっけ。ああ、証拠としてはまだ足りないかな?じゃあ『また、こうやって藤咲さんと……』」

「ちょっと待って下さい」

俺は金檻の言葉を遮る。

いや、本当にちょっと待て。まさか本当にいたのか?あんな朝早くになんでいるんだ。朝からあの場所にいたんだとしたら……。

わかった。

「金檻先輩って美術室に住んでるんですね」

「そんな訳ない、冷静に考えたらどうだい。そんなことは常識的に考えてありえないだろう?」

アンタならあり得るんだよ。

結局、金檻は否定するだけで、そこに居た理由を説明せずに話を続けた。なんとなく眼鏡を中指で上げるしぐさが目に浮かぶ、その口元には笑み。

「そんなことよりだ。なぜあんなに彼女の様子がおかしかったんだと思う?」

「知りませんよ」

俺は興味がないと言わんばかりに、準備を再開する。そっけなく歩き出した俺に、それでも金檻は気を悪くした様子もなくまだ話しかけて来た。

「君にならわかるかもしれないが、彼女はどこか狙われやすい感じがないかい?狙いたくなるの方が正しいかもしれないが」

「言っている意味がわかりませんね。要するに見た感じ、か弱そうで大人しそうで、もし何かあっても抵抗しなさそうってことですか」

「ひどいことを言うね、君は」

言い出したのはアンタだ。

どうもコイツは、俺の神経をいちいち逆なでにするような言葉を選んでいるかのようだ。いや、「かのようだ」ではなく絶対に言葉を選んでる。

「言いたいこととは全く違うんだけどね。わからないなら別にいい」

別にいいなら言うな、実はお前は藤咲じゃなくて俺を狙ってるんだろ。

そう思った瞬間に、全身が寒気に襲われた。うわ、我ながら嫌なこと考えてしまった。

「どうしたんだい、そんなところで立ち止まって」

「先輩が話しかけるからですよ」

コイツと話してると頭痛がする。

一通りの道具を出した俺は、椅子に座った。

位置的に半分だけ、金檻の顔が見えるが気にせず、朝の続きを描き始めることにして適当な絵の具を筆に付けた。

と言っても、朝はほとんど絵に手を出していないので昨日となんら進行状況に変わりはない。

まぁ、どこかのコンクールに応募するとか、校舎のどこかに展示するとか、そう言った考えは一切無いので急ぐ必要性は無いといえば無い。

そもそも、自分の描いたものを他人に認められたいなんて思ったことすらないので、作品を完成させる必要もない。完全に自己満足だ。

個人的に言えば自己満足以外を理由として行動したくない、出来ることならだが。

いつものように余計なことを考えながら、何も役に立たないことを自分の好きなようにする。なんて贅沢なんだろうか。実際、最高の時間の一つだと思う。

「そういえば八賀谷君、最近物騒になってきたね」

こうして、口を挟む空気の読めない馬鹿さえいなければ、だ。

とにかく俺は返事をしないことにした。

馬鹿に付き合うと馬鹿がうつる。

「ほら、君も知っているだろう。今、巷で……というよりこの街で有名となりつつある連続猟奇殺人だよ。若い女性を狙った、ね」

ああ、知ってるよ。不本意ながらな。

だから、俺に話しかけんな。

「あれだけどね、内臓が半分以上持ち去られてるってテレビじゃ放送されてるらしいけどね。もっともテレビは見ないので、実際そうだと確かめたことはないのだけど、それはひとまず置いておくとして、だよ。正確に状況を述べるとするならば、胴体部分のみにおける内臓を全てどこかで摘出して、それ以外の部分を捨ててる、と言った感じなのだよ」

俺は思わず金檻を見る。

コイツ、なんでそんなことを知っている?

「まぁ、素人に出来ることじゃないね。妙といえば妙なのが胴体部分以外の臓器、眼球や脳には手付かずなのだよ。どうでもいいといえばその通りなんだけどね」

別に臓器に興味があるわけじゃないかもしれないし、と金檻は一言置く。

俺はなぜか、今自分が塗っている色が赤だったことに嫌悪感を抱き、その色を選んだことを後悔した。

いや、俺が今さらそんなことで気分を悪くするか。実際に見たわけでもあるまいし。

「ただ、最初の一件目の事件は若干趣が異なる。なんというか、持ち去られていた内臓がたった一つだけ、肝臓のみだからね。それだけを目的に殺した感じがする。単純に時間が無かった可能性もなくはないがね。肝臓ってそんなに時間がないときに真っ先にとろうとする臓器かな?簡単に摘出しやすい、のか、肝臓は魅力的な存在なのか」

金檻は演技じみた口調を崩さず、手を動かし続ける。コイツにとって、この程度の話は何かの作業のついでに話すことでしかない。

「実はこの事件の最初とされている犯行は、実は別件なのではないかと疑っているのだよ。といっても、それでも何一つ何の説明もつかないような不可思議な事件ではあるし、なんの解決にもならないわけだね」

俺は席を立ちこの場から逃げ出したい衝動に襲われるが、自分のそんな心の声など聞かなかったことにした。

俺のことなんかはどうでもいい、それよりも。

「金檻先輩」

「ん、どうしたんだい。急に改まって」

からかうように言う金檻の声を無視して俺は言った。

「なぜ、貴方がそんなことを知っているんですか」

半分だけしか見えない、金檻の顔。

「なんと言うか、それは今さらな質問だね。けど別に問題ないことにしようか」

金檻が眼鏡を中指で上げ、その表情から笑顔を消す。そんな光景が俺の目に映ったような気がした。

「それはね」

薄く、氷のような笑みがその無表情なイメージに足される。

「この金檻 戒がこの事件の第一発見者ということだからだよ。八賀谷 コウ」

わかった、俺が気分を悪くしているのは事件に対してじゃない。

コイツに対して、だ。

思考が僅かに冷静さを取り戻す。

俺が金檻にその発言の意味を問いただそうとした時、ある光景が突如として視界に映し出された。

最も、その光景を見たのは本日二度目でもあったのだが。

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