引き分けと負け試合
俺はパスを受け、走る。
点差は2点、時間は10秒と少し。
目の前に立ちはだかる登、他2名の男子。
どう考えても、俺なんかが抜ける面子じゃない。
となると、ここからシュートをして3ポイントを狙うか。
俺は一瞬そのそぶりを見せる。
登は全く動かないが、他の男子はそうも行かなかった。見事に引っ掛って、二人の男子の重心がシュートを防ぐ為に浮く。
馬鹿か、俺が打っても入らないつーの。
俺は比較的空いていた左へのスペースにボールを投げる、そこには誰もいない。敵も味方も。
とボールを投げる直前に俺の脇から、一人の男子が走りだしていた。結果的に暴投がパスへと変化する。よくあのタイミングから間に合うものだ。
その男子が一直線にゴールへ向かう、防ごうとする登。だが間にあわない。
男子がゴールに向かって飛び、片手で軽くボールを運びそれをリングに入れる。その様子は文字通りだ、他に説明のしようがないくらいに完璧だった。
得点が同点になる、残り時間は3秒。
ボールを受け取った登が笛がなるのと同時に、片手でこちらのゴールに思い切り投げつける。ボールはほとんど弧を描かずに一直線に飛んでいき、ゴールの横、その板にぶつかって跳ね返る。
そこでタイムアップだ、残り時間を今まで示していた得点板から電子音が鳴り響く。この音は耳障りだ。
「引き分けだな、八賀谷」
登がほとんど息を切らさずに俺に声をかける。
「佐才、引き分け?ふざけんな」
俺が息も絶え絶えに言った。
正直な話もう余力はないが、追いついての引き分けなどと最低の負けを認めるよかマシだ。
惜しかったな、なんて慰めあうのは興冷めだ。
「当たり前だ。延長だ、延長」
さっき点を獲った男子、張山 耕治が俺の肩を叩いて言う。
コイツも息が荒くなってはいるが、俺よりもかなり余裕がある様子だ。
俺達の言葉を聞いて周囲の一部の男子が嫌そうな顔をしたが、他の男子は他人事のようにおもしろそうだと、続けるのを快諾する。
その一部の男子の中には、俺のチームの男子もいたのだが気付かなかったことにした。
周囲の空気を気にして、文句も堂々と言えないような連中になんて気を遣う必要性が無い。
空気を気に出来ない奴は無条件で無能だけど。
試合は結局、俺のチームが負けた。他のヤツはともかく登の運動量が別格だ。俺のチームの張山と、登のほぼ一騎打ちで試合は行われ、単純に今まで余力を残していた登が勝ったように見えた。うちのチームの面子がもう少しマシだったらと思う。
俺を水増ししたかのような口先野郎と、態度のでかいうすノロデブだ。もう一人は少しはマシだったがどう考えても勝ち目が薄い。
そもそも、バスケ部員を均等に配置したとすれば、部員でなくとも実力のある佐才のいるチームが有利だ。
試合終えて、体育館の脇に歩いていった俺は壁を背もたれにして座る。
バスケットボールの振動がランダムに連続して伝わってくる。
張山が、俺の横まで寄ってきて寝そべった。
「惜しかったな、試合」
笑いながらそいつが言った。
俺も笑う。ほら来た。
「ほとんどお前一人で点数獲ったろ」
「お前、なんか頑張ってたじゃん。いつもより」
「結果を出したのはお前だ」
話は繋がっていない。
それでも話を続けた。
「フェイント良かったよ」
「……フェイント?」
なんのことだかわからなかったが、順に思い出してあのシュートをしようとしてやめた行動だと気付く。変なタイミングで突然行動変更をしたせいで、妙な所に投げるしかなかっただけだった。
「あんなの偶然だ」
「いや、上手かったよ。あのゴール近くに居た奴に向けてパスすると見せかけたヤツ」
パスじゃなくて、シュートしようとしたのだが。
まぁ、そういうことにしておくか。素人にしては上手かったってことなんだろうけど、それでもいい。
何も言わない俺に向けて、張山が言う。
「お前、案外運動出来んのな。やっぱ体力ないけど」
「余計なお世話だ、って言うかお前と一緒にすんな」
多分俺は一般基準だ。いや、だと思いたい。
そこで、張山がなにかに気付く。
俺が横を見てみると、登が突然現れたかのように立っていた。
登が張山に向かって、口を開けずに笑いかけ軽く手を挙げる。
「よう」
笑って、張山も登と同じように返す。
登は俺の横に座る。
その顔は汗まみれで、どこかそれを気持ち悪そうにしていた。
なんとなくそこで篤史がどうしているか気になり、視線を動かす。
すぐに見つかった、具合が悪いと見学している女子2名に話しかけている篤史。
よくやるよな、あいつも。
目立たない風貌の割りに、意外と篤史が女子に人気のある理由がわかった気がした。
その光景から、ここでまた別の思考が頭に入る。
……具合が悪い、か。
突如俺は言語化された思考から、言葉にならない思考へと変える。
映像と感覚で支配された思考へと。
俺が自らを思考封鎖していると、登が俺に小声で話しかけてきた。聞き取りにくいぐらいに小さな声だが、自然とわかる。あれほど騒がしい周りが静かになったみたいだ。
「なにがあったんだ、コウ」
俺は顔を向けずに答える。
「ルール違反だ、登」
俺達のルールとして、日常的にはクラスメート以上の関わりは持たないことになっていた。
登はくだらない、と笑う。
「返事をしたからにはお前も同罪だよ。それに罰則を設けてない法なんて、そんなもの無いのと同じだ」
「登、お前な」
「いちいち焦らすな、どうせ言うはめになるんだからさっさと言え。女か、お前は」
俺はため息をつく。
そういうお前はいちいち余計な一言入れてるよな。
口には出さない、きりがないからだ。それにこいつの言う通り、どうせ俺は言うはめになる。俺は慎重に語るべき言葉を考えた。
「登、なぜそう思うんだ?」
「お前が人前で本気を出すわけないからだよ、たいした本気じゃないがな」
ホントに余計な一言だな。脳内で殴ろうかどうかを決定する為の緊急会議が開かれるが、「今じゃなくてもよし」と可決される。
さすが俺、大人だ。
俺の言うべき言葉が時間と共に定まる。
「確かになにかはあったみたいなんだ、それがなにかはわからない」
登は俺の言ったことの意味を考えるためにか、間を置いてから答える。
「それじゃよくわからないぞ」
「俺もだ。俺もよくわかったらお前に言うよ」
俺は自分の右手を見た。
登はゆっくりと俺に言葉を向ける。
「ごまかしてるんじゃないんだな」
俺は頷く。真横に居る登には見えているかどうか微妙なラインだ。
だから俺は、しっかりと一言だけ登に「ああ」とそう言った。
それを聞いた登はさらに声を落として、なにかを返す。
よく聞き取れなかったが、俺には登が「そうか」と言ったように聞こえた気がした。
登の良い所は、今の関係を壊してでも自らのしたいことをしようとするところだ。そうやって壊した友情関係もあっただろう。
無自覚に友情を壊す無神経な人は多いが、こいつはそこまで考えて行動し壊すとわかっててそうする。おそらく、それで後悔はしないのだろう。
……もっとも俺達は友達じゃないけどな。
俺は自分の右手を見ながら考える。
こんなにのんびりしていていいのだろうか、と。
しかし、その答えはもう出ている。まだ早い。
落ち着け、八賀谷 コウ。
まだ時間はある、今から焦っても仕方ないんだ。
ふと、なにか目の前が静かだと思い見てみると、いつの間にか張山が他のチームの試合に割りこんで参加していた。よくやるやつだ。
どこからあんな元気が出てくるのか。
ん、ああ、頭の中が空元気ってヤツか。
いいな、そうやってエネルギー溜め込んどく場所がある奴は。
と思うと、それを見ていた隣の男が立ち上がる。その顔には力が満ちていた。
こいつもか。
佐才登は力のこもった目で俺を見た。
「見てみろ、珍しく宇都木が出てるぞ。橋本にまた怒鳴りつけられたんだな」
「授業に参加しろって?まぁ、見りゃわかるよ」
ウツロギは積極的に授業に参加しようとしない、橋本に言われたとき以外は。
佐才は不敵に笑う、敵が増えると喜ぶ奴だ。好戦的、ないし阿呆だ。強い相手が現れたとき、コイツはまず可能な限りそいつの敵に回ろうとする。
十中八九、張山と同じチームに加勢して、二人がかりでウツロギを止めに入るに違いない。七割抜かれるが。
「……やる前から結果は見えてるだろうに」
負け試合だろう、ウツロギ一人に主力格二人を向けて五分にもならない。
……なにがおもしろいんだか。
「コウ」
「なんだよ」
「なにがあったのかは俺は知らない。だがまぁ、聞け。俺の自転車、学校に置きっぱなのは知ってるだろ」
俺は佐才の声に頷く。
「それがどうした?」
「後輪とカバーとの間に隙間があってな、よくゴミがたまって困ってるんだよ」
「……掃除しといてやるから感謝しろ」
佐才も俺に頷いた。
「サンキュ、出たゴミはいつもの場所に捨てといてくれ。俺が処分しとくから」
そう言って、張山の隣に走っていく。
本当にうらやましい奴だ、力に満ち溢れて。
でも、正直ああいう目は鬱陶しくて好きじゃない。
だから、一生礼なんて言ってやらないことにした。




