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いつもどこかズレタセカイ ~人喰い  作者: 裃 左右
『乾いた本気』と『崩した覚悟』

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23/39

意図する演技としない演技

一番の問題は、主人公の振る舞いを誰も問題だと思わないことです。

もちろん本人も含めて。


ある少年の独白


僕は普通ではいたくなかった。

誰かにとっての特別でいたかったし、特別な仲間も欲しかった。

特別な誰かがそばにいて欲しくて、その中で特別のことをしたかった。

子どもの頃からそれを自然に望んでいたように思う。

でも、僕はよくある程度に個性的でしかなかったし、家だってよくある程度の問題を抱えているだけだった。

勉強が出来るとか、運動が出来るとか、家庭に問題があるとか、複雑な過去を持ってるだとかはそんなことはよくあることだったんだ。

だから、僕は『普通の人のフリをした特別な人間』のフリをすることにした。

いろいろな人を騙して、その上で絶対にばれないようになにかをする。

学校にいる騒いでいる馬鹿な連中とは全然違う、あんな奴らみたいなの底の浅いことなんかじゃない。全く違うことを僕はしていた。

僕はそう思っていた。

そう思うことで僕は特別な人間になれたような気がしたんだ。

でも、本当はわかっていたんだ。

僕はそんな偽りの特別を望んじゃいないってことを。

僕が本当に望んだのは。

僕が本当に望んだのは。

本当に望んだのは。

望んだのは……。


第三話 『乾いた本気』と『崩した覚悟』


「今日の午前2時に近辺をパトロールしていた警官2名が女性の遺体を発見しました。詳しいことは現在確認中ですが、警察は連続猟奇殺人に関係があるとして捜査を行っています」

「ということは、今までの事件との同じ手口で殺されていたということでしょうか」

「殺人かどうかも確認の段階ですが、警察の動きからもその可能性は高そうですね」

リビングのテレビはまたくだらないニュースが流れている。

コメンテータの知ったかぶった解説に、わざとらしく驚くニュースキャスタ。そしてさらに、それを熱心に見る美弦。朝のいつもの風景ではあるのだがあまりにも爽やかさに欠ける。

しかもリビング。場所の名前からして爽やかさなんて元々ないようなものだ。

さらに言わせてもらえば食事なんてダイニング、これもまたダイニングってサスペンスじみててなんか嫌だ。これでリビングとダイニングが組み合わさるとスプラッタぽさが増す気がする。

そんなわけで、朝からリビングでこんなニュースが流れているのはいい気分ではない。正直言えばさっさとテレビを消してやりたい。

だけど、まずは口で言わねばならない。それが文化的コミュニケーションと言うものだろう、前置きを置かずに大砲をぶっ放す文化もあるらしいが。

俺は口の中のベーコンとパンを牛乳で飲み込んでから口を開く。

「美弦、食事をしながらテレビを見るのはどうかと思うな」

「んー」

「さすがに食事の時は消せとは言わないからさ、せめて手と口は動かそうよ」

「んー」

「……美弦、聞いてる?」

「んー」

美弦の言いたいことは俺にはよくわかった。

リモコンに俺は手を伸ばす。

知ったかぶりおっさんと演技過剰のおっさん。それと比較的美人っぽいおばさんの顔がモニタから消えた。後に残るのは漆黒の闇。

うん、これでよし。

俺は満足して食事に取り掛かる。

美弦は俺に怒鳴りつけた。

「なに考えてんの、今いい所だったのに!」

また、これだよ。

「今回、俺は声をかけてから消したよ」

正義は我にあり、だ。正義なんてものに価値があるとは思えないけど、今回ばかりは美弦も俺に文句は言えないだろう。

美弦は自分の椅子に敷いていたクッションを俺に投げつけた。

「そんなの関係あるかぁ!」

わお、そう来たか。

理屈では勝てないからそれを無視して可愛い暴力を振るう。それを行うのは実は理屈で言うと正しい、相手に勝つ為に勝てない勝負を行わないのは当然だ。誰もがそれぐらいのことはする。

美弦は使われていない他の椅子のクッションを引っ張り出して投げてくる。

俺はそれを片手で払いのけながら牛乳を飲んで言った。

「美弦」

「なによ」

「せめて、服はちゃんと着てください」

「今は関係ないでしょ」

「そうなんだけど、投げる度に見えてます」

俺は全く気にしないけれど、常識的に問題ありだろう。

美弦は顔を真っ赤にして両手で胸を押さえる、そして俺に向かって絶叫した。

「このド変態っ!」

それは、さすがに濡れ衣だ。

俺も胸を片手で抑える、もちろん美弦とは別の意味で。こんなに痛い一言を言われたのはかなり久しぶりだ。せめて変人に留めて欲しい。

「あの、さすがにド変態はないんじゃないだろうか」

「女の子の胸を見て喜んでるヤツなんてド変態で十分よ。変質者じゃないだけいくらかマシでしょ」

それは確かにその方がまだ良いような気がするけど、その理屈でいくと男性のほとんどは変質者だ。それに、彼女の認識には一部誤りがある。

せめてその旨は伝えておくべきだろう。それで出来ればドの字ははずして欲しい。

俺は昨日の残りのスープを飲み干して、息を吐き出した。

慎重に美弦の顔色をうかがいながら、声を出す。

「あの、誤解しないで欲しいんだけどね。俺は美弦のそういうのとか別に見てもなんとも思わないから」

ちなみに、美弦の胸があまりないからではないです。

と、美弦から返事がない。

またさらに美弦の顔が真っ赤になる、拳が震えているような気がする。

ああ、これはさすがにやばいな。何かしくじったみたいだ。

「それはそれで、し・つ・れ・いだああああ!」

そんな感じでいつもの朝。

なにもあそこまで、キレることはないと俺は思う。

美弦はまだ俺を怒っていて、仕方なく少し離れて後ろから俺は美弦を送っている。

背後からついていく俺の姿はそれこそ変質者だと思うけど、どっちにしたって駅には行くんだし、それなら美弦にばれないようにいくよりは一緒に歩くほうがまだいい。それに美弦に関して言うと、仮に駅まで送らなかったら送らなかったで、彼女の怒りが一層深くなる気がして仕方ないのだ。

俺は歩きながら、がっくりとうなだれて落ち込んでいるフリをする。

いや、実際にある程度落ち込んでいるのかもしれない。なにせ俺は今や、変質者のド変態となりつつある。いや、実際に既になっている。

いくら俺に常識が欠落していると言っても、これは落ち込まない方がおかしいだろう。

俺は演技ではない演技をし続ける。

「はぁ」

意図せずして俺の口からため息がこぼれた。

その時、美弦が俺のため息に反応したことに気付く。

一応、あれでも俺のことは気にしてくれているんだな。

それがわかった瞬間に「もうなんか俺、もう変質者のド変態でいいや」って考えが頭の中に広がってどうでもよくなった。

だから美弦に、変態って言われるんだろうな。

どうでもよくなったけど、さらに俺は落ち込んだ。

結局、どうでもよくないんじゃないか。俺。

「あの、もういいよ」

美弦が背を向けたまま言う。

もう駅の前だ、いつもより着くのが早い。きっと美弦と俺は無意識に互いに合わせて早く歩いていたんだろう。それは互いに相手にしか意識がなかったからだ。

俺は美弦には見えないにも関わらず、頷いた。

「わかったよ、それじゃ」

美弦は俺がこのまま歩き出したとしても呼び止めはしないんだろう。それは短くとも長い付き合いだ、わかる。

俺の言葉を聞いた美弦は駅に向かって歩き出す。

だが俺はその場から動かない。こいつは呼び止めない、だからこそ俺は動かない。ここで相手に甘えて、美弦が俺を呼び止めたり謝ることに期待するほど、俺はガキでも大人でもなかった。

俺がそうしたのにたいした理由はない。ただ単にそれがしゃくだったのだ、相手に期待するという行為が。

美弦は俺が立ち止まっているのに気付いたのか、一瞬迷ったかのように歩くペースを落とす。でもすぐにペースを戻してそのまま歩いていった。

その後ろ姿は見えなくなる。

どうも美弦の様子が最近おかしい。

俺は自分自身を棚に上げてそう考えた、同時にどこか冷静な自分が常に頭の中にいるのを自覚する。

それが嫌で、俺は自嘲気味に鼻で笑った。

「なんか馬鹿みたいだ」

そう呟きつつ、由枝先生がいるであろう駐車場に向かう。

こんなことで毎日一喜一憂してるなんて、俺らしくない。


 *


車内で俺はまた外の景色を見ていた。

結局の所、俺は静寂が一番心地良い。

それはどうしようもない、もう今さら変えれないことだ。

「なにかあったの?」

由枝先生が俺に聞いた。

余計な感情もない声、それでいて機械的でない。

その声は人間味がなくて俺は好きだ。でも、こんな声は人間にしか出せない。

先生の声は静かで安定した雰囲気を形作る。

俺もその場の雰囲気を壊さないような声を意図的に作り、返した。

「生きていればなにかはあるでしょうね」

だがそのせいで声に感情がこもり、自分がイメージしたものとはかけ離れた声となる。

俺は場の雰囲気を壊した。

先生の声は意図的に出されたものではない、自然体で出した声だからこそ感情がこもらないのだろう。残念ながら俺にその芸当は出来ない。

俺は少々自虐したい気分にかられる。一般的にこういうときに舌打ちをするのだろう、それぐらいに俺のしたことは失態だった。

「なんだか今日は怒りっぽいのね、何に対して怒っているかはわからないけど」

先生が誰に対して、ではなく何に対してという言い回しを使ったことが、俺にはかなり正確なものに感じた。

きっと、それも意図された言葉ではないだろう。全くの自然体。

俺が返答しないのを確認すると、先生はそれっきり黙った。

無駄に大きい車の振動、きっとそういう車種なんだろう。

俺は密かにその横顔を盗み見る。

この盗み見るは比喩ではない、俺は先生の横顔を1枚の絵として本当に盗んでいた。

こんなに真っ直ぐに前を見ている存在は他にないだろう。写真や人形ですら真っ直ぐではなくこちらを見ているような気がする。

人形よりも無機質で、人間らしくないその様子が本当に綺麗だった。

人形は出来る限り、人に似せようとして作られる。つまり人間らしくあることを目的として存在している。ではこの目の前にあるのは何なのだろう?

白い肌に紅いピアスが映える。

ふと、なぜか罪悪感にかられ、窓に視線を移した。

会話はない。

俺は言葉と言う無粋なものを失くして、由枝先生との時間を楽しむことにした。

外の景色は毎日人間の目からするとほとんど変わらない、俺は人間の目や記憶がいい加減で良かったと思う。もし、精密に物事を見れるのだったら流れる景色は楽しめないだろう。

景色の中にいつもより警察が多いこと、それがとても残念だった。

きっと、なにかあったのだろう。世の中にいつもなにかはある。

こうして車内の中で、由枝先生の隣で、なにかを考えているようでなにも考えない時間を過ごすことは俺にとってとても有意義だった。由枝先生にとってどうかは知ったことではない。

しかし、楽しい時間は短い。もう公園の前だった。だから、わざわざ別れの挨拶を交わさないといけない。こういう時、俺は言葉なんてなければ良いと思う。

俺は仕方なしに口を開いた。

「いつもありがとうございます」

外の景色を見たまま言った。こうして相手の顔も見ずに言葉を言っている姿は、出来るなら美弦や母には見られたくないものだ。

先生は僅かに笑い声を漏らした。

「知ってるでしょう、感謝されたくてしているわけじゃない。もし、本当に感謝したいのだったら言葉よりも行動で表して欲しいな。口で言いたいだけだったらよしてね、重荷になる」

由枝先生の声には温度がない。冷たいのではなく、暖かいのでもなく。

「伝わってませんか、俺の気持ちは」

「伝えたかったの?」

俺は外の景色を見たまま苦笑する。

そういう言い方をするか、このひとは。

俺としては女性にこう言われて引き下がる訳にはいかない。

「わかりました。俺、今度なにかしますから」

俺は由枝先生を見つめる。

目に念を込めた、相手を捕らえるかのように。

声に感情を込めた、空気を壊すのではなく作るために。

俺は口元をばれないように上げる。

「その時は逃げないで下さいね」

その時先生は未だに前を見ていたが、俺の方へと顔を向ける。今まで人形よりも人形のらしく前を見ていた彼女が、真っ直ぐに俺を見る。

俺はその瞬間にまたしくじったと思った。

綺麗な二つのガラス玉が静かに輝く。

由枝先生は、何一ついつもと変わらない無色な声で言った。

「わかった、その時は逃がさないでね」

先生のその目には俺以上の念が込められているのだろうか。結果、捕らわれたのは先生ではなく俺の方だった。

俺は由枝先生から目が離せない。

この人は最初からそうなるって知っていたのか。

いや、由枝先生がそんな計算するはずがない。なぜなら……そんな計算するまでもなくいつも彼女が絶対に勝つんだから。

由枝先生は目を合わせたまま固まってしまった俺を見て、人形のようなその顔に満足そうに笑みを浮かべる。それから俺から目を離した。

先生は捕らえた俺をすぐに手放す、名残惜しそうな様子もなく。

俺にはそれが腹立たしかった。

(今に見てろよ、後悔させてやる)

そう俺はその笑顔を見て決意した。そのうちなんて生易しい子供みたいな決意じゃない、明日にでも後悔させてやる。

決意したのと同時に車が自然に減速していき、止まる。

先生は前を向いたままいつものように言った。

「それじゃあ、今日も1日頑張ってね」

「ええ、そのつもりです」

俺はシートベルトをはずして鞄を背負う。

この人は頑張っている人にさらに「頑張って」と言うのが好きなのかもしれない。残酷なことでもあるが必要な経験でもある。それを先生が考えているかは別にして、この言葉を相手のことを考えていない言葉と、そう言うかどうかは人次第だろう。

いや、人次第なんじゃない。全ては俺次第だ。

俺は車のドアを開けて出て行こうとする。

ああ、また忘れるところだった。

俺は由枝先生に振り返る。身体の向きは前を見ているので正面から見れず、やや斜めを向いた姿勢だ。その状態で先生に口を開いた。

「由枝先生、おはようございます」

なぜか由枝先生はためらうようにする。それから挨拶を返した。

「……おはよう、コウ君」

由枝先生はいつもの笑顔に戻る。

人にまとも挨拶するなんてこの時間くらいだよな、と言ってもまともな挨拶というのはよくわからないが。

俺は鞄を背負いなおして由枝先生に背を向ける。

「それじゃ」

学校に向かって俺は歩き出した。

それからやや間を空けて車は俺を追い抜かしていく。顔を向けていなかったので先生が俺を見ていたかはわからない。

それを勿体なく思いつつも、逆にそれがいいのだとも思った。

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