エピローグ
「なんの様だい、それは」
白衣の男はミマタにそう言った。
路地裏でゴミのように転がるミマタには、なぜか両腕が無かった。しかし、出血もない。辺りに出血の後がないことから、それが止まったからではなく最初から血が流れていないことを示した。
「返事はどうした」
「……妨害者だ」
ミマタは特に苦しそうな様子もなくそう答えた。
白衣の男は「ふん」と鼻をならす。
「それで、ここまでボロボロにされたと。間抜けな狩人だな、君は」
ゆっくりと白衣の男は、ミマタに近づいていく。
「使えないな」
表情には怒りも何も浮かんでいない。
ただ、目に現在見ているものに対する軽蔑の意思だけがあった。
「お前は満足に獲物も狩れないのか!」
突然、無表情のまま男は声を荒げて、ミマタを蹴り飛ばす。
ミマタは反射的にうずくまる。だが、ミマタは顔をしかめつつも特に痛みを感じているわけではなかった。
男の表情と声の全く合わない様子が、その場の雰囲気をとても妙なものにしていた。まるで仮面を被った子供が演劇でもしているかのような。その雰囲気が非現実的を通り越して、ひどくその場で起こっていることを嘘臭くする。
白衣の男は奥に、女性の死体を指して言った。
「それでも一応獲物を仕留めてはあるみたいだな」
周囲へと目を向けた白衣の男はもう一つのことにも気付く。
先程までここで闘いが行われたのにも関わらず、この場に流れているのはその死体となっている彼女の血だけだった。それは妨害者が傷一つ追っていないことを意味する。
「相当の腕だな、これは」
そう白衣の男は結論付ける。
「ミマタ、どうやってやられた?」
白衣の男はミマタに顔も向けずに尋ねた。同時に男はなにかを地面から拾い上げる。
ミマタは首と、まだ残っている腕の付け根で起き上がろうとしていた。その中で、ミマタは白衣の男の命令に対し、思考した。
まず、嘘の情報を流すかどうか。残念ながらそれは自分には不可能だ、そう結論付ける。沈黙しても利益はない。ならばただ、事実を告げるのみだ。
「ナイフだ、動きが実践慣れしているようだった」
あえて細かい説明を省くことでミマタは、白衣の男に伝える情報を最低限のものにした。ミマタは命令には逆らえない、そのため命令に逆らっていない範囲で反抗するしかなかった。
白衣の男はミマタの言葉を聞いて口の端を僅かに歪める、それも左端だけだ。
「ようするに、力に対し力で向かうことなく、洗練された技で力を受け流し戦えるということか。素人の君では太刀打ちできなくて当然と言えるね」
ミマタは白衣の男を睨みつける。
(お前もたいして俺と変わりはしないだろうよ)
だが、ミマタは自分の思いを男に言い放つことは出来ない。そういうものだからだ。
ここで、ミマタは男の言動を不審に思った。
男は先程から、自分に一番に質問するべき点を聞いてきていない。
それは何を意味するのか。
「なぁ、ミマタ」
ミマタは男を見る。
男の無表情な顔の中で、狂喜に輝く眼。
「自分が何故人を殺しているか、考えたことはあるか?」
ミマタは返事をしない、自分がそんなことは考えたことがないのは明白だったからだ。なぜなら、自分は『そういうもの』だから。
それはこの男に植え付けられたものかもしれないが、それはミマタにとって絶対の事実だ。
ふとミマタは未だ答えを待つ男に気付き、仕方なく声を落として答える。
「……考えるはずがない」
男は頷いた。
そして、男は自分の握った左手を自身の胸の前に出していく。
「俺もだ。そして、この世界に生きている奴はみんなそうだろうな。お前が殺してきた人間達もだ。自分達がどれだけの同族を殺してのうのうと生きているか。それを知らないし、考えもしない」
ミマタは男の口調が先程までと違うことに気付いた。かといって、ミマタに何があるという訳でもない。
男は徐々にその左手を開いていく。
「そして、これから殺されていく人間達もそうだろう」
その左手の中には、赤いピアスの片方があった。
白衣の男は芝居がかった様子で、ミマタに向き直る。
「運べ、ミマタ。見つかるなよ」
ミマタは頷いて女性の死体を自らの歯と顎で持ち上げる。それを背中に乗せると犬のように走り出していった。
それから路地裏は静寂に包まれる。
ありふれた日常の様子を取り戻していく。
そこに男の声が響く。
……見つけたぞ、ようやくな。




