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貴方を助けたかったのは私のわがままだけど、だけど!

 

 

 ********

 

 

 その日は、どれだけ準備と覚悟を重ねたつもりでいてもあっさりと訪れた様に感じたのを覚えている。

 夜明けの少しだけ前、突然騎士団寮に鳴り響いた非常事態の鐘の音に私は飛び起きた。起き上がった時にはもう部屋の外が騒がしくて、とうとうこの日が来てしまったんだと感じながら支度を始める。


 こんな時間にこれだけばたばたしてるってことは、私の予想通り魔族の軍隊が首都に押し寄せているんだろう。ルカさんにそれとなく頼んで少し遠くに伏兵を置いてもらったから、その人たちが連絡してくれたのならこっちも早めに準備できるはず。

 ここ最近ミカエラを見かけないと思ったところから少し調べたらすぐに彼女の所在地が割れたので、そのままルカさんに彼女が裏切った可能性を耳打ちしておいた甲斐があるというもの。


 おかげさまで彼女が仲介役となって魔王軍と繋がっていた官僚もこの機に捕まっているはずなので、こういうのを一石二鳥と言うのだなぁと思うなどした。

 しかしそれでもこの侵攻は発生している。理由としては私がミカエラの行動に気づくのが遅かったからだ。ミカエラが周囲に当たり散らしているのを見かけたというのに、ここまで彼女の行動に頭がいかなかったのは私のミスなのか物語の強制力がそうさせたのか。


 どちらにせよ、戦いが起こってしまった以上は本当にどうしようもない。結局戦いは大きなものとなり、人間側の被害も多かった。

 城内の一角で雑な当て木と包帯をされた状態で放置されている私もその一人である。


 戦いは辛くも人間側の勝利で終わった。勇者とその仲間、そしてレオとサミュエルの一騎当千の活躍によって数的不利に陥った魔族たちが撤退していったという、原作と変わらないオチ。


 しかし、私には一つの後悔もない。

 何故ならこの腕と引き換えにルカさんの命は保たれたから。


 戦の最中、私はルカさんから離れた位置に置かれてしまい最初は焦ったけど、自分の持ち場をとっとと片付けてからニコには悪いけど彼女と他の班員に残りを押し付けてルカさんのところまで全力で駆け抜ける。

 そしてようやく辿り着いたルカさんの目の前には大きなミノタウロスが、そして背後には彼に庇われているカトレアの姿が視界に入り、私は片手に持っていた盾をミノタウロスに向けながらなんとか間に滑り込むことに成功した。


 しかし相手を殺すつもりで振りかぶっているミノタウロスの斧をまともに受けて見事左腕は骨折。如何に魔石が埋め込まれて防御力の上がった盾でも、その辺のヒラが持つような代物では耐えきれなかった。

 しかし斧が盾を切り抜けて腕が持っていかれなかっただけラッキーとも言える。


 その後やっと詠唱破棄できるようになった上級魔法をぶっ放して敵を撹乱、その隙にルカさんとカトレアを逃して一人戦闘続行となり…平気で二体一とかの状況を腕一本で乗り切れたのは、もはや運を使い果たしたと城に帰ってきて思った。本当に死ぬかと思っていたのでラッキーだったとしか言いようがない。


 そして私の左腕一本程度の犠牲でルカさんの命は保たれたわけで。これこそ私の運を使い果たしたと言って過言ではない…ありがとう神様、ありがとう。とにかく本当に良かった。


「それにしても腕、治るかな…」


 この世に存在する聖魔法というのは所謂対魔の魔法なんだけど、怪我や病気も穢れと見なして祓える便利なものだ。

 文字通り聖魔法にかかれば怪我も病気も何事もなかったかのように治してしまうけど、どの程度治せるかは術者の適性に依存する。なので聖魔法が使える平民は教会で保護されて生活するのだとか。漫画のヒロインであるエルシィもその一人だ。


 そしてこういう時に教会は巫女たちを派遣してケガの手当てとかを任せるんだけど、巫女も数が限られているので聖魔法の力を受けられるのはお金がある人だけ。そうでない人たちは普通に発展途上の医術をもったお医者さんのお世話になる。


 私はヒラの騎士というのもあるけど、何より腕が折れたまま長いこと戦闘をしていたせいで最初の処置が遅れているので、骨が正しくくっつくかわからないと言われた。なのでもはや前線復帰は難しいと考えた方が早い。

 作中で『神の花嫁』と称されたエルシィほど高い適性をもった人が魔法を使ってくれれば治るだろうけど…エルシィは死亡以外の症状は治せちゃうし。


 とはいえ、エルシィ本人は今重症者を中心に奔走しているはずだ。助太刀に来た勇者パーティの一人としてやってきたエルシィはこのシーンではずっと重症者の治癒にあたっている。そのせいで無理して倒れちゃうんだけど…そう考えると不安かも。休んでエルシィ。


 私の怪我はまぁ…重症ではあるけど腹に穴が空いた人とか、頭打って意識昏睡してるけどなんとか生きてる人に比べたらマシなので、彼女がここにくることもないだろう。


「私が本当に特異点とやらなら、もうあの人が死んだりすることはないだろうし…」


 座り込んだ部屋の隅でポツリと呟く。こればかりはフラグを折った確信もないけど信じるしかない。

 本当はずっとルカさんと同じこの場所にいたかったけど、逆手とはいえ使えないのは正直足手纏いだ。後方支援にでも回されるかもしれないな…そうなったら滅多にあの人を拝むこともなくなる。


 骨折は、処置が遅れれば現代日本でさえアスリートの前線復帰が難しい怪我だ。それが命をかけた戦闘であれば、その分危険度が上がるだけ…彼に迷惑はかけられない。


「きっつ…」


 思わず気持ちが暗くなる。せっかく推しのいる世界に来たのに、推しに会えなくなるのか。彼がもう死なないなんて誰も言ってないのに。


「…?」


 なんて考えてしまって、何気なく部屋の中央に目を向ける。すると不思議な光景が目に入った。


「…副団長と、エルシィ?」


 ルカさんとエルシィが何故か部屋に入ってきて、きょろきょろと何かを探している。

 あぁ、よく考えたらちゃんと彼を見れるのもこれが最後かもな…なんて考えていたら、ふとこちらを見た彼と目が合ったように感じた。


「!」


 いや実際は前髪で彼の目は見えないから多分…なんだけど、でもまさかね。

 しかし彼は私に一瞬視線を向けたと思ったら、何やらエルシィと話し始めた。何を話しているのかと思いきや二人が、こちらに向かってやってくる…?


「…?」


 いやいやいや、おかしいでしょ。そうは思うけど上官がやってきて挨拶をしないわけにもいかず立ち上がった。そのまま私の前に来る彼らに敬礼をする。

 それでもやっぱり納得がいかない。そもそもエルシィがこんなところにいるのが信じられないのに、なんでルカさんが彼女を連れて、まして私の前にいるの?


「お疲れ様です、副団長」

「あぁ、早速だが怪我の容態はどうだ?」

「…」


 それを言われてしまうと、向き合いたくない現実が目の前にきて思わず黙りこくってしまう。

 貴方のそばにいられなくなりそうです、なんて口が裂けても言いたくない…けど、彼の隣に立つエルシィからすごく嫌な予感がする。


「答えろ、アンブローズ」

「…早期に処置ができなかったので、骨がまっすぐつかないと言われました。前線の復帰は、絶望的だと」


 どうしても、唇が震えてしまう。正直今にも泣きそうだ。

 それでも貴方が私に命ずるならば、私に言わないという選択肢はない。私は彼の…すごく立場は遠いけど、それでも部下であることをとても大切に思ってるから。


「…そうだろうな。ミノタウロスの本気の一撃を受け止めて無事なはずがない」

「…」

「だから彼女に来てもらった」


 そう言ったルカさんに、私の中の嫌な予感は強くなった。まさか、嘘でしょ。


「初めまして、キャリントン副団長様からお呼びに預かり参りました。エルシィ・コーネリアスと申します」

「…存じております。イザベラ・アンブローズと申します」


 おかしい、おかしいよ。エルシィがこんなところにいるなんて。だってここは医者の手当を受ける人間が回されてるところ。原作ではエルシィはこんなところに来ない、だってそれどころじゃない人がたくさんいるじゃん。


 怪我人が少ないわけない。だって相手は魔族だもの、人間にはない能力で襲いかかってくる。ここにくるまでだって、悲惨なものをたくさん見てきたのに。

 私なんかに構わなくていいんだよ、エルシィ。


「その、何かご用事でしょうか? 聖女様はお休みなさったほうがよろしいのでは?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、どうか宜しければ私と一緒に来てくださいませんか?」

「一緒、に…? どこへ?」

「副団長様より、別室にて貴女のお手当を頼まれていて…酷いお怪我ですものね、すぐにお治しします」


 嘘でしょ、ともう一度思った。

 なんのつもりだと思わず私はルカさんを見てしまって、でもそれをわかってたみたいに彼は混乱している私に向かって淡々と口を開く。


「今回の戦いで君を失うわけにはいかなくなった。君があの場で使ったのは不死鳥の翼フェニックス・ファイアだ。負傷者の多い現状で君のような戦力は失えない」

「あれは、正直賭けで…」


 飛んできた言葉に思わず嘘をついた。詠唱破棄で出せるかどうかが賭けだっただけで、使いこなせる自信はあったから。

 どう考えても現状はおかしいもの…こんなところにエルシィがいるのも、それを連れてきたのがルカさんだってことも。


 そんなに私の魔法の腕が欲しいなら、前線から引かせて魔法士として配置することだってできる。それなら治療なんて必要ない。

 そもそも彼が他人に対してこんな恩を売るような真似をしているなんて、違和感しかないのに。

 何が起きているの?


「なら、僕とカトレアを護ってくれた礼とでも思ってほしい。個人的なもので申し訳ないが」

「…個人的な? 副団長がこの場で私情を挟むような方でないことはわかっています…何をお考えなのですか?」


 そうだよ、こんなの…少なくとも普段の彼じゃない。そりゃ感情が昂ったり普段らしくないことをする瞬間だってあると思うけど、それを彼がやるにしては今は少し強引すぎるように感じる。

 確かに優しい人だけど、彼の言う個人的なお礼も…言いたことがわからないわけじゃないけど、でもそれならこんな他の人もいるような場所で贔屓するようなことする必要あるのかな?


 確かに聖女であるエルシィなら、私の骨折だって綺麗に元通りだろう。前線への復帰だって確実だ。

 でも彼が一定以上に踏み入る人間なんてカトレア以外で見たことがない。そもそもカトレアの前でしか笑ったりもしない人なんだから。


 それが、たった一回の上位魔法で聖女からの治療なんていう特別扱いに繋がるなんてちょっとおかしい。

 彼は何がしたいんだろう。


「そうだ、何もおかしくはない。命の恩人に礼を尽くすのは当然のことだ」

「私は一介の駒に過ぎません。貴方をお護りするのが使命です、それに聖女様にご迷惑はかけられません」

「では席を用意するのはどうだろうか。それなら納得できるだろう?」

「…もう一度言います。何をお考えですか」


 懐疑心の募った心が少しずつ苛立ってきて、ついキツい言い方をしてしまった。そこまでして食い下がる理由もわからない。

 特別扱いなんて要らないのに。そんなことをして欲しくて貴方を護ったんじゃない。

 しかし彼の言葉を疑い続ける私に向かって、彼はさも当たり前のようにその言葉を口にする。


「何がも何も、この状況は君が望んだものだろう?」

「は…?」

「あの時僕の近くにいたのはこのためじゃないのか? でなければあのような状況で———」


 その瞬間、勢いよく相手の頬を叩いた乾ききった音が部屋に響いた。私が、彼が言葉を言い切る前にもう彼の頬を思いっきり叩いていたから。

 そして驚く彼をそのままに、私は彼の襟首を掴んで思い切り眼前に引き寄せる。


「ふざけないでよ!」


 ここまでの人生で一番大きな声でそれを叫んだ。上官にこんなことをするのは不敬極まりない、もしかしたら処罰されて死ぬかもしれないけど…彼の発言だけは許せない。


「私は! 私は、貴方を護りたかったからここまで来たんだ! 私のことを助けてくれたのは貴方だったから!」

「…それは、どういう」

「貴方が…貴方が死ぬなんて認めたくなかっただけなんだ、貴方に生きててほしかっただけだ! だから全部放り投げてきたのに!」


 私の言葉を、彼は呆気にとられた様子で聞いていた。信じられない、どうして、とでも言いたげに。

 どうしてそんな顔するの。


 あんなに伝えたのに、まだわからないの?

 こんなに、こんなに伝えたのに。


「私にとって貴方は、世界で一番綺麗で、かっこよくて、優しくて…世界で一番幸せでいてほしいのに」


 涙で前が見えなくなりながら、それでも彼を睨みつける。そして堪えられなくなったそれは、私の顔を下に向かせるには十分で。


「愛してるのに…!」


 特別扱いなんて要らない。貴方が生きてくれればいいの。

 優しい貴方が、穏やかにお茶でも飲んでる時間が増えたらいいって思って、祈って。

 それなのに貴方は死んでしまったじゃないか、あの時世界からいなくなってしまったじゃないか。


 否定できるものならするよ、必死にもなるよ。

 私は、絶対に二度も貴方を失いたくなかったんだ、だから、


「あの時私は。貴方が生きててくれるなら死んだって良かったんだ!」


 やっと貴方の元に来られたんだ。あの時一番後悔したことを果たせたのに、どうして権力目当てだなんて思われたんだろう。

 悔しい、悔しいよ。悔しいまま、私は下を向いたままで彼の襟首を乱暴に解放する。


「…失礼しました。申し訳ありません」


 そのまま全部を無視して部屋を出た。

 素直に、これ以上心が保ちそうになくて。


「…っ」


 なにが彼をあんなに卑屈にさせるんだろう。どうしてこうなったんだっけ。

 そんなことが頭を巡っても、もう何も考えられないでいる。

 それが一番、悔しい。


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