どうしてお前があの人を嗤うんだ
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あの人を引っ叩いてから、一晩明けた。
騒ぎを見ていた誰かがことを上官に伝えたみたいで、部屋に戻る前に地下牢へと私は連行されている。
まぁそうもなるだろうと思う自分は確かにいるのでおかしいとは思わないけど、地下牢の冷えた空気は怪我人用の簡素な服を纏っただけの体にはこたえる。
「さむ…」
申し訳程度で置かれていた薄い毛布を体に包んでやり過ごそうと試みてるけど、それ以上に上官に思いっきりビンタして今生きてることはそれなりに奇跡だと思う。
だって相手は組織で二番目に偉い人…普通はクビだしこの世の中ならその場で殺されても仕方ない。
しかも怪我の治療はしてくれるって話だし…なんか状況がちぐはぐに見える。まぁここまで時間が経ってるのにちゃんと処置してないから、それこそ前線には帰れないだろうけど。
「…ルカさんはどうしてあんなことしたんだろ」
自分の話は一旦横に置いてもいい、そんなことよりルカさんの行動の方が気になる。
確かに“王国騎士団副団長”という栄えある肩書に寄ってくる邪な輩は、数え切れないくらいいると思う。きっとその中には味方のフリをして彼の利用を目論んでいた奴もいたはずだ。
「私もそんなふうに見えてたのかな…」
でもそれはちょっと変だ。彼ほど頭のいい人が他人の下心の種類を見抜けないなんて考えられない。
私にも下心はあったけど、それは別に簡単に昇進したいなんてチンケなもんじゃない。あの人のそばに行ける力が欲しくて、あの人と話ができるのが嬉しかっただけだ。
私のせいでルカさんが馬鹿にされる要素が増えてしまったのは、私が悪いけど。
私が、あの人と何かあると下手に緊張してしまうので、私がルカさんのことが好きなのは周知の事実となっている。それを話の種にされているんだ。そうやって迷惑をかけている。
そのせいなのかな、やましい下心があるって思われたの。確かにこんなの感情重いしやましいけど、昇進だの権利だのそんなものが欲しいと思われてたなんて。
命の恩人って言ってくれたのが嘘のようには感じなかったけど、やっぱり何かおかしいような。
「人間不信っぽく見えるし、それで卑屈なのかな…」
彼の言葉の端々から感じるに、私には彼がとても卑屈な人に見える。彼の言動と背中はとてもじゃないけど地位と権力と才能を持っている人のそれには見えない。
卑屈に見えるのに背筋がいつも正しいのが、少しちぐはぐで好きなんだけど。
彼は他人の言葉を信じることが難しいのかもしれない。褒めてもらえる言葉は全部詭弁に聞こえてるんだろう、それこそ兄であるレオと自分をいつも比較してるのかも。
そんな彼の卑屈さは、前世でいた妹に似ているなと…少し思っていた。
妹は幼い頃、友人グループの心無い言葉で他人が…というか自分を認めてくれる存在を信じられなくなってしまって、何か評価されるようなことがあってもいつも「偶然だ」と笑って聞き流していたのを思い出す。
原作ではキャリントン家に纏わる小ネタも少なかったし、あの家でルカさんがどう過ごしていたのかもわからない…私が知らないことばかりだと思うし、もしかしていじめにあったりしてたのかな。それとも親が口にできないくらい厳しかったとか?
何にせよ由々しい事態ばっかりだ。真実を知りたかったらここを出て調べるしか手はないんだけど…この腕でそれをやるのは至難の業でもある。
「くそっ…」
行き場のない感情をベッドにぶつけても、硬くて薄いマットレスじゃ拳が痛いだけ。そんなことに更なるモヤモヤを募らせていると、少し遠くから足音が聞こえた。
「…?」
誰だろうこんなところに、と一瞬思ったけど、もしかしたら処罰が決まって言い渡しにきた人かな…なんてすぐに思った。
少なくともいいことにはならないだろう、そう考えながらなんとなく柵の外を見ると、信じられない人物が私の前で立ち止まる。
「!? お、お疲れ様です! キャリントン団長!」
まさかレオがここにくるとは思ってなくてびっくりしたけど、反射的に敬礼で応えた。体育会系で鍛えられるこの反射神経って下手なミスしなくて助かるよね、我ながら皮肉っぽいけど。
レオは私の敬礼に軽く手を払って楽にするよう指示を出すと、警護でついてきていたと思しき騎士たちに帰るよう指示を出し始める。当然騎士たちは動揺を示すものの、レオは彼らを半ば無理やり追い払った。
「…」
帰っていく騎士たちをある程度見送ったレオは、呆然としているこちらを見た瞬間悪役よろしくニヤリと下衆さを感じる様子で笑う。
「…!」
レオは確かに作中でもオレ様キャラっていうか、圧が強いところあるけど…流石にこんな恐ろしい笑顔は見たことがない。何が狙いかわからなくて戦慄に息を呑むと、その愉悦を感じている表情を隠さず私に向かって口を開いた。
「お前だな、ルカに平手をかましたという女は」
「…はい」
正直、ここにレオがいるだけでも混乱してるのに話題の意図もわからない…どうしてレオがルカさんの話をしにきたの?
弟に手を出した報復とか?
それにしても、あの笑顔には嫌なものを感じる。できればこのまま逃げ出したいくらいだ。
「王国騎士団副団長に迷わず平手を喰らわせ、盛大に告白を交えた啖呵を切った挙句に地下牢とは」
「…」
事実ではあるけど馬鹿にしたような言い方が気になる。私を嗤いに来たの?
どんな嫌味を言われるのかと身構えているとレオが、
「くっくっ…っはははははははっ!」
まさかの額を抑えて大声でわらいはじめた。急な大声に驚いて体を跳ねさせる私に構わず彼はひとしきり笑い倒し、目の端にわずかな涙を浮かべた後で満足げにため息を一つつく。
「全く面白い女だ。相手に平手をかましてから襟首を掴み告白するなど聞いたことがない」
「…」
やっぱり嗤いに来たのか、と眉間に皺を寄せる。でもそれだと護衛を帰した意味はなんだろう。
にしても爆笑されるとは思ってなかった。私だってあんな形で告白なんかしたくなかったよ。ましてこんなかたちで、相手を本当に愛してるんだって向き合いたくなんてなかった。
ただ許せなかったんだ。あの人は私の命を繋いでくれたのに、その恩を返せないどころか下手な勘違いをされていたことが。
実際、あの時全然違う位置に配置した私があの場に都合よく居たのを見たルカさんが勘違いするのは…無理もない気はするけど。
相手の事情も考えないで感情的に手を挙げたのは私だし、そういう意味だと申し訳ない。後悔もしてないけど。
恥かかせちゃったろうなぁ…エルシィも巻き込んじゃったし、またやらかした。
「おい、お前名はなんだ」
「…イザベラ・アンブローズと申します」
「あぁ、アンブローズの家出娘か。ならばあの奇行も頷けるな」
くつくつと愉しげに笑いながらレオはこちらを見ている。その目はまるで珍しい見世物でも見ているかのようだ。
私見世物じゃないんだけど、と今すぐにでも口にしたい。言ったら口だけでも謝罪されるだろうか。
それにしても知らない間にそんな変なあだ名がついてたなんて心外だ。お父様に恥をかかせないようきちんと交渉して家を出たのに。
アンブローズの姓は名乗ってほしいとお父様から言われてるけど、家族が恥をかくなら断ればよかった。
「さて…アンブローズ。一つ交渉といこうじゃないか」
「交渉、ですか?」
「あぁそうだ。成立すればお前をここから出してやれる」
「…」
うわうさんくさ…と言うのを必死に堪える。まぁ見せかけかもしれないし、話は聞いてみよう。
「話を聞く程度の頭はあるようだな」
「一応…」
「では話そう」
一応、とは返しつつもつい懐疑心が表に出てしまう…正直いい話じゃない気がする。
「オレと婚約を条件に——」
「お断りします」
身構えていたら予感が当たった。
あまりにも突飛すぎて何言いたいのかもわかんないから話遮っちゃったけど、何を言いたいのか把握しても断る自信がある。
「ならばこのままここで暮らすといい、お前の切願が果たされることもないがな」
「自分の心に嘘をつくなら自死を選ぶと、そう決めてここに来ました。お気遣いは結構です」
どうせ私が前線に戻ることはないのだから、話は同じことだ。この腕の怪我を放置した代償は大きいし、どうせ受けられると聞いた治療だって大したものじゃないだろう。ならば余計そんなことはしたくない。
「オレと婚約の約束をするならば聖女の治療を受けさせてやるとも。何せオレの婚約者だからな」
「要りません。私は戦えないなら意味がないのです。お嫁になんて行ってしまったら、二度と戦えなくなってしまう」
嫁いだ女が前線に出るなんてありえない、そう誰もが言うだろう。貴族の家の女主人など、本人に権力がなければ何を言っても聞き入れてもらえない。
「貴方の言葉は最初から全て嘘だ。甘い言葉で引き寄せて、私を身動きできないようにさせようとしている」
「ふむ…思ったより頭が回るな。だが婚約など所詮口約束だ、オレを利用すればいい」
「それは初めから言っている通りです。一度でも自分の心に嘘をつくなら、死んだ方がマシだ」
私はレオを思い切り睨みつけた。だが相手は面白がるように笑うばかりでずっと余裕を見せている。
「くく…いいぞ、その目だ。お前は意志が強い」
「…面白がらないでください」
他人の決意を笑うなんて失礼な奴だな。しかも上から蟻でも見るようにこっちを眺めて笑ってる。
でも、彼は彼で何が狙いで来たんだろう。私を嗤ったかと思ったら今度は嘘か本気かわからない婚約話…おかしいところばっかりだ。
「何が目的ですか? 愚か者を嗤いに来たにしては笑えないご冗談を聞きましたが」
レオが私の目的を知っているのはどうせ騒動の話を聞いたからなんだろうとしても、どうして少し食い下がってまで私から口約束を引き出そうとするんだ?
これはこれでおかしい話だ、と自分よりずっと背の高い目の前の男を睨みつけながら考える。しかし私がいくら睨もうがレオは余裕げに笑うばかり。
オールバックにされた襟足の長いプラチナブロンドに切長の吊り目と緑色の瞳…同じ兄弟でどうしてこうも違いが出るのか。そしてその切長の吊り目に嵌められた緑色の瞳は今、眼前の見世物を嘲笑するかのように私を見下ろしている。その視線はとても気持ちいいものじゃない。
でも目の前の男は私の言葉にまたニヤリと笑うんだ。
「そんなものあの出来損ないから不相応なものを取り上げるために決まっているだろう。アレには常に身の丈というものを教えてやらないといけないからな」
「お前!」
“それ”を聞いた瞬間、私は右手を相手に伸ばしてその襟首を掴もうとする。でも相手はまたくつくつと笑いながら一歩下がって、悔しさの宿った指先だけが宙に残された。
「おぉ、怖い怖い…男には見境なく手を上げるのか?」
「そんなわけないだろ! あんたルカさんに何してるんだ!」
あの言葉で、私はつい根拠のないことを考えてしまう。
“こいつが、ルカさんの卑屈さの原因なんじゃないか”って。
なんの証明もないのに、あの蔑称ですらこいつが原因に思えてくる。どうしてだろうとも思うけど、相手の態度はそう思って欲しいようにすら見えた。
まさか人気キャラが裏ではこんないじめっ子兄貴のテンプレみたいな奴だなんて知らなかったよ!
「何を、も何も当たり前のことしかしていない。出来損ないであっても弟を可愛がるのは兄の役目ということだ」
「ふざけんな! ルカさんが馬鹿にされるところなんてどこにもない! ここの重要な作戦指揮は全てあの人が決めてるじゃないか!」
「あぁそうだな。頭脳は多少秀でているのだろう、それ以外には何もないが。哀れな奴だ」
「哀れだと…!?」
ルカさんが哀れだって?
日々勤勉に生きてるあの人が?
騎士としても人としても、心から尊敬できる人なのに。
いつだって家族に…カトレアに優しい素敵なあの人をそんな風に切り捨てるの?
そんな言い方って、なんだよ。
「キャリントンの人間が全ての武器を扱えるなど当然のことだ。しかしアレにはオレのようなカリスマ性も野心もない、両親から期待すらされていない…できるのは精々書類仕事とオレの目を補佐する程度とくれば、要は家の恥だな」
「お前な! 他人が支えてくれてるって価値観がないのか!?」
「無いな。人を扱うのがオレの仕事だ」
「…っ!」
はっきりと、レオは私の言葉を切り落とした。そのさも当たり前とでも言いたげな堂々とした姿に私は呆れて言葉を失う。
キャリントン家は子供に何を教えてるの? とてもこんなやつが騎士団の首領だなんて信じたくない。
「我が家は代々騎士団を背負う義務がある。形式だけの勝ち抜き戦をしてでも団長の選抜を行うのと同じだ」
「…だから他人を見下していいって?」
「それを問うのであれば、お前は“キャリントン”の文字の重さを知らぬだけのこと」
「…」
確かに私はキャリントン家について何も知らないけどさ…ルカさんも、きっとレオだって苦しい思いをしてきたんだろう。
私にはこういった家系の、物語にありがちな設定しか思いつかない。でももしその予想が当たってたとしたら、きっと二人は過酷で差別的な教育を受けた側面はあるはずだ。
そういった風習のようなものを変えるのはとても難しいし、今更部外者の私が何を言っても意味がないのはなんとなくわかる。
だから、ルカさんは自分を卑下してしまっているのかもしれない。
兄と比べて、比べられて、自分にできる範囲が明確になればそれだけ他人との違いは明らかになる。
それなら、
「なら私は、ルカさんを肯定し続ける」
他人にできることをすればいい。
私にだってできることはあるはずだ、だって他人だもの。身内の評価なんて一旦置いておいて、私は私の気持ちをあの人に伝えることができる。
「ルカさんは誰よりも素敵な人だ。常に周囲に気を配っていて細かなことをよく見ているし、騎士たちの特徴はあの人の頭に全部入ってる。罠の扱いはきっと貴方より上手だし、綺麗なプラチナブロンドの髪も、その長い前髪の奥にある優しい目元も、少し細い体も、勤勉で利発で、優しく笑う…彼は何をとっても素敵な人だもの」
届かなくてもいいんだ、こんな話。
他の誰が聞いてなくたって彼は素敵な人で、あの辛い時期の私を引き上げ続けてくれた優しい光であることは変わらない。
だから彼は、私にとって一生特別なんだ。
「はっ、誰が聞く? そんな戯言を」
「届かなくていい。貴方とここを出るより、ずっとその方がいい」
「…」
私の言葉に、レオは露骨に表情を変える。一瞬で切り替わった視線から感じるのは氷より冷たい殺気。どうやら私の返答がよっぽど気に食わない様に見える。
それでも私が気持ちを変えることはない。
本当に、彼が生きててくれることが嬉しかったから。怪我を庇いながらなんとか帰還して、そこで見た指揮に戻っているルカさんを見た時夢かと思った。
ずっと痛い腕が夢じゃないって教えてくれてるのに、信じられなくてその場で泣き崩れてしまって。
本当に、彼が生きててくれればいい。幸せになってくれたらもっといい…ルカさんに幸せになって欲しいんだ。
ただレオの提案を飲んでここを出るには、私は彼に思いを伝えすぎたと思う。言ったことに嘘がないだけに、仮にでも他人の婚約者になったらきっとあの人から信用を失ってしまう。
それなら、本当に死んだほうがマシだ。
「…ではここで死んでおくか、アンブローズ。あいつには自殺とでも伝えておいてやろう、お前が恨み言を吐いていたと添えてな」
「!!」
こいつ、私を殺してまでルカさんを追い込みたいの!?
信じられない! どういう倫理観してんのよ!
とは言え相手は流れるように鞘から剣を抜き刃先をこちらにちらつかせている。多分すぐに切り掛かってこないのは何かの脅しなんだろうけど、このままじゃ本当に殺されるだろう。相手はそれを目で語っている。
どうする…そりゃ私だって死にたくないけど、武器はないのに怪我がある。このまま死んだら、できることなんて化けて出るくらいだ。
いやそうなったら絶対化けて出てやる。
ルカさん以外のキャリントン家全員呪い殺して…
「「!」」
じりじりと迫る刃先に苦渋を強いられていたら、遠くの方で大きな音がした。驚いた私たちはついそちらに顔が向いてしまって、そしたら何かが全力で走ってきて、
「!」
ガイン! と重たい何かがぶつかった音が聞こえる。同時に何かがレオに切り掛かっているのが見えた。
レオは反射的に襲いかかってきた何かに対応して持っている剣で受け止める。そのままギリギリと音を立てて鍔迫り合っている相手を見て、思わず声が溢れた。
「嘘でしょ…」
そしてほとんどタイミングを同じくしてレオが呟く。
「ルカ…何をしにきた」
レオに刃を向けたのはルカさんで、私はもう何度目かわからない混乱に陥る。だけどルカさんは何も言わない。ただすごく差し迫ったような怖い顔をして実の兄の剣先を押し切ろうとしていた。
「また痛めつけられたいのか? オレのやることにしゃしゃり出るとはらしくもない」
「申し訳ありません兄上。しかし彼女だけは譲れない、過ちを繰り返すわけにはいかないのです」
「過ち? 何を言ってるんだお前は」
重なり合った刃は一度弾き合うように離れ、そのまま少しばかり距離をとった兄弟は睨み合う。
私は目の前で何が起きてるのか何もわかってないけど、でも流石にこんなところで戦ってほしくはないので何か止める方法はないかと考える。
怪我があるので正直眺めることしかできないし…と怪我を見つめ直した時、当て木が思ったより太くて頑丈そうなことに気づいた。
「…」
そしてふと頭をよぎる。
これは何かに使えるのでは? と。
「何を誤ったのかは知らんが、お前が吐く妄言などいつものことだ。その度に要らぬおもちゃを取り上げてきたというのに」
「彼女はものではない」
「ほう…恩知らずが何か言っているな?」
聞こえてくる会話と同調するように周囲の殺気が高まっていくのを感じる。空気が痛いほどひりついて、肌を焦がされるような独特の感覚を思い出した。
戦場は昨日の今日だというのに、とは思いつつも痛みに耐えながら包帯から引き抜いた当て木を、牢の鍵に向かって思いっきり振りかぶる。
「なんとか…なれよっ!」
言いながら、全力で牢にかけられている南京錠の金具を殴りつけた。だいぶ古くて錆びてるから、運が良ければ壊れるはずだと必死で殴っていく。
「ぐっ…」
当て木を振り下ろす度に体が揺れて骨折が痛む。ちょっとものを振ったからってこんなに痛いなんてどれだけ折れてるのよ。
「っ、ぐ…ぃ」
痛い。南京錠を殴る度に痛くて泣きそう。今すぐ辞めたい。包帯から当て木引き抜いた時も声出そうなくらい痛かったからもう少し考えればよかった。
でもこれだけ叩く音がデカければ二人の気が引けるかもしれないし。なんでもいいからあんな戦い止まってくれ。万が一でも、訳もわからないまま巻き込まれて死ぬのは流石に嫌だ。
「アンブローズ!」
呼ばれた名前に反応してハッと顔を上げる。すると殺気が和らいだのにまず気づいて、その後でルカさんがこっちに来てくれたのがわかった。
そしてルカさんは総毛だった真っ青な顔をして私の両肩を思いっきり掴む。掴まれた衝撃が折れたところにまで響いて痛さのあまり声が出た。
「何をやっているんだ君は!」
「な、なにってこんなところで戦闘はとおも…痛い痛い! まって揺らさないで!」
「だからと言って怪我に負担をかけてどうする! まだロクな処置さえされてないんだぞ!」
「すみませ…すみませんごめんなさいだからはなしてぇぇぇ!」
がくがくと力任せに揺さぶられて頭が揺れるけどそれ以上に骨折に響いて痛い。一晩経ったのにこんなに痛いってどういうこと!?
「…っは」
全力で揺さぶられててどうしたものかと思っていたら、視界の外から聞こえた声で勝手に止まりそれはそれで動揺する。そして何事かと声の方に目を向けるとレオが額に手を当てて俯き、
「ははははははっ! これは傑作だ!」
と、仰け反って笑い出した。
「「…?」」
彼が何に笑っているのかわからない私たち。だけどレオは何かに満足した様子で剣を鞘に収めると、ルカさんに向かって何かを投げた。
「! これは…」
投げられたものを受け取ったルカさんが顔色を変える。急にレオが物投げるから驚いてちゃんと見れなかったけど彼は何を投げたんだろう…。
「家出娘の見世物に免じて今日のことは許してやろう。聖女の元へ連れていけ、早くしろ」
「兄上…!」
「しかしその女はオレが貰う。すぐには飽きなそうな女だ」
そう言ってまたニヤリと楽しげに笑うレオを私は強く睨め付ける。しかしレオはそんな私ですら見世物のように楽しんで眺めていて苛立つ。
「お前との婚約を楽しみにしていよう、アンブローズ」
最後にそう言い残してレオは去っていった。
見えなくなるまで私がその背中を睨みつけていると、まだこの場にいる彼が私の名前を呼ぶ。
「アンブローズ」
「は、はい。副団長」
おかしい、レオに名前呼ばれると腹たつのにルカさんだと嬉しくなる。これが印象の効果。
「今鍵を開ける。怪我に気をつけて出てくるように」
「…いいんですか?」
私は貴方の頬を叩いたのに、とまでは流石に言えなかった。でも上官を引っ叩いたことに対する罪悪感はあるので、やっぱりいいのだろうかと悩んでいると彼が静かに私を見て頷く。
「問題ない。団長がくれた鍵だ、有効に使おう。理由もあるし」
「理由、ですか?」
「『戦力的に君を失えない』というやむを得ない理由がある」
「…はは」
どこか表向きとして納得できる絶妙な言い訳に、私は小さく笑ってしまった。だって表向きとしても正直無理やり感すごいし。
本当はどうしてここを開けてくれるのか、なんとなく怖くて訊くことはできなかった。でも彼が良いと言うのなら、とそれを罪悪感への言い訳にして牢を出る。
「さぁ、捕まって。僕が運ぶから」
「え!? いやそれはダメですよ! 上官の方に支えていただくわけには」
「いいから」
「きゃぁ!?」
くどくど言い訳してたら捕まるどころか抱き抱えられた。しかもこれお姫様抱っこじゃない?
ていうか腕を相手の首に回して姿勢整えるとか全くしてないけどどうしてこんなに安定してるの?
こんなに細身なのにそれだけ体幹あるってこと…?
しかもいい匂いするような。イケメンってやっぱいい匂いなのか…?
あたまぐるぐるしてきた。どこに運ばれるのかもわからないし、けど腕折れたままだから着地の時バランス取れないので抵抗できないし、心臓がパニックでどうしたらいいかわからない。
「ふくだんちょお…! これはさすがに…!」
「こうすれば君も暴れづらいだろ。腕も庇えるしちょうどいいと思うけど」
「…」
この反応はもしかして現状の行いが無自覚だったりする…?
私の方は絶対顔は真っ赤だし、心臓うるさくて破裂しそうだし、脳みそは浮かれと申し訳なさと羞恥がダンスしてるしどうにかなりそう。
だれかたすけて。
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