貴方のことの方が大事に決まってる
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その日、私は城内の廊下でヒステリックな叫びを聞いた。
「もうっ! どうして私ではいけませんの!?」
城内の見回り当番が来ていたので担当している区画を歩いていたところ、甲高い女性の不満が爆発したような声が聞こえる。
曲がり角を左に曲がってそのまま視線を正面に向けると、その先の十字路のど真ん中で井戸端会議をしている複数の令嬢を見かけた。その中心には長い金髪をドリルツインテにしている私と似たような歳の令嬢がいる。
私は所詮ヒラの騎士なので「そこを通してください」とご令嬢方に言えるわけもない。なのですぐそばのドアの前でさも護衛のように立ち止まり、そのまま彼女たちの会話を盗み聞きすることにした。
「私にも聖女の適性はありますのよ! それでいて地味でチンケなエルシィよりも私の方がケント様にふさわしいですわ!」
人気がない場所とはいえ往来のど真ん中だというのにドリルツインテはキーキーと不満を爆発させている。
このやかましいご令嬢こそ、イザベラの“代打”だ。
私が騎士に上がるまでの六年の間にできた友人の中にはなんともいけすかない死神の存在がある。彼女は初対面の、しかも街の大通りで私が異世界転生者だと見抜き…それを騒ぎにしようとしたところをなんとか口止めしてからの付き合いだけど、彼女が言うにこの世界には“因果律がもたらす強制力”と言うものがあるらしい。
それはこの世界がある程度漫画通りに進むよう見えざる手が軌道を調整する作用で、いわゆる世界に対しての“暗黙のルール”だ。
故に、私ことイザベラが悪役令嬢にならなかったせいで生まれた代打があの令嬢ということ。
そして私の予想通り、王城決戦編での戦いは大きなイベントなので避けることはきず、それこそ勇者たちの旅立ちなんて絶対に不可避だと死神は言った。彼女の発言から考えるに、見えざる手からすれば聖女を目の敵にして勇者ケントたちの冒険に茶々を入れる存在は案外必要だったらしい。
とはいえイザベラはあんな雑なですわ口調でもドリルツインテでもなかったけどね!
イザベラ・アンブローズは黒曜石のような艶めく黒髪にルビーの様に煌めいた赤い瞳、まるで陶器のように白くて綺麗な素肌を持ち、炎魔法を使いこなすクールで美人な最高の悪役令嬢なんだから。
性格はきついし冷たいけど…ケント以外には優しくないけど…。
「ミカエラ様かわいそう…」
「聖女適性が全てではありませんのにね…」
取り巻きが何やら彼女を慰めている。なんとまぁ適当な慰め方の伝わる物言いだろうと聞いていると、それでもドリルツインテことミカエラ・サンドリット令嬢は少し気を持ち直したのか今度はドヤ顔で口を開く。
「よろしくて皆さん? エルシィは所詮平民上がりで、ドジで、間抜けで、かわいそうなお上りさんですの。しかし私は都会的で優秀で、家の階級も高い選ばれた人間ですわ。ケント様も私といる方が幸せなのです」
何を根拠に…と彼女の発言にツッコミを入れたいところだけど、それ以上に私の腑はマグマの如く煮え繰り返っている。
ミカエラにも、それをもてはやす取り巻きにも。
確かにエルシィは一見大人しくて何もないところで転けたりするような子だけど、とっても優しくて意志が強くて芯のあるいい子なんだよ。あんたみたいに高慢チキで自己中でもないし、他人に差別的ことなんて絶対に言わなかった。料理も裁縫も得意で、適性が巫女の中でも最高値だから彼女は聖女なの。
実力と魅力を兼ね備えて、作中でも屈指の人気を誇り誰もが認めるヒロインになんてことを言うんだ。
原作ファンとしてはミカエラの発言に腹を立てないでいられない。ここは無礼を覚悟で一言言ってやろうと体をミカエラに向けた時、
「失礼、サンドリット嬢」
私から見て右側の通路からルカさんが現れた。今日もプラチナブロンドの前髪に彼の美しい御尊顔が隠れているのは勿体無いと思いつつ見ていると、突然かけられた声に一瞬驚いたミカエラとその取り巻きが彼を見て当てつけるようにくすくすと笑い始める。
「あら…これはこれは“おこぼれ様”のキャリントン副騎士団長ではございませんか。ごきげんよう、何かご用でして?」
ミカエラは嘲笑を隠すことなくルカさんに見せつけていた。その姿は、まるで虫のいどころが悪いのを他人を蔑んで憂さ晴らしに変えようとしている様にしか見えない。
「覚えてくださっているようで光栄です。サンドリット嬢はこのようなところで何を?」
「これから皆さんとどこでお茶をするかお話ししていましたの。なにか迷惑かしら?」
「そうでしたか、では自分は少し早とちりをしてしまった様です。遠くからでも聴こえる貴女のお声に、てっきり何やら騒ぎかと思い駆けつけたのですが」
「っ!」
ルカさんの言葉に、ミカエラは不快げに眉間に深い皺を寄せて彼を睨みつける。まぁミカエラからしたらたまったものではないだろう。簡単に言ってしまえば彼女は今「声がデカくてはしたない」と嗜められたのだから。
「貴方! 騎士風情が侯爵家の令嬢に口を出していいと思っていますの!? お父様に言いつけますわよ!」
「お好きに。“貴女に意見のできない”部下にくだらない愚痴を聴かせるよりいい」
「!!」
気の立ったミカエラに向けられた冷たい言葉に、あまり視界を向けきらない様にしていた自分の視線が上がってしまう。普段のルカさんならこんなことに首を突っ込むともそもそも思ってなかったのに、厄介な令嬢相手にそんなことを言うなんて。
それに、部下って私のことだよね? ここにいる騎士はルカさんと私だけだし…どうして私のことを引き合いに出したんだろう。
「愚痴? 言いがかりはよしてくださる? 私は事実を…」
「貴女にとっては事実なのでしょう。だが周りからすれば八つ当たりと何も変わりはない。なんでもない他人だからと言ってエチケットを持ち合わせないのは些か宜しいことではないかと」
「なんですって!? この私に平民以下の存在を気にかけろと!?」
ミカエラは先ほどまでとは比べ物にならないほど大声を上げる。所詮娘であって侯爵本人でない、ただの七光りが何を偉そうに…とは思うけど、確かに私みたいなヒラの騎士や平民に彼女たちに向かって意見できる権利はない。
日本で言うところのパワハラ人間が当たり前、みたいな社会構造なんだよなここって。ここでは権力が絶対で高圧的な人が多くて、ルカさんみたいなある程度でも気を遣ってくれる人間は多くない。日本じゃ偉い人間だからこそ目下のものを労うのが美徳、みたいなものがどこかにあったけど…少なくとも貴族でそういった人を見た記憶はないなぁ。
正直今ミカエラがルカさんのこと“おこぼれ様”って言ったし今すぐぶん殴ってやりたいけど、この空気の中に入るのはよくないと理性が言っている。
せめてもの思いで静かにミカエラを睨みつけていると、再びルカさんが冷たい言葉を落とした。
「サンドリットの名を語りたいのであれば、尚のことその美しい顔に泥を塗るような真似はやめた方がいい」
「…っ」
「少なくとも…僕のような落ちこぼれになりたくないのならね」
場に落ちた言葉は淡々と、静かで…空虚な冷たさに満ちている。まるで何かに絶望をしているかのようなこの声音に、私はどこか引き込まれてしまうのと同時に確かな怒りが込み上げた。
貴方にその想いを抱かせたのは誰? と。
「…話すだけ無駄ですわ。いきましょう皆さん」
ルカさんの言葉に少し怯んだような表情を見せたミカエラは、彼へ向ける表情を嫌悪のそれに変えるとそのまま彼を一瞬睨んで取り巻きと共に去っていく。
それを目で送った私はすぐルカさんの元に向かった。
「申し訳ありません、副団長」
「君が謝ることじゃない。不快だっただろう、よく耐えた」
「いえ…」
彼の言う通り、今も腑は煮え繰り返っている。散々言ってくれやがって、と。
確かにミカエラにも怒ってる。怒ってるけど。
「サンドリット嬢は難しい性格の方だ。女性の嫉妬は恐ろしいと言うし…」
「そうではなくて」
「?」
ルカさんが気を遣って優しくこえをかけてくれてるのはわかってる。でも私が怒ってるのは彼女のつまらない八つ当たりに使われたことじゃない。確かに一見そう見えるとは思うし、エルシィへの悪口は本当に許せないけど、それ以上に自分が許せないんだ。
「貴方が侮辱された時、私は何もできなかったので…悔しくて」
「それを君が気にする必要はない。いつものことだ」
もはや慣れたことだと、そう言いたげにルカさんはその言葉を吐き捨てる。きっとこれまでもそうやってどうでもいいといった風に過ごしてきたのかもしれない。
“おこぼれ様”…ルカさんの蔑称。
ルカさんの実家であるキャリントン家は、代々優秀な騎士を輩出し続けている家系だ。平民から騎士としてのしあがった初代キャリントン氏から長く続くその歴史は今も輝いている。
実際、ルカさんの実兄であるレオ・キャリントンは王国騎士団の栄えある団長を務める実力とカリスマ性の持ち主で、作中での人気もずば抜けて高い。
相棒のように描かれている第一王子サミュエルとの仲を追いかける人も多く、イベントには毎度薄い本のスペースが広く取られていたほど。
でもそのせいでルカさんは影が薄いと言われ、その派生として“親と兄のおこぼれに預かっている副団長”という意味で“おこぼれ様”と揶揄する奴らがいる。でもこれはこちらに転生してきて初めて知ったことでもあった。
恐らくメインサブであるレオやサミュエルほど掘り下げる必要がないとか、設定はあるけど作家が描きたくないとか…いろんな理由がそこにはあるんだと思うんだけど。
あくまで漫画で描かれているルカさんはレオの臣下でありカトレアの保護者といった側面が強い。
でも私はルカさんが訓練中に誰かに遅れをとっているところなんて見たことないし、魔法だって武器の扱いだって一流であることを示してる。
十発以上の矢を正確に的の中央に当て続けて、初級魔法で大木を切り倒し、作戦中拾った大剣で窮地を凌ぎ、得意な槍を使わせれば負け無し…そんな人なのに。
作戦指揮能力は漫画と変わらず高いし、護衛の当番の人選も上手い…どう考えても騎士団に所属してる人間の顔と名前と能力を全て把握してるとしか思えない。
それなのにいつも冷静で表情は大きく崩さないし、偉そうな態度押し付けないし、従士にだって声をかけてくれる素敵な方なんだ。
漫画で見てた時より何倍も今の方が貴方を好きで、休みの日くらい穏やかに過ごしてほしい、幸せであってほしいって本当に思うのに。
「それは他人を馬鹿にしていい理由にはなりません。副団長は私が思う中で最も素晴らしい上司です」
みんなで寄ってたかって馬鹿にしていいって風潮で彼を嘲笑う、その神経が理解できないししたくもない。
そのせいで何度も周囲に噛みついて、でも私も弱いからいつまでもただ暴れてるだけのやつで。
あんな酷いことが“いつものこと”なんて簡単な言葉で片付けられていいはずなんてない。もっと怒ってよ、そしたら私が全部ぶん殴るから。
「そんなにできた人間ではないよ、僕は」
「そんなことない!」
彼の言葉に思わず言い返してしまった。
驚いた様子で前髪の奥で少し目を見開いている様に感じる彼に、私は言葉を続ける。
「私にとって貴方は世界で一番かっこいいの! 武器の扱いがうまくて、指揮はいつも効率的で、それでいて優しさを忘れてなくて」
「…」
「静かで、真面目で、勤勉で、いつも自分の役割を確実にこなしてる…本当に、素敵な人なんです!」
私はできるだけまっすぐに彼を見た。
自虐的に影を背負う彼に少しでも届いてほしい。少なくとも、貴方はそんなに自分を卑下する必要なんてないって。
だから届け、貴方は素敵な人なんだって届け。
「誰が何を言おうが、私は誰より貴方を尊敬しています。だから」
「…だから?」
私はそこで、ぐっと拳を握りしめて頭を下げる。悔しくて泣きそうなのを必死に耐えて。
「弱くて、申し訳ありません」
「弱くて?」
「私が、あの時会話に割り入っていける勇気があれば、あんな侮辱許さなかったのに。私はあの時、あのまま割り入ったら貴方に迷惑をかける気がして、感情的になってしまいそうできなかった」
私がもっと冷静に言葉を選べていたら、下手に出ながら相手に意見の一つもできたかもしれないのに。
ミカエラがルカさんを蔑称で呼んだ時、本当はあの女の頬を引っ叩いてやりたかった。何も知らない貴族の令嬢が、他人を馬鹿にしてばかりの人間が、ルカさんのことを何も知らないで嘲笑うように蔑称で呼ぶ。
でも手を出さなかったのは、ルカさんがそこにいたからだ。私一人なら死んでも良かったかもしれない、少なくともその時は自分の本懐を忘れそうになる程頭がカッとなっていたけど、ルカさんがいる前であの女の頬を叩きでもしたら彼を巻き込んでしまう。
それはダメだと、私は思いとどまってしまった。
「本当に…申し訳ありませんでした」
悔しい思いが言葉を濁らせる。泣いても何にもならないと、溢れるものを堪えるために顔を上げると、なぜかルカさんがまた顔を赤くしていた。
口元は押さえてるけど耳まで真っ赤で、流石にどうして…?
そんなに…まぁキモいって意味で恥ずかしいことは言ったか。そう考えるとやっぱ怒ってるかもしれない。やばいやらかした。
「ふ…副団長…?」
恐る恐る彼を呼んでみる。顔が赤いのやっぱ可愛い…なんて思ってはいけない。何かあったら平謝りしかできないのに。
でもやっぱ譲れないよ、ルカさんは私の最高の推しなんだから。粗雑な扱いなんて絶対ダメ、なんなら生きていてくれるだけでシャンパン開けたい。
なので、開き直るようだがキモオタ早口も譲れないのだ。怒られても、謝ったところで絶対に彼が納得するまで言い続けると私は心に決めている。
「…」
しかし相手は固まっているので当然気まずい沈黙が訪れるわけで。いやこの展開多いな? とは思いつつも彼をじっと見つめて返答を待つ。
にしても、もし万が一奇跡が起きて私の言葉に喜んでるんだとしたら、本当に褒められ慣れてないんだろうなぁ…いいとこのお坊ちゃんなのは事実なのにどうしてなんだろう。
まさか、この手のキャラにありがちな過去は虐げられてた系!? 兄が優秀で周囲から馬鹿にされる的な…えぇ、そんなこと言ってるやつ全員殺してやりたい。
とはいえ、そんなことを考えているうちにも時間は経つわけで、その間に彼がちらりと私を見たように感じた。首の動き方的に。
しかし彼はすぐ後ろを向いてしまって、やっぱり怒らせたか…と覚悟を決めていると、少しばかり震えた声が聞こえる。
「…すまない、その、失礼する…」
そして彼はそれだけ残すと去っていってしまった。まぁ私に用事があってきたわけじゃないだろうし追いかけるつもりはない。
「正直それはそれなんだよね…」
それにしても少し妙だ、と私は見回りを再開しながら考える。
彼の蔑称がある意味で身内である騎士団の中で囁かれている分にはわからないでもないけど、どうして関係ないミカエラまでが知っているの?
騎士団副団長という立場がそうさせるんだろうか、それとも誰かの差金?
裏に何かあるなら、早く突き止めなければ…そんなことを考えながら、私は次の見回り場所である食糧庫へと向かった。




