ちょっとヤマカンが当たるなんて思ってなくてですね…
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「君」
不意に呼ばれたのが自分のことなのかはわからないまま、とりあえずで声の方に振り向く。すると声の主は予想通りルカさんだった。
「私でしょうか?」
さも普通を装って相手に問う。心臓は喜びと緊張で高鳴ったまま。
相手に心音が聞こえたらどうしよう。だってこの間の、彼の真っ赤な顔を見てしまってからそう日は経ってない。彼の顔を見るだけで、あの光景が頭を過ぎる。
「あぁ。今手は空いているか?」
「はい」
「なら少し手伝ってくれないか」
「? わかりました」
***
よくわからないままルカさんに連れてこられた一室の中は、どうにも煩雑としていた。
スペースの空いた本棚があるのに入らないで床に放ってある本とか、雑に積み重ねられた紙で作られている何本もの柱とか、それこそ床に紙が散らばってて足の踏み場ないし。
「資料を一つ探しているんだが、何せこの状況だと一人でやるには骨が折れてな」
「確かにとんでもないことになってますね…」
どれだけ雑に扱ったらこんなことになるんだろ…暇があったら片付けないと気が済みそうにない。
「書類仕事となるとここでは嫌われ者なせいか、どうにもいかない。進んでこの状況をなんとかしたいと思う人間の方が稀だ」
「えぇ…? 私だったら片付けたいですよ、こんなの」
正直言って信じられないよ、こんな仕事しづらい状況なんて。書類仕事に求められる最もたるものは効率なんだから。
“面倒だから、効率的に”…私の信条である。
「なら任せていいか?」
「え?」
「片付けたいんだろう? こちらとしても助かる」
「構いませんが、時間が欲しいです」
やりたいのは本当だけど、徹夜して倒れましたなんてことになるわけにはいかない。そうしたら訓練にも支障が出るし…自分としても他人への迷惑としてもそういうのはやってはいけないから。
「わかった。三番隊には僕から話をつけておこう」
「あ、ありがとうございます」
まさかすんなり話が通るとは思ってなかった。それだけここをなんとかしたいんだな…。
でも私が自分の用事でここに来ることになったらそれこそ卒倒しそうだし、作業自体にはなんの異存もない。
こういう融通が利くところ、いい仕事場だな…昔じゃ考えられなかった。やっぱ転職した方が良かったよね、と今なら思う。そんな時間なかったけど。
「一先ず目の前の探し物からだ。重要な書類や資料もあるから気をつけるように」
「はい…!」
***
とりあえず床に散らばった紙をまとめるところから作業は始まった。と言っても床にあるものを拾って粗雑に重ねただけだけど。
そこからは紙束の柱からいくらか紙を取って、中身を確認して、目当てのものでなければ傍に置いて…を繰り返す作業。
ついでに言えば悲しいくらいこの部屋に置かれた紙に呆れる時間でもある。
端から端まで本当に粗雑な仕事だ。経理系の請求書の控えとか武器の購入履歴や管理用のリスト、作戦や損壊物の報告書、今じゃ当てにならない重犯罪者の写真付きのリストまで…全部雑多に積み上げられている。
本当に雑すぎて信じられない。日本の会社でこんなの見たらキレながら片付ける自信がある。今はルカさんがいるから顔に出さないけど。
「嫌気が差すだろう、この光景は」
「あ、いや…」
顔に出さないようにしてたのに、抑えきれない怒りが顔に出てしまっていただろうか。心を見抜かれたようなことを言われるとついどもってしまう。
「隠さなくていい、嫌気が差しているのは僕も同じだ。元々は僕が管理していたんだが、今の席に着いたらそうもいかなくなってね。こうなるまでに時間はかからなかった」
「そう、だったんですね…」
おかしいな、ルカさんが副団長になってからここまで数年しか経っていないような…何したらこんなに散らかるんだろうか。
なんか、この煩雑さに紛れさせるように隠されてた怪しい帳簿のページとか見つけたら嫌だなぁ。それこそ汚職の履歴として変なやり取りの手紙とかあったりして。そう考えると片付けを安易に受けたのは失敗だったかも。
「見ての通り荒くれ者どもの頭に“整頓”の二文字はないらしい。まぁでも、もし妙な書類を見つけたら教えてくれ」
「は、はい…」
あれ、意外と口が悪いところもあるんだな…なんて新しい部分を見た。作中だと描かれてなかった言い回しだな、なんか新鮮かも。
腹が黒いとか若干皮肉っぽく口が悪いとかは、まぁ頭脳派キャラの定番と言えばそうだけど。
「ところで資料は見つけたか?」
「えっと…まだ…」
彼の探し物はまだ見つかってない。この書類の山の中じゃ無理ないと思うけど、ルカさんが探しているのは最新版の指名手配犯のリストと言っていた。
でも二時間探して見つからない最新の重要書類なんて、どう考えても誰かが適当に扱ったとしか思えない。この山の中に一体幾つの捨てていい紙があるのかと思うと今からため息が出そうだ。
「そうか…どうしたものかな」
「何かあったんですか?」
「君は知らなくていいことだ」
「…失礼しました」
何かあったんだな…それか起きかけているか、何にせよきな臭そう。
ん? でもルカさんは指名手配犯のリストが欲しいんだよね? なにか原作にそんな話があったような…。
「あっ」
「?」
「! い、いえ、風の噂を思い出しまして」
「風の噂?」
「ゲドー・ヴァルキンが捕まったとかなんとか、誰かが話してたのを聞いて…」
あはは、とぎこちない笑いで誤魔化す。噂なんてないってバレないといいけど。
ゲドー・ヴァルキンは勇者であるケントとその仲間が最初に訪れた村で戦う大きな盗賊団の首領。奴らは村の娘を何人か誘拐して村人たちに食べ物や金を貢がせていた。
それを知ったケントは一人村を飛び出してゲドーのところに行っちゃうんだよね。
それこそゲドーは最初のボスキャラって感じで、魔法は使えないけど狡賢くて保身的だからアジトのなかはトラップまみれ。ケントは何度も死にかけながらゲドーのところになんとか辿り着く。
でもゲドーは腕っぷしも強いからボコボコにされちゃって、途中でエルシィたちが来てくれたから勝てた感じだったなぁ。
序盤だからこその熱い展開なんだけど、時系列が合っている自信はない。いくら首都から次の村までは離れてるって言っても、二週間もかかるかって言われたらそんなことはない気がするし。
なのでこんなものは所詮ヤマカンだ。
「随分とよく吹く風だな」
「そ、そうですかね…? 私はたまたま聞いただけなので…」
そして訪れる沈黙。
でも、もしかして合ってるなんて言わないよね?
まぁまだケントたち旅立ってそんなに時間てったないしな、くらいの軽い気持ちでしかないんだからきな臭いことに巻き込まれたくはない。
「と、とりあえず探すの再開しますね! 副団長はそろそろご休憩でも…」
「いや、いい。そんな暇はない」
ルカさんはそれだけ言うと作業を再開し始めた。私もそれに倣って書類を仕分けていると、ふと棚の上に紙束があることに気づく。
「んっ…」
なのでそれを取ろうと手を伸ばしているわけだけど、あと少し届かない。
「あとちょっと…!」
ぐっとつま先を伸ばして手を伸ばす。そしてなんとか指先が紙束を摘んだ時、
「きゃぁ!?」
そのまま後ろにずっこけた。背後に向かって倒れ込んだ体がほんの少し宙を舞う。そういえば背後も本棚だった、と気づき頭を打ちたくないと背筋を丸めるも、次の瞬間背中に感じた衝撃は柔らかく、それでもどこかぶつけたのか、背後のからは紙の柱が崩れ落ちる音が聞こえる。
「…?」
目を閉じたまま、何が起きたのかと疑問を感じた。体勢的に自分が今何かに支えられてるのは間違いない。だけど、どうして…と目を開けると、
「何をしているんだ君は」
呆れ顔のルカさんがこちらを見ていた。
「!!!」
一瞬で頭が真っ白になる。
何が? どうなって??
「大丈夫か? 怪我は?」
「だい…だいじょうぶです…」
心配してくれている言葉に震える声で返答すしたはいいけど、ハッと我を取り戻した瞬間私は相手から飛び退いた。
「すみませんすみません! お手数をおかけしてしまって!」
「そんなに頭を下げることじゃ…」
「いえ、すみません…」
まずいまずいますい。背中が熱くておかしくなりそう。
だって今私を支えていたのはルカさんなわけで、それってルカさんが私に触ったってことでしょ?
防具つけてるからちょっとわかりづらかったとはいえ、しっかりと支えてもらってたのはわかって、相手は余裕そうだし、やっぱりしっかり筋肉あるよなって考えてしまって恥ずかしい。
「何があった? 急に倒れ込むから、部屋の煩雑さが増した」
「すいません…棚の上のものを取ろうとして…ってそうだ書類!」
倒れた拍子に柱と化していた書類を倒壊させてしまったので、周囲の足の踏み場がなくなってしまった。
これを片付けるのは面倒だな…とは思うものの、そんなことよりとさっきなんとか回収して手に持っていた書類に目を向ける。
「えっと…」
その紙束は上の方が紐で閉じられていて、表紙には特に何も書いてない。けど中を覗くと何やら写真と共に経歴などが書かれた人間がまとめられたリストみたいだ。
パラパラと流し見をしていると、ちらほらと見たことのある犯罪者たちの顔ぶれの中にゲドーの姿を見つける。もしかしてルカさんの探し物ってこれ?
「副団長、この書類を確認していただきたいです」
私がルカさんにリストを渡すと、彼も流し見るような感じで紙束に目を通していく。そしてそのまま納得したように一度それを閉じた。
「あぁ、これだ。棚の上にあったのか…」
「よかった! お役に立てまして光栄です」
呆れてものも言えないと言った様子のルカさんではあったけど、私としてはルカさんの役に立てて天にも昇る気持ち。んん〜〜〜嬉しい、神様ありがとう。
今日は良い日だ、このままだと時間的にお昼を食べ損ねそうだけど悔いはない。
なんてるんるんになって呑気なことを考えていたら、何やら視線を感じたのでそちらを見る。するとなぜかルカさんが不思議そうにこちらを見ていた。
「如何なさいましたか?」
「あ、いや…すまない。失礼だった」
しかも彼は私の言葉に対して気まずそうに視線を逸らす。
…もしかした挙動不審でキモいと思われたかもしれない。浮かれすぎた。
「いえその…こちらこそ浮かれて変な動きしてたろうと…すみません…」
「特に動いてはなかったが…?」
「それはそれで怖くないですか…? 急に微動だにしないのは」
明かされる衝撃の事実。てっきり喜びでうねうねしてたのかと思ったけどそうではなかったらしい。
いやでも、自分でも言ったけど急に動かなくなるのはどう考えても怖いよ。
「すまない、やはり失礼だったな」
「謝るようなことじゃ…私が勝手に浮かれてただけですし」
「浮かれたのか?」
「!」
また失言したと思った頃には遅かった。
何も考えないで本音なんて言うものじゃない。ただ貴方が謝るところなんてないと言いたかっただけなのに。
そんなことでなんか、恥ずかしいこと言いたくなかった。
「い、いやその、気持ち悪くてすみません! 目的のものも見つかりましたし私はこれにて!」
これ以上は気まずいと床に散らばる書類を踏まないように気をつけながらそそくさとその場からの撤退を試みる。下手なボロ出して困らせたくないし、これ以上はどうこうなる前に逃げよう。
「待って」
「!」
しかし彼の横を通りかかった私の肩は彼の掌によってしっかりと掴まれてしまった。彼の手が私に触れている興奮はあれど、それ以上に失言に対する叱咤が待っているのではと震えながら彼を見上げる。
「どうして君は、そう僕に構う?」
「え?」
「僕を褒めたり、今日も嬉しいと言って…僕は君に返せるものなどないのに」
「…? どうして見返りが前提なんですか?」
急に何言ってんだろう、この人。
あぁ、もしかして胡麻擦ってるって思われてるのかな?
やはり今は私を見てくれている、その長い前髪の奥にある彼の瞳は人間不信なんだろうか。まぁあれだけこそこそ陰口叩かれてたら無理もない気がするけど。
「私はいつだって、貴方は称賛されて然るべき方だと思っていますよ、それだけです」
「それは何故だ?」
「貴方をずっと、追いかけてきましたから」
「え?」
「ずっと…貴方の存在は私を助けてくれているんです」
伝わるように、嘘のない言葉をなるべく選ぶ。流石に異世界がどうのなんて話はできないけど、ずっと彼の存在が私の支えになっているのは本当だから。
私はいつだって貴方の幸せを願っている。それこそ現在進行形で。
前世で、コンビニの存在に何度助けられただろう。コンビニは二十四時間営業だから発売日なら夜中でも雑誌が売ってて、ふらふらな帰り道や残業で食べる夜食を買いに行く時に一緒に買う雑誌が私の唯一の楽しみだった。
漫画の登場人物はみんな好きだったけど、結局追いかけてるのは貴方だけで。
貴方が微笑むその瞬間が、私の救いだったんだ。
「…」
私の発言に驚いたのか引いたのか、わからないけど呆然とした彼が私の体を解放する。なので私はそのまま頭を下げて部屋を去った。
あそこで何かするのは、なんとなく無粋な気がして。
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