勇者たちは旅立った、では私は?
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正式に騎士として昇格してから一年半が経ち、私は今まさに目の前で魔王アルバートの住まう城へと向かう勇者とその仲間たちを、式典の護衛の一人として眺めている。
勇者と仲間三人の旅立ちは盛大な式典として扱われ、聖女エルシィと同じように信託を受けたという他の巫女たちの祈りと共に彼らは見送られた。
見送られてるってことは原作一巻の最後半の話か…私が騎士に上がってからしばらく経つし、王城決戦は避けられるイベントだとも思わない。でも同時に、“その日”がいつになるのかが明確でないのも現実だ。
一ヶ月後かもしれないし、三ヶ月後、半年経ってからかもしれない。
王城での決戦は、魔王アルバートが魔界の入り口となる離れ小島の手前の港までやってきた勇者たちに対して行う入念な嫌がらせだ。
突如現れた魔族の大群に対して国王が苦渋の決断で国宝である魔法通信機を使い勇者たちの一時帰還を要請する。要請を聞いた勇者たちは慌てて帰ろうとするも、歩きでは何日かかるかわからないとなって地元の魔族が牛耳ってる瞬間移動装置を奪って帰ってくるんだよね。
でも作中にちょろっと出てきた地図を確認するに、首都からその港までがそもそも何ヶ月かかるかわからないところにあるし、途中滞在する村で事件が起きたりもするから本当に時間軸が掴めない。
ケントと魔法使いのネイサン、それに騎士のカトレアは歩くのが早いかもしれないけど、エルシィは聖女として教会に篭り切りだった描写から考えれば足の速さも体力もあるとは思えない…そうなれば当然歩行ペースはエルシィに合わせられたものになってく。
今回魔族と裏で繋がっていた官僚の顔は覚えてるけど、物語の中では拘束されるところまでしか描写がないから何か重要な情報を握っていて、それが後からフラグとして生かされる可能性もあるかもと考えると、暗殺なんてしたら後が大変なことになりかねない。
私が読んでいた段階だとアルバートが何故人間を敵視するのか、という点については考察ができる範疇しか描かれてなかったし…小さなヒントでも一つなくなるだけで根本が瓦解する恐れがある。
読んでいた流れ的にはハッピーエンドに行きつきそうな感じだったし、そこから叩き落とすのが趣味とかいうヤバい思考を持った作家でないなら、物語が大筋通りに進めばハッピーエンドに進めるだろう。ていうかそうなってもらわないとルカさんが生き残っても幸せになれないので困るどころではない。
かといって私みたいな小娘が自分に正直になってこの先の展開を誰かに伝えたところで誰にも信じてもらえないか、最悪周囲を巻き込んだ悲惨な末路さえ想像できる。
つまるところ、私に残されているのはたとえ脳筋と言われようが騎士としてのし上がり、物理的に彼を護ることだけ…だからこそ、実力を伴った状態で彼のそばに居れるよう努力するしかない。
どの選択肢にも現実味はないけど、かといって代案も思いつかない現状をどうしたものかと思いながら、街の大通りを歩く勇者たちを眺めていた。
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「副団長、いらっしゃいますか?」
ある日、私は“副団長執務室”と書かれた看板が吊り下げられたドアをノックして、中にいる人物に呼びかけている。すぐに帰ってきた入室許可の返答を合図にドアを開けると、部屋の奥に置かれた執務机で書類作業を行なっているルカさんが目に入った。
ルカさんは私が目で追いかけているうちにしっかりと副団長の座まで上り詰めている。この六年以上という年月の中で、彼を見かけるたびについ視線で追ってしまうけど…なるべく視線は合わせないようにしているからバレてないと思いたい。
まぁルカさんの昇進に関しては、彼は槍使いのはずなのにどんな武器でも当たり前みたいに使いこなして風魔法は上級、他の四元素も中級程度なら公式設定通り簡単に使いこなしてしまうので…そこにあの頭脳が加われば何も不思議なことなんてないんだけど。
「…」
それにしても、と目の前で書類に集中しているルカさんにどうしても視線が釘付けにされてしまう。
いつも綺麗なプラチナブロンドの髪は相変わらず前髪が少し長くて目元が見えづらいから、書類を見ているせいで視線が下に向いている今ではその奥にある切長な垂れ目と新緑の瞳を拝むことはできない。
それに、私たち騎士は業務時間中は防具の装備が義務付けられていて、副団長ともなるともはやそれは甲冑なんだけど…それを着ていても彼は少し細身に見える。
だけど手の大きさに対して少し細い羽ペンを持て余しているその掌には、焼き付けられたように刻み込まれたタコが幾つも見て取れた。その硬く変わっていった、装甲のような皮膚の部分の数だけ彼が重ねた努力を証明している。
「どうした?」
「!」
やばい、ぼーっと見ていたら、相手が不審に思ったのか私に向かって顔を上げてしまった。それなのに不意打ちで絡まった視線に嫌でも心音が高鳴る。
「あ、いえ…申し訳ありません。隊長から預かっていました書類をお持ちしました」
そこから私は慌てて数歩前に出て、急いで書類を差し出した。すると彼が一瞬だけ書類に視線を落とし、受け取ろうと手を伸ばしながら、
「あぁ、ありが…」
ふと言いかけた言葉は途切れ、彼はそのまま私の顔面を見つめ始める。
「…?」
私の顔になにかついているだろうか? いやでもイザベラのかわいいお顔にそんな失礼なことはしないようにしてるしな…なんて思いながら図らずも絡まった視線の結果見えた彼の新緑の瞳に眼福を得ていると、そのまま数秒後に彼ははっと何かに気づいた様子で視線を逸らす。
「! すまない、人の顔をじろじろと見るものではないな」
「いえ…副団長さえ宜しいのなら構いませんが」
「…? 僕になら、とはどういう意味だ?」
「!!」
あ、しまった。そう思った頃には遅い。それでも私は反射的に慌てて視線を逸らす。何気なく出た言葉があまりにもよろしくない。
推しに見られて嬉しくないオタクはそう多くないと思うけど、それを口にしてしまうのは別問題だ。相手に不審感を与えてしまったかも。
「あ、いえ、その…副団長の瞳は綺麗だとずっと思っていましたので、前髪の奥にあるのが勿体無いと、それで…」
「…」
何かリカバリーをしようと口にした言葉でさらに墓穴を掘っている気がする。そのせいでさらに動揺が表に出ているのは確かなんだけど流石に『前世の推しが見てくれたのでありがたいです』とは言えないし、これ以上はなんて言ったらいいのか…。
ルカさんも私の挙動不審に引いてるのか何も言わないし、これは絶対キモがられて…!
「ふっ…」
しかししどろもどろと目を回していたら、目の前から何か吹き出すような音が聞こえてきた。驚いた私がぽかんとしたまま視線を正面に戻すと、何故かルカさんが口元に軽く手を当ててくすくすと笑っている。
「…!?」
「あぁいや、すまない。綺麗だなんて言われたのは初めてで、つい驚いてしまった」
「初めて!?」
状況が飲み込めていなかった私は、彼の一言で引飛んでいった。
初めてって嘘でしょ? だってあんなに端正なお顔立ちでいっつも見惚れるくらいで、漫画が載ってた雑誌で人気投票を行えばいつも十五位以内には入ってたのに。
この芸術のような美しさを讃える人間がいない…? そんなまさか、それは真面目に世界が滅んだほうがいい。
「そんなに驚くことか? 男に普通“綺麗”だなんて言わないだろう。団長や殿下ならそういった話も聞くが」
そう言ってルカさんはそれがさも当たり前のような、それこそなんでもないような顔をする。
でも私だって彼の言いたいことがわからないわけではない。ルカさんの実兄に当たる騎士団長のレオと、この国の第一王子であるサミュエルは所謂『顔がいい』ってやつで、その上王国側、つまり人間社会側の主人公とその相棒って感じに描かれていたから人気投票もいつも五本指に入る人気っぷり。
かと言って、という話なんだけどね!
ルカさんを讃えなくていいなんて誰も言ってないんですよ!
「驚きますよ…副団長はいつだって見惚れるくらいお綺麗で、かっこいいですから」
「!?」
「お得意の槍を扱われるお姿は勿論ですが、どのような武器であっても手足のように扱われる部分はとても憧れていますし、指揮は常に冷静で丁寧さを感じます。前髪が少し長いですが、そのぶん奥にある優しい目元と美しい瞳が誰よりも美しくて、鼻筋も通られていて私が羨ましいくらいですし、静かに過ごされているようで私たち騎士だけでなく従士にも気を遣われていて…」
と、ここまで言ってハッと気づいた。
私は突然、しかも本人に向かって何を言っているんだ、と。
「…」
ここで固まらないわけがない。
だってどう考えてもキモいじゃんこんなの。おかげで再び視線が泳ぎまくっている。
やばいどうしよう、嫌われでもしたら心臓が崩壊して死ぬ。そもそもオタクが推しの良さを推しに語るってなんだよ。それはもはや押し付けだろ死ぬほどキモい死にたいごめんなさい。
しかしそれでも、ちょっと笑って空気流してくれないかなぁ…なんて淡い期待を込めて視線を彼に戻すと、
「…!?」
彼はなぜが顔を真っ赤にして口元を押さえて、そして私から視線を逸らしていた。
「「…」」
訪れる沈黙。彼の顔は相変わらず赤いし私は気まずい。
でも、顔の赤い彼を見ていたら、なんか私まで心臓が、熱くなって、
「し、しつれいしましたっ!」
そのまま勢いで頭を下げ、逃げるように部屋を出てしまった。やや乱暴に閉めたドアに背中を押しつけて、痛いくらいに鳴っている心臓を両手で押さえつける。
「いや嘘…照れ、てた…?」
あの、いつも静かでクールなルカさんが?
私なんかの言葉で?
いやおかしい、おかしいけど、一体何がトリガーになって…?
「でもあれ、かわい…かった…」
あんな姿、漫画じゃ見たことない。だって漫画のルカさんはいつも静かで、大人で、カトレアの優しいお兄さんで。
私はいつも、その姿を見ているだけでも幸せだったのに。
「…っ」
照れ顔があんなに可愛いなんて知らない。
それなのに、その顔を自分が目の前で見たなんて信じられないよ。
それに、褒められたことないみたいなこと言ってたのも気になるし…。
「と、とりあえずここから離れないと…」
疑問も動揺も尽きないけど、とりあえず他人の仕事部屋の前で考えることでもないとその場を離れることにした。
私はいまだに耳に響く心音をどうやって落ち着けるかについて考えながら、ふらついた足元を誤魔化すように歩き出す。
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