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私の世界はいつだって貴方で回っている

 

 ***

 

 披露宴も終わって、何故かトスされて受け止めてしまった行き場のないブーケを抱えながら、私はなにも考えずルカさんが送ってくれると言うので彼の乗ってきた馬車に乗り込んだ。

 しかしまさか、そこで私は隣に座る彼の変貌ぶりに驚愕し、その衝撃に息すらできず固まっている。


「…セナ?」


 だってそうもなると思わない?

 ルカさんが、あの長い前髪を急にオールバックにするもんだから、私の意識は途絶寸前だ。


「大丈夫か?」


 あああやばいあの美しい御尊顔が明確にこっち見てる!

 大丈夫かと訊かれたら絶対に大丈夫じゃない。だって今息できないもの、貴方が美しすぎて。


 待って、オールバックも似合うなんて聞いてない。兄であるレオはいつもオールバックだから不思議じゃないのかもしれないけど、いやそれにしても美しすぎて息を呑む。


「…そんなに似合っていなかっただろうか」

「そんなわけないでしょ!?」


 しかし彼の後ろ向きな発言に思わず呼吸ができた。おかげで反射的にそのネガティブを否定できる。


「では何故反応がなかったんだ?」

「貴方が美しすぎて呼吸できなかったからです」

「…」


 なんで髪上げても似合っちゃうのこの人…。前髪長いキャラって前髪上げると解釈違いって話なかったっけ? 全然かっこいいけど?


「君の反応はどうにも過剰のように感じる」

「いえそれはないです。女の子にモテたら嫌なんで外ではいつも通りでいてください」


 過剰なんかじゃない、絶対にない。

 だって綺麗な切長の垂れ目が憂いを帯びているように見えるし、そこに嵌められた新緑の瞳は落ち着いてて静かで、薄い唇はいつも無表情のようにすら見えていたのに瞳が見えると表情を感じる。どうしよう頭おかしくなってきた。


「そ、そうか…」

「…!」


 しかもそこで赤面するの!?

 待って待って心臓が保たない、千切れちゃう。

 私の言葉でそんなに赤面する部分あるかな!?

 脳が爆発しそうだ。しかし彼は顔を赤くしたまま視線を逸らすといそいそと前髪を戻し始める。


「君がそう言うなら…いつも通りにしようと思う」

「そうしてほしいです…」


 だめだ、こんなルカさんは女の子にモテモテになってしまう。好きな人のかっこいいところなんて自分だけが知ってたい。

 わがままだけど…いつもあの瞳が見えていたら私も心臓どきどきしたあまり死んでしまうのでこれで良い気がする。

 でも本当に何に照れてたんだろう…謎だ…。


「君は、今日の式をどう思った?」

「え?」


 突然の問いに思わず声が出る。

 とはいえ、今日の式をどう思ったかと訊かれると、なんと言ったらいいのだろう。


「そうですね、幸せで温かな気持ちになりました。やっと物語は綺麗に結末を迎えたんだなぁって」


 正直そういう意味でも涙が止まらなかった。いつ見てもハッピーエンドはいいもので、何度見ても報われてほしいと思った人たちが幸せになってくれるのは嬉しくなる。


「…そうか」


 でも彼はそう言って、寂しげに微笑んで私の頬を撫でた。彼の指の背が私の頬を優しくなぞっていくその道筋に、何故か悲しみを感じる。


「君の中で、僕たちはまだ物語の人物なのだろうか」

「!」


 とても、とても寂しい気持ちが伝わってくるその言葉に、少しハッとした。

 あぁ、私…そういう風に思われる行動を取っていたんだなって。


「それは違う」


 口からこぼれた言葉はとても素直な感情。

 とっくに私が受け入れた現実。


「私は、ここにきて、今の職について…たくさんの命を奪ってきました」


 騎士になるということは、そういうことだ。

 戦うことが仕事の今の職で、誰も殺さないなんてことはできない。どんな理由であれ自分たちにとって敵となった命を私はたくさん奪ってきた。


「自分の剣で初めてオークを倒した時、ゾッとしました。肉を斬るあの感覚がへばりつくように気持ち悪くて、何日も食べては吐き戻していた」


 あの感覚はうまく言葉にできない。それでも言葉にするのならば、喪失感のようなものがある。“そこにあったものが無くなった”という喪失感。

 もう動かない何かの中にあった大切なものを切り落としたんだという、よくわからない実感でもある。


「…そうだったのか」

「私の世界にはヒトでない生き物と戦う創作物がたくさんあって、私もそれと同じように経験値を積んでいけると思っていました。でも実際にあったのは、自分が死ぬかもしれない恐怖とか、相手の命を奪った恐ろしい感覚だけ」


 死にたくなかった。

 どれだけ綺麗事を並べたって、“ここ”はいつか自分も死ぬんだと突きつけられる場所。

 生きていてこんなに恐ろしい思いをしたことはない。一瞬気を抜いただけで死んでいく仲間とか、敵とか、正直見ていたくない景色ばかり。


「その時思ったんです。あぁ、私帰れないんだなって」

「君は…元の世界に帰りたかったのか?」

「どうだろう…元の世界に戻りたかったんじゃなくて、恐ろしいものがない場所に行きたかったのだろうと、今は思います」


 飛んでくる矢が地面に刺さるとゾッとする。あの鋭い矢尻の先端が裂いた皮膚が泣くほど痛いことを私は知っているから。

 背後に人間がいると時折不安になる。殺気は隠せてしまうから。

 そんなこと、騎士を目指すまで経験したことがあるはずなくて…緊張に身を強張らせていた期間は正直とても長かった。


「でも、だからわかったんです。私は貴方に近づいているんだって」

「…」

「体の震えを乗り越えられるくらい強くなったら、傷ついても耐えられるようになったら、魔法がもっと上手く使えたら、貴方を護る人の中に入れるんだって確信できた。そう思い出すたび、挫けそうな心を奮い立たせてきたんです」


 どんな怖いことよりも、貴方を失うことの方が恐ろしいと今でも思う。

 何が恐ろしくたって、身がすくんだって、泣きたくなったって…何もできなかったあの時よりずっといい。ただ立ち尽くすことしかできなかったあの時よりずっと。


「それで、そうやって思えるほど貴方のことを考えれるってわかった時、本当に貴方が好きなんだってすごく納得したの」

「セナ…」

「自分でもどこか、貴方が二次元の存在だから、綺麗なところだけ見ていたから好きなのかもしれないって不安だった。でもどんなに嫌な部分を見ても嫌いにはならなかった。確かにやんわりと言えないかなとは思ったけど…」


 話していたら、せっかくいい人なのに誤解されて勿体無いな、なんてふと考えた時を思い出してしまった。するとつい苦笑いになってしまう。


「嫌なところ…」

「そう。ルカさんって案外物言いがキツいんだもの、折角いいこと言ってるのに勿体無いよ」

「そんなに厳しい言い方をしているだろうか」

「厳しいっていうか、事務的って感じかな。近寄りがたい…みたいな」


 私の言葉に、ルカさんは少ししょぼんとしたような表情を見せる。同時に少し困っているようにも見えて、人付き合いに慣れていないんだろうと素直に感じた。

 まぁ、人付き合い苦手なのは私も同じだけど。


「…君は、僕がもう少し愛想が良い方がいいだろうか?」

「いいえ、どうして?」

「…いいえ?」


 訊かれた問いに対して素直に答えたら疑問系の言葉が返ってきた。まるで裏切られたとでも言いたげな表情に思わず笑ってしまいそうになる。


「だって、愛想のいい貴方なんてみんなが貴方の素敵なところに気付いてしまうもの。貴方の素敵なところは私だけが知っていたい」

「…!」

「あ、照れてる」

「いや、それは、君が急にそんなことを言うから…」


 顔を真っ赤にしている彼を見ていると、耐えていたのについ笑ってしまう。

 ほら、そうやってまた貴方は私の知らない反応を見せてくれるでしょう?

 それなのに、物語の中の誰かになんて思えないよ。貴方は私の前で泣いて、笑って、怒って…そうやってここにいるんだもの。


「…ごめんね、不安にさせて」

「いや…僕こそ、つまらないことを訊いてしまった」

「ううん。貴方の不安は何もおかしいことじゃない」


 きっと彼と私の立場が逆だったら、私も同じことを考えるだろう。目の前の相手が自分の知らないところから来た人間だったとしたら、もしかしたら故郷に帰りたいかもしれないとか、自分は手放せてしまう存在なんじゃないかとか…私なら考える。


「それに私、本当は貴方より年上なの。生きてたら三十超えてるし…ずっと言えなくてごめんなさい」

「…」


 年上なのは精神の方…ではあるけど、私の意識と記憶は前世からのものなので正直体は関係ないように思う。

 でも体はルカさんより五歳は年下だったような…。それはそれでまずいかもしれない、ルカさんはロリコンではないのに変な噂が立っている可能性がある。


「それは、本当なのか?」

「? うん。生きてたら三十六…? だったとおもう」


 確か前世で死んだのが二十四歳とかだったと思うから、生きていたらおそらくその辺りの年齢だろう。

 というか、気付いたら勢いでタメ口使っちゃってるけど大丈夫かな…特に何も言われてないから引っ込められなくなってる。


「ふむ…」

「?」


 何故か突然彼が私のことをまじまじと見始めた。そんなに見てもそこにいるのは私じゃなくて可愛いイザベラなんだけど…なんて考えていたら、


「!」


 突然キスをされて顔が熱くなる。


「ななな…! きゅうになにを!」

「僕の知っている年上はキスで動揺しない」

「そ、それは人それぞれでしょ! それに貴方がキスをするから恥ずかしいのであって、誰でもじゃ…」


 と、そこまで言いかけてハッとした。

 そういうことが言いたかったわけじゃない。だって急にキスをしてくる相手が悪いのであって、私は何も悪くないというか。


「…へぇ」

「なによ、その含みのある笑いは…!」

「いやなに、随分と良いことを聞いた」

「いいことって!? 何も言ってないけど!?」


 ただ恥ずかしい思いしただけだけど!?

 急にサディストみたいなこと言うじゃん…! ルカさんって草食系に見せかけたサディストってこと…?


「急にサディスト…!」

「僕はサディストではない。この程度ではそうは言えないからね」

「程度の問題なの…?」


 意地悪言ってることは認めるってこと?

 うぅっ、悔しい。そんな彼もかっこいいし、私の前でしかそんな顔見たことないって思ったらときめいてしまう…!


「それに、ようやく君と打ち解けてきたと思えるようになったところなんだ。喜びもするさ」

「打ち解けて…タメ口のこと?」

「口調は人間関係の緊張感を指し示す。だから現状を僕は嬉しく思う」

「…!」


 それは、彼は今みたいに砕けて話すのを期待していたってことなんだろうか。

 もしそうだとしたらそれは、確かに私もそうなったらいいなんてどこかで期待していた気がする。

 だって、貴方は…


「そりゃ…私も気軽に話せたら嬉しいよ。貴方は私の恋人なんだから」


 そう言ったはいいものの、自分で言っていて恥ずかしい。恥ずかしさのあまりつい視線を逸らしてしまって、それでいて何か言葉にできないふわっとした期待をしてしまう。

 貴方も照れたりしないかな、とか。


「…」

「…?」


 しかし彼の方に視線を戻すと、何故かルカさんは何かを堪えるように口元に手を当てていた。何か嫌なことでも言ったのだろうか。


「いや…いい、気にしないでくれ」


 そして何か焦っているのを落ち着けるような印象のため息をついてそう私に言う。

 とりあえず、こういうのって漫画だと大概相手の子が可愛すぎて悶絶してるやつとしてたくさん見てきたけど、恥ずかしいのでそうなんだとは認めたくない、ていうか認められるほど自己肯定感高くない…。


「…わかった」


 なので一先ず了解の意を示してお茶を濁す。お互いにこのことには触れないようにしようという空気が若干生まれた。


「そうだ、名前」

「名前?」


 ふと、タメ口の話で思いつく。

 砕けた印象で話したいなら、呼び方を変えてもいいんじゃないかって。


「“ルカ”って、呼んでもいい? ちょっと恥ずかしいけど…」


 こっちの世界に来てから立場とかで男の人を呼び捨てにすることもあるけど、好きな人と打ち解けた証として呼ぶのは流石に照れる。

 でも、彼は私を『セナ』って呼ぶし、打ち解けた感じでるかな…なんて思った。

 しかし彼は私の言葉に驚いた様子を見せている。私がそれに対して『不快だっただろうか』とビビっていると、今度は柔らかく微笑んだ。


「…!」

「すまない、嬉しくて少し…その、夢かと思ってしまって」

「夢なんかじゃ」

「あぁ、わかってる。好きに呼んでほしい、僕もそうしているから」


 そう言って微笑む彼は本当に嬉しそうで、前髪の隙間から見える新緑の瞳が輝いているようにすら見えて…思わず息を呑む。

 やっぱり、なんて綺麗に笑う人なんだろうって、思ってしまった。

 でもこの美しさは、今まで見てきた笑顔の中で一番綺麗。どうして名前を呼ぶだけのことでそんなに喜んでくれるんだろう?


「きゃっ」


 彼の笑顔に惚けていたら、馬車の車輪が何か突き出しているものに当たったのか大きく揺れたことに驚いてしまった。

 ガタン、と大きな音を立てた馬車はその後も道の悪い中を進んでいるのか不安的に揺れている。


 そういえば、結婚式の行われた教会から王城の騎士寮までそう遠くないはずなのにやけに長く話をしているような…この馬車はどこに向かっているんだろう。

 そう思ってルカの方に顔を向けると、彼は何やら私たちの乗っているキャビンに備えられた窓から外を確認していた。


「そろそろか」

「…どこに向かってるの?」

「着けばわかるさ」

「…」


 彼がそれ以上何かを言うことはなかった。

 ただ私も窓から外を眺めるとどこか周りの景色は見たことがあるような気がして、あまり嫌な気持ちにもならない。

 少し不思議な感覚のまま、私は静かに馬車に揺られていた。


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