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公式にお金を積むなら迷惑をかけない程度に

 

 

 ********

 

 

 あの大きな戦いから半年が経った。

 個人的には、この物語はハッピーエンドへ進んだと思う。


 魔王城での戦いで魔王は勇者たちに敗れ、その内で脈動していた魔人の魂は討たれた。しかしそれで物語は終わらず、勇者ケントは魔王アルバートの遺恨が残した穢れに侵され強制的に次代魔王としての道を進むことになってしまった…というのが最終回一歩手前で描かれそうな話。


 しかし闇に堕ちた勇者を聖女エルシィが必死に手を伸ばして勇者は元の人格を取り戻し、その末に勇者は魔族の領域に残ることを決めた。なぜなら勇者は魔族たちの統一を目指したから。

 そして一時的に勇者パーティは散り散りとなり、半年が経過した今日…魔族たちの統一を果たし人間と歩むことを選んだ魔王としてのケントと人々の代表としてそこに嫁いだ聖女エルシィの結婚式が開かれている。


「はぁ〜…公式万歳。いくらでもお布施できる。いやこれは納税、納税は国民の義務。なら多くてもいいんじゃない…?」


 そうは言いつつも、私はご祝儀として二人に渡すお金をいくらにするかここ一時間ほど悩んでいた。

 いきなり大金渡されても本日の主役が驚いてしまう…と自分を止めようにも、オタクとしての本能がご祝儀袋代わりの皮袋に金貨をこれでもかと詰めてしまう。


 だって本編王道メインカップリングの結婚だよ?

 これ以上お布施をする理由はなくない?


「いやでも…私はちょっと話しただけだし…でも何かの役に立つかもしれないし…」


 もしかしたらエルシィもケントも私の顔なんて覚えてないかもしれないから、絶対にこのそれなりの家が一件建ちそうな金額は二人に引かれると…わかってはいるんだけど皮袋は重たくなっていく。だれか私を止めてほしい。


 それにしても、エルシィは教会の筆頭巫女として聖女の仕事をバリバリ頑張ってるし、ネイサンもこの旅の報酬で妹さんの治療が済んで地元で教師をやっているらしい。

 なんて素敵なエピローグだろう。少年漫画としては未来に希望溢るる終わりで最高なんじゃないかな。

 それにカトレアだって…


「あれ、セナさん?」

「おわぁ!?」


 ぼんやりと考え事をして逸る気持ちを誤魔化そうとしたら背後から声をかけられた。驚いて勢いよく振り向くと、そこには不思議そうに私の手元を覗き込むカトレアの姿がある。


「か、カトレア!? どうしてここに?」

「どうしても何も、今日はエルシィとケントの結婚式なんですから…そりゃあいますよ」


 そう話すカトレアはやや照れたように頬を指先で掻いていた。

 えぇ、自分で言って照れてるの?

 可愛い…。


「せ、セナさんこそここで何してるの? 受付はあっちじゃ…」


 と、そこまで言いかけたカトレアが私の手元を見て言葉を失う。

 しかし無理もない…ご祝儀用の皮袋にはパンッパンに金貨が詰まっているんだもの。正直持っているだけで重たい。


「…落ち着いてセナさん。二人がびっくりしちゃうよ」

「…うん、ごめん」


 カトレアにツッコミを入れられて、漸く私は冷静になることができた。なので皮袋の中に入っている金貨の一部を財布に移し替えて金額を調整する。


「そういえばルカにいは?」

「会議で少し遅くなるって。団長と一緒に来るみたい」

「あぁ、そうなんだ」


 私の回答に納得した様子を見せるカトレアは、よく見ると愛らしいドレスを身に纏っている。大きい行事なのでドレスなのは私も同じなんだけど、彼女のドレス姿なんて初めて見たような。


「今日のドレス、可愛いね」

「え!? や、やめてよ。慣れてないんだから…」


 何気ない言葉に顔を真っ赤にするカトレア、あまりに可愛らしすぎる。ここにスマホがあったら絶対にシャッターチャンスだったのに。

 それにしても、ルカさんがカトレアに私のことを細かく話してから彼女は随分と打ち解けた様子を見せてくれるようになった。


 以前会った時はお互いにまだ少し遠い人、という印象だったのに、私の前世の話がわかってからはなぜかこうして慕ってくれている。

 しかし正直めちゃくちゃ嬉しい。親戚の子みたいに私も可愛がっている。カトレアが私をお姉さんのように扱ってくれるので、つい調子に乗って笑顔で返してしまうんだ。


「よく似合ってるよ、ルカさんが見たら喜びそう」

「うーん、そうかな…私はセナさんのドレス姿の方がルカにいが喜ぶ気がするけど」

「えっ、いや…どうだろう…?」


 当然喜んでもらえたら嬉しいけど、馬子にも衣装ってやつじゃないかな…如何にイザベラの容姿が美しくても中身が私じゃ“所詮は庶民”という雰囲気になる気がする。


「僕がなんだって?」

「「!!」」


 話の中に割って入るような声に少し驚く。声の方に振り向くと、そこにはルカさんの姿があった。


「ルカにい!」

「ルカさん!」


 と、彼の顔を見たまでは何も考えていなかった私。

 しかし首から下が華やかな正装に包まれているのを目視してしまい、視線が釘付けになる。


 品のある金の装飾のついた、華やかではあるものの気品溢れる出立ちに私の心臓は鷲掴みにされてしまった。

 普段の鎧姿とか私服も良いけど、これはまずい。正装というものは男性の魅力を三倍は引き出すものと思って生きている私にはあまりにも刺激が強すぎる。


 だって紺の燕尾裾のコートから伸びた長い脚が、細くも筋肉のある体つきゆえの腰回りの美しさとシルエットが、全てが美しすぎる!

 そこにあの麗しい御尊顔があるわけで…今日も前髪は下ろしてるみたいだけど、いや待って前髪の奥にあるあの垂れた目元に嵌った新緑の瞳が見えたら私は死ぬ。

 あまりに美しいものが目に入るとオタクは死んでしまう。


「ルカにい、今日は前髪上げないとまずくない? レオ様に怒られるよ」

「あぁ、時間がなかったんだ。この後まとめてくる」

「…」


 なんだと…。そう、何気ない義兄妹の会話に私は固まった。

 うっかり心臓が止まらないように予防線を張ったはずなのに、三秒でフラグは回収され思わぬ方向に話が進んでいる。


 今の話の流れ的に、もしかしてルカさん前髪上げてくるの?

 いや確かにめでたい席で暗い印象の出立ちなんて場の空気には合ってないし、理由はわかるけど。

 しかしこのままでは私の心臓が保たない。


「る、ルカさん…」

「どうしたんだセナ?」

「後生ですので…団長に私が土下座するので…前髪はそのままでお願いできませんか…!」

「…」


 私の必死の訴えに、ルカさんは冷めた表情でこちらを見ている。

 引かれてもいい、キモいって思われてもいい、頼むからこの式を見届けるまで私の心臓を保たせてほしい。


 今私はどれだけ必死な顔をしているんだろうか。それほどまでに内心の私は暴れ狂っている。

 見たいよ、確かに彼の美しい御尊顔はみたい。だって結局一回も前髪がない状態で彼の顔見たことないし。

 でも今じゃないんだって、今そんなことされたら私倒れちゃうよ。刺激が強すぎて倒れる。


「いやだね」

「え」

「…と、言いたいところだけど、今日は構わないよ」

「やった…!」


 思わず歓声がこぼれ落ちる。しかしこれで私は平穏にこの式に参加できそうだ。

 でもまじで後でレオに土下座しなければ…ルカさんの髪型が空気に合ってないの私のせいだし…。


 なんて私が安堵に胸を撫で下ろしていると、カトレアとルカさんが何やら耳打ちで話をしているのが見えた。何を話してるんだろう、と眺めていると次の瞬間カトレアが呆れた様子で大きなため息をつく。


「はぁ〜っ、しんじらんない。ルカにいってそういう人だったんだ」

「お前は知っていただろ、わざとらしいぞ」

「しらな〜い。セナさん、ルカにいなんてほっておいて先に行きましょ」


 そう言ってカトレアが私の手を引いて受付に向かっていく。私が突然の行動に困惑していると、ルカさんが隣に着いてきた。

 本当に二人は何を話していたんだろう。カトレアのあんなに呆れた顔はネイサンがナンパをして振られた瞬間を見ている時だけだ。

 しかし受付に行くのを拒否する理由もないので、ひとまず彼女の行動に身を委ねる。

 

 ***

 

「う…っ、ぐず…うぅ」


 涙が止まらない。

 涙止まらないよこんなの…最高の結婚式だったって!


 ケントとエルシィの結婚式はつつがなく行われ、今は披露宴に移行してはいる。しかし私は式の余韻が抜けきらず披露宴の会場に移動した後もずびずびと鼻を啜りながら泣きじゃくっていた。


 純白のウェディングドレスに身を包んだエルシィと、見ないうちにずっとずっと大人びたケントの姿は本当に綺麗で。

 エルシィの恋心は作中でもちらほら明確に描かれていたし、ここまでを思い返してしまうとなおさらもう本当に、涙が…!


 持ってきたハンカチはもうぐしゃぐしゃだ。濡れてない面を探す方が難しい。

 にしても今更ながら私なんかが出席させてもらえてよかったんだろうか。一応ルカさんの連れとして参加させてもらってるんだけど、私にこの尊さは勿体無い気がする。


「もう、セナさんまだ泣いてる」


 隣にいてくれるカトレアが私の背中を優しく撫でてくれた。その優しさに辿々しく「ごめんね」と返すも涙声の私の言葉ではカトレアが困ったように笑うばかりだ。


「わたしより喜んでない?」

「そんなことないよぉ…カトレアとエルシィは仲良しでしょ?」

「そうだけどさ。私は今どっちかっていうと清々しいって気分だよ、あの二人ずっとうじうじして進まなかったんだもん」


 そう言ったカトレアは呆れたように小さく笑う。だけどその姿は彼女が口にした通り清々しいようにも見えて、なんだが微笑ましい気持ちになった。

 本当に、仲間で友達で…二人の友情は言い表せない関係性だよなぁ。


「やっとエルシィが結婚したんだから、肩の荷が一つ降りたって感じ」


 なんてつっけんどんな言葉で言いつつも、本心からカトレアがエルシィとケントを祝っているのが伝わってくる。

 良い子すぎないカトレア…いや勇者パーティはみんないい子なんだけど。


「でもまだ荷物は残ってるんですよ。ルカにいって言うんですけど」

「っ!?」


 突然ルカさんの話をされて思わず吹き出しそうになる私。この会話の流れ的に、私のことも言われているような…?


「後はルカにいが結婚してくれたら私も安心なんだけどなぁ〜?」


 言いながら、カトレアはわざとらしく腕を組み私のことをちらちらと視界に入れてくる。

 いやいや、そんなこと言われましても…。


「いいじゃん、セナさんは前世からルカにいが好きだったんでしょ? いつ死ぬかわかんないのが騎士っていう仕事なんだからさ、早く私を安心させてよ」

「ちょ、こんな人の多いところでその話は…!」


 名前の呼び方くらいならあだ名とかどうとか言っておけば誤魔化せるけど、堂々と人前で前世の話なんて白い目で見られてしまう。

 なにも証明できるものなんてないんだかから、滅多なことは話すものじゃない。


「なに? 前世とはなんの話だ」

「!」


 しかし背後から今最も聴きたくない声がこちらに向かって聞こえてくる。この尊大で無駄にいい声の持ち主は、


「だ、団長…」

「…」


 むすっとした訝しげな顔で私を見ている、レオに間違いはない。


「どういうことだアンブローズ。お前、まさかこのオレに隠し事があるということか?」

「い、いやいや! なにを証拠にそんな…」


 あはは…と乾いた笑いでこの場をやり過ごそうと目を逸らす。しかし目前のレオの様子が変わる気配はない。


「今の話から解釈するに、転生者なのかお前は」

「そんなことは…たとえそうだとしても証拠もないですし」

「ほう…」


 しどろもどろの私の態度にレオはより深く眉間に皺を寄せる。それから久方ぶりに、ニヤリといじめっ子のように笑った。


「ではお前の友人に話を聞いてみようじゃないか。死神は魂が可視化できるというからな、何か面白い話が聞けるかもしれん」

「なんでそれを!」

「お前の周辺を洗っていた時に結果は出ている。随分と変わった友人だな」

「そんな…!」


 ノワールに話を聞きに行かれたら終わる。私の穏やかな人生が終わってしまう!

 あの死神のことだ、レオが尋ねてきたら“面白そう”というふざけた理由で私の話をするに違いない。

 そうしたら、私は多分一生、正真正銘レオのおもちゃだ!

 絶対、会った時都度揶揄われる!


「兄上がそのように詮索なさらずとも、彼女は本当に異世界転生者です」

「…ルカか」


 慌ててなにを言ったらと頭をぐるぐると働かせていたら、思わぬところから正体がバラされてしまった。

 まって! なんでよりにもよってルカさんがバラしちゃうの!?


「その上で、彼女は“前世”から僕を愛してくれている…兄上にはそろそろご退場願いたい」


 そう言ってルカさんは何故か私の腰に手を回す。彼の表情は得意げなようにも怒っているようにも見えて、少なくともレオを警戒しているのは伝わってきた。


「ほう、また大層な口の利き方だなルカ。いつからその前髪は飾りになった?」

「彼女が僕を認めてくれてからです。これ以上セナを引っ掻き回すのはやめていただきたい」

「セナ…それはこいつの前世の名か? お前の好きそうな響きだ」

「兄上…貴方はセナを貶そうというのか」


 ルカさんが会話に割って入ったかと思えば、今度はレオと火花を散らしている…これはこれでどうしてこうなったんだろう。


「もう、ルカにいったら…私が帰ってきてからずっとこうなの。何かって歪み合って喧嘩ばっかりで、嫌になっちゃう」

「あはは…」


 嫌なのは私も同じなんだけど、なんて言葉にしたら角が立たないだろうか。

 レオが一方的に干渉してた頃よりは二人とも言いたいことが言えているようで良いことのような気もするし、かといってカトレアの言ってる通り喧嘩はやめてほしいとも思うし…。


 確かにレオと直接戦った後あたりからルカさんの評判は少しずつ変わってきている。どうやらルカさんは“レオと対等に戦える数少ない人間”という噂が流れ始めたらしい。

 しかしあの戦で神の拳を召喚したレオを見てしまった私からすると本当に対等かは怪しい…とも思ってしまうけど、あの神の拳を召喚したのがレオだということは何故かあまり知られておらず、何かの意図のようなものを感じたので私も詮索などはしていない。

 あの戦でルカさんが神霊を召喚したことは、目的も相まって逆に知れ渡ってるしそこも追い風になっているんだろう。


「本当、すっかり仲良くなったものだよ」


 さらに割り行ってきた声に振り向くとそこには第一王子サミュエルの姿があった。慌てて頭を下げる私とカトレアに向かって「楽にしていい」と優しく声をかけてくれる。


「古い付き合いとしては悪くないがね、いかんせん同じ組織の中で歪みあいをされてしまうとくだらない詮索をされかねないのが悩みだ」

「あぁ…」

「それはそうですね…」


 はは、と軽い調子に見せかけながらも内心の疲れが滲み出た様子でサミュエルは笑う。

 確かにサミュエルとレオとルカさんは幼馴染だし、いい意味でも悪い意味でも思うところはあるんだろう。


「ああも空気を悪くしておいてレオのやつは『じゃれあいだ』と言うもんだから、この間しっかり話をしたはずなんだが」

「心中お察しいたします…」

「ごめんなさい、レオ様とルカにいが…」


 あの今にも斬り合いが始まりそうな空気の中で板挟みにされるサミュエルが気の毒で仕方ない。

 思い返してみれば、兄弟喧嘩で天使を召喚して戦うなんて更々おかしいことだし…少なくともルカさんはレオに対しての心境が複雑そうだ。

 少なくともあれだけ急に喧嘩ばっかりになったらそら下手な詮索もされる、という話なので早く本人たちにそのことが伝わってほしい。


「ま、そんな話はいいのさ。それよりブーケトスが始まるそうだよ、お嬢さん方には大切なイベントだろう?」

「ブーケトスですか…」


 サミュエルの言いたいことがわからないわけじゃないけど、正直あまり興味がない…なんて考えてしまう。

 あぁいう“おまじない”の類は信じてないし、やったところで意味もないような…。

 いやまって、エルシィがブーケ投げるとこみたい、絶対可愛いに決まってる。


「ブーケトス行こう、セナさん!」

「え? 行くの?」


 ぼさっと考えていたら、カトレアに腕を引かれてしまった。しかもなにやらカトレアは気合が入っているように見えて少し困惑する。


「良いことあるかもしれないし、早くっ」

「いやそんなわけ…」

「いいからいいから!」

「あ、待ってよカトレア…!」


 何度か見た光景に、我ながら内心苦笑いになってしまう。しかしカトレアは私のドレスの袖を引っ張りながら有無を言わさず進んでいく。

 おかしいな。私、カトレアが相手になると振り回されてばっかりなような…?


「面白い!」と思ってくださった方はぜひブックマークと⭐︎5評価をお願いします!

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