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命を賭ける仕事(前編)

※戦闘回です。露骨なグロ描写等はありませんが少なくともいちゃついたりはしません

 

 

 ********

 

 

「各班散開! できうる限り生きて捕えろ!」


 ある市街地でルカさんの声が響き渡ると、二番隊内で編成された各班が班長を中心に市街地へと散っていく。

 なんとも慌ただしいのは、この場所に大量の魔族が奇襲をかけてきたからだ。いつもなら他の隊が行っている出動命令だけど、今日は二番隊が請け負っている。


 それもこれも、ここしばらく似たような話が頻発しているからだ。起きている場所がバラバラでうまく予想が立てられず、他の隊も疲弊が強まってきたのでこうして待機が多い副団長直々の隊にまで出動命令が降りている。このまま疲弊が進めばレオが率いる一番隊にまで話がいくだろう。


 ルカさんが立てた予測では、原因は四天王の撃破が進んでいるのではないか、とのことだった。

 不定形の魔物を統率していたグロモアが死んでも影響が出なかったのはあくまで不定形の魔物の知能の低さによるもの。他の四天王の率いていた魔物は巨人や獣人など知能の高いやつも多いので、そういった残党が食い扶持を求めているのでは、と彼は言っていた。


 各地で悪さを働いていた奴らが後ろ盾を無くして暴れているとも取れる勇者ケントたちが魔王アルバートに近づいている証拠ではあるんだけど、人里としては弊害だ。

 こういう時のために私たち騎士がいるんだけど!


「オースティンとハリアーは建物の裏に、ニコとバーグは路地に逃げたやつを追え!」

「班長はどうなさるのです?」

「私は建物の正面からいく。逃げられたら終わりだ、行くぞ!」

「「「「了解!」」」」


 中位騎士に上がった私は今や二番隊第八班班長である。辞めていく人の中に班を率いていた人がいるって聞いてたしこうなる気はしてたけど、いざやってみるとてんてこ舞いだ。


 班に最初からいた人たちは優しくしてくれたけど、優しすぎてむしろ舐められてるんだな…とすぐにわかりちゃんと認めてもらうのが大変だったのは記憶に新しい。

 まだ様子見されている感覚はあるけど、一応みんな大人なので仕事はしてくれるのが救いだ。とはいえまだまだ信頼関係は厚くないけど。


「王国騎士団である! 貴様らが魔王軍の所属であることはわかっている、抵抗しなければ捕虜として扱おう、出てこい!」


 私は街の中の一軒家に立て付けられたドアに向かって叫ぶ。中に魔族が逃げ込んだのは見ていたんだけど、こちらの呼びかけに対して反応がない。嫌な予感がする。


「…」


 ドアノブにそっと手をかけてみると、鍵がかかっていない。魔族たちの襲撃で住人が慌てて逃げたから、と考えたいけどここには魔族たちが侵入している。

 罠かもしれないけど開けるしかない。そう考えてドアノブに手をかけ少しだけドアを開け、構えた盾でドアを押して中の様子を伺った。


「…!」


 すると中には、サイクロプスに捕まった女性が私を見て助けを叫んでいる。


「へへ、動くなよねぇちゃん…女の首が折れるところは見たくないだろ?」

「クソ…っ」


 屋内にいたサイクロプスはやや小型ではあるが、それでも人間の背丈を優に超えていて人間用の家屋では狭苦しそうだ。

 そんな相手に捕まって、首に腕を巻き付けられている女性は必死に私へ向かって助けを泣き叫んでいる。今にも殺されると思えばそりゃあ恐ろしくもなるだろう、巻き込んでしまうなんてあってはいけなかった。


 屋内にいるのはサイクロプスと男性型の小悪魔…なんとも卑怯な手を使ってくるのは小悪魔の発想だろうけど、それだけ相手も必死なのかもしれない。

 とはいえ、女性の命が最優先だ。どうするか…。


「班長!」

「動くな!」


 建物の裏口から入ったのであろうオースティンさんとハリアーさんが建物の奥からやってくる。お願いした通りに来てくれたのは大変ありがたいんだけど、今は魔族たちをこれ以上刺激できない。

 オースティンさんたちが入ってきたのは、私から見て左奥の扉。とはいえ扉そのものはすでに壊れてしまっているので、彼らの視点でもある程度状況は把握できるだろう。


「ありがとうよねぇちゃん。オデも男は相手にしたくねぇからよぉ」

「とは言え、その武器は下ろしてもらおう」

「…わかった」


 当たり前だけど武装は許されないか…でも人質の命には代えられない。

 私は持っている剣と盾をゆっくりと地面に置いた。さりげなく剣の柄をすぐ取れるように向きをつけるのを忘れないよう意識して。

 これで運が良ければ反撃のチャンスもある。


「武器を置いたらこっちにこい。後ろの奴らも武器を下ろせよ」


 小悪魔の言葉に従って私はゆっくりと屋内に入っていく。その時、視線の合ったオースティンさんとハリアーさんはすでに武器を下ろしていて、その代わり私の視線を合図にハリアーさんが動き出してくれた。

 ハリアーさんは足が速いし足音が立たないよう訓練してる人だから、このままバレずにルカさんのところへ迎えるだろう。そうすれば援軍も期待できる。


「うぐっ」


 ゆっくりと魔物たちに近づくと、小悪魔に乱暴に腕を掴まれて拘束された。比較的弱いと言われる小悪魔だって、所詮それは腕っぷしでの話であって腕力も人間程度にはある。それで乱暴に掴まれれば流石に痛い。


 小悪魔に引き寄せられて横に立たされた時、視点が変わって部屋の右奥にはゴーストナイトがいることがわかった。

 ゴーストナイトは文字通り古びた鎧に幽霊が取り憑いた魔物だけど、気配を消せる魔物が建物の奥にいるのは困ったな。


 この位置じゃオースティンさんが中に入ってこれてもゴーストナイトを認識するまで時間がかかるし、そもそも数的不利の状況なのは辛い。


「おい、今抱えてるそいつは解放しろ。奴らを誘き出す餌にする」

「あいよぉ」


 小悪魔の指示によって、サイクロプスに捉えられていた女性が解放された。そして小悪魔は怯え切っている女性に向かって騎士団に助けを求めるよう言いつけ、建物から追い出す。

 こういう時、この世界が快活的な少年漫画であったことにホッとする。残虐性の高い漫画だったらあそこで女性は見せしめのように殺されていたかもしれない。

 騎士として生きている以上人や魔物の死には慣れたけど、そんな悲惨なものを簡単には見たくないからね。


「後ろから来た奴らも動くなよ。下手なことをしたらこいつを殺す」

「ちっ…」


 奥の方からオースティンさんの悔しげな声が聞こえる。けどこれは演技だろう、増援を呼びに行っているハリアーさんがいないことを隠すために。相手を油断させるためにはなす術がないふりをするのも重要だ。


「さぁ、次はお前の番だ」


 小悪魔が私に向かって言ったので、私はそれに静かに睨み返す。でも私の表情を見た小悪魔は怪しげにニヤリと笑った。


「そんな怖い顔すんなよ、仲良くしようぜ?」

「あんたたちが投降するなら考えるわ」

「おいおい、冗談言わないでくれよ。お前みたいな姑息な奴らを誰が信じるかよ!」

「!」


 屋内に響かせる勢いの大声でそう言った小悪魔は、私の置いた剣を思い切り蹴り飛ばす。私の考えはあっさりと見抜かれていたようだ、演技がそんなに下手くそだったのだろうか。

 少なくともこれで物理的な反撃は難しくなった。次の手段を考えないと。


「さて、今度こそ大人しくしてもらうぞ」

「…」


 どうする?

 剣は蹴り飛ばされてしまったし、オースティンさんは動けない。

 ハリアーさんが呼びに行ってくれた増援が今は一番助かるけど、外からはまだ戦闘の音が聴こえてくる。戦闘中ってことは、増援も期待できない。


 しかしこのままってわけにもいかないだろう。さっき追い出した女性が助けを求めに行ったかもわからないし、増援までが長引いて相手が癇癪を起こした時が厄介だ。

 なるべく早くこの状況を終わらせないと。


「ねぇ、あんた四天王の配下よね?」


 私の唐突な一言に小悪魔が反応を示した。

 相手は私を捕らえているからか、少し余裕があるように見える。


「だったらどうした? 黙ってないとその口裂き切るぞ」

「いいえ、見たことある顔だと思っただけ。昔見た時はこんな卑怯なことをする奴には見えなかったから」

「お行儀で腹が膨れるならここにいる全員がそうする。口の利き方に気をつけろ」


 相手の言い分はわからないでもない。勇者ケントとその仲間たちによって魔界の均衡を担っていた四天王が次々に倒されているんだから、魔界は今や混乱していることだろう。

 しかし、勇者たちと四天王にはそれぞれ因縁がある。キャラ同士の因縁だったり、パーティ全体と相手という関係の因縁だったりとパターンはあるけど、少なくとも戦いが避けられそうなものはなかった。


 だからこういった混乱が人間界でも起きている。それは間違いないし、どっちが一方的に正しいと言うには場合によるだろう。

 だからと言って、なんの罪もなく自分たちより明確に弱い相手を虐げたり傷つけていいなんてこともない。

 なので私は、小悪魔に気づかれないように気をつけながら自分の背中で拘束されている手をゆっくりと構え…相手の発言を鼻で笑った。


「そうかしら? お行儀でも食い扶持は稼げるわよ、少なくとも私ならそうする。弱きを助け強きを挫くって形でね」

「女…貴様何が言いたい」

「さぁ…なんだと思う?」


 わざとらしく相手に問うた私は、挑発的な薄ら笑いも同時に向ける。そして同時に私の背後からはゆらりと炎が現れた。

 私の背後では今…炎を纏ったオオトカゲが、小悪魔に向かって大きく口を開いている。


「! 貴様召喚士か!」


 小悪魔はそう言って私から距離を取る。同時に相手の手によって拘束されていた私の体は自由になり、すかさず離れていく小悪魔に向かって指を差した。


「サラマンダー、アタック!」


 合図と同時に私の指差した先にいる小悪魔に向かってオオトカゲが火球を放つ。その隙を突いたように私の右側からサイクロプスの腕が伸びてきたので、一度しゃがんでその腕を躱し立ち上がるのと同時に右手に火球を生み出して相手の眼球向かってぶん投げた。


「ぐあっ!」


 驚いて目を閉じるサイクロプスから距離を置きながら、魔法の鍛錬を怠らなくて良かったと内心でため息をつく。お陰様で中級魔法までなら無詠唱で撃てるんだから、我ながら成長したもんだ。

 私が投げた火球の熱で目を焼かれたのか、サイクロプスは目を押さえながら呻いている。そして私のすぐ隣ではオオトカゲが小悪魔と戦闘中。右側では騒ぎに乗じて部屋の中に入ってきてくれたオースティンさんがゴーストナイトと戦闘中だ。


 ありがとうオースティンさん。彼は私なんかに比べたらとてつもなくベテランだから、正直きっかけがあれば突入してくれると信じていた。現場経験の多い人はどこでも助かるな…。

 しかし敵が混乱しているとはいえ、オオトカゲだけで小悪魔を抑えられるとは言い切れない。そうなったら三対二の状況に逆戻りだ。

 せめて増援が来るまでに一人くらい制圧できたらいいんだけど。とにかく場を保たせなきゃ。


「女、貴様ァ!」

「もう一度言うぞ、これ以上の抵抗がなければ私たちは何もしない! 貴様らは正式な捕虜として扱われる!」

「誰が信じるかそんな話! 人間なんざ嘘ばっかりだ!」


 魔物たちの言葉に交渉は難しそうだと少し考える。奴らの口ぶりから考えるに人間にいい感情はないようだ、こちらの言葉を信じてもらえないとなると交渉も難しくなっていく。

 仕方ない。こうなったら場をまとめてる様子の小悪魔を無力化するだけでも…


「班長!」


 不意に、オースティンさんの声が耳に飛び込んできた。味方の声ゆえに体は勝手に反応して、そちらに振り向いた瞬間巨大な拳が頭上に降りかかっているのがわかる。

 まずい、これは避けられない。

 私はなんとか体を動かして頭を護るように両腕をクロスさせた。ルカさんからもらったネックレスが私を護ってくれると信じて、なんとか頭を護るしかないと歯を食いしばる。


「…?」


 しかし、大きな音が聴こえたのに体に打撃が降ってくることはなかった。でも、如何に守護のネックレスがあったところでなんの感触もないというのはありえない…と思う。

 困惑した私が姿勢を解くと、そこには片足を太ももの中心部辺りから切り落とされたサイクロプスがひっくり返っていた。

 その鮮やかすぎる切り口に、ほんの一瞬肌寒いものを感じて肌がひりつく。


「ぐぁ!」


 そして別方向から聴こえた呻き声に顔を向けると、そこでは小悪魔が両膝を付いた状態で襟首を掴まれている。

 でもそれをやったのはオースティンさんじゃない…そこにいたのは、ルカさんだった。


「副団長!」

「僕はいいから仕事をしろ、サイクロプスは無力化できていない」

「…っ、了解しました」


 私はいまだ現場にいてくれていたオオトカゲを呼んでサイクロプスの頭部に待機させる。そうして相手を無力化してから、相手の切れてしまった足の止血を始めた。

 チラリとオースティンさんのいた方を見ると、ゴーストナイトが捕縛されているのが視界に入る。ゴーストナイトは鎧から離脱して逃げようとする性質があるので、封印用の札が鎧に貼られていた。


 私はサイクロプスの太ももの下に縄を通して傷口のすぐ上を思い切り縛り上げる。相手の太ももは大きすぎて私だけでは力が足りず、後からやってきた増援の人と一緒に止血をした。


「あ゛ぁぁぁ…っ!」

「我慢しろ、止血しているだけだ」

「ほ、本当なのか…? お前は人間じゃ…」

「知らん。少なくとも私は捕虜に対する規則にしたがっているに過ぎん」


 一応の血止めができたら、これ以上雑菌が入らないよう布で傷口を覆う。切れ味のいい包丁で切ったみたいに綺麗に切れてるから、教会に頼めれば綺麗にくっつけてもらえるかもしれない。捕虜の扱いの中にはそういった例も記載されていたし。


「では、お願いします」

「了解しました」


 増援の人たちにサイクロプスの輸送を頼んで軽く当たりを確認する。特に屋内に何かが残っている様子はなくて、オオトカゲだけが私のそばで次の指示を待っていたので対価を支払って帰ってもらった。

 屋内の確認が終わったので外に出ると、増援でやってきたと思しき他の騎士たちが周囲の警戒や魔物たちを輸送用の馬車に乗せたりと忙しそうにしている。その片隅でルカさんはなんらかの報告を受けている様子が見えた。


 でも彼に報告をしていたと思しき人たちはすぐにいなくって、一人残された彼にいつもと明確に違う空気を感じる。

 彼は一見、いつも通り静かなようすでそこにいて、それなのに纏っている空気が氷の中にでも入ってしまったみたいに冷たくなってしまっていた。その氷は殺気で出来上がっていて、いつかに見たレオとの戦いの時より冷え込んだ空気が空気中に放出されているのがわかる。

 そして、彼が動いた時に前髪の隙間から見えた瞳に、どこにも光なんてなかった。


「班長」

「!」


 心が冷え込んで固まってしまいそうなあの空気をなぜ彼が纏っているのか、と考えていたら声をかけられて体が跳ねる。


「大丈夫ですか? 班長」

「あぁ…問題ない。被害状況は?」

「はい。班内に負傷者なし、捕獲した捕虜に関してですが…」


 部下として声をかけてくれたニコとお互い仕事モードで今回の件について話しながら、頭のどこかではルカさんのさっき見た姿について考えてしまう。

 どうしたんだろう、あんな顔をするなんて。

 私がいない場所で凄惨な事態でも起きていたんだろうか。


 でも周囲の様子を見る限りひどい負傷者は見かけてないし、そこまで沈んだ空気でもない。こちら側の被害はとても少ない方だと思う。

 今回の件は残党が作戦も無しに奇襲してきただけだった、ということだったんだと思うんだけど…それでも誰か重症者でも出たのかな?

 本当にひどい戦場は何も残らないからな…死体と悲惨に掻き乱された感情しか残らない。


 でも今回はどう見ても違う。ならどうして?

 やっぱり私のせいだろうか。

 私が弱くて、ルカさんに手間をかけてしまったから、それで怒ってるのかもしれない。

 仕事に頭を向かわせたくても、どうしてもそのことが引っかかったまま…上の空で私は戦闘の事後処理をしていた。


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